剣と術が交じる時1
「ガウオッ!」
それは咆哮を上げ、大気を揺るがし。オレの鼓膜を痛いほど震わす。
その後に起こる静寂と共に訪れる暴炎。
おそらくは人など一瞬で灰にするだろう。
「風律欠界!」
右手に構えていた魔刀ギルムを前方に構える。その先端から大気が振動し、そこを中心として風が二分に分かれていく。二分した空気の道に誘導されるように、およそ1千℃を超える青白い炎が俺の約一・五メートル先で二手に切断されていく。
掠りもしない炎はオレにジリジリと熱を与えてくる。
熱さによる脂汗が出てきたところで炎の威力が弱まってきだし。
オレはここに機会を見つけ、風の盾を継続して発動させたまま、魔刀ギルムに魔力を通し、詠唱と同時に魔力を編み、魔術を構成させていく。
「ザ※ジュ・レ#bヂィユツ・・・・・・・・・・・」
古来より伝えられてきた魔術の詠唱は、今はどの国の言語にも当てはまらない。一般人が聞いても意味が分からないし、意味が無い。
魔術師が魔術のためだけに創りだした言葉だ。その言葉自体には全くの意味は無い。魔力を用いて魔術を発動させる過程での、いわば自己催眠のようなものだ。
その魔術の原理と構成過程を完璧にマスターしたら、詠唱は必要なくなるのだ。
「爆砲利空・滅っ!」
空気が風により霧散する事による一瞬の静寂。その一瞬後に起きる爆音と爆風で体が持っていかれそうになる、がなんとか足を踏ん張り、堪える。
前方。
そこには、抉れた地面と、そいつの四肢っぽい残骸が黒焦げになって転がっていた。
仕事を終えた安楽感と魔力の消費で、立ちくらみの様なものを覚えるが、頭を振り、四方を確認する。
全くの気配なし。それがオレの戦闘終了の証拠となった。
「火石竜子は楽だな。いつもこれだけなら疲れないんだけど」
嘆息と同時に出る欠伸を噛みころして体を伸ばす。
「毎日ザコの相手などしていたら腕が鈍るどころか、退屈すぎて死んでしまうな」
隣から雑音。お前はこのクソくだらない掃除に何を求めとんだ。この戦闘狂が。
「それと捺揮、術の名前を叫びながら発動させるのは、今時どうかと思うぞ。お前がそういう方向性のアニメに嵌っているというのなら、あえて俺は何も言わないが」
「鶯真こそオレに教えてくれ。お前はときどき単細胞か痴呆症なのか微妙だから、お前の主治医が安楽死の方法に困ってるそうだぞ。お前はどの死に方がお好みだ?今ならオレが無料で行ってやる」
いつも通りの下らないやり取り。
オレは魔刀ギルムを鞘に収めた。
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薄暗い夜を強調するような月。
ここ尾久市は霊脈に優れた土地で、世界各国を詮索してもこの上を行くのは手の指の数もない程だ。
その霊脈に惹かれて、先ほどのような魔物などが此処にたどり着き、街を徘徊するのだ。その様な異形の者共の相手は一般人などには手に負えるものではない。
故に魔術協会と言う組織は、管理者として古くからのエリート魔術士の家系を、この土地を治めさせている。
その魔術家の姓が坂魅であり、その次期当主が俺の隣の隣の隣で豪剣を背負い憮然とした表情で歩いている、坂魅鶯真だ。
認めたくはないのだがオレの相棒で、最強に近い魔剣士で無駄なまでの美貌の持ち主だが、その性格と女癖の悪さは人類全てが交流不可能なまでに捻じ曲がっている。
オレは仕事帰りのサラリーマン以上に深く大きいため息をを吐きながら、腰にぶら下がった鞘に目を落とす。
鞘には魔刀ギルムが収納されている。
魔鋼大業物刀。通称<魔刀ギルム>。
白々と月に反射する日本刀のような刀身は、まるで活きているかのような存在感がある。
