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転生市長の建国論 ~魔力不足の貧乏男爵領から始める、魔法と行政による異世界再興譚~ 気付けば一族で大陸を支配していました  作者: Nami


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第19話 国境の雪解けと、軍靴の足音


 雪解け水が小川に流れ込み、モルントン領の山々に遅い春が訪れた。

 鉄道は順調に稼働し、観光客と物資の流れは止まらない。街は好景気に沸き、誰もが平和な未来を信じて疑わなかった。

 だが、私の執務室だけは、真冬のような冷たい空気に支配されていた。

「……間違いないのか、ヴァネッサ」

「ああ。国境付近の『狩人』からの情報だ。グラドス帝国の動きが活発化している」

 警備隊長のヴァネッサが、広げた地図に赤い駒を置いた。

 場所は北方の国境線。我が国とは山脈を挟んで接する軍事大国だ。

「名目は『春季大規模演習』。だが、規模がおかしい。動員数は推定三万。しかも、通常の演習では持ち込まない『攻城兵器』や『架橋用資材』が前線に集積されている」

 攻城兵器に架橋資材。

 それは「守る」ためではなく、「攻め込み、川を渡り、城を落とす」ための装備だ。

 意図は明白。侵略の準備だ。

「狙いはどこだと思う?」

「常識的に考えれば、穀倉地帯である西部の平原だ。だが……」

 ヴァネッサの指が、地図上を滑り、私の領地――モルントン領で止まった。

「あんたが『鉄道』なんて便利なもんを作っちまったせいで、戦術が変わった可能性がある」

 その通りだ。

 かつて辺境の貧乏領地だったここは、今や王都へ直結する「高速輸送ルート」の始発点だ。

 もし敵がここを電撃的に制圧し、鉄道を奪えば?

 彼らは無傷のまま、わずか三時間で王都の中枢へ軍団を送り込める。

 私が作った文明の利器が、国を滅ぼす「トロイの木馬」になり得るのだ。

「……皮肉なものだな。便利になるほど、リスクも高まる」

 私は椅子に深く沈み込んだ。

 対策は急務だ。だが、私の一存で軍を動かすことはできない。

 ***

 翌日、私は緊急の「国防委員会」に出席するため、王都へ飛んだ。

 だが、会議室の反応は鈍かった。

「モルントン次官、考えすぎではないかね?」

「グラドス帝国とは不可侵条約を結んでいる。演習など毎年のことだ」

 恰幅の良い貴族議員たちが、のんきに紅茶を啜っている。

 彼らにとって戦争とは「遠い国境の話」であり、自分たちの優雅な生活を脅かすものではないと信じているのだ。典型的な平和ボケ(ノーマルシー・バイアス)。

「条約など紙切れです。彼らが演習名目で物資を集めているのは事実。……即刻、国境警備軍への予算増額と、予備役の招集を提案します」

「却下だ。そんなことをすれば、逆に相手を刺激する。それに、今年度の予算にそんな余裕はない」

 予算委員長が鼻で笑った。

「君は鉄道で儲けているから、軍事費も湯水のように使えると思っているのかね? 国の財布はもっとシビアなのだよ」

 ……話にならない。

 彼らは「金がない」のではなく、「責任を取りたくない」だけだ。

 もし動員して何も起きなければ、「無駄金を使った」と批判されるのが怖いのだ。

(期待した私が馬鹿だったな)

 私は早々に見切りをつけた。

 国が動かないなら、自分の領地は自分で守るしかない。

 私はその足で、シルヴィア王女の離宮へと向かった。

 ***

「……議会の老害どもめ。国が焼かれるまで目が覚めんのか」

 シルヴィアは私の報告を聞き、愛用の弓をへし折らんばかりに握りしめた。

 彼女は武官の端くれでもある。危機感は私と共有できている。

「アレクセイ、どうする? 私兵団だけでは、帝国の正規軍三万は止められんぞ」

「正面からぶつかれば、ですね。……ですが、彼らが『鉄道』を狙っているなら、やりようはあります」

 私は懐から、一枚の決裁書ドラフトを取り出した。

「シルヴィア殿下。鉄道会社の『警備部門』を独立させ、拡大します。名目は『鉄道警察隊』の創設」

「鉄道警察?」

「ええ。駅や線路を守るための組織です。これなら軍の管轄外なので、議会の承認はいりません。私の裁量と、会社の利益で武装できます」

 軍隊を作ると言えば角が立つ。

 だが、「会社の警備員」なら文句はないはずだ。たとえその警備員が、最新鋭の魔導ライフルと、軍隊並みの組織力を持っていたとしても。

「……法の抜け穴か。悪知恵が働くことだ」

「生き残るためです。ヴァネッサを隊長に据え、即座に五百名規模で編成します。装備はドワーフの工房で量産中だ」

 私はさらに、もう一つの地図を広げた。

「それと、最悪の場合に備えて『プランB』を用意します」

「プランB?」

「敵に鉄道を奪われそうになった瞬間、遠隔操作で『全線路を爆破・自壊させる』システムの組み込みです」

 シルヴィアが息を呑んだ。

 鉄道は、私と彼女が心血を注いで作った結晶だ。それを自ら壊す準備をする。

「……本気か? あれを作るのに、どれだけの苦労があったか……」

「敵に使われるくらいなら、鉄屑にした方がマシです。それに、壊してもまた作ればいい。ですが、国が滅びれば再建は不可能です」

 私の迷いのない言葉に、シルヴィアは痛ましげに、しかし力強く頷いた。

「分かった。……貴様の覚悟、預かろう。私も王族として、裏で騎士団の同期たちに声をかけておく。いざという時、議会を無視して動ける戦力を確保するためにな」

 ***

 モルントン領に戻った私は、直ちに「鉄道警察隊」の募集と訓練を開始した。

 表向きは「テロ対策」。だが、その訓練内容は、対集団戦を想定したガチガチの軍事教練だった。

 街は春の陽気に包まれているが、水面下では着々と「戦時体制」への移行が進んでいた。

 そんなある日。

 私の元に、予想外の来客があった。

「久しぶりね、次官殿。……少し顔色が悪いんじゃない?」

 紫煙と共に現れたのは、帝国の皇女カテリーナだった。

 彼女は予告なしに執務室に入り込み、深刻な顔で机に一枚のメモを置いた。

「商売敵に塩を送るのは趣味じゃないけど……今回は特別よ」

「……これは?」

「我が国の軍部の『物資調達リスト』の写し。……裏ルートで手に入れたわ」

 私は目を見開いた。

 それは国家機密レベルの情報だ。なぜ敵国の皇女がこれを?

「勘違いしないで。私は戦争なんて野蛮な行為で、商売の邪魔をされたくないだけ。……軍部の馬鹿どもが暴走して、私の大事な『投資先あなたのまち』を壊されたらたまらないもの」

 彼女はふんと鼻を鳴らした。

 彼女にとっても、軍部の独走は商売上のリスクなのだ。利害が一致した。

「感謝します。……この借りは高くつきそうだ」

「ええ。体で払ってもらうことになるかもね?」

 カテリーナの持ってきたリストには、決定的な証拠があった。

 『耐寒装備三万着』。

 次の冬ではない。まだ肌寒い「早春」に攻め込むための装備だ。

 

 開戦は近い。

 私は拳を握りしめた。

 市長わたしの作った街を、戦火には焼かせない。

 行政官としての、静かなる戦争が始まった。


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