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魔王として殺されるはずだった元勇者は、殺しに来たはずの勇者に甘やかに解きほぐされる

作者: 架月はるか
掲載日:2026/09/10

「見つけたぞ、魔王!」


 目の前に現れたのは、闇を切り裂く剣を手にした、勇気ある一人の若者。

 今代の勇者に、どうやら仲間はいないらしい。

 虚飾にまみれた魔王城に、たった一人で乗り込んできた勇者は、ただ一点を見つめていた。


 そう。

 ぽつんと玉座に座る、私の姿。


(ようやく、終わる……)


 私は力なくゆらりと立ち上がり、勇者の構える大剣を一瞥する。

 『光の剣』と称される、奪われたかつての相棒を――――。




 今から数百年も昔のこと。

 私――白石あかりは、この世界に召喚された。

 魔王に支配された世界を救う『勇者』として。


 平凡な女子高生だった私には、戦う覚悟も世界を救う信念もなかったけれど、世界は逃げることを許してくれなかった。

 わけがわからない中、半ば無理矢理という形での、旅立ち。

 不安と恐怖でいっぱいで、最初の頃の記憶は、随分曖昧だ。


 それでも、魔王討伐パーティとして紹介された仲間達に鼓舞され、平和を願う人々に後押しされ、何とか勇者としての役目を果たすべく、旅は続いた。

 世界を救う『勇者』として、召喚されたからだろうか。

 戦う力なんてないはずだったのに、私には勇者としての特性が備わっていたらしい。


 旅の途中で、封印されていた『光の剣』を解放し、様々な魔法能力が開花する。

 戸惑う気持ちとは裏腹に、身体は軽やかに動く。

 仲間と共に困難な旅路を経て、魔王城に辿り着いた時には、立派な『勇者パーティ』が出来上がっていた。


 魔物達を配下に置き、世界を支配せんとする魔王。

 相対したその姿は異形ではなく、人間の男性によく似ていた。


 その身に纏う、深い闇。

 それだけが、人と魔王を分かつ目印。

 魔王の抵抗は激しかったけれど、これまでの経験が身体を突き動かし、仲間と力を合わせて必死に戦った。


「あかり!」

「今だ」

「行けーっ!」


 私の身長ほどもある、勇者のための『光の剣』。

 長年の相棒は、まるで身体の一部のように自在に操ることができる。

 仲間の声に背中を押され、その切っ先が怯んだ魔王の胸に、深々と突き刺さった。




「よくやった、勇者あかりよ。ご苦労だった」


 凱旋を果たした王城。

 私を召喚した国の王は、満足そうに頷いた。


(これでやっと、日本に帰れる)


 世界を救う、その役目は果たされた。

 もうこの世界に、私が留まる必要はない。

 私の望みはただ一つ。


 戦士、僧侶、魔法使い。

 旅の仲間達が、次々と恩賞を受け取る中。

 最後に望みを口にした私に待ち受けていたのは、新たな絶望。


「……帰れない?」

「他の望みなら、何でも叶えよう」


 呆然と見上げた先にいる王は、哀れみの目を向けていた。

 私を召喚した魔法使い達に視線を動かすと、目を逸らされる。


 ここまで私を鼓舞し、励ましてくれた仲間に助けを求めて、振り返った。

 だが彼らもまた、悲しそうに大きく首を横に振るばかり。


(私だけが、知らなかった……)