通常、人間なら誰でも魔力を持っている。魔力と言っても、それはいわば生命力のようなものなのだ。
一般人と魔術師の違いは、その魔力を通す道である魔術回路があるかどうかなのだ。それが、生まれながらにあるか、ないかによって素質が決まる。
しかし、魔術回路があっても出口が無いため、結局のところそれを外に放出し干渉させることは出来ない。
だが、不可能でもない。
宝具と言われる物がそれを可能にする。
魔刀ギルムもその一つだ。
魔術師はそれらに自らの魔術回路を結合、同化させ、自分の代わりにそれを出口にして、術として初めて発動させる事が出来る。
宝具は、剣、槍、弓、銃、宝石と様々にあり、自らの体を宝具と一体化した奴もいた。宝具は基本的に魔術師の家系に一つか二つぐらいしかない。それを次の当主である肉親に譲り渡す。
この刀も長年使ってきたせいか、魔術発動のさいのシンクロが最近うまくいかない。
オレはその刀身を覗き込むように見る。
刀身に少し疲労が目立つ自分の顔が映る。友人に、この顔と俺の言動が似合わないと言われたが、別に気にする程でもない。
我知らず腹を押さえていた。胃が鈍い疼痛を訴えだす。
「胃痛か、下法使い」
「腹が空いただけだよ、心配でもしてくれたのか?」
鶯真が呟く。腹を擦っている所を見られたらしい。
「貴様の首の切断手術なら、俺がどのような状況でも喜んで行ってやろう」
「その前に、お前の脳手術の予約を入れとけよ。異常だらけで手遅れかもしれないけどな」
冷めた鉄の囁き合い。
これも日常茶飯事。こいつと馴れ合うことができる人類はいない。何故ならこいつは猿人以下だからだ。
「さって、腐れ仕事も終わったし、明日は学校もねぇ。久々にゆっくりできるな」
鶯真の返事はないが続ける。
「オレは彩と恵理香たちと一緒に映画を見に行くが」
「動画なんかに興味は無い」
「別に誘ってねぇよ」
鶯真が黙りこくる。オレに優勢。
「それで、お前は明日何するんだ?」
「人間生活」
分かってはいたが、こんな性根が腐った奴と会話が成り立つ奴なんて、この世には絶対存在しないね。もちろん異世界とかにも。
オレはあることに気づいて周りを警戒した。
唐突に鶯真は背に抱えた魔豪剣エルドスを静かに、優雅に抜刀する。
「捺揮」
「分かってる」
魔剣士なんかに言われる前から、オレはその気配を感じ取っていた。
火石竜子を灰にした公園を出た辺りごろから、オレ達はつけられていた。いや、正確にはつけさしていたのだが、此処に来てそいつが行動に移したらしい。
オレは柄に手を掻けようとするが、膨大な殺気を感じ取り、半ば反射的に右側に飛び転がる。そのコンマ数秒後に俺の立っていた位置に疾風の刃が音速以上の速さで駆け抜けていった。その後に続く激しい金属音。鶯真が魔豪剣エルドスで何かを弾き、返す刃で敵を切斬しようとする。
鶯真と対峙していたのは人の形をしていた。だが、物理現象にまで及ぼす膨大な殺気は、到底人には及びもつかない程だった。
「ちっ」
鶯真が瞬時に後退し相手との距離をとった。オレはその事実に愕然とした。人類の大半が嫌悪するような性格の持ち主の鶯真だが、その実力は本物で、奴に接近戦だけで有利に立つ奴がいるなど思っても見なかった。
だが驚いている暇は無い。オレは魔刀ギルムを抜刀し、地を蹴り疾駆する。
同時に鶯真も相手との間合いを詰め、鶯真と左右からの斬撃を同時に叩き込む。
奴は棒立ちにつっ立ったまま右腕でオレの刀を、左腕で鶯真の剣をそれぞれ受け止めた。
鶯真の超高速、超重量で飛来する剣が奴の左腕を半ばまで切り裂く。逆に言うとそれだけしか斬れなかった。鶯真はオレみたいな魔術師ではなく、主に接近戦を主体とした戦闘スタイルを持つ魔剣士なのだ。
