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家政婦を募集したらガチ騎士がやってきた件

作者: 瀬川月菜
掲載日:2026/04/27

【悲報】ミア・アーレンス男爵令嬢(二十歳)、モテなさすぎてロマンス詐欺に遭う。


 ――……なんて、自分の状況をゴシップ紙のタイトル風に言い表してみたけど、ないわー。まじないわー。成人した女が結婚をちらつかされて財産をむしり取られるとか、馬鹿なの? 死ぬの?


 これが王侯貴族や社交界の華と呼ばれるような人たちなら本物のロマンスが始まるきっかけになるんだろう。

 しかし残念ながら私は地味、根暗、騙し取られたのでお金もないただのモブだ。

 贅沢しなければのんびり暮らせる男爵家に生まれ、跡継ぎの兄がいて、優しい両親には「あなたの人生だから好きなことをしなさい」と言われて本の虫になり、運良く王宮文官になって資料室に配属されて、郊外の自宅から毎日お城に通って、文字と紙に向き合う日々。我ながらなんて面白みのないことか。


 まあ、そんなことを思っていたから詐欺られたわけだけど。

 しかも恋愛感情を利用したロマンス詐欺。


 ああー! 恥ーずーかーしーいー!!


 ロマンス詐欺に遭った、つまり「愛しているよ」「将来のことを考えよう」と囁かれて胸をときめかせ、「君にいつも元気をもらえる」「君にしか弱音を吐けない」と言われて喜び、舞い上がった末に「新居にぴったりの家を見つけたんだ。けれど他にも購入希望者がいる。持ち主曰く先に支払った方のものになるそうだからお金を貸してくれないか」と言われて大金を出し、突然音信不通になられてようやく騙されていたことに気付いた大馬鹿者というわけだ。


 幸いにも家は残ったけれど、日が落ちても灯りを入れる人間のいない真っ暗な自宅は精神的に堪えた。

 郊外にある我が家は任官祝いに両親が贈ってくれたものだ。こじんまりとしているけれど表と裏に庭があって、一人暮らしには十分過ぎるほど立派で広い。「将来女主人になる練習だと思って」なんて両親は言っていたけれど、主人になる予定の恋人は詐欺師だったわけで。泣いてない、泣いてないってば。

 しかし、我が家にいた三人の使用人は、私がお金を騙し取られたことと給金の支払いが少々遅れることを伝えると、速やかに辞職の意を示して出ていってしまった。

 確かに、騙された私が悪い。自業自得。

 でも給料日になればちゃんと三人の給金を出すことはできたし、それでもというなら恥を忍んで両親や兄にお金を借りるつもりだった。なのにあっさりと「辞めます」だって。お金のない独身女に対する信用や評価なんてこんなものだ。ああ、世知辛い。


(固いパンを齧らなくていい生活が恋しい……)


 ある程度身の回りのことはできるけれど、一応男爵令嬢なので、家を維持できるほどの家事能力はない。

 服の手入れや身だしなみを整えるのが精一杯で、家は荒れ放題。掃除まで手が回らないし、庭の手入れなどできようはずもない。

 食事だってパンやチーズ、ハムを切ったものが続いている。ちなみに朝も夜も同じ。昼は王宮の職員食堂を利用しているけれど、お味のほどは、うん、作ってもらえるだけありがたいから何も言うまい。おかげさまで痩せたけれど嬉しくない。服の寸法が変わってしまう。


(はあ……早く新しい人が来てくれないかな……)


 買い出しが休日に限られるので、日に日に固くなるパンを切って食べているとさすがに心が荒む。

 燭台の灯りで手元だけを照らしながら、ふう、とため息をついたとき。


 ――カンカンカン。


 聞き慣れない音が家を揺らした。

 びくっとしてすぐに、玄関のドアノッカーの音だ、と気付く。


(……幻聴?)


 そう思ってしまったのは、私が紛うことなき『ぼっち』だからだ。

 社交界デビューの後、次々に結婚を決めていく友人知人から取り残されてしまったせいで、いつの間にか付き合いが途絶えてしまったのだった。結婚できないのは何か問題があるからではないかと噂する人たちがいたり、こちらに気遣って話題を選ぶ彼女たちに私の方がいたたまれなくなってしまったり、様々な理由が重なった結果だ。

 けれど幸か不幸か、そのおかげでロマンス詐欺の件は周囲に知られることなく、いまのところプー、クスクスと笑われるような状態にはなっていないけれど、って、あれ? これって喜んでいいこと……?