 世界を救う『勇者』は、世界を救っても元の世界には戻れない。

 召喚は、一方通行。

 その事実を、誰も私に教えてくれなかった。


 伝えたら、逃げ出すかもしれない。

 『勇者』の使命を、投げ出すかもしれない。

 彼らはそう考えたのだろう。


 確かに、それは正しい。

 事実を知っていたら、私はきっと動かなかった。いや、動けなかった。

 今、そうであるように。


 力なく項垂れた私の肩に、仲間達の手が添えられる。

 優しさであるはずのその温もりは、私の心を癒すにはあまりに冷たく、重苦しい。


「私は、この後どうすれば……」

「勇者あかりには、まだ最後の役目がある」


 労いの言葉や哀れみの目もそこそこに、王から威圧的な命が下された。

 まだ現実を受け止められなかった私は、ただのろのろと視線だけを王に戻す。


 王の指示を受けて私の前に立った魔法使いが、無遠慮に腕を掴んだ。

 否応なく、カシャンと冷たい金属音を立てて、私の両腕に手錠がかけられる。


「なに……?」


 真っ黒な金属。

 鎖で繋がれた両手。

 まるで犯罪者のような扱いに、思考が働かない。


「おい!」

「何をするんだ」

「あかりを離せ」


 驚いたのは、私だけではなかったらしい。

 旅を共にした仲間達が、王の前であるにも関わらず、咄嗟に立ち上がる。


 一番の功労者である『勇者』に対する、あまりの仕打ち。

 仲間達が声を上げてくれているのを、どこか遠くに感じた。

 か弱い女子高生には、とても外せない強固な拘束。


(でも『勇者』の私には、そうじゃない)


 両手を顔の位置まで持ち上げ、力を込めて鎖を引きちぎろうとした、その時。

 全身に電気が走ったような衝撃と共に、私は意識を手放した。




「魔王をも打ち倒す勇者の力は、平和な世界の脅威になる」


 人里離れた場所にある、寂れた屋敷。

 持ち物も装備も奪われ、気を失っている間に運ばれて、私はその地下にある牢に閉じ込められた。

 日に二度食事を運んでくる牢番が、ぽつりと呟く。


 この国の為政者にとって、異世界から来た勇者は、魔王を倒すためのただの道具。

 何も知らず、世界のために戦わされた少女が行き着いた末路に、牢番は同情してくれたのだろう。

 この世界の『常識』を、色々と教えてくれた。


 最初は帰れない寂しさと、理不尽な現実に、泣き暮らしていた。

 だがそれも、数十年も経てば変化する。

 私の身体は年を取らないまま、その体内に闇の力を蓄え始めた。


 何年経っても、何十年経っても、何百年経っても。

 やがて牢番が消え、食事が運ばれなくなり、屋敷が朽ちて崩壊しても。

 私はずっと女子高生だった頃の姿のままあり続け、感情が完全に凍りつく。


(みんなは、無事だったのかな)


 理不尽に対して、声を上げてくれた仲間達。

 あれから彼らがどうなったのか、知る術はもうない。


 私の周りには闇の力が充満し、既に誰も近づけない状態だろう。

 もし無事だったとしても、仲間達は私に会いに来る事ができないのかもしれない。


『勇者の、最後の役目』

 

 嵌められた拘束具は、ただの手錠ではなかったのだ。

 それは、魔王が倒れた後、行き場のなくなった闇の力を集めるための装置。

 世界から追われた『勇者』は、人の負の感情をその身に宿し、やがて『魔王』へと変化する。


 その身に纏う闇以外、人間の男性と何も変わらなかった魔王。

 魔物を率いる王としては異質だったその姿が、ふと思い出された。


 私の『光の剣』が、胸を貫いたその時。

 魔王は一瞬だけ、穏やかな表情をみせた。

 まるで「これでようやく解放される」とでも、言うように。


(あれはきっと、私の前の『勇者』だったんだ)


 隠された真実。

 繰り返される悲劇。


 どの時代にも、勇者の最期を知るものはおらず、残るのは世界を救った英雄譚だけ。

 今まで何人もの勇者が、世界に脅威をもたらす魔王を倒してきた記録はあるのに、いつの時代にもどこからか魔王は現れる。

 それこそが、この世界の理。


 知りたくなった事実と共に、私は立ち上がる。

 数え切れない位の時を経て、牢は牢としての機能を失っていた。

 闇を私の体内に蓄え終えた手錠が、ボロボロと崩れ去る。


(私は、もう自由だけど……)


 牢に閉じ込める王も、闇を運んでくる拘束も、もうない。

 どこへ行こうが、何をしようが、誰にも文句は言われない。言わせない。

 だけど、二度と元の世界に帰れない事だけは、変わらなかった。


(もう、人と関わるのは怖い)