魔剣士は魔術師のように、魔術を構成して世界に干渉することを主としていない。魔剣士は魔力を外に放出するのではなく、内に魔力を通し身体能力を向上させるのが普通だ。しかし、人の体ではその負担が大きく、その様な理由で魔剣士は魔術師より少ない。だが、鶯真はそれには当てはまらない。幼稚子から魔剣士としての訓練で頑丈に鍛えあがった体は、人の域を超えてしまっている。加えて鶯真は、魔力を凝縮、瞬間的に放出することによって、動きの一つ一つを加速さしている。魔力の消費が激しいそれは、魔力量が通常より遥かに凌駕している鶯真だからこそできるのだ。その鶯真にかかれば、鋼でできている丸太も切断することができるだろう。
その鶯真の剣を片腕を半ば斬らせただけで止めたのだ。
無論、オレの刀など奴の肉を斬れる訳無く、皮膚を傷つけることもできなかった。
だがこれで終わりではない。オレは密かに詠唱していた魔術を発動。術名、重嵐押岩。凝縮させた大気を爆発的に開放させる事によって、重質量をもった空気の塊が奴の体を軽々と、いや、重々しく後退させる。
鶯真は追い討ちをかけるように疾駆し、ギロチンのごとく奴に魔豪剣を振り下ろす。奴は両腕でそれを受け止めるが、今度の魔豪剣はそれを斬断させ、奴の左肩に叩き落す。
鶯真は操術の一つである超周波鋼煉を発動させ、魔豪剣エルドスの刃を一秒間に6千にも及ぶ超高速振動させることによって、その斬断力を倍化させやがったのだ。
そこでオレは違和感に気づいた。奴の体から血が出ない。
続く刃で、鶯真は奴の首を切り飛ばそうとするが、奴は常識を逸脱した速度で後退した。その瞬間にオレは爆砲利空・滅を奴の顔面に発動させる。風と炎の魔術を合わせた、基本的な爆発魔術だ。その程度では奴に致命傷は与えられないが、動きを一瞬止めるだけで十分だった。
その一瞬で鶯真は距離を詰め、魔豪剣エルドスで今度こそ奴の首を刎ねた。
奴の頭がゴトリ、と地面に落ち、段々と灰化していった。
気がつけば胴体も跡形も無かった。
「結局なんだったんだ?」
それを見下ろしながら相棒に疑問を投げかける。
「さあな、だが明らかに人ではないな」
「そりゃそうだ。ただの人間があんな動きをするはずないし、血が出ないのもおかしい」
それ以前に、鶯真の剣を止めるほどの体の造りをしている人間がいたらとんでもない。
「そういえばお前、さっきの奴相手に後退してたみたいだけど、足でも滑ったか?」
この程度の敵に鶯真が遅れをとるとは思えない。オレは皮肉に言うように疑問を投げかける。
「馬鹿な寝言は永眠してから言うんだな。これを見てみろ」
鶯真は魔豪剣エルドスでそこを指す。俺は目を凝らしてみてみた。そこにはアスファルトが半径2メートルぐらいにかけて沈没していた。
「先ほどの敵が使ったのは高位魔術の一つだ。おそらくは重力操作の類であろうな、あと少し後退が遅れていれば、さすがの俺でも腕の一本はもっていかれた」
淡々と鶯真は続ける。
「奴はそれ程の高位の術を使ったにもかかわらず、魔術詠唱どころか宝具らしきものも身に着けていなかった。これらから推測されるのは一つだ」
「・・・・・・魔人か」
オレはきっと嫌な顔をしていただろう。
