第18話 冬の到来と、暖房革命
モルントン領に、初めての本格的な冬が訪れようとしていた。
北の海から吹き付ける風は日に日に冷たさを増し、朝起きると窓ガラスにうっすらと氷紋が浮かぶようになった。
急速に発展した我が街にとって、この冬は試練の季節だ。
人口はこの半年で三倍に膨れ上がっている。鉄道作業員、その家族、そして商機を求めて移住してきた商人たち。
彼らが生きるために必要なもの。それは食料よりも、まず「熱」だ。
「……また値上がりか」
執務室で、私は市場調査のレポートを見て溜息をついた。
『薪』の価格が、昨年の五倍に高騰している。
需要の急増に対し、供給が追いついていないのだ。近隣の森は「静寂の森」を含めて保護区が多く、無計画な伐採は禁止している。かといって、遠方から輸入すれば輸送コストがかかる。
「このままでは、貧しい移民層から凍死者が出ます。すでに、建物の廃材を燃やして暖を取ろうとして、ボヤ騒ぎも起きておりまして……」
ハンスが青ざめた顔で報告する。
燃料不足は、治安悪化の引き金になる。寒さは人の理性を奪うからだ。
「薪に頼る限界だ。エネルギー源を変えるしかない」
私は、以前から準備していた「黒い石」のサンプルを机に出した。
鉄道工事の際、トンネル掘削中に発見した鉱脈から採掘されたものだ。
「石炭か。……これを解禁する」
「せ、石炭でございますか!?」
ハンスが露骨に嫌な顔をした。
この世界でも石炭は知られているが、評判は最悪だ。
「アレクセイ様、お言葉ですが、あれは『悪魔の石』です。燃やせば黒い煙が出て、部屋中が煤だらけになります。臭いも酷く、洗濯物も干せません。領民たちは猛反対しますぞ」
その通りだ。
未加工の石炭をそのまま燃やせば、不完全燃焼による煤煙と、硫黄の臭いが発生する。
ロンドンの霧の再現など御免だ。
「だから、ただ燃やすわけではない。……『燃やし方』を変えるんだ」
私は一枚の設計図を広げた。
円筒形の鉄製ストーブ。だが、内部構造が特殊だ。
「ハンス、工房に連絡しろ。ドワーフたちに『二次燃焼室』付きの鋳物ストーブを作らせる。それと、私が書いた『風の術式』を刻んだ魔石を用意だ」
***
数日後。
領都の中央広場には、冷たい風の中、多くの領民が集まっていた。
彼らの視線の先には、黒光りする鉄の箱――私が開発した新型ストーブ『暖炉・マークワン』が置かれている。
「領主様が、新しい暖房器具を見せてくれるってよ」
「でも、燃料はあの『黒い石』だろ? 煙たくなるのは御免だぜ」
主婦たちが不安そうに囁き合っている。
私はマイク(拡声魔道具)を手に、ストーブの前に立った。
「皆、寒空の中すまない。今年の薪不足は深刻だ。だが、この『魔導ストーブ』があれば、安価な石炭で、薪以上の暖かさを手に入れられる」
私は石炭を炉にくべ、着火した。
通常なら、ここでモクモクと黒煙が上がるところだ。
だが。
「――起動」
私がスイッチ(魔石回路)を入れると、ストーブの内部で「ヒュオッ」という吸気音がした。
魔力による強制通風だ。
新鮮な空気が送り込まれ、燃焼温度が一気に上昇する。
さらに、一度燃えた煙(未燃焼ガス)に対し、上部から再度空気を当てて燃やし尽くす「二次燃焼システム」が作動する。
ボッ!
ガラス窓の向こうで、炎の色が、赤から「青白い完全燃焼の色」へと変わった。
「見ろ。煙突から煙が出ているか?」
私が指差すと、領民たちは一斉に空を見上げた。
煙突からは、陽炎のような熱気が揺らぐだけで、黒い煙は一切出ていない。
「……本当だ。煙がない!」
「臭いもしないぞ! それに、なんだこの暖かさは……!」
ストーブの周囲数メートルが、春のような陽気に包まれる。
石炭の熱量は薪の比ではない。それが完全燃焼することで、驚異的な熱効率を生み出しているのだ。
「これなら、洗濯物も汚れない。燃料代は薪の半額以下だ。……どうだ、欲しいか?」
私の問いかけに、最初は懐疑的だった主婦たちの目が、獲物を狙う肉食獣のそれに変わった。
「買います! ウチに一台!」
「俺もだ! 店に置きたい!」
広場は一瞬にして即売会会場と化した。
用意していた初期ロットの五十台は、瞬く間に完売。予約注文の列が役場の裏まで続く事態となった。
***
「……またしても、貴方の『技術』勝ちですわね」
執務室の窓から広場の様子を見ていたエレオノーラが、感心したように言った。
「公害を魔法で封じ込めるとは。……このストーブ、我がウィスタリア領でも販売させていただけますか? 北部の冬は厳しいので、高く売れますわ」
「もちろん。製造が追いつけばの話だがね」
私は熱いコーヒーを啜った。
これで、冬のエネルギー危機は回避できた。
石炭という新たな資源の活用法も確立し、ドワーフの工房にはまた新しい仕事(ストーブ量産)が舞い込む。経済が回る音が聞こえるようだ。
だが。
ふと、窓の外に目をやると、雪に混じって「白い鳥」が飛んでくるのが見えた。
伝書鳩ではない。王家の使い魔、白鷹だ。
足に結ばれているのは、緊急の書状。
「……嫌な予感がするな。暖かくなった途端に、冷や水を浴びせられる気がする」
私は鷹を招き入れ、書状を開いた。
そこに記されていたのは、北方の軍事大国「グラドス帝国」の不穏な動きを知らせる、国境警備隊からの急報だった。
平和な冬は、そう長くは続かないらしい。