 閉じ込められてからどのくらいの年月が経ったのか、正確な数字はわからない。

 だけど、私が魔王を倒した時に生きていた人間は、きっともう誰も生きていない事だけはわかる。


 助けてくれる仲間はおらず、「元の世界に戻して!」と泣きわめき、訴えるべき王や魔法使いさえ、もういない。

 奪われた『光の剣』という相棒を取り返そうにも、この闇にまみれた手では掴めない。


(ひとりきりに、なっちゃった)


 ボロボロの姿のまま、人を避けるようにして彷徨う。

 体内に溜まった闇の力が導いたのは、かつて自身が打ち倒した魔王の居城。

 まるで魔物達が私を新しい主と認めるかのように、玉座への道を空けた――――。




「君が、本当に?」


 かつて私の手にあった『光の剣』を構えた勇者は、呆然と呟く。

 魔王を倒しにきたはずなのに、全く殺意が感じられない。

 ただただ、玉座の前に立つ私を見上げている。


 長い長い、孤独な時間。

 それを終わらせてくれる『勇者』。

 彼の手にある『光の剣』は、あの日かけられた手錠によって体内に集められた闇の力を、きっと払ってくれるだろう。


 かつての魔王が、どうして最期の時に穏やかな顔をしたのか。

 今の私には、痛いほどわかる。

 魔王こそが、自分を殺す『勇者』を、一番待ち望んでいたのだ。


(もう解放して欲しい……)


 そう思うと同時に、目の前の勇者を『新たな魔王』にしたくない気持ちも、湧き上がる。

 闇にその身を委ね、魔物達を率いて人間を滅ぼす魔王に、なりきれたらよかった。

 でも私は、どんなに年月が経っても、その境地には至れないでいる。


 人として生きることも、魔物と同調することも、どちらもできず。

 中途半端なまま、今もなお『勇者』と『魔王』の狭間にいる。

 この身は、もう滅ぼさねばならないほどの闇を蓄えているのに、すべてを滅ぼしたい気持ちにはならない。


 私の意思に合わせるかのように、魔物達も人間を積極的に襲うことなく、大人しくしていた。

 勇者を戸惑わせている理由は、そこにあるのだろう。


(それでも『勇者』が、ここに来たということは……)


 私の役目は、もう終わりなのだ。


「私を倒した後、国に戻るのは止めておいた方がいいですよ」


 目の前の若者は、プラチナブロンドの髪に、紫の瞳。

 まるで、この世界の貴族のような姿をしている。


(今の『勇者』は、召喚者じゃないのかな?)


 『勇者』は、全員召喚されてくるものだと思っていた。

 だが、そういうわけではなかったらしい。


(私ができなかったことを、押しつけているだけかもしれない)


