3話
「あ~、串焼きのお兄ちゃんとお菓子のお兄ちゃんだ!」
「違うよ、アーウィンお兄ちゃんとエリックお兄ちゃんだよ」
たまたま休日が重なったアーウィンとエリックの二人は共にクレスの元へと足を運ぶと、顔なじみになった孤児院の子供たちが一斉に寄ってくる。
「お~、今日はマークとリタか」
「わ~キャンディの詰合せだ~キラキラして綺麗~」
「こっちは肉団子だ!美味そ~」
「マーク、リタ。お行儀が悪い!
…すみません、アーウィンさん、エリックさん」
このやりとりもお馴染みになりつつある。
エリックが子供達の相手をしている間にアーウィンは報告書を確認中だ。
そして紙をめくる彼の手が止まる。
「アーウィンさん?どうかされましたか?」
「……なあ、こいつはどんな奴だ?
ほら、ここに書いている執事のシェルって奴」
「えっと……あ、この人なら知っていますよ。
シェルさんですね。前に一度靴を磨きに来られました」
「どんな奴なんだ?」
「そうですね…二十代の若い黒髪黒目の執事の方で物腰も柔らかいし顔も良い人ですよ、女の人が目で追いかけるぐらいには……それが何か?」
「んー。他の奴はいつ手に入るか分からんからほぼ毎日来てるだろ?でもこいつはこの二ヶ月近く、二回しか来てないんだ」
「余り気にした事もありませんでしたけど、店に行った時に品物があれば運が良い、程度で来るのでは?」
「主人から手に入れろ、と命令されてるのにか?
訪れる頻度が少な過ぎだろ。
それにこいつが店に訪れてから、少なくとも一週間以内には店に品物が置かれてる」
アーウィンはクレスに紙の束を見せる。
まだ二回目で情報も少ないが、ただの偶然にしては出来過ぎの様な気がした。
他にも数人怪しい奴がいるが、この男が一番引っかかる。
こういった勘は昔から当たる確率が高かった。
「…確かに」
「あ〜、俺この人見たことあるよ。
西の城門から馬車に乗って入って来たの見たことあるぜ」
いつの間にかエリックと子供達が側に寄って覗き込んでいた。
「マーク、本当かい?」
「顔の良い兄ちゃんだろ?この前見たよ」
西の城門?貴族街に住んでないのか?では地方領主か?
しかしあの辺り一帯は全て王の所有地だったはずだ。
「西で馬車を使う距離っすか〜?
うーん、馬で二時間の場所にダロ村が在りますけど、村長宅だけで貴族の屋敷なんかあったすかね〜?」
何度か軍事訓練で通った道には目立った屋敷など存在しなかった。
ダロ村は特に印象に残る村でも無く、王都への流通の通過点、もしくは休憩地点ぐらいのものだ。
少し遠くにあった馬鹿でかい森ぐらいしか記憶にない。
「暇な時にでも馬で行ってみるか」
「また、余計な事に首を突っ込むんですね?」
「アーウィン隊長はドライそうに見えて、実は好奇心旺盛なんすよ」
失礼な。少年の心を忘れない大人と言って欲しい。
とりあえず、次の休みにでも散歩がてら見に行こうと思った。
数日後、エリックとは休みが合わなかった為、一人で馬に乗るアーウィンの姿があった。
ポクポク歩く馬上で今後の事を考える。
一番怪しいのはダロ村だ。例えば顔の良い男に執事服を着させ貴族の使用人に見せかけるなど、村ぐるみでしていた場合は余所者は怪しまれるだろう。
どちらにしても情報収集だ。
二年ぶりに訪れた村は行き交う荷馬車や休憩をする人間達でなかなか活気があった。
取り敢えず村に一軒しかない宿屋に向かい二泊分の料金を支払い馬を預けると、村を散策する。
村の中を歩いていると、屋台の軒先から声がかかった。
「兄ちゃん、運搬業者だろう?ガタイが良いからな!
