7話
遅くなり大変申し訳ございません。m(__)m
通された談話室は中央に飴色の年季の入ったドッシリとしたテーブルが置かれ、その上の薄い灰色の陶器の花瓶には濃紺、紫など黒みがかった花が生けられており、部屋全体的が暗色系でこじんまりとしていたが不思議と落ち着く空間になっている。
レリットとアーウィンが席に着くと、すぐに白い手袋をはめた手が温かい湯気を立てたハーブティーを静かに置いた。
音一つ立てない洗練された動作は流石だ。本人には絶対言うつもりは無いが。
「どうぞ。ハーブティーでございます。
紅茶とブレンドすることにより飲みやすくしております。ハーブはカモミール、ラベンダー、レモングラス等、鎮静効果やリラックス効果があるものを中心にご用意致しました」
「誰とは言わないが一番神経を逆撫でしている奴の言葉じゃねえよな」
「おや?誰のことでしょう?」
「自覚がねぇって一番最悪だな?」
ふっふっふ、と睨み合うアーウィンと執事。マーブル状のグルグルとした背後にはヘビとマングースが威嚇し合い臨戦態勢だ。メイドは止めるべきかアワアワしながら躓きテーブルの上に紅茶を零し、馬鹿犬はその下で自分の目玉をコロコロ転がして遊び、レリットは我関せず、とお茶請けに置かれた堅焼きビスケットをアグアグと食べている。カオスだ。
「あ〜っ!!もう、めんどくせぇ!
おい、レリット。頼みがある」
暫く睨み合っていたアーウィンだったが埒が明かないと目線を逸らし(負けたようで嫌だったが)頭をかきながらレリットに向き、そしてそのまま頭を下げた。
周りから驚いた気配がするが、気にはしない。
普通大人、それも貴族が簡単に子供に頭を下げないだろうが、アーウィンからすれば自分は無理矢理家に押しかけてきたようなものだ。しかもいろいろアクシデントはあったとはいえ食事や介抱までされている。その上頼み事までするのだ。それは彼からすれば当然の事だ。
「俺の後輩が天使の作品を探しているんだ。市場に出ている物はほぼ入手困難だったんで出元を調査中ここに辿り着いた。もしそうなら不躾で申し訳ないが何か譲ってくれないか?勿論出来るだけ礼はする」
「…アーウィン、私の作ったやつが欲しいの?」
「………は?」
「…アーウィンになら、私の作ったお気に入りコレクションをあげる。…メイサ、部屋から全部もってきて」
「は、はい〜。分かりました〜」
メイドが慌てて扉の方に回れ右、をしたのだが、足元で遊んでいた馬鹿犬に引っかかり盛大にコケた。うむ、大きな黒猫の刺繍がされたフリルたっぷりのピンク下着が実にいい。真っ赤な顔の涙目をした頭を抱えて首無しで走っていく後ろ姿がとてもシュールだった。
いや、下着は兎も角として。自分が作ったやつと言っていなかったか?レリットの顔を見ると無表情ながら後ろのオーラと、背後に控えた執事二人の顔がドヤ顔に見えなくもない。
「……レリットが作った?」
「…うん」
「はああぁぁあっ!?嘘だろ!?あんな凄いものを!?」
「…褒めてくれて嬉しい」
「天使の御手!」
「お嬢様は天使です」
「美しく若い女性で!」
「…私は若い女性」
「お前みたいなのはちんちくりんって言うんだよ。いやいやいやちょっと待て、お前は何歳なんだ?」
「やれやれ女性に年齢を聞くなんて、紳士ではありませんね」
「…アーウィン、さいてー」
「お前らなぁ」
この屋敷にはレリットと父親しか居ないと言うので作者は屋敷に仕える者。最悪あのドジっ子メイドだとおもっていたのだが。よく物語にある、普段はドジっ子、仕事はプロ並みなのだと思っていたのだが。それがこのミニマムサイズの子供だとは。
「はぁ、幻の貴婦人が。あ〜あ、ボッキュボンの美人だと思ったのになぁ」
この世はままならない。