 理不尽な世界の理に、抗って欲しい。

 目の前の勇者が、私のように『道具』として扱われる事がないように。

 その気持ちだけで告げた、小さなアドバイス。

 私が言葉を発するとは思っていなかったのか、勇者は目を見開いた。


「人の言葉……まだ完全に魔王にはなっていないのか……?」


 勇者は構えていた『光の剣』を、とうとう鞘にしまってしまう。

 そしてそのまま、ゆっくりと魔王の玉座へと続く短い階段を上ってきた。


 微動だにせず、ただ呆然と勇者の行動を見守る。

 そんな姿に何か確信を深めた様子で、勇者は私の目の前に立つ。


 私よりも頭一つ分高い、すらりとした身体。

 王子様のような、甘いマスク。


 知らない人。

 この世界でひとりぼっちな私が、知っているはずがない人。

 なのに、どこかほんの少しだけ、懐かしさを感じる面影。


 私には大きすぎた『光の剣』も、彼には扱いやすそうに見える。

 勇者は警戒もせず、ずいっと至近距離まで近づいて、私と真っ直ぐ視線を合わせた。

 驚いて後ずさってしまったのは、私のほう。


「あの……」


 誰かと接するのは、何百年ぶりだろう。

 戸惑う私を勇者はじっくりと眺めてから、ようやく一歩後ろに下がってくれた。

 だがすでに、戦闘を続けるような雰囲気ではない。


「勇者あかり?」

「どうして、私の名前を……?」


 勇者は戸惑いながらも、忘れ去られた『私』を呼んだ。

 この数百年、誰にも呼ばれなかった名前。

 懐かしくて、思わず応えてしまう。

 すると勇者が、がしっと私の両肩を掴んだ。


「本当に、そうなのか!」

「痛っ……」


 牢に入れられてから、じわじわと空腹も痛みも感じなくなっていた。

 闇の力が体内を浸食し、身体が書き換えられていくような感覚。

 年を取らなくなったのも、その頃から。


 けれど、勇者に触れられた肩は何故かとても温かくて。

 痛覚が、急激に戻ってくるようだった。


「ごめん!」


 慌てて手を離した勇者が、「危害を加えるつもりはない」と言わんばかりに、両手を挙げる。


(まるで、普通の女の子に対する反応みたい)


 この世界に召喚されて以降、ずっと『勇者』として扱われ、そして最後には『魔王』にするべくうち捨てられた。

 誰一人として、頼もしかった仲間でさえ、私を『女の子』として扱ってはくれなかったのに。


 目の前にいる、私の命を奪うはずの勇者だけが、私を女の子扱いしてくれる。

 ありえない状況に、私の目からは大粒の涙が零れだしていた。


「あ、れ……?」

「どこか傷めたのか? 俺のせい?」


 王子様のような見た目なのに、反応は随分庶民的だ。

 泣き出した私を前に、どうしてよいかわからないらしい。

 わたわたと焦った様子で、無駄な動きを繰り返す。


 やがて、「ようやく思いついた」と言う様に、ポケットからくしゃくしゃになったハンカチを取り出して、そっと渡してくれる。

 それはまるで、女の子の扱いに慣れていない同年代の男の子が、必死に慰めてくれるよう。


「違うの。これは……たぶん、嬉しくて」

「嬉しい?」


 『勇者』ではなく、ましてや『魔王』でもなく、ただ『泣いている女の子』として慰めてくれる。

 それだけのことが、あまりに嬉しくて。

 渡されたハンカチでいくら拭っても、涙は全く止まらない。


 勇者はおずおずと手を伸ばし、私が拒否しないことを確認してから、ぎゅっと抱きしめてくれた。

 温かい体温。逞しい腕。優しく背中を擦る掌。


(安心、する……)


