第12話 ギルド解体と、物