剣と術が交じる時2
今オレは天国に居るね。
口いっぱいにに広がるとろける様な甘味が、オレの味覚を刺激する。
ふわりとした食感がなんとも堪らない。
これを幸せと言わず何という。甘党万歳。
「そうしてると、捺揮ちゃんって女の子だなっ、て思うよ」
恵理香がオレの顔をまじまじと見ながら言う。
オレは口の中のブルーベリータルトを飲み込んで、口を開く。
「今更なに言ってんだ。オレは元々女だ」
頬が緩んでいたらしい。
「確かにそうだけど、捺揮のその言葉遣いが駄目なんだって」
彩が指摘する。そんなことオレだって分かってるよ。
「仕方ないだろ。通ってた学校は小も中もほぼ男子校みたいなもんだったんだから。自然にこんな口調になってたんだよ」
近所には年頃の同姓も居なかったので、学校だけが唯一の交流の場だった。そのせいか、高校に入るまでは女友達なんて一人もいなかったし、親父もオレの口調に関しては何も言わなかったので、別に気にしてはいなかったのだ。
まあ、今も気になんてしてないが。
「気にしたほうが良いと私は思うよ。素材は良いんだから、それさえ直せば男なんてより取り見取りなのに」
「オレは男が嫌いだから別に良いんだよ」
大体ちょっと口調を変えたぐらいで、寄ってくる男なんてどうせ大したモンじゃないだろう。
「でも捺揮ちゃんは頭も良いし、運動能力も抜群だし、美人だがら結構持ててるんだよ」
「嘘付け。校内でオレに話しかけてくる男なんて皆無に等しいぞ」
「だって捺揮ちゃん、「近寄ってくるなオーラ」みたいな物だしてるんだもん」
だってうぜぇだろ。男なんて。
とか思っていると、恵理香は満面の笑みを浮かべた。
「と言う訳で、今日のピリ辛風味、恵理香ちゃんのレディへの道会話レッスンを受ける?」
「どう言う訳だ。いらん」
「またまた、遠慮しないで」
「口の動きを良く見ろ、い、ら、ん」
オレの明確な拒絶を、恵理香は笑って右から左に受け流す。
「捺揮。先のために受けておいたら?将来的にその口調でやっていける保証は無いんだからさ」
「それに私たちのクラスって、たしか文化祭でコスプレ喫茶やるでしょ。もちろん捺揮ちゃんも出すつもりだからその練習って事で」
彩と恵理香がオレを説得しようとする。
「・・・・・・とか言いつつオレで遊びたいだけだろ」
「まさか」
彩が演技が掛かったように頭を横に振る。
「ただ捺揮のためを思ってだよ」
はいはいそうですか。やりゃ良いんでしょ、やりゃ。
オレが降参のジェスチャーをすると、恵理香はさらに満足したようだ。
「じゃあまずは、オレではなく私と言ってみましょう」
「たわし?」
いかんいかん。思わず拒絶反応が出てしまった。
「たわしじゃなくて、わ、た、し。これから先はわたしが主語で会話ね」
「わ、た、し。これで良いのか?」
「結構結構。じゃあ次は・・・・・・・・・・・・・・・」
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ザワザワと人が入り混じり、耳が痛いほどに騒がしい空港で一人の青年が、微笑を浮かべたまま好奇心を出しながら歩いていた。
「きょ・・・・・・エイド殿。先に行かれては困ります」
慌しい中で、青年の背中を必死に追いかけるプラチナブランドの女性がいた。
「おやおや、すみません。日本には始めて来たので、少し浮かれていました」
青年は振り返り慌てる彼女を見て、まだ微笑を浮かべて答える。
「エイド殿。少しは慎重に行動なさってください。何があるか解りませんので」
「日本は比較的平和な国と聞いていますが?」
彼女は額に小さいしわを寄せる。
「万が一という事もあります。御身に何かあると一大事です」
青年はやれやれという風に肩をすくめる。
「そんな風に肩を硬くしてたら何処に行っても楽しめないよ」
青年は琥珀色の瞳を細くしながら続ける。
「それに、今の僕は執行人だよ。君は隠密行動と情報戦には向いていると思うけど、こういう場には不向きだね」
青年は女性を叱咤している様だったが、その口調は彼が気分を害している感じではなかった。
「も、申し訳ございません」
それでも彼女は必死に頭を下げていた。その様子を見て、青年は彼女に聞こえないように小さなため息をついた。
(やっぱりギリー君にしたほうが良かったのかな?)