 敵である勇者の抱擁に身を委ね、私は数百年ぶりに大声で泣いて……そのまま意識を手放した。




「ん、ぅ……」


 見た事のない天井。

 首を横に向けると、柔らかな日差しを取り込みながら、風に吹かれて白いカーテンが揺れている。

 肌触りの良い布団の感触は、日本で生活していた時以来の感触。

 パチパチと瞬きをしながら呟いた私の声に、ベッドの傍にいた勇者が振り返った。


「目が覚めたのか! よかった……」

「私は一体……」

「十日も目が覚めなかったんだ。心配したよ」

「ここは?」

「俺の家。勝手に連れてきて、ごめん。でも君を、あの場所で一人にしたくなくて」


 どうやら目の前の勇者は、魔王である私を打ち倒すどころか、助けてくれたらしい。

 まるで勇者の人格を表すかのような、優しい雰囲気の部屋。


 確かにここは、虚飾にまみれた魔王城ではないらしい。

 ゆっくりと起き上がろうとすると、勇者がそっと背中を支えて手助けしてくれる。


「ありがとうございます」

「あかり、と呼んでも良いだろうか?」

「…………はい」


 久しぶりに面と向かって名前を呼ばれ、気を失う直前に「勇者あかりなのか」と、問われた事を思い出す。

 何故私の正体に気づいたのかはわからないけれど、間違ってはいないので頷いた。

 勇者はきゅっと眉を寄せ、そっと私の手を握る。


「あかり。君にはとても長い間、つらい思いをさせた」

「貴方は、今の勇者ですよね? 倒すべき魔王である私に、どうしてよくしてくれるんですか?」

「君はこの世界の不条理に巻き込まれただけの、普通の女の子で……被害者だ!」


 勇者は、私の問いかけにつらそうな顔を見せた後、声を荒げた。

 全てを諦め、怒ることさえ忘れていた私の代わりに、憤慨してくれている。

 その事実が、闇に閉ざされかけていた心に、小さな光を差す。


「勇者って、貴方のような人のことを言うんだわ」

「え?」


 無理矢理呼び出されて、わけもわからず『勇者』にされた。

 勇者の証である『光の剣』を扱えようが、どんなに強力な魔法を使えようが、私には人々を光に導く力はない。

 与えられた役目を、言われるがままに果たした。

 ただ、それだけ。


 世界の理も知らずに魔王を倒して、世界を救ったつもりになっていた私よりも。

 魔王さえ救おうとする目の前の若者は、ずっとずっと『勇者』らしい。


「私を討つのは、貴方であるべきです」

「何を馬鹿なことを! 俺は、あかりの命を奪うつもりはない」

「でも私は魔王で、この身体に宿った闇は打ち払わなければ……」


 もう、私の体内に溜められる闇の力は限界だ。

 勇者によって魔王が倒されると、魔王もろとも闇の力は浄化される。

 だが、新たに生まれる行き場の失った闇が、また世界に溢れ出してしまうのだ。


 それを阻止するために、為政者には邪魔な存在となる勇者が生贄として差し出され、新たな魔王としてその闇を請け負う。

 そしてまた、新たな勇者によって討たれる。

 それが、この世界の理。

 無限に続く、負の循環。


「君は、魔王なんかじゃない」

「そんなはず……」

「現に君は自我を失っていないし、魔物は暴れていない。あかりは今も、救世主のままだ」


 きっぱりと言い放つ勇者に、迷いはない。

 私は、自身の身体を見下ろした。

 今はもうない拘束具によって時間を掛けて蓄積され、体内を巡る闇の力は、ここにある。


 けれど確かに、私が倒した魔王のように、魔物達を使役したいと思ったり、自我を失いそうになることは一度もなかった。

 魔物達は戦いを嫌う私に準じて大人しく、世界を闇に引きずり込みたいという欲求に苛まれることもない。


「私はまだ、魔王になっていない?」

「まだ、じゃない。これから先も、あかりは魔王になんてならない。絶対に、させない」

「そんなの……」


 無理だから、私は拘束されて何百年も閉じ込められた。

 私の中に、確かに闇の力を感じる。

 いつか、私ごとすべてを飲み込むに違いない。

 怯える私に気づいたのか、握ってくれたままの手に力が込められた。


「世界は、変わったんだ」

「どういうことですか?」


 意味がわからなくて、首を傾げる。

 勇者は私の手を離さないまま、ベッドの縁に腰掛けた。


 長い話になるのかもしれない。

 続きを強請るように見上げると、勇者は私が閉じ込められていた数百年の間に起こった世界の変化を、語ってくれた。




 私が捕らえられ、人里離れた屋敷に移送されてから十数年後。

 一緒に旅をした仲間達が、王家に対して革命を起こしたという。


 仲間達は、私が元の世界に戻れないことは知っていた。

 けれど、強制的に『勇者を魔王にする』という事実は、知らなかったらしい。


 勇者と魔王は、王家が権威を振るうための道具に過ぎない。

 それを知った仲間たちが中心となり、王家のやり方に不満を持っていた貴族と民衆が、手を取り合い立ち上がった。


(みんな、無事だったんだ……)


