第15話 鉄の咆哮と、暴走する処女航海
王都の南門広場に建設された「中央駅」。
その巨大なドーム状の屋根の下には、数千人の見物人と、国の重鎮たちが詰めかけていた。
彼らの視線の先にあるのは、白銀に輝く巨大な鉄の塊。
魔導機関車一号機、『ジェネシス』だ。
全長二十メートル。先頭車両には、私がドワーフたちと徹夜で組み上げた「魔導回転機関」が搭載され、その後ろにはガラス張りの豪華客車が五両連結されている。
「……壮観だな。これが、私の森を貫く『鉄の矢』か」
正装に身を包んだシルヴィアが、ホームで感慨深げに呟いた。
彼女の隣には、エレオノーラも並んでいる。
「外見だけでなく、中身も一級品ですわ。客車のシートはウィスタリア領産の最高級ベルベット、窓はモルントン領の強化ガラス。……まさに、走る貴賓室です」
二人のヒロインに見送られ、私は国王陛下を先頭車両(VIPルーム)へと案内した。
今回の乗客は、国王アシュレイ、宰相(エレオノーラの父)、そして各国の駐在大使たちだ。
特に、東方の「商業帝国」から来ている大使の視線は鋭い。彼らは、この技術が軍事転用されることを恐れているのだ。
「モルントン男爵。本当にこれが動くのか? 馬もなしに?」
「ご安心を、陛下。これは馬ではなく、この大地そのものが運ぶのです」
私は運転席――機関士席へと乗り込んだ。
本来なら養成した元・御者の機関士に任せるべきだが、処女航海は何が起こるか分からない。設計者である私がハンドルを握る。
「出発進行!」
汽笛代わりの魔導ホーンが「フォォォォッ!」と高らかに鳴り響く。
私はスロットル・レバーをゆっくりと倒した。
足元の床から、微かな振動が伝わる。モーターが回転を始め、車輪がレールを噛む。
ガタン、と巨体が動き出した。
見物人たちから悲鳴と歓声が上がる。
列車は滑るように加速し、あっという間に駅を離れ、郊外の風景を置き去りにしていった。
***
「は、速い……! なんだこの速度は!?」
「馬車の全速力より速いぞ! しかも揺れが少ない!」
客車では、大使たちが窓に張り付いて絶叫していた。
現在の速度は時速六十キロ。この世界の人間にとっては、飛竜の急降下に匹敵する未知の速度域だ。
順調だ。
計器の数値はすべて正常値。
列車は平野を抜け、いよいよ最大の難所「静寂の森」へと差し掛かった。
(ここからが本番だ。森の魔力濃度が高いエリア……出力調整を慎重に)
私はレバーを握り直した。
森に入った瞬間、車内の魔力計の針が跳ね上がった。
レールの下の杭から吸い上げられた濃厚な魔力が、エンジンの回転数を押し上げる。
キィィィィィィィン……!
