表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生市長の建国論 ~魔力不足の貧乏男爵領から始める、魔法と行政による異世界再興譚~ 気付けば一族で大陸を支配していました  作者: Nami


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/21

第17話 特区の夜と、カテリーナの視察


 カテリーナ・スフォルツァは、苛立っていた。

 モルントン領に到着して二日目。彼女は「休息」という名目で従者を撒き、変装(といってもフードを被っただけだが)をして、城下町の市場を歩いていた。

 彼女の苛立ちの原因は、この街の「異常さ」にある。

「……おじさん、この串焼き。二本買うから安くしなさいよ」

「悪いね、嬢ちゃん。ウチは『正札しょうふだ』販売なんだ。値札通りの金額だよ」

 屋台の店主は、カテリーナの美貌にも、交渉にも動じず、店頭に掲げられた木札を指差した。

 『海鮮串焼き・一本銅貨三枚』。

「はぁ? 商売ってのは駆け引きでしょう? まとめて買う客には色を付けるのが礼儀よ」

「そういうのは古いんだとさ。領主様……いや、次官様のお達しでな。『交渉に時間を使うより、一人でも多くの客を回せ』ってよ。ほら、後ろがつかえてるから、買わないなら退いてくれ」

 店主の言う通り、カテリーナの後ろには観光客の列ができている。

 彼らは無言で銅貨を置き、商品を受け取り、次へと進んでいく。その回転速度は、帝国の市場の比ではない。

「……味気ないわね。でも、恐ろしく速い」

 カテリーナは串焼きを買い(味は悔しいほど美味だった)、近くのベンチで観察を続けた。

 通常、市場での買い物は「挨拶」から始まり、「探り合い」「値切り」を経て成立する。それは一種の娯楽だが、時間はかかる。

 だが、この街は違う。

 「価格」という情報を可視化し、交渉のコストをゼロにすることで、圧倒的な「取引数トランザクション」を稼ぎ出している。

 さらに、彼女が驚いたのは「衛生観念」だ。

 どの屋台も、食材をガラス(これも領内産だ)のケースに入れ、ハエがたからないようにしている。店主たちは白い前掛けをし、金銭を扱う手と、食材を扱う手を分けている。

「『食中毒を出した店は営業停止』……厳しい条例で縛っているのね。でも、そのおかげで客は安心して財布の紐を緩める」

 カテリーナは、キセルの煙を吐き出した。

 彼女の知る「商売」とは、騙し合いの戦争だ。

 だが、アレクセイの作った街は違う。ここは巨大な「自動販売機」だ。誰もがルールに従い、効率的に金を吸い上げられるシステム。

「……気に入らない。けど、凄いわ」

 ***

 その頃、領主館の執務室では、私が頭を抱えていた。

「次官様、やはり宿泊施設が足りません! 駅前のテント村も満員、このままでは野宿した観光客が、寒さで風邪をひくか、スラムに紛れ込んでトラブルになります!」

 ハンスの報告は悲痛だった。

 鉄道による集客効果が、受け皿の容量キャパシティを超えている。ホテルの建設は進めているが、完成は来春だ。今夜のベッドがない。

「……やるしかないか。『民泊』の解禁を」

 私は書類の束から、一枚の原案を取り出した。

「ハンス、今すぐ『臨時宿泊条例』を発令しろ。領民に対し、自宅の空き部屋を観光客に貸し出すことを許可する」

「えっ? そ、そんなことをすれば、強盗やトラブルが……」

「だから『許可制』にするんだ。貸し出す部屋には鍵がかかること、寝具が清潔であること、そして家主の身元が保証されていること。これを満たした家には『認可証』を発行する」

 私はペンを走らせ、条件を詰めていく。

「宿泊料の上限は『銀貨三枚』までとする。これならホテルより安く、テントより快適だ。領民にとっても、空き部屋が金になるなら喜んで協力するだろう」

「な、なるほど……! 確かに、ウチの婆さんの家も二部屋空いています!」

「さらに、警備隊に夜間巡回を強化させろ。民泊を利用する観光客には、入国時に身分証の提示を義務付ける。……『おもてなし』は性善説では成り立たない。厳格な管理があってこそだ」

 スピード勝負だ。

 私は即座に条例案を清書し、公印を押した。

 魔法で解決できない問題――人の流れと安全の管理こそ、行政官の腕の見せ所だ。

 ***

 その夜。

 私が執務室で残業をしていると、窓から不意に紫煙が流れ込んできた。

 バルコニーに、カテリーナが立っていた。迎賓館を抜け出してきたらしい。

「……不法侵入ですよ、皇女殿下」

「玄関から入ったら、取り次ぎで一時間は待たされるでしょう? 貴方は忙しい男だから」

 彼女は悪びれもせず、ソファに腰掛けた。

「街を見てきたわ。……『正札販売』に『民泊条例』。貴方はこの街を、国というより一つの『会社』として運営しているのね」

「効率を突き詰めれば、そうなります」

「帝国の商人はね、客との駆け引きに命を懸けるの。でも、貴方のやり方はそれを否定している。……正直、文化としてはつまらないわ」

 彼女はキセルを置き、私を真っ直ぐに見た。

「でも、数字は嘘をつかない。この街の金の回転率は、帝都の三倍以上。……悔しいけど、私の負けよ」

「勝ち負けではありません。フェーズが違うだけです」

 私は手を休めず、答えた。

「帝国は『個』の商人の力が強い。対して、当領は『システム』で回している。……大量消費社会には、私の方が向いているというだけです」

「システム、ね。……ますます欲しくなったわ。その頭脳ナカミ

 カテリーナは立ち上がり、私の机に一枚の硬貨を置いた。

 帝国の金貨だ。

「これは前金よ。いつか貴方を買い取る時の手付金。……それまで、精々この街の価値を上げておきなさい」

 彼女はまた風のように去っていった。

 机に残された金貨が、ランプの光で妖しく輝いている。

 やれやれ。

 商売敵としても、求婚者としても、一筋縄ではいかない相手だ。

 だが、彼女の指摘は的を射ている。

 急激な効率化は、文化的な摩擦を生む。今はうまくいっているが、いずれ「昔ながらの情緒」を求める声との衝突が起きるだろう。

 その時、私はどうバランスを取るか。

 ……まあ、それは明日の悩みだ。今夜はまず、観光客に温かいベッドを提供することが先決である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