青年は二十代後半の男性の姿を思い浮かべる。でも彼も何処となく硬っ苦しいので、やはり彼女を選んだのは最適だったといえよう。
「そういえばフィネス君。君の商売道具はどうしたのかな?」
彼女がいつも隠して携帯しているそれを、現在は所持していなかったので疑問を投げかける。
「それでしたら一般の航空機では持ち込めないので、密輸してその地域の神父に預けています」
そうか、と青年は頷いた。
そのまま彼らは歩き出し、無数の人が入れ替わり続けるそこを後にする。
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今のオレはオレであってオレじゃなくて、今喋ってるのはオレの偽者とかで、本物のオレはきっとスリランカとかで本物の夕日などを見ているはずだ。
オレの目の前には頬を引きつって笑いに絶えている二人が居る。
そこにオレは爆弾を投げかける。
「どうして二人とも笑ってるにゃ。私、何か可笑しい事言ってるかにゃ?」
それが決め手となったのか、二人は堰を切ったように笑う。嗤う。哂う。
もう我慢の限界。
「ていうかにゃ、どう考えても方向性が違ってんじゃにゃいかーーーーーっ!!」
オレは二人の柔らかい頬を摘み上げ捻り潰す。
「ひたいひたいよ、なふひひゃーん」
「あたたたたごめんごめんて、捺揮がすっかり騙されちゃったから、つい面白くて」
まだ嗤ってやがる。このまま頬を引き千切ったろか。
「お前らを信じたオレが馬鹿だったよ」
いまだに頬を引きつらせて嗤うことを我慢している二人に、不機嫌にオレは言ってやる。
「でもさっきの捺揮ちゃん、すごく可愛かったよ」
「うんうん。思わず抱き着きたくなっちゃう程だったね」
「てめぇら笑ってただけじゃないか」
オレはそっぽ向き、ガラス張りの窓の向こうに視線を向ける。ちょうど、パトカーの高速で複数台に渡って、通り過ぎていくところだった。
何か大きな事件でも起きたのだろうか。
「最近多いよね」
ポツリと、彩が独り言のように呟いた。オレは彩に視線を戻す。
「多いって、最近なんか事件でも多発してんのか?」
「捺揮ちゃん知らないの?最近、通り魔とか一家虐殺事件とかが隣町で多発してるみたいなの」
淡々と、まるでその事件と関っているような口調で恵理香が続ける。
「しかもその殺人に使った凶器は、鈍器の様な物での撲殺って事になってるけど、検査結果だとまるで人が素手で殴ったような形をしていたらしいの。通り魔事件のほうも、みんな頭を何かの力で潰されてるみたいなんだって」
一般的と常識的に考えて、人が素手で一家惨殺なんて到底不可能だろう。いや、鶯真なら出来そうな気もするが、アレはもう人間じゃないので無視して構わないだろう。それと、通り魔の方。昨日現れた魔人。それらが隣町のほうで無差別に人を襲っているというのなら合点がいく。だがそれでは、オレが今までその事件を知らなかった事はどう説明できるだろう。もし魔人による事件が多発しているというのなら、エセ神父の方から何かの要請があるはずだ。あいつが今までそれを放置していると言うのであれば納得がいかない。アレはアレでアレだけど一応は神父で仕事をこなしている様な気がするのだ。ただの勘だが。
オレが思考を巡らしていると、彩が「次は何処に行く?」と話題を変えてきた。
憶測だけの考えなど纏る筈も無く、オレはその流れに乗ることにした。
「服とか見ていこうよ。特に捺揮ちゃんはもうちょっと色気が出るような服を着なくちゃ」
すっかり切り替わった恵理香は、オレに服を勧めてくる。正直に言うと、そういう物にも興味がないと言えば嘘になるが、それによって動きが制限されるのは気に入らん。
すると唐突に、オレの鞄から異様なサイレンのような着信音が響く。
オレはそれを、何も聞こえないフリをして無視する。
「捺揮。何か鳴ってるっぽいんだけど?」
「無視しろ。それに出ると、オレは今から地獄の住人が起こした災厄に一々出向かわなくてはならなくなる予感が猛烈にする」
しかし、携帯電話は一向に鳴り止まないので、オレは最大限の嫌悪を持って電話の電源を切った。
これでオレの平和は間違い無し。あー幸せだこんな日がいつまでも続けばいいのに。