エンジンの駆動音が、不快な高音に変わった。
振動が大きくなる。
「……おい、アレクセイ! 音が変だぞ!」
副操縦席に座っていたシルヴィア(護衛として同乗していた)が叫ぶ。
「魔力共振だ! 森の魔力濃度が、シミュレーションよりも高い!」
想定外だ。鉄道を通したことで「魔力の循環」が良くなりすぎた結果、供給過多が起きている。
私はスロットルを戻そうとした。
だが、レバーが動かない。
「くっ、魔圧でバルブが固着している! このままだと回転数が限界を超えて、エンジンが爆発するぞ!」
速度計はすでに時速九十キロを超え、百キロに迫ろうとしている。
暴走だ。
緊急停止ブレーキをかければ脱線する。
陛下や各国大使を乗せたまま脱線転覆すれば、私の首が飛ぶどころか、国が傾く大事故になる。
「ど、どうする!? 魔力を遮断できないのか!?」
「運転席からじゃ無理だ! 機関部の外にある『吸気弁』を直接手で閉じて、魔力流入をカットするしかない!」
私は立ち上がった。
ここは時速百キロで走る密室だ。外に出るには、屋根に登るしかない。
「馬鹿な! この風圧の中で外に出れば吹き飛ばされるぞ!」
「やるしかないんだ! シルヴィア、君はここでブレーキの準備を! 私が合図したら全力で引け!」
私は機関室の窓を蹴破った。
猛烈な風が吹き込んでくる。
私はゴーグルを締め直し、窓枠に足をかけた。
「――待て!」
シルヴィアが私のベルトを掴んだ。
「一人では死ぬ気か! ……掴まっていろ!」
彼女は腰からロープを取り出し、自分の腰と私の腰を繋いだ。
そして、信じられないことに、私より先に窓から身を乗り出した。
「私は風を読むのは得意だ! 私が足場を確保する! 貴様は作業に集中しろ!」
「……頼む!」
私たちは暴走する列車の上へと這い出した。
轟音。
叩きつけられる風圧。
立っているだけで体が持っていかれそうになる。
だが、シルヴィアは体幹を低くし、車体の突起に手足をかけ、まるで蜘蛛のように安定して進んでいく。
彼女に引っ張られる形で、私もエンジンの真上へと辿り着いた。
そこでは、吸気弁が青白いスパークを散らしながら振動していた。
魔力の奔流が渦を巻いている。触れれば指が吹き飛ぶかもしれない。
「くそっ、熱いな……!」
私は【耐熱防御】の術式を展開し、灼熱のバルブを両手で掴んだ。
重い。
魔力の圧力が反発し、私の腕力を押し返してくる。
「回れェェェッ!!」
私は全身の魔力を腕に集中させた。
筋肉が悲鳴を上げる。
前世のデスクワーク上がりの体には過酷すぎる。
「アレクセイ! 諦めるな!」
背後から、シルヴィアの手が私の手に重なった。
彼女の武人としての強靭な魔力と筋力が、私をサポートする。
「うおおおおッ!」
二人の力が合わさった瞬間。
ギギギッ……ガコンッ!
バルブが半回転し、完全に閉じた。
ヒュン……。
エンジンの咆哮が止まり、静かな回転音へと戻っていく。
魔力供給が遮断され、慣性走行に切り替わったのだ。
「……成功だ。シルヴィア、今だ! ブレーキを!」
私が叫ぶと、車内に残っていたドワーフの助手がブレーキレバーを引いた。
キィィィィッ!
車輪から火花が散り、列車は緩やかに減速し始めた。
***
やがて列車は、モルントン領に新設された駅のホームへと滑り込んだ。
完全に停止した瞬間、車内は静まり返っていた。
そして次の瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「す、素晴らしい! 王都からここまで、わずか二時間半だと!?」
「奇跡だ! まさに文明の革命だ!」
事情を知らない乗客たちは、途中の暴走も含めて「スリルある高速走行の演出」だと思っていたらしい。
大成功だ。
私は屋根の上で、大の字になって空を見上げていた。
隣には、同じく息を切らせたシルヴィアが寝転がっている。
「……死ぬかと思ったぞ、次官殿」
「同感です、殿下。……ですが、最高の眺めでしょう?」
私が指差した先には、開発が進むモルントン領の港と、キラキラと輝く海が広がっていた。
かつては寂れた漁村だった場所が、今は人と物が集まる「物流の心臓部」になろうとしている。
「ああ。……悪くない」
シルヴィアは私の手を握ったまま、少しだけ強く握り返してきた。
その顔は、煤と油で汚れていたが、夜会のドレス姿よりも遥かに美しかった。
こうして、魔導鉄道は開通した。
この日を境に、王国の経済速度は一変し、私の領地は「大陸の玄関口」としての地位を確立することになる。
だが、その成功を苦々しく見つめる「第三の女」が、駅の群衆の中に紛れ込んでいたことを、私はまだ知らない。