 ――カンカンカン。


 再び扉が叩かれる。けれど我が家を訪ねてくる人物にまったく心当たりがない。

 もしかして領地から父か兄、それとも母がやってきたんだろうか。そんな連絡はもらっていないけれど。

 でも万が一ということもあるし、と思って片付けられていなかった火かき棒を右手に装備し、左手に燭台を持って玄関に向かう。


「どちらさまですか?」


 途端にノック音が止んで、「夜分遅くに申し訳ありません」と声がした。


「家事使用人協会の家政婦募集の求人を見て参りました。ご主人様のアーレンス男爵令嬢はご在宅でしょうか?」

「……ああ!」


 新しい家政婦さんだ! 家事使用人協会に紹介を頼んであったけれど、一向に連絡がないものだから、何か不備があったのかもしれないと思って改めて求人を出そうか考えていたところだったのだ。よかったよかった。これで健康で文化的で、快適な生活が戻ってくる!


「私がアーレンスです。どうぞ、お入りください」


 扉を開く。

 夜風、虫の声、月と星の光、そして――真っ黒で大きな影が入ってきた。


(わ、わァー……)


 でっかァい、と語彙力皆無な感想を抱く。


 そこにいたのは、私より頭一つと半分高い背丈、肩幅も二倍はあるだろう、大柄な男性だった。短く刈り込んだ薄い色の髪、切れ長の瞳は青で、右額には隠す気のないらしい古い傷跡がある。見るからに不機嫌そうな顔つきは生まれつきなのかどうなのか。

 熊の体格とずっしり感、狼の冷たさと険しさを合わせたようなその人は、次の瞬間、きびっ、きびきびーっ、という音が聞こえてくるようなお辞儀をした。


「遅い時間に申し訳ございません。日中に何度かお訪ねしたのですが、留守にされていたようでしたので、このような時間になってしまいました」


 うわわ、それは申し訳ないことを!


「大変失礼いたしました。何度もご足労いただいて申し訳ありません」


 使用人がみんな辞めてしまったいま、仕事に行っているとそうなるんだよなあ。いくら治安がいいといっても防犯面でも不安だから、できるだけ早く私の代わりに家を管理してくれる人が必要なのだ。


 それにしても家事使用人協会って手厚いんだなあ。こういうときは付き添いの人が一緒に来てくれるんだ。

 近年は地位が向上しているそうだけれど、ほんの十年前は非人道的な扱いを受けていた家政婦や従僕がたくさんいたと聞く。

 いくらそういう時代だったとはいえ、家や庭を掃除して手入れして、食事を作って、洗濯して、服や靴を手入れして、留守を預かって訪問者を預かって、家畜や馬の世話をして、と多岐にわたる雑務を預かってくれる人たちをよく虐げられたものだ。そいつらは一度でいいから一人暮らししてみろ。まともに生活できないぞ! 私みたいに! 私みたいに!


「お付き添い、お疲れ様です。それで希望者の方は……」

「私です」


 うん?

 何も考えず見返した私に、付き添いの男性は表情も顔色も変えずに言った。


家政夫(かせいふ)は、私です」

「騎士じゃなくて!?」


 柄にもなくツッコんでしまった。

 いやでも仕方ないって! 前後左右どこから見ても「騎士団に入団希望です」って見た目だよ!?


「はい」


 目の前に動揺する人間がいてもまったく関係のない、揺るぎない「はい」だった。

 ええぇ……? と困惑する私に、自称家政夫は「こちらが家事使用人協会発行の紹介状と、身分証明書です」と重要書類を手渡してくる。曲がりなりにも資料室所属の文官なので、紙の質、装飾の押し型、インク、署名と印が本物だろうということはすぐにわかった。


 いや。いやいや。いやいやいやいや!


「私が希望していたのは女性使用人です」

「存じております」


 ですが、と彼は実に言いにくそうに、今度は手紙を差し出した。続けてペーパーナイフも出てきた。用意がいいな。

 開封した手紙をざっと斜め読みして、もう一度最初から目を走らせて、信じられない気持ちで最初から最後まで読んだ。その間に便箋は強く握りしめたせいでくしゃくしゃになっている。


(なんっじゃこりゃぁあああ!?)