魔人、----------世界のどこかには五箇所だけ、魔界とやらに通じるゲートと言うものがあるらしい。宝具の大半は人が作った人工物ではなく、そこから流れ出てきたものらしい。そして、そのゲートを監視し、封印をを維持する組織が神教会と言われている。昔、魔術協会の一部が更なる魔術向上を理由に、ゲートの封印を解こうとして、新教会と戦争になった過去がある。そんな事があったことで、現在進行形で魔術協会と新教会は断崖絶壁の壁のごとく壊滅的に仲が悪い。魔術協会に所属していないオレには関係の無い話だ。話を最初に戻すが。一時期だけゲートの封印が解かれ魔界とこちらの世界が繋がってしまったことがあったらしい。その時にあちらからこちらの世界に来たのが、憑依性の強い実体を持たない悪魔だ。そいつ等は人にとり憑き自我を奪う。そうして生まれるのが特殊能力を持った人間だ。奴らのことを魔人と呼ぶ。先ほどの戦闘で鶯魔の剣を受け止めることができたのは、その能力によって質量密度を上昇させ、肉体強化を行ったからだろう。
俺達は会話を続けながら歩き出す。
「それにしても何で魔人がこんなところに出てくるんだ?」
「情報の少ない事を議論しても始まらない。明日、穐宗に情報提供を要求したらどうだ。もしかしたら何か知っているかもしれんぞ」
「げ、あのエセ神父にか?」
俺は奴の顔を思い出して、思いっきり顔をしかめる。
「思い出したが、穐宗がまたお前に服を送ってきたぞ。どうして俺宛に届くのか不思議と不快で堪らない。さっさとあの服を着て穐宗の前に姿を現して奴を満足さしてやれ」
「あんなフリフリの付いている服はオレの好みじゃねぇ。絶対、着んっ!」
それ以前にあの服を着ると何か裏がありそうで恐い。
「そういえばオレも思い出したが、女遊びは程々にしろ。お前が捨てた女がキーキー言いながらオレに詰め寄ってくるのはいい加減、堪忍袋の尾が真っ二つに引きちぎれそうなんだよ」
「なんだ、自分に男ができないから俺に八つ当たりしているのか?そういえばお前は校内新聞で「彼女にしたくないアイドルナンバー1」に選ばれていたではないか。おめでとう」
ブチッとオレの頭の中で何かが切れる音がした。
「てめぇ言いやがったなっ!!普段はクールを気取ってるけど、実は中学二年生まで母親と風呂入ってたくせにっ!!」
「き、貴様どこでそれを!!貴様こそ昔飼っていた金魚に初恋の男の名前をつけて、毎日毎日、金魚に向かってその名前を呼んでいたそうではないかっ!!」
「なっ、何でお前がその事を知ってんだよ!このマザコンっ」
「黙れ男女。珍獣であるお前の鳴き声は俺の耳が痛くなる要因だ。さっさと消えることを切に祈っている」
「オレの半径50メートル範囲にいる魔剣士に伝えといてくれ。お前が呼吸する度に地球温暖化が倍の速度で進行するから、人類全てのために超音速で死んでくださいとね」
沈黙。俺達はお互いを睨みつけたまま無言。
先に均衡を破ったのは鶯真の方だった。
「やはり、貴様の性格は根元からボロボロだな」
「性根が溶けて、跡かたも無くなっているお前が言うな」
俺達は罵倒を言い合いながら歩いていると、十字路にたどり着いた。此処はオレと鶯真の分かれ道でもあった。
こいつと一緒にいると秒単位でストレスが溜まっていくオレにとっては、此処からは安息の道になるわけだ。
「じゃあな。さっさと帰ってママの膝枕で寝かしてもらえ」
「貴様の方こそ。明日、調子に乗って化粧なんてするな。どうせ化け物になるだけだからな」
別れ際まで厭味の押収をする俺達は、ある意味特別な関係だろう。少々キモイ響きだが。
「俺は貴様が嫌いだ」
「素晴らしく気が合うな。オレもお前が大嫌いだ」
厭味には厭味を返すのがオレのモットー。つーか嫌い以前に死んでくれねーかなー。マジで。
「ふん。ではな、星と剣の祝福を」
鶯真はどっかの種族の別れの言葉を投げ捨てて、オレの返事など待たずに踵を返してそのまま歩き出す。
オレは嘆息し、長く重い空気を吐いた。
そのうち、どうせまた奴と組んで魔物や魔人との壮絶な殺し合いをすることになるだろう。
休暇の日ぐらいは、せめてそのことを忘れて、楽しい一時を過ごそう。
