第13話 魔導機関車の心臓と、夜会への招待状
モルントン領の山裾に新設された「王立魔導研究所・モルントン分室」。
その最深部にある工房は、熱気とオイルの匂い、そして怒号に包まれていた。
「無理だっつってんだろ! こんな細けぇ魔導回路、鉄に刻んだら熱で溶けちまうぞ!」
ハンマーを振り上げ、怒鳴っているのはドワーフの鍛冶師長、ガガンだ。
王都の裏路地でくすぶっていたところを、私が「最高の酒と設備」を条件にヘッドハンティングしてきた頑固者である。
「溶けない合金を作ればいい。鉄にミスリルを3%、そして冷却用に『氷河石』の粉末を1%混ぜる。配合比率は計算済みだ」
私は作業台に広げた青焼きの図面を指差しながら、冷静に返した。
私たちが作っているのは、魔導鉄道の心臓部――『魔導回転機関』だ。
この世界の一般的な動力は「外燃機関(蒸気)」か、あるいは「ゴーレムの腕力」だ。
だが、私の設計は違う。
前世の知識である「三相誘導電動機」をベースにしている。
電気の代わりに「魔力」を流し、磁力の代わりに「属性反発力」を利用して回転を生み出すシステムだ。
「いいか、ガガン。この円筒形の部分が『固定子』だ。ここに風属性の魔石を螺旋状に埋め込む。そして、中の軸となる『回転子』には、風と反発する術式を刻む」
私はチョークで図解した。
「固定子に順番に魔力を流すと、内部で『回転する魔力の場』が発生する。回転子はそれに弾かれるようにして、物理的に接触することなく高速回転を始める。……摩擦ゼロ、騒音ゼロ、排ガスゼロの夢のエンジンだ」
ガガンは腕組みをし、髭を扱きながら図面を睨みつけた。
「理屈は分からねぇが……要は、中身が浮いたまま回り続けるってことか? そんな精度の軸受け(ベアリング)、今の技術じゃ……」
「だから、君を呼んだんだ。ドワーフの『真円加工』の技術が必要だ。……できるか?」
挑発するように問うと、ガガンはニヤリと歯を見せた。
「へっ、若造が。ドワーフに『できない』なんて言葉はねぇよ。……おい野郎ども! ミスリルの在庫全部持ってこい! 溶解炉の温度上げろ!」
工房が一気に動き出した。
私はその様子を見守りながら、自らもゴーグルを装着し、微細な魔導回路の彫刻作業に入った。
理論は私が作る。器は彼らが作る。
技術者同士の、言葉はいらない共闘だ。
***
それから三日三晩、不眠不休の作業が続いた。
そして、作業台の上には、鈍銀色に輝く巨大な円筒形の塊が鎮座していた。
試作一号機だ。
「……いくぞ。魔力接続」
私が魔力供給用のパイプを接続し、バルブを開く。
静寂の森から吸い上げられた純粋な魔力が、機関へと流れ込む。
――ブゥゥゥン……。
低い唸り声と共に、機関が微振動を始めた。
だが、爆音はない。
回転数が上がるにつれ、音は「キィィィン」という高周波へと変わり、やがてそれすらも消えた。
超高速回転。
あまりの速さに、回転軸が止まっているようにすら見える。
「おいおい……マジかよ。これだけの鉄の塊が、音もなく回ってやがる……」
ガガンが呆然と呟いた。
私は手元の計器を確認する。
トルク、回転数、魔力消費率。すべて設計通り、いや、ドワーフの精度のおかげでそれ以上だ。
「成功だ。これなら、客車十両を引いて時速八十キロで走れる」
「時速……八十? 馬より速ぇじゃねぇか!」
「ああ。王都まで三時間だ」
工房に歓声が上がった。
ドワーフたちが抱き合い、ハンマーを打ち鳴らす。
私も安堵の息を吐き、煤けた顔を拭った。
これで「心臓」はできた。あとは車体に乗せるだけだ。
その時、工房の扉が開き、ハンスが血相を変えて飛び込んできた。
「ア、アレクセイ様! こちらにいらっしゃいましたか! 探しましたぞ!」
「どうした? また教会のクレームか?」
「いいえ、もっと重大な……王宮からの『招待状』です!」
ハンスが恭しく差し出したのは、金箔が施された純白の封筒だった。
封蝋には、王家の紋章。
「来週開催される『建国記念祝賀パーティー』への招待状です。……しかも、陛下直々の指名で」
私は眉をひそめた。
建国記念パーティー。国内の有力貴族が全員集まる、年に一度の最大の社交イベントだ。
本来なら、男爵ごときが呼ばれる場所ではない。
だが、財務次官としての抜擢、そして鉄道計画。今の私は、王都で最も注目される(そして敵視される)「時の人」だ。
「……避けては通れないか」
「当然ですわ」
凛とした声と共に、ドレス姿のエレオノーラが現れた。
彼女は私の汚れた作業着を一瞥し、ふふっと笑った。
「エンジンの完成、おめでとうございます。……ですが、次は『社交界』という名の戦場が待っていますわよ」
「君も行くのか?」
「貴方の『婚約者』としてエスコートされる予定ですけれど? まさか、お忘れではありませんよね?」
彼女の目が笑っていない。
そうだ。これは私たちの婚約を、全貴族にお披露目する場でもあるのだ。
「忘れるわけがない。……だが、嫌な予感がするな」
「あら、奇遇ですわね。私もですの」
エレオノーラは扇子を開き、口元を隠した。
「聞いた話では、シルヴィア王女殿下も出席されるとか。……『鉄道計画の共同責任者』として、貴方の隣に立つ権利を主張されるかもしれませんわね」
胃が痛くなってきた。
正妻(予定)のエレオノーラと、ビジネスパートナー兼・現場監督のシルヴィア。
この二人が同じ会場で鉢合わせる。
しかも、衆人環視の中で。
「……ガガン。悪いが、エンジンの調整を頼む。私は『別の戦い』の準備をしなければならないようだ」
「へっ、女の戦いか。俺ならドラゴンの巣に行く方がマシだな。……頑張りな、若造」
ドワーフたちの同情的な視線を背に、私は工房を後にした。
技術的な課題は論理で解決できる。
だが、人間関係――特に貴族社会のメンツと女性のプライドが絡む問題には、方程式が存在しない。
私は重い足取りで、タキシードの採寸に向かうのだった。




