4話
最後のあたりにホラー?的な表現がありますので、苦手な方はお気をつけ下さい。
「怪我は無いようだな。俺の名はアーウィンと呼んでくれ。
…しかし、お前何であんな何処に登ってたんだ?」
どうにか子供を降ろし、あちこちについた葉や木の枝を取ってやり改めて顔を見た。
ーー驚いた。
5、6歳ぐらいだろうか?10年後が大変楽しみな、とびきりの美少女だ。
大きなツバの帽子、レースがふんだんに使われたドレス、エナメルの靴、全てが黒一色だ。
ストレートの艶やかな黒髪と同色の瞳、白磁の様な白い肌。可愛い小さな口、表情を変えない様子も合間ってまるでビスクドールの様な印象を与える。
表現は悪いが変質者達が群がりそうだ。
子供はアーウィンの腰の辺り程の背丈を伸ばし、彼を見上げながら口を開いた。
「…名前、レリット。…本の虫干しついでに貴女も虫干ししていらっしゃいって、干された」
おいおいおいおい!
「誰にだ!?つーか、どれくらい木の上にいたんだ?」
「…執事」
そう言うと、首を上げ太陽の位置を確認して言った。
「…3、4時間ぐらい?」
ギョッと目を剥くと慌てて手を握る。案の定体が冷えきっていたのでマントでくるみながら溜息をついた。
とんでもない執事がいたものだ。と言うかあのやたら顔がいい男か?もしやこの子供は虐待でも受けているのだろうか?
少し体が暖まったのを確認し、アーウィンは屈んでレリットの目線を合わせ、どんな嘘も見逃さないように目を見ながら問いかけた。
「いつもこんな事されるのか?」
「…たまに、今日は本の虫干しついで」
「あ〜、そのだな…お前虐待…は分からんか?家で親や執事にイジメられているのか?」
「…?お父様やメイド達は優しい。シェルは…何だろう?…鬼畜?…見下す?…無礼?」
「…そいつ本当に執事なのか!?」
主人を見下す執事とは一体…。
普通なら間違いなく解雇だろうが、優しい親とやらは何をしているのか?やっぱりこのまま一緒に引き返すべきか?
考え悩んでいると、下から可愛いらしいお腹の音が聞こえてきた。
下を見ると白磁のような肌が少し赤みをおび、人形の様な独特の雰囲気が薄れる。
考えてみれば何時間も放置されていた事を思い出し、水の入った皮袋を渡すと喉が渇いていたのかコクコクと勢い良く飲み始めた。
…何というか、皮袋が一回り程大きく見える。
ついで、先程購入した堅焼きビスケットをナイフの柄で一口大の大きさに叩き割ると、歯に気を付けるよう注意し、レリットに渡した。
両手で受け取り、アグアグと一生懸命に食べるその姿はリスにも似て、微笑ましい気分になる。
小動物の可愛らしさだ。
ほんの少〜〜〜〜〜しだけ、幼児愛護者の気持ちが分かる様な気がして慌てて首を振り考えを振り払う。
とにかくレリットをこのままに放置するわけにもいかず、成り行きで家まで送り届けるハメになった。
隠密行動からはかなり外れたが仕方が無い、堂々と探る作戦?に切り替える。
「じゃあ、家まで送り届けてやろう。…ほれ、どうした?」
「……………。」
レリットの瞳が戸惑っているように見える。
小さい子供達にするように抱きかかえようとしたのだが?
まあいいか、とレリットを持ち上げ肘に乗せると歩き始めた。
目線の高さに驚いたのか慌てて首にしがみつく。
「…高い」
「そうか?…待て木の上の方が高いだろうが」
「…そういえばそうだった」
「だろ?怖いなら手を繋いで一緒に歩くか?」
「……このままでいい」
レリットはそう言ってアーウィンの首にしがみついた。
あまりの可愛らしい仕草に思わず頬が緩みまくる。
…………部下には絶対に見せられない姿だ。
20分程道を歩いていると目の前に沢山の色とりどりの花に囲まれた大きな屋敷が見えてきた。
様々な種類の花々が咲き誇り、蝶や鳥が飛び交いまるで、物語の挿絵から切り取ったかのようだ。
別の意味で。
暗い鬱蒼とした森の中で黒い屋敷が佇んでいる。
まるで物語の魔女の屋敷だ。
この中で花々がひどく場違いに見える。
物語に出てくるような屋敷が本当にあったのかと変なところで感心していると、向こうの方から飼い犬であろう小型犬が走って来た。目がキョロリとした愉快な顔の犬だ。そのかなり後ろからは眼鏡をかけた栗色のおさげをしたメイドが走って来る。努力は認めるが亀のように遅い。
犬はレリットに飛びつくと尻尾をブンブン振らしながら顔を舐めまわした。馬鹿犬か。
「…グール、落ち着いて」
……グールは確か食屍鬼や食人鬼とかと呼ばれるアンデッドの名前だったハズだ。
ネーミングとしては如何なものか。
レリットの周りを嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねていた犬から何かがポロリと落ちた。
何だ目か。
ーーーーー目?
思わず二度見し、次いで犬を見ると眼窩の窪んだ位置に目は無く、真っ黒だ。
血も出ておらず何事もなかったかのように、レリットをベロベロ舐めまわす。……自分の目がおかしいのかと何度も目をこするが変わらない。
「…グール、またおいたをしたのね。今度やったら目を直接縫い付ける」
「キュ〜〜ン、キュ〜〜ン」
「…駄目、とりあえず嵌めておくといい」
そう言って目を拾い、犬に嵌めていく。
……今叫び出さない自分を褒めてやりたい。
人間、許容範囲を越えると色々な態度で示すが、俺は無口になるのかと、アーウィンは新たな自分を発見した。
訳が分からない。可愛らしく馬鹿面で首を傾げている犬が得体の知れない物体に見える。
脳内パニック中にさらに今度はメイドが追いついた、と思った瞬間、何もない場所で盛大にズッコケた。
眼鏡と一緒に、首もコロコロと。
………………………。
「あらあらあらあら?首が〜」
「…メイサ、この前付けたばかりなのに」
「お嬢様〜ごめんなさい〜。
あ、そこの貴方、私の首を拾ってくださいます?」
太陽のようににっこり笑った顔は素晴らしく魅力的だ。
首だけなのが問題だが。
許容オーバー気味の頭で言われるがまま、恐る恐る首無しの身体に首を手渡すと笑顔でお礼を言われた。
足元には犬が擦り寄り、花畑の中に二人の美少女が側にいる光景は夢のようだ。
そしてアーウィンの意識はブッツリと切れた。