オレは夜の風を受けながら、まっすぐに家に帰った。
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そこは火の海だった。自分の家だけではなく、その隣の家もその隣もその隣も、延々に続く炎々だった。オレはその地獄の中をただ歩いているだけだった。目に映る死体など無視して、耳に響く助けを呼ぶ声など聞こえないフリをして、何も考えずに歩いていただけだった。周りから迫りくる炎と、それに襲われた人だったモノを見て、自分も此処で死ぬのだと、客観的に考えていた。どれだけ歩いても周りは赤一色だった。我知らずに脚が止まり、オレは膝から体を崩していった。オレは仰向けに倒れ、灰色に染まっている空を見上げていた。ポツリ、と一滴のしずくが目の下の頬に落ちてきた。それを合図とするように、ザーザーと一斉に大粒の雨が降り出す。後一時間。いや、三十分雨が降るのが早ければ、いったいどれ位の人たちが助かっていたのだろう。そんなことは分からない。雨は今になって降り出してきたのだから。オレの意識が朦朧としだしてきた。体力の限界はとっくの昔に過ぎていたのだ。風前の灯だった。もう死ぬんだなと諦めかけた時だった。ピチャピチャ、と雨に濡れた地面を踏みしめる音が聞こえる。オレは重い瞼を必死に開けて見た。オレの真上で、青年のような男性がオレを見下ろしていた。その顔はまるで、オレが生きていたことを喜んでいるようだった。男は雨に濡れていたからはっきりとは言えないが、オレにはその男が泣いているように見えた。そこで、オレの意識が暗転した。
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いきなりだが、オレは男が大嫌いだ。絶滅しろってくらいの嫌悪感がある。そんな考えを持ってしまう99.8パーセントの要因は、鶯真やエセ神父の存在のせいだろう。
男共全員が奴らと同じ種類に分けられると思うと、思わず誰でもいいから男をぶん殴りたい衝動に駆られる。
男全般は嫌いだが、それでも一応は好みというか理想がある。
包容力と言うものがある男がいいのだ。
今時の男にそんなものを求めるのもどうかと思うが、親父がそうだったから憧れているのかもしれない。
まあ、理想云々の前にオレはこの言動のせいで、はっきり言って持てない。というか恐れられている。というか、なんか引かれてる。
という訳で、学校内ではもうオレに軽々しく声をかけてくる奴は皆無になった。
だがしかし、こうして女服を着て街に出ると必ず声をかけてくる奴らがいる。
その内の十中八九は、そんな暇があるんなら勉強しろよって思わず言いたくなりそうな、いかにも頭が悪いだろうと思うチャラチャラとしたナンパ男だ。
「ねぇ、君一人?」
残りの0.2パーセントはそいつ等のせいだろう。オレは人を見かけで判断する奴が嫌いだからだ。
「もし暇だったら僕とお茶しない?君可愛いし」
だからオレは完全無視を決め込んでいる。いちいち返答なんてするのも面倒だ。
「もしもーし。聞いてる?」
大抵の男はちょっと無視したら、あっさり諦めるのだが。
こいつは自分に自信があるのか、かなりしつこい。
「あのさ、君の事なんだけど、もしかして無視」
しかし、いくら無視していてもオレにも限界というか、堪忍袋の尾と言う物がある。しかも、日々鶯真やエセ神父のおかげで物凄く切れやすくなっているため、今現在でのオレの許容範囲はかなり狭いのだ。
「おいっ、無視かって聞いてんだよっ!!」
で、いきなりそいつがオレの肩を掴んできた。
限界と言う名のリミットをオーバーしました。
ていうか、我慢の限界じゃボケーっ!!