 手紙の差出人は、家事使用人協会の紹介派遣担当。

『平素よりご愛顧いただき厚く御礼申し上げます』から始まる手紙の内容はざっくり言えばこうだ――採用条件厳しすぎ。必須スキル多すぎ。そんなんいねーから。この世間知らず。でもまあ一応近いやつを紹介してやるからありがたく思え。これ以上無理言うなら出禁な!

 そしてその問題の採用条件が、もうひどかった。


 掃除、洗濯、料理ができること。清潔で、整理整頓を好むこと。家人の留守を守れること。植物の知識があって庭作りができること。ご近所と良好な付き合いができること。家畜と馬の世話ができること。自分や家族、友人、身近な人間に犯罪者がおらず借金がないこと。うるさくないこと。優しいこと。性格がいいこと。自分の身を守れること。


 求めているのは家政婦か、それとも何かの超人か。

 後半になればなるほど思いつきで書き連ねていっているとわかるまとまりのなさだった。


 ……でも……ああ、なんか……思い出してきたぞ…………。

 詐欺られて、使用人がみんな辞めて、初めて自宅で一人になった夜。これまでの人生でもそんなことは一度もなかったせいで色々と弾けてしまって、寝酒を一杯、二杯三杯と重ねて、止める人間がいないのをいいことにしこたま飲んでいい気分になりながら、……諸々の書類を、書いていた、ような……。


「提示されている条件では該当者なしとのことで、最低要件を満たしていると考えられる私に話が参りました」


 そりゃそうだ! 協会の人も困っただろうよ! 誠に申し訳ございませんでした!

 でもどうしよう……家政婦の紹介を頼んだときのことがさっぱり思い出せない。多分二日酔いだったんだろう。おかしなことを口走っていなければいいけれど。

 とりあえず、ほとぼりが冷めるまでしばらく出入りは控えよう。恥ずかしすぎる。


「…………」


 けれど悲しいかな、問題は未だ目の前にある、というか、居る。

 すると問題、もとい自称家政夫は、にこりともせず苦悩する私に言った。


「お茶をお淹れしましょうか」


 試用ということで、採用をご検討いただければ幸いです。

 無愛想、笑顔はなし。けれど礼儀正しく静かな声と物言いには控えめな気遣いが滲んでいる。だから私は少し考えて、言った。


「……固いパンを美味しく食べたいんですけれど」

「甘いものと軽食、どちらがよろしいですか」


 だって! 腹が減っては戦ができぬって私の心の中のじいちゃんが言うから!


 しかしその後、厨房と食材を確認した彼は、薄く切ったパンにバターを絡めて焼いて砂糖をまぶしたラスクを作り、温かいお茶と一緒に出してくれた。そして私が久しぶりの他人の手料理で込み上げている間に、厨房の掃除と食糧庫の片付けをし、水汲みをしていた。


「明日の夜にまた参りますので、そのときに採否をお知らせください」


 そうして「試用の身で遅くまで居座るわけには参りませんので」と出しゃばることなく身を退いた、その数分後、我が家に侵入しようとしていた物盗りを捕まえてくれた。

 後日知ったことだけれど、ここしばらく様子を窺っていたそうで、他の家人のいない女の一人暮らしと知った上での犯行だったらしい。


「やっぱり騎士じゃ、」

「私は家政夫です」


 物盗りを無傷で完全に抑え込める家政夫がいるか! と思ったけど、ここにいたな!


 家政夫というより騎士だし、前のめりで否定してきてツッコミどころが多すぎるし、謎めいているにも程がある。けれどロマンス詐欺からここに至るまでぐらぐらふらふらしている私に、寄りかかってもびくともしなさそうな存在はあまりにも魅力的だった。


「……明日、契約書を作りましょう」


 ――かくして、彼は、我が家の使用人となった。

 案の定、ちょいちょい様子がおかしいけれど、いまのところは上手くやっている。

 今日は上半身裸で薪割りをしていた。見るからに斧の扱いに慣れていて、いい汗を掻いていた。これで騎士じゃなくて家政夫なのは詐欺じゃないかと思わずにはいられないけれど、その方が私には都合がいいので、しばらくは気付かないふりをしようと思っている。

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― 新着の感想 ―
こんにちは。 いいな。屈強の家政夫さん。 強くて、料理が上手なんて、良い。 >採用条件厳しすぎ。必須スキル多すぎ。そんなんいねーから。 そうなんですよね。 家事って、本当に大変。 さらに、近所づき…
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