「…グール」
何が気に入らなかったのかレリットが馬鹿犬をけしかけた。
レリットの命令で唸りながら鋭い牙を見せアーウィンに襲い掛かったが、手に持った堅焼きビスケットを放り投げるとすぐさまワンワン吠えながら逆方向へ追い掛けていった。
「…何て恐ろしい頭脳プレー」
「いや、お前んとこの犬が馬鹿なだけだろ」
レリットが恐れおののきながらアーウィンを見るが全く嬉しくない。見れば部屋の隅で馬鹿犬は尻尾を振りながらビスケットに噛り付いている。
執事の口元が若干引きつっていたのは気の所為ではないだろう。
そうこうしている内にメイドが大きな白い箱を抱えながら持ってきた。あちこちぶつけてきたのか箱が凹んでいる。
フラフラと寄ってくるメイドにアーウィン、レリット、執事の目線が交わされ三人は素早く席を立ち距離を空ければ、お約束の様にメイドがすべり箱の中身をぶちまけた。下手をすれば巻き込まれ紅茶が掛かっていたかもしれない。
予想していたとはいえ首なしメイドが土下座する姿は心臓に悪い。これがアーウィンではなくお年寄りならポックリと逝くだろう。
因みに優秀な執事は既に紅茶を避難済みだ。
首無しで謝るメイドをそのままに散乱したコレクションとやらを拾い集める。
これは刺繍か。
右手に持ったハンカチには青黒い食虫植物の様な花がネバネバの液で虫を捕らえている瞬間がリアルに表現されている。粘液で捕らえられた虫は今にも動き出しそうで、まるで空間を切り取ったかの様だ。
左手に拾ったものを見れば草原で馬鹿犬が自分の目玉で遊んでいる構図だが、眼窩の黒色が深淵を覗き込むような何とも言えず背筋が寒くなる程の不気味さを醸し出している。
目の前に落ちているのは黒い糸で編まれたショールだが蜘蛛の巣をモチーフに繊細とも言える巣を見事に再現し、金貨を積み上げても購入したい者が後を絶たないだろう。但し端の方には、食事の期待に胸躍らせる蜘蛛ともがき苦しむ蝶の構図がワンポイントだ。
あちらも何処ぞの墓場の様だが今にも土の中から呻き声を上げて何か出て来そうな雰囲気満載だ。
泣く。
子供は泣く。
大人はビビる。
ご婦人方は卒倒する。
後輩がこんなもの恋人(予定)に贈った日にはビンタ付きの破局だろう。
チラリとレリットを見れば凄いでしょう、と言わんばかりに心なしか体を逸らし無い胸を張っていた。
……これをどう褒めろと?
「こ、このショールなんか細かくて凄いよな。ところでこの蜘蛛と蝶は?」
「…力作。蜘蛛の巣を真似てたらさり気ないワンポイントも大事だって」
「これさり気ないか!?誰が言った……って聞くまでも無いな。因みに墓場は?」
「…落ち着く私の癒しスポット」
そうか、落ち着くのか。レリットは自分の好きな風景を縫い上げただけだろうが、世間一般的に見て癒しと答える人間はほぼ皆無だと思う。
「…どれがいい?いっぱい持って行っていいよ」
何故か犬のしっぽが見える。
近所にいた犬が鳥を狩ってきてはふりふりと褒めて褒めて、と言っている目と同じだ。
「あー、そのさっきも言ったが俺の後輩が欲しがっていてな」
「…アーウィンは要らない?」
しっぽが垂れ下がった。
部屋中に充満する殺気に慌てて弁解する。
「い、いやせっかく作ったんだろ?」
「…また作ればいい。じゃあアーウィンと後輩の分あげる」
オークションにかければ金貨数十枚は下らない作品を譲るという、大盤振る舞いの返答にアーウィンは左手に持った刺繍を見ながら自分の部屋に馬鹿犬のタペストリーが飾られているのを想像してみる。
朝起きれば目の前に不気味な馬鹿犬。
………要らないな。
とりあえずレリットの気持ちだけ貰っておくことにしよう。
後、数話で終わる予定です。多分。きっと。
読んでいただきありがとうございます。