どうだ?長旅用に水筒や携帯食、名物堅焼きビスケットもあるぞ」
「堅焼きビスケット?初めて聞くな?」
「試行錯誤で最近できた名物だからな。
レシピは秘密だが、歯で噛めないぐらい硬いから噛みながら唾液で柔らかくするんだ。腹持ちもいいし、少しだが甘みもあって、ついでに日持ちもするから人気商品なんだ」
試食を食べてみると、菓子のような甘さは無いがほのかな甘味がクセになりそうだ。…無茶苦茶硬いが。
保存食用に幾つか買う間、他の物を物色しながら会話をする。
「よくもまあ、考えついたもんだ。堅焼きパンとはまたひと味違うしな」
「へへ、此処だけの話、レシピ提供者がいるんだ。
そいつは優男で物腰も柔らかだし、頭も良いんで村中の娘達の一番の人気者さ」
ーーーーん?
何処かで聞いた人物評価だ。
少しカマを掛けるてみる。
「もしかして、…シェル、か?」
「何だ、あんたシェルさんの知り合いか!?」
「ああ、あっちは俺を覚えているか分からんがね」
「昔の知り合いなのか?
ああ、でも残念だな。シェルさんなら今朝から王都に行ってるよ。
多分午後には帰って来ると思うが」
「そうか、ところであいつは何処に住んでるんだ?確かどこかの屋敷の執事だったと思うが?」
カマかけ成功だ。
しかも外出中。これも日頃の行いの良さだ。
「ほら、この道から西に30分程行った場所にでっかい森がある。
その森の管理人の貴族様に仕えているらしいぞ。
何でも主人の体が弱いとかで、俺達は一度も見たことないけどな。
それにあの森は王様の避暑地とかなんとかで、魔法がかけられてるもんだから誰も入れないんだ」
王の避暑地?こんな何もない土地にか?
王族のみが扱える魔術は様々なものがあり、封印魔術もその一つだ。
侵入者が入らないよう、魔術を掛けたのだろうが、ついでに俺も入れない。
疑問は何故、管理をしている貴族がいるのにも関わらず魔術を掛けたか、だ。
一般人は知らないことたが、貴族の管理人と言うと、下級貴族と思われがちだが、仮にも王の私有地だ。
王の信頼を受けた、言わば栄誉ある職なのだが、噂に疎いのもあり該当する貴族に心当たりが無かった。
シェルを驚かせたいからと店主に口止めをし、森へと向かった。
隠密行動をとるため、馬は置いてきている。
様子見で訪れてみたが、森全体に人除けと守護の術が掛けられているのが何となく分かる。
これでも伯爵家の一員だ。何代前かに一族に降嫁した王族がいた為、若干だが術の気配程度なら分かった。
「どうしたもんだかな〜?
術を破るなんて芸当出来るわけないもんな〜」
一人唸っていると、遠くで馬車の車輪の音と馬の蹄の音が聞こえてきたので、慌てて木の裏に隠れた。
どうやらまだ運は尽きていないらしい。
馬車は駆け足で森に進むとそのまま結界へと飛び込んだ。
霧の中に入って行ったように見え、通った後の空間がまるで水の波紋の様に何重にも歪んでいる。
ーーー行くか?
迷ったのは一瞬、しかし直感で今しかない事も何となく感じた為、急いで飛び込んだ。
マズイな〜。
よく考えてみると王の所有地に無断で入ったうえ、事件などではなく唯の私用だ。
冒険の様なノリで飛び込んだが、つくづくその場の勢いとは恐ろしいと思う。
…降格で済めばいいが…。
後悔しながらも目は道についた轍の後を追っている。
想像したような魔女の住む森という訳では無く、至って普通の森だ。
周囲に気を配りながら歩いていると、前方に一際大きな木の枝に黒い布が掛かっていた。
「…何でこんな所に布が?風で飛ばされでもしたのか?」
真下まで歩いて行くと、ん?帽子?靴?
「…助けてほしい」
全身真っ黒な服を着た子供が、上から無表情に助けを求めてきた。
…ゴミじゃなかったのか…。
やっとここまでキター!