 ほっとする私の気持ちとは裏腹に、勇者はつらそうな顔をする。


「王家があかりを幽閉したのは、地図にも載らない隠匿された場所で、革命後もなかなか場所が特定できなかったらしい」


 私が閉じ込められていたのは、人里離れた寂れた屋敷。

 確かに、最初の頃に食事を運んでくれていた牢番以外の気配は、全くなかった。

 そしてそれもやがて、消えてしまう。


 闇の力を身体に宿し、魔王に変わりゆく勇者。

 普通の人間に対応出来るはずもなく、簡単に人が出入りできるような場所でもなかった。


「仕方ないです」

「見つけ出した時にはもう、辺りに溢れる闇の力が充満していて手が出せなかったらしい」


 闇の力はあまりにも強くなっていて、誰も近づけない。

 それは、私自身も感じていたこと。


(助け出そうとしてくれた……その気持ちだけで十分)


 初めは無理矢理パーティを組まされて、追い立てられるような旅立ちだった。

 それでも、怯える私を宥め、勇気づけ、力を貸してくれたのは彼らだけ。

 魔王城まで辿り着けたのは、仲間達の存在があったからこそ。


 役目を果たしても帰れないと知った私を、慰めてくれようとした手。

 拘束された時に上げてくれた、非難の声。

 彼らが酷い目にあっていなかった事実だけで、心に引っかかっていたものが、一つ抜け落ちた気がする。


「王家が隠していた勇者と魔王の秘密が暴かれ、異世界召喚は禁止になった」

「それじゃあ、私の後はもう誰も?」

「召喚された者はいない」

「よかった……」


 ほっと胸をなでおろす私を眩しそうに見つめて、勇者は現状の話を続ける。

 今や王家は滅び、貴族と民衆の代表が集まって、話し合いによる政治を行う世界へと変化した。

 と同時に、『勇者』と『魔王』に関する研究も進められたという。


「闇の力を集め、『勇者』を『魔王』に変える拘束具を作る技術は、王家が隠し持っていた知識の一つだった」

「あの手錠……」


 もう手首に痕は残っていないけれど、冷たく重い感覚は今も鮮明だ。

 ふと視線を落とした私を勇気づけるように、勇者の手にぎゅっと力が入る。

 まるで「もう大丈夫」と告げてくれているよう。


「闇を払う『光の剣』は既にある。人を媒介にせず、魔王を生み出さなくても良い方法さえ、見つけられれば……」

「誰も犠牲にならずにすむ」


 私の回答に、勇者は力強く頷いた。

 王家に奪われた『光の剣』を取り戻し、闇の力を蓄える拘束具を作る知識と共に、研究を重ねた。


 そしてようやく、生み出したのだ。

 魔王を媒介にせずとも、単体で闇の力を蓄える道具を。


「それからもう一つ。『光の剣』を扱える者の条件は、『召喚された勇者』じゃなかった」

「え?」

「あかりには、つらい話かもしれないが……王家が異世界から勇者を呼び出していたのは、魔王にするために都合が良かったからだ」


 一方通行の召喚。

 この世界に血縁者がおらず、人知れず世界から消えても誰も気にしない。

 王家が恨みを買う事のない、都合の良い存在。

 それが『勇者』。


「そう、ですか」


 正直、そんな気はしていた。

 最初はわけがわからなかったけれど、数百年も考える時間があれば、さすがに気づく。


(まさしく私は、『生贄』だったということ)


 召喚された理由は、『世界を救う』などという、希望を託されるようなものではなかった。

 それはただ、耳に優しい表面上の理由。

 王家はただ、この世から消えても構わない命を、都合良く呼び出していただけ。


「闇の力に耐性がある者。それが、『光の剣』を扱う条件だ」

「耐性?」

「強い負の力を浴びても呑まれない精神力、みたいなものかな? あかりは、その力が誰よりも強い」

「そんな自覚は、ないですけど……」

「現に、膨大な闇の力をその身に宿しているのに、魔王にはなっていない。あかりは、あかりのままじゃないか」

「私は、そんなに強くありません」

「自分が理不尽に晒されても、他人を思いやれる優しさこそ、あかりの強さだろう」

「そんなの……」


 強靱な精神力などない。

 自分が受けた理不尽を、他者に経験させたくないと考えるのは、当然のこと。


 だが、勇者はそうは思わないらしい。

 冗談交じりに「持ってみるか?」と言いながら、抵抗もなく壁に立てかけられていた『光の剣』を取りに、立ち上がった。


「多分今だって、俺よりあかりの方が『光の剣』を使うのが上手いと思う」


 差し出されたかつての相棒に、恐る恐る触れる。

 魔王になりきれていないとしても、今の私は限りなく魔王に近い存在。


(もう、私の相棒じゃない)


