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タイトジーンズ

作者: 竹仲法順

     *

 隣の街の大手チェーンの洋服店に来ていた。俺自身、あまりファッションなどには興味がない。ただ恋人の美歩の誘いで一緒に来ていて、二人でジーンズコーナーへと向かう。ジーンズはほとんど持っていなかったし、持っていても破れたものばかりだったからだ。ゆっくりとコーナーを見て回る。タイトジーンズが揃っていて、店員はポケットにメジャーなどを入れ、客が頼めばウエストを測ってくれる。歩きながら気に入ったものがあれば遠慮なしに手に取ってみた。美歩が、

尚志(ひさし)、これなんかいいんじゃない?」

 と言って、ブルーのジーンズを持ってくる。試着室で履いてみると、腰周りにぴったりだった。タイトジーンズというのは今の二十代、三十代の人間たちにとってお洒落の一環として受け止められている。別に珍しいことじゃなかった。だけど履いてみると、いくらか窮屈な感じがする。ファッションに関しては一向に金を惜しまない美歩が、

「それ似合ってるわ。あたしもいいと思う」

 と言った。二着で三千円とちょっとだ。別に高い買い物じゃなかった。もう一度腰周りを測ってもらい、自分に合うサイズであることを確認すると、

「じゃあこれ二着買うから。裾上げして丈直して」

 と店員に言って、早速出来上がるまで待つことにする。待ち時間はほんの十分程度だ。店内を回っていると、秋冬物のファッション用品が揃っている。そういったものを見ながら、しばらく待ち続けた。ファッションにはほとんど興味がなくても、秋冬商品は赤やオレンジを中心に色とりどりである。歩き回りながら、目に付いたロングシャツやソックスなど欲しいものを見た。だけど予算の関係がある。それに普段からあまりお洒落しない方で何を着ても履いても、ほとんど代わり映えはしない。確かに身長が百七十センチ以上あって、体重もそれ相応にあり、学生時代部活で鍛え上げていた体は引き締まっていた。別にウエストが大きすぎるわけじゃないし、いつも会社に出勤するとき、上下ともスーツで行っていたのだが、ずっと同じものを着続けている。同僚社員や部下たちはとりわけ何も言わない。単に課長はお洒落しないねというぐらいで。そしてこういったカジュアル店に来ると、美歩が俺の洋服を選んでくれる。あまり興味がないのが本音なのだったが……。

     *

 仕立ててもらったばかりのジーンズを履くと、やはり着ているものが変わったからだろう、新鮮味があった。いつもスーツばかりで何かとお洒落に(うと)いのだから、こういったときはいいのだ。この手のタイトジーンズは一年か二年に一度ぐらいこの手の店で買う。その日は互いに自転車で来ていて、駐輪場に停めていたものに(またが)り、俺の自宅マンションまで移動した。ウイークデーは仕事が続くので心身とも疲れきっていたのだが、休日になると美歩と過ごす。彼女はいいパートナーだった。俺も信頼しきっている。いつもは彼女も会社の管理職で個室を持っていたし、俺と同じく会社員だった。普段ほとんど近距離のオフィスで仕事をしている。交際し始めてから七年になるので、そろそろ結婚を考えてもいい頃だった。だけど自然と休日同棲の方がいい。結婚すると(しがらみ)が出来るというが、まさにその通りだった。別に何があるのかは分からなかったのだが、どうやら結婚は恋愛の墓場らしい。愛情が冷めてしまうから普段から一緒に住まない方がいいということだった。まあ、俺自身、こんな田舎の辺鄙(へんぴ)な場所で何かと人の噂が立ちやすいのぐらいは分かっていたのだが……。でも寝に帰るだけのマンションなど、別にどこであろうと構わない。美歩も同じような気持ちでいるようだった。休みの日に俺とマンションにいるときはいつも、

「尚志、少し掃除とか整理整頓ぐらいしたら?散らかってるわよ」

 と言う。新聞やビジネス誌などが積んであって、部屋が多少散らかっているぐらいがちょうどいいというのが、ビジネスで最前線にいる人間の本音だ。一緒のベッドに寝転がり、地デジのテレビを付けて見ながら、

「いや。俺はこれでいいんだよ。別に片付けなんかしなくていいし」

 と返す。美歩は毎日欠かさず掃除機を掛け、部屋の中は綺麗にしているようだった。それだけまめな人間なのだ。俺とは違い。互いにゆっくりしながらも、特に何かを言い合うことはない。仕事の愚痴ぐらいは漏れるのだが、それも必要最低限だ。愚痴はなるだけ(こぼ)さない方がいいと思っていた。人間は生き物だし、職場で部署の人間たちを管理するのが仕事である俺にとって疲れるのは目に見えている。だけどあまり愚痴ばかり漏らすと嫌がられるかもしれないと感じていた。そんなとき美歩は本心を見透かしたように、

「尚志もいろいろと溜め込んでるんでしょ?」

 と言ってくる。見事に言い当てられた。普段の職場でのことを、だ。

     *

「――ああ。確かにな」

 深呼吸してそう切り出し、一週間の仕事で気に留めていたことを洗いざらい話し始める。別にこの田舎町の人間たちのことじゃない。そんなことはどうでもよかった。いつも詰めている隣の街の職場であったことをいろいろと話した。やはりサラリーマンにとって、職場であったことが一番大きかったからである。ストレスは溜めすぎると病気を誘発する。だけどだいぶ慣れてきた。今の会社に勤め始めて十年になる。美歩と知り合ったきっかけは昼休みに街を歩いていて、だった。お互い似たようなところがある。同根同士だったし……。している仕事も事務や経理で、一日が終われば疲れきってしまうのは分かっている。ただ言えるのはお互い住んでいるこの田舎町の人間とはほとんど関わっていないということだ。知らない人間ばかりだし、何かに付けて俺も仲間外れになりやすかった。そういったときは思い返してみる。「ああ、俺も孤独を味わってるな」と。そう思うことで気持ちは晴れるのだ。とりわけそういったこと自体、あまり深刻に受け止めてない。単にいろいろあるなというぐらいで。人間社会は何かと伸び縮みするジーンズとは違う。だけど似たところもあった。それはタイトである分、きついほど縛られ、締め付けられてしまうということだ。その繰り返しで人間は生きていく。それが普通なのだった。でもせめて休日ぐらいは美歩と一緒にいたい。愛や恋に賞味期限はない。返って七年も一緒にいると、何もかもが筒抜けになるように分かってしまう。そんな仲だった。だけどこれから先、一緒に過ごす時間の方が長い。そう思いながら歩き続けるつもりでいた。互いに手を(たずさ)え合い。

 雑談が終わると、メンタル面での疲れが取れてしまったので自然と食事したくなる。別に無理をするつもりはなかった。食事は大抵買っておく。料理することは滅多になかったので、賞味期限切れギリギリの弁当などをコンビニなどで買い込んでいた。そして一緒に食べる。こんな時間が何よりも大切だった。普段からずっと追い詰められるようなこともあるにはあったので。そんなとき味方になってくれるのが、離れた場所で暮らしている両親でも兄弟でもなく恋人の美歩なのだ。いつからだろう、こんなに彼女のことをかけがえのないと思えるようになったのは……?そして感じていた。これからも俺たちの仲はずっと続いていくと。ジーンズも履き慣れればタイトの方がいいのかもしれない。締め付けられる分、気持ちもしっかりと締まって。

                                (了)


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