大体。「無視ですか?」って聞かれて「はい。無視です」なんて答えるのは、修学旅行の就寝時間とかで先生に「もう寝ましたか?」って聞かれて、律儀にも「はい。寝ました」と答えて寝ていないことがばれてしまって、廊下に正座させられるのと全くの同義なんだよっ!。
オレは今と昔の怒りを視線に乗せてそいつを睨みつける。
「うっ・・・・・・!」
オレの怒気を感じ取ったのか、オレにナンパしてきたチャラ男は戦慄し、後ずさる。
「今オレは物凄く腹が立っている。分かるな?お前の存在を抹消されたくなかったら3秒以内に消えろ。むしろ死ね、不愉快だっ」
そいつはようやく、なにを言われているのが分かったのか、超情けない鼠の様に人混みの中に消えていった。
たく、くだらねぇ。オレはチャラ男も嫌いだし情けない男も嫌いだ。
やっぱ男共は絶滅してしまえ。
「捺揮ちゃーん!」
オレが男殲滅計画を思案していると、聞きなれた友人の声が真後ろから聞こえてきた。
オレはゆっくりと振り返り、一瞥する。
「遅いっ!いったい何時だと思ってるんだ」
「ちゃんと時間通りじゃん。捺揮が早すぎるんだよ」
オレに言ってきたのは、校内新聞で「彼女にしたいアイドルナンバー3」に輝いていた、三津浦彩だ。身長はオレより少し高いくらいのロングヘヤーの美女だ。出るところは出て、締まるところは締まっている完璧なプロポーションは美女と言うに相応しい。
「捺揮ちゃん。何時に此処来たの?」
と、オレの聞いてきたのは、同じく校内新聞で
「妹になって欲しいアイドルナンバー1」に選ばれていた月島恵理香だ。ショートが似合う美少年のような小柄な少女は、持ち前の可愛らしい笑顔で妹属性の男を常日頃から誘惑している強者だ。
「約二十分前」
「知ってる」
「・・・・・・・・・」
「実はさ、私たち捺揮が来る前に到着してて、影から捺揮の様子を見てたんだ」
「捺揮ちゃんが、どれくらいナンパされるか賭けてたんだよねー」
「・・・・・・・・・」
「恵理香それ言っちゃ駄目だって」
「結果から言うと、何と十五分間で六回だよ。新記録だね」
「・・・・・・・・・お前ら。オレをだしにして賭け事してたのか?」
「「うん」」
「奢れ」
そんなやり取りを続けた後、オレ達は目的地に向かい、歩き出した。
空はきれいな青色をしていた。
一瞬の一時だけでも、オレは彼女達のによって激務を忘れることができる。
そういえば、オレの自己紹介をしておこう。
オレの名前は柊捺揮。
身長164センチメートル、体重はノーコメント。髪は肩に垂れる位の長さだ。
この言葉遣いでよく誤解されるが、一応女だ。
十一年前、親父に死にかけだったオレは助けられ、養子になってから柊の姓を貰った。
親父は魔術師であり、その事実を知ったオレは親父に魔術を教えてくれと強請った。
はじめは渋っていた親父だったが、オレに素質が在ったことと、持ち前の諦めの悪さで何とか基礎知識だけは教えてもらった。
それから親父は五年後に死んでしまったが、オレは独学で魔術の構成式を学んだ。
鶯真と出会ったのは四年前ぐらいだったかな。親父はフリーの魔術師で魔術協会にすら所属していなかったが、尾久市を管理している坂魅家とは昔からの交流があったそうだ。親父が死んでしまい、孤立した魔術師となってしまったオレに、坂魅の現当主が協力関係を結ばないかと言ってきた。内容はシンプルだった。オレに次期当主と最近多くなってきた魔物などの<異形のものども>の始末をしてくれと言うものだった。正直に言うとはじめは喜んだね。自分が今まで培ってきた魔術が有効に使役できるからだ。しかし、実際は最悪だった。その最もの原因は鶯真って名前の、道徳的に無駄だらけの脳みそに穴が開いた腐れ魔剣士だった。
さて、奴のことを思い出したら無性に腹が立ってきた。ここら辺で思考を中断しよう。
「捺揮ちゃーん。早くー」
「遅いよ。捺揮」
おや、いつの間にか遅れていたみたいだ。
オレは地を蹴り、脚で地面をかみ締め走り出した。