ケーキも食べ終わったので、オレ達は席を立つことにした。すると今度は彩の方から、携帯電話の着信音が鳴り出した。
彩が「いったい誰だろ?」と怪訝な顔をして、電話に出た。俺は腹部と胸部が緊張するほどに嫌な予感を覚えた。
無言が続き、彩がチラチラと俺に視線を送る。そして、物凄く意味不可解な顔をしてオレに電話を差し出してきた。
「いったい何処のアホからだ?」
オレは携帯電話を受け取りながら、彩に問いただす。
彩は無言で哀れむような視線を俺に向けてきた。
オレは携帯電話の先を耳に近づける。
「誰だ?」
「貴様こそ、誰がアホだと?」
物理世界一のアホからの声だった。
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揺れるたびに背中に当たる魔刀ギルムは竹刀袋に入れて背に抱え、運動靴から履き替えた、周りには識別できないようなデザインの戦闘靴で、地面を苛々しく蹴りつける。
ある程度の距離を歩くと、隣町とを繋ぐ大橋の前でそいつは悠然と立っていた。
生ける彫像のような腹立だしい程の美形の横に、二人の女が寄り添うように立っていた。
一人は二十代前半ぐらいの眼鏡をかけたすらりとしたスタイルの美女だ。もう一方は、少し痩せ気味の自分と同年代ぐらいの美少女だった。どちらもオレの知らない人間だった。
そして二人ともが、鶯真の横顔に魂を奪われたかのように陶然と見惚れ、鶯真の声にいちいち頷いていた。
鶯真の近くに女たちが群れているのはいつもの事だ。
「今から仕事だ。お前達は何処かに行ってろ」
女達はオレから見ても哀れなくらいに、脱兎のごとく先を争うように去っていった。まるで暴君の忠犬だな。
「お前いったいどんだけ女がいるんだ?」
俺は彼女たちが去った方角を見ながら疑問を投げかける。
「さあな、女の方から勝手に寄ってくるので、途中で数えるのを止めた」
「お前、ホントに女の敵だな。いつか刺されろ」
俺の言葉に鶯真は鼻で笑う。
「その時は、別の女が身を挺して守ってくれるだろうな」
全世界の女代表として、オレは想像の中で鶯真を刺しておく。もちろん、かなり遠くから。
「無駄話はここまでだ。早く行くぞ」
鶯真は身を翻し、橋の向こうに歩き出す。
オレは苛々しく後を追う。
「穐宗からの召集だったのだが、貴様が一向に電話に出ないのでな、仕方が無いので貴様の知人に掛けて見たところ見事当りだったのだ。なぜ怒っている?」
「天国のお花畑で遊んでいるが如く、幸せ満喫中だったにも拘らず、いきなり地獄に落とされ閻魔のような奴に会い、果てには働けと言われて不機嫌にならない奴がいるのか」
オレは鶯真を睨みつけたまま言う。
「そして一番の問題は、なぜ、お前が、彩の電話番号を知ってるんだよ」
鶯真はその内面に綺麗に反比例しているような、無駄なまでの神々しいほどの美形である。
彩はオレの大切な友人だ。まさかとは思うが、彩がこいつの毒牙に掛かっているのなら、・・・・・・殺す。
いや、正面からは無理っぽいので、夜道に背後から超高位大魔術で正義と道徳がたくさん詰まった、オレの裁きの鉄槌という名の暗殺を執行する。
「少し調べてみたいことがあったのでな、校内の図書室を行ったところ貴様の知人がいたのでな。それだけだ」
「いや、何でそこから番号を聞くまでに発展するんだよ」
「女性に番号を聞かないのは礼儀として普通であろうが」
「お前の礼儀は普通の一般人が考えている礼儀と、大きくかけ離れていることに、いい加減気づけ」
今度彩に会ったら、携帯の番号を変えるように説得しよう。いやマジで。
「お前、それほどまでに女癖が悪かったら何時か母親がストレスで病死するぞ。「昔は無邪気でいい子だったのに」とか言ってさ」
鶯真は返事を返さない。どうやら思い当たる節があるようだ。ざまあ見ろ、けけけ。
「お前が母親に見捨てられるのは時間の問題だな」
「そんなことは無い。母上は俺を愛している」
「お前、二言目には母上だな。そういやおまえ、前に女嫌いだって言ってたけど、自分の中での女は母だけだって意味か?」
鶯真が黙りこくる。げげ、もしかするともしかしなくても図星っ!!
