第8話 王都召喚と、財務大臣の罠
王都への召喚状は、事実上の「逮捕状」に等しかった。
ウィスタリア公爵家の飛竜便で王城に降り立った私を待っていたのは、煌びやかなパーティー会場ではなく、薄暗く冷え切った「特別査問室」だった。
円形劇場のような構造の部屋。
私一人が中央の低い位置に立たされ、それを見下ろす高い席に、数十名の有力貴族たちが陣取っている。
まるで、処刑を待つ罪人を見物するかのような、粘着質な視線。
その最上段中央に、財務大臣バルト・フォン・ガリオス侯爵が、肉の塊のような体を沈めていた。
「――被告人、モルントン男爵。貴様の罪状は明白だ」
ガリオス侯爵の声が、石造りの壁に反響する。
「貴様の領地は、直近三ヶ月で異常な利益を上げている。だが、王都への正規ルートを通した形跡がない。……つまり『密輸』だ。隣国の帝国と通じ、禁制品を流しているな?」
「異議があります。それは当領の特産品による正当な利益です」
「黙れ! 証人はいるのだ!」
侯爵が手を振ると、一人の男が引きずり出された。
見覚えがある。私の軍門に降ったはずの、隣領のガネフ子爵だ。
彼は顔を青く腫らし、私の目を見ようともせず、震える声で証言した。
「……は、はい。私は見ました。モルントン男爵が、夜な夜な海から……黒い怪しい荷物を引き上げているのを……あれは、帝国のアヘンに違いありません……」
会場がどよめく。
偽証だ。おそらく、借金の帳消しか、あるいは家族を人質に取られて脅されたか。
ガリオス侯爵が嗜虐的な笑みを浮かべる。
「聞いたか? 隣人の証言だ。これにより、国家反逆罪および脱税の容疑で、モルントン男爵領の全資産を凍結。領地は国庫(つまり財務省)へ没収とする!」
完璧な布陣だ。
証拠(偽造)と証人(買収)を揃え、法的手続きに則って私の全てを奪う気だ。
エレオノーラが傍聴席で扇子を握りしめているのが見える。公爵家といえど、この状況で無理に介入すれば「共犯」とみなされる。動けないのだ。
……だからこそ、私がやるしかない。
私は、ガネフ子爵ではなく、ガリオス侯爵を真っ直ぐに見据えた。
「――財務大臣閣下。一つ、確認させていただきたい」
「なんだ? 命乞いか?」
「『国庫へ没収』とおっしゃいましたね? つまり、私が稼いだ金貨は、全て貴方が管理する国の金庫に入ると」
「当然だ。汚れた金も、国のために使えば清められる」
私は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、ただのメモではない。
私が、ガネフ子爵を「販売代理店」として使い、塩を流通させた際に作成させた『取引明細書』の控えだ。
「では、妙ですね。……私が調査したところ、ガネフ子爵が私の塩を運んだ先……つまり『卸し先』の最大手は、『ガリオス商会』になっておりますが?」
会場の空気が、ピクリと止まった。
「……な、何を言っている?」
「ここに、ガネフ子爵の署名入りの納品書があります。私の領地で作られた塩は、正規の手続きで、貴方のご実家であるガリオス商会に納入されている。……もし私が密輸やアヘンに関与しているなら、それを大量に買い付け、王都で高値で売りさばいていた『ガリオス商会』こそが、密輸の元締めということになりますが?」
私は羊皮紙を高く掲げた。
魔法で拡大投影されたそこには、はっきりとガリオス商会の刻印が押されている。
私はガネフ子爵を脅した際、わざと彼に「ガリオス商会」へ塩を売るように誘導しておいたのだ。いつかこうなることを予測して。
「ば、馬鹿な……! 我が商会が、そんな田舎の……」
「おや、ご存じない? ご自分の商会の仕入れ先も把握せずに、大臣が務まるのですか? それとも――」
私はここで、声を一段低くした。
「『知っていて』私をハメようとしたのですか? 私の領地を没収すれば、私が持つ『製塩技術』を独占できる。……違いますか?」
貴族たちが、疑いの目を侯爵に向け始める。
「密輸犯」が私なら、「共犯」は大臣だ。
「無実」なら、大臣による「技術略奪の捏造」になる。
どちらに転んでも、侯爵は詰んでいる。
「き、貴様……ッ! これは書類の偽造だ! 衛兵! この男を捕らえろ! 今すぐ斬り捨てろ!」
侯爵が錯乱して叫んだ。
理性的な反論ではない。暴力による口封じだ。
衛兵たちが剣を抜き、私に殺到する。
私は動かない。
私が動く必要はないからだ。
「――見苦しいぞ、ガリオス」
凛とした、しかし絶対的な重みを持つ声が響いた。
次の瞬間、私の前に立ちはだかった衛兵たちの剣が、見えない圧力によって弾き飛ばされた。
傍聴席の最上段。
影に隠れていた人物が、ゆっくりと姿を現す。
国王、アシュレイ・フォン・グラン・カイゼル。
「へ、陛下……!?」
「余がお忍びで視察することを知らぬはずがないだろう。……ウィスタリア公爵から聞いてはいたが、ここまで腐っていたとはな」
国王は、ガリオス侯爵ではなく、私の方を見た。
その目は、味方を見る目ではない。
切れ味の鋭い刃物を検分するような、冷徹な目だ。
「モルントン男爵。そちは、自分の塩がガリオス商会に流れていることを知っていて、あえて黙っていたな?」
「……商売において、顧客の身元を調べるのは基本ですので」
「食えぬ男だ。ガリオスを泳がせ、この場で一網打尽にするための証拠にしていた訳か」
国王は玉座ではなく、査問会場の手すりに腰掛けた。
「ガリオスは更迭する。だが、財務大臣の椅子が空けば、国政は混乱する。……責任を取ってもらおうか、男爵」
「責任、とは?」
「そちが次官になれ。大臣代理として、この腐りきった財務省の膿を全て出し切れ」
それは栄転ではなかった。
懲罰的な人事だ。
腐敗した役人たち、利権を奪われた貴族たち。それら全ての憎悪を一身に受ける「泥かき役」になれと言っているのだ。
普通の貴族なら断るだろう。
だが、私はニヤリと笑った。
「膿を出す、ですか。……いいでしょう。ただし、私のやり方に口出しは無用に願います。なにせ、私の手術は少々手荒ですので」
「許可する。毒を持って毒を制せ。……期待しているぞ、建国者」
ガリオス侯爵が騎士たちに連行されていく中、私は静かに一礼した。
これで、王都における「行政権」を手に入れた。
だが同時に、私はこの国中の既得権益層を敵に回したことになる。
エレオノーラが、扇子の隙間から心配そうに、しかし誇らしげに私を見ていた。
私は彼女に目配せを送る。
――さあ、ここからが本番だ。