 弾かれてしまう覚悟もしていた。

 けれど『光の剣』は、かつて勇者だった頃と同じように、手に馴染む。

 ベッドに座ったまま、背の丈ほどもある大剣を持ち上げた。


「軽い」

「やっぱりな」


 自身の武器を取られたような状態になっても不機嫌になることなく、勇者はおかしそうに笑う。

 まるで心から、『光の剣』は私が使うべきものだと思っているようだった。


「私が自分で、このまま胸を突き刺せば……」

「待て待て待て待て!」


 どうやらこの世界はすでに、魔王が必要ないらしい。

 闇の力を蓄える道具と、闇の力ごとそれを壊せる『光の剣』を扱える者。

 この世界にどちらも揃っているならば、今ここで私が自刃することで、誰にも迷惑を掛けずに全ての脅威がなくなる。


(私が『光の剣』を扱えるというのなら、他の誰かに、目の前の勇者に、『人殺し』の罪を着せなくてもすむ)


 思いついたまま口を出た声に驚いた勇者が、慌てて『光の剣』を私から奪い取った。


「どうして?」

「物騒な事を考えないでくれ。言っただろう、あかりは魔王にはならないし、させないって」

「でも私の体内には、もう闇の力が満ちています」

「もう一度、道具に移し替えればいい」

「そんな事が、できるんですか?」


 都合の良い、夢のような言葉。

 出来上がった道具は、私が魔王になった後にできたもの。

 次代の魔王を生まないための道具。

 そう考えるのが妥当だと思っていた。


「そのために、我が一族が……俺がいる」

「?」

「俺達の先祖は王家を倒した後、闇の力を蓄える道具の研究に一生を費やした。子々孫々、いつかあかりを救う時が来る事を祈って」

「私の……ために?」

「その役目を託された、幸運な子孫が俺ってわけ」


 勇者は嬉しそうに笑うけれど、貧乏くじを引かされただけのような気がしてしまう。

 まるで勇者の家系は、先祖代々ずっと『私を魔王という座から解放するために』生きてきたような言い方だったから。


「幸運? 不運なのでは……」

「いや、幸運だ。幼い頃からずっと憧れていた勇者が、こんなに可愛い女の子だなんて知らなかった」

「可愛……っ⁉」


 この数百年、いや生まれてこのかた、一度も言われたことのない褒め言葉。

 顔の温度が上がる。

 きっと今、私の顔は茹でだこのように赤くなっていることだろう。


 勇者と相対してから、この数百年で凍り付いていた感情が、次々と戻ってきて忙しい。

 両手で顔を押さえた私の目を覗き込んだ勇者は、満足そうだ。


「一気に闇の力を移し替えるのは、危険なんだ。ゆっくりと、時間をかける必要がある」

「そう、なんですね」

「君を救うまで……いや違うな。一生、傍にいてくれると嬉しい」

「…………え?」

「一目惚れしたって言ったら、信じる?」

「待っ……そんな急に……私は貴方の、名前も知らないのに……」


 告白どころか、一足飛びに結婚の申し込みのような言葉を告げられて、怯む。

 会ったばかりの、知らないひとだ。

 受け入れられるはずがない。


 それなのに、戸惑いはしても嫌だとは感じなかった。

 きっとそれは、彼の纏う雰囲気がとても優しかったから。


 『光の剣』の使い手であり勇者である彼には、魔王である私の命を奪い、英雄になる道だってある。

 私を騙して懐柔すれば、それも容易い。

 すでに私は、助けてくれた勇者に恩義を感じている。


 けれど、真っ直ぐ見つめてくるその瞳に、ほんの少しの闇も見えない。

 負の感情である闇を纏う私だからこそ、その真実に気づける。


「そういえば、名乗ってなかったっけ。俺は、シリウス・ヴァルン」

「ヴァルン?」

「聞き覚え、ある?」

「あります」


 まだ戸惑ったままの私を置いて、シリウスは自己紹介を始めた。

 一緒に旅をした仲間のひとり。

 私に魔法を教えてくれた、パーティ内で一番年上で頭の良い、頼れる魔法使い。

 この世界にひとり召喚された私にとって、父親のような人だった。


(「まだ俺は三十代だ」って、よく怒られたな)


 一気に旅をしていた頃を思い出し、懐かしさが溢れる。

 そして彼は、仲間の中で唯一の貴族位を持っていた。

 その姓が、『ヴァルン』。


「王家に反旗を翻した、貴族の筆頭だ」


 深い知識と冷静さを持ち、貴族だった魔法使い。

 彼が、支えるべき王家に反旗を翻す選択を下すまでには、どんな葛藤があっただろう。


「私の、せいで……」


 約束されていた安寧を、手放したのだとしたら。

 それだけじゃない。

 シリウスが魔王城に現れたということは、この数百年間、子々孫々に至るまでヴァルン家は、私を助けるために動いてくれていた事になる。

 ヴァルン家の全員を、私の犠牲にしたのではないか。


「あかりのせいじゃない! それでも気になるっていうなら……」

「いうなら?」

「諦めて、俺に愛されてくれ。そうすると、少なくとも俺は幸せになる」


 今のヴァルン家を率いているのは、シリウスだという。

 一家の長が幸せならば、それはヴァルン家全体の幸せ。

 ここまでの苦労も、努力も、すべて報われる。

 言い切るシリウスの言葉に、私はただ目を瞬かせるしかなかった。


「なん、ですか……それ」


 あまりにも強引な理屈。

 理路整然と話していた仲間の魔法使いの子孫とは思えない、ただの感情論。


 言われてみれば確かに少し、仲間だった魔法使いの面影があるような気もする。

 初めて見たときから、どこか懐かしさを感じていた理由もわかった。


 だが、性格は全く違うらしい。

 けれどその天真爛漫さが、勇者らしくもあり、シリウスの笑顔が私の心を解いていく。


「あかりは、笑っていた方がいいよ」

「私……笑っていますか?」

「すごく可愛い」


 自分では、顔が緩んでいる自覚がない。

 けれど私を見つめるシリウスの表情が、あまりにも嬉しそうで。

 そして、愛おしい者を見つめる優しいもので。


(寄りかかっても、いいのかな)


 もう、独りで立っているのに疲れてしまった。

 全部を諦めたつもりだったけれど、示された小さな光はあまりにも魅力的で。

 なくしたはずの希望が灯る。


「愛せるかどうかは……まだわからないんですけど」

「うん」

「よろしく、お願いします」


 両手を広げて「頼れ」と言ってくれているシリウスに、そっと身を寄せる。

 シリウスは一瞬何が起こったかわからない様子で、硬直し――――。


「こちらこそ!」


 次の瞬間、嬉しそうな笑顔と共に、私を強くぎゅっと抱きしめる。

 こうして『魔王あかり』と『勇者シリウス』は、世界の理を越えて幸せを掴むための最初の一歩を、踏み出したのだった。




END

最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!

評価や感想等、いただけたら嬉しいです。

また別の作品でもお目にかかれたら幸いです。


そして!

以前投稿いたしました短編(『白花の姫君~役立たずだったので人質として嫁いだはずが、大歓迎されています~』:https://ncode.syosetu.com/n9068ib/)が『役立たずの人質姫なのに独占欲全開の騎士王様の溺愛が止まりません』と改題し、書籍化されました!(2026.9.9)


活動報告やXに詳しく記載しておりますので、ぜひ合わせてご確認くださいませ。

どうぞよろしくお願いいたします。

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