「あの〜鶯真さん、ここ日本では近親相姦と言う素晴らしい四字熟語があるのですが」
「冗談だ。俺は母上に真実の愛を捧げているだけだ。それに、これでも許婚がいる」
そうか、と冗談かと残念がるより、鶯真の許婚がいると言う言葉に、しばし理解が遅れた。
こんな人間的に破滅した、社会に不要どころか害を与える糞以下人間の妻になるなんて、きっと宇宙的に広い器の持ち主なのだろう。一回で良いから顔を拝んでみたい。
「ついでに言うと、そいつは俺と許婚と言う関係であることを知らない」
あ〜あ終わったねその女の人生。鶯真の妻となったあかつきには、鶯真の言動や行動を理解できずに「あの人はいったい何なのだ?」と悩んだ挙句、ストレスが蔓延し、白髪や皺などが増え続け、果てには精神科の病院に通院または入院する末路が、オレには見えてきた。
「許婚って美人なのか。ていうかオレの知ってる奴?」
「性格はかなり難ありだが、美人といえば美人、なのか?」
「何で疑問系なんだよ。オレが知るか」
軽口と軽口を重ねながら、いつの間にか目的地にたどり着く。
隣町の丘の上に凄然と、周りには建物一つ無い場所でそれは建っていた。
オレと鶯真にとって愉快な思い出など何一つ無い教会。
そこだけは今まで通っていた騒がしい雰囲気などは無く。静寂と不気味さを蔓延さしていた。
オレはいつも此処に来ると吐き気を覚える。
鶯真は何も感じないらしく。歩調を緩めることなく、床石を蹴り歩く。
オレは嫌々ながらも鶯真に付いていく形で教会に向かって歩を進める。
ふと、何かの視線を感じて足を止め、周りを見渡した。小鳥のさえずりが聞こえるだけで別段変わった様子は何も無かった。
気のせいか。
思い直して、オレは教会の中に入った。
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教会の中に入ると、これまた異様な雰囲気が漂っている。
ただオレがそう思ってるだけなのだが。
前方の教壇の前に、鶯真と同じくらいの身長の中肉中背の眼鏡男が立っていた。
ここの教会の神父であり、かつ、自称親父のライバルと言っていたエセ神父である。
そいつが徐に言葉を紡ぎ出す。
「よく来た鶯真、それに捺揮。召集からかなり時間が経っているように思うが、今は不問にしよう」
落ち着いた感じで低い声を出す、齢三十代後半の男。穐宗。まるで時代劇とかに出てきそうな名前だなとつくづく思う。
こいつは新教会所属の神父でありながら、魔術協会にも籍を置いている曲者なのだ。オレには鶯真と並ぶただのアホにしか見えない。
「ところで捺揮。私が送った新しい服は気に入ってくれたかな?」
「あんな服を着たらオレはきっと発狂死する」
オレは亜高速で答えてやる。
オレの返事にエセ神父は自らの顎に手をやり、フム、と呟いて何かを考え込む。
そして教壇の下から何かを引っ張り出してきた。
「君がそういうと思ってな、少し趣向を変えてみた。今までのは私の趣味が半分入っていたからな、これなら君に似合うだろう」
とか言いながら、オレに引っ張り出した来た服を掲げる。
確かに今までのフリフリガ付いた、いわゆるゴシックロリータのような下手物ではなく、近代的かつ流行的な服といえよう。
オレはその服を受け取る。
「ほう、やはり君も気に入ってくれたか。それはなによ「びりりりりりりrr」りだ?」
そして破く。それはもう徹底的に上から下まで真っ二つに。
ていうか。
「こんなもんをオレに着ろと?てめぇオレに羞恥死ねって言ってんのか?」
何が悲しくてへそを露出するような服を着なあかんのだ。
「ははは、私の月収の五分の一が飛ぶほどのブランド品だったのだが」
「そんな金あったらユニセフ募金でもしてろ」
前々から思っていたが何でこんな奴が神父なんてやってんだ。おかしいだろどう考えても。
オレが世界の不条理とか考えていると、横から鶯真が不機嫌さを隠そうともせずに、どすが聞いた声を出す。
「茶番はそこまでにしろ貴様ら。穐宗、用が無いと言うのならオレは帰るぞ」
穐宗が鶯真に視線を移す。
「すまない。ではそろそろ本題に入ろう。最近この街で猟奇的殺人が続いてることは知っているな」
オレは頷く。知ったのは物凄くついさっきなのだが、前から知っていたように振舞うのは別に罰じゃないと思う。
鶯真の方は至極当然だ、と言いたげな顔をしている。なんか悔しい。
「頭の回転が速い君達なら薄々感ずいているとは思うが、それらの犯人は」
エセ神父が一間を空けて言う。
「魔人だ」
次話公開は1または2週間後になります。
初めて真面目に創った作品なので設定とか曖昧です。なので何か質問があれば、評価と共に送ってください。