第6話 黒い影と、騎士団の創設
サハギン襲撃の翌日。
私は、執務室でサハギンの死体から採取した「魔石」を転がしながら、眉をひそめていた。
「……やはり、おかしいな」
魔石の色が、妙に濁っている。
自然発生した魔物なら、もっと澄んだ色をしているはずだ。これは、人為的に魔力を注入され、興奮状態を強制された痕跡だ。
昨日のシャーマンといい、誰かが意図的にこの領地へ「生物兵器」を送り込んできた可能性が高い。
「エレオノーラ様はどう思う?」
「そうですわね……。ガネフ子爵の上には、確か『ランバート伯爵』という後ろ盾がいたはずです。あの方は、私の父(ウィスタリア公爵)の政敵。貴方が私と婚約し、公爵派閥に入ったことが面白くないのでしょう」
ソファで優雅に紅茶を飲んでいたエレオノーラが、涼しい顔で答えた。
派閥争いか。くだらないが、命に関わる問題だ。
「これ以上、漁師たちに武器を持たせるわけにはいかない。彼らは生産者だ。戦って怪我をすれば、それだけ領地の収益が落ちる」
私はペンを回し、決断した。
「軍隊を作る。とはいっても、騎士ごっこをするつもりはない。『警備隊』だ」
***
翌日、モルントン領の掲示板と、近隣の冒険者ギルドに、一枚の張り紙が出された。
【領主直轄・警備隊員募集】
・業務内容:領内の治安維持、および沿岸警備。
・給与:月給・銀貨5枚(完全固定給)。
・待遇:週休二日制。公務中の負傷・死亡に対する補償制度(保険)あり。寮完備。食事付き。
・応募資格:不問(過去の犯罪歴は申告すること)。
この張り紙は、異世界において「異常」だった。
通常、兵士とは「戦時中に略奪で稼ぐ」か「主君から土地をもらう代わりに命を捧げる」ものだ。
「固定給」で「休み」があり、「保険」がある軍隊など、誰も聞いたことがない。
結果、面接会場となった広場には、怪しげな連中が殺到した。
食い詰めた傭兵、冒険者崩れ、借金取りに追われる男……。まさに有象無象だ。
「ヒャハハ! 楽な仕事だぜ! 突っ立ってるだけで銀貨5枚だってよ!」
「どうせ貧乏貴族の道楽だろ? 適当にサボって給料だけ貰おうぜ」
ガラの悪い男たちが、品定めの視線を私に向けてくる。
横に控えるハンスが震え上がっている。
「ア、アレクセイ様……こ、こんな無法者たちを雇うのですか? 逆に治安が悪化します!」
「選別するに決まっているだろう。……ハンス、アレを持ってこい」
私が指示すると、ハンスは数枚の紙を配った。
男たちが「なんだこりゃ?」と紙を見る。
「筆記試験だ」
「はあ!? 俺たちゃ傭兵だぞ! 字なんか書けるか!」
「字が読めない者は不採用だ。私の命令は文書で出すこともある。読めない兵士は、戦力以前に『指揮系統のバグ』になる」
私は冷たく切り捨てた。
その瞬間、半数以上の男が脱落した。
残ったのは、かろうじて文字が読める元騎士や、インテリ崩れの傭兵たち約二十名。
「次は実技だ。……だが、殺し合いではない」
私は一人の女性を指名した。
応募者の中に混じっていた、ひときわ異彩を放つ女だ。
赤茶色の髪を短く切り揃え、使い込まれたバスタードソードを背負っている。顔には大きな切り傷の跡。
周りの男たちが酒臭いのに対し、彼女だけは背筋が伸び、微動だにしていなかった。
「そこの女。名前は?」
「……ヴァネッサだ」
低い、よく通る声だった。
「元・王国騎士団、第三小隊副隊長。……今はただの浪人だがな」
「ほう。元騎士団の副隊長が、なぜこんな辺境へ?」
「上官の不正を告発したら、逆に濡れ衣を着せられて放逐された。……食うために剣は振るうが、誇りは売りたくない。あんたの提示した『固定給』なら、略奪をしなくて済むと思ったからだ」
大当たりだ。
不正を許せない潔癖さと、食うための現実的な判断力。私が求めていた指揮官候補だ。
「ヴァネッサ。君に試験を課す。この残った二十名を『整列』させろ。口答えする者は叩き伏せていい」
「……それだけでいいのか?」
「ああ。『規律』を作れるかが見たい」
ヴァネッサは頷くと、殺気立った男たちの前に進み出た。
「貴様ら! 横一列に並べ! 三つ数えるまでだ!」
男たちが「女が指図すんじゃねぇ!」と襲いかかる。
だが、結果は一瞬だった。
ヴァネッサは剣も抜かず、鞘と体術だけで大男たちを次々と地面に這いつくばらせた。暴力ではない。関節を極め、重心を崩す、洗練された制圧術だ。
「ひ、ひぃっ!」
「他に文句がある奴はいるか!?」
十秒後。
そこには、綺麗に整列し、直立不動で震える男たちの姿があった。
「合格だ、ヴァネッサ」
私は拍手を送った。
これなら任せられる。
「君を警備隊長に任命する。給与は銀貨50枚。部下の教育と、指揮権を与える」
「銀貨……50!? 騎士団長並みだぞ!?」
「その代わり、私の指示は絶対だ。そして、領民への狼藉は一切許さない。……できるか?」
「……御意。この剣、モルントン男爵家に捧げよう」
ヴァネッサが片膝をつき、騎士の礼をとった。
それに倣い、殴られた男たちも慌てて敬礼する。
「モルントン警備隊」が発足した瞬間だった。
***
人員は確保した。次は装備だ。
彼らが持っている武器はバラバラで、手入れもされていない。
私は倉庫から、錆びついた古い槍や剣を大量に出させた。
「これを全部溶かす」
「溶かす、でございますか?」
「規格統一だ。長さや重さが違う武器では、集団戦術が組めない」
私は【鍛造】の魔法式を展開する。
炉は使わない。
金属の分子結合を魔力で直接組み替える。イメージするのは「プレス加工」と「焼入れ」の同時並行。
「――構成」
錆びた鉄屑が飴のように歪み、不純物が排出され、そして瞬時に同じ形状の「ショートソード」と「円盾」へと再構築されていく。
名剣ではない。だが、炭素含有量を調整した鋼は、量産品としては破格の強度を持つ。
「す、すげぇ……一瞬で二十人分揃いやがった……」
「ヴァネッサ、これを配れ。今日からお前たちの装備はこれだ。破損したら交換する。その代わり、私物を戦場に持ち込むな」
ヴァネッサは渡された剣を抜き、その刃の輝きを見て息を呑んだ。
「……均一な重心。狂いのない刃。これを魔法で? ……あんた、本当に何者だ?」
「ただの行政官だよ。効率が好きなだけのな」
私は肩をすくめた。
これで、最低限の「武力」は整った。
海からの脅威、そして背後に潜む伯爵家の陰謀。
受けて立つ準備はできた。
だが、私はまだ知らなかった。
私のこの動きが、王都のさらに上層部――国王や、教会の目をも引きつけ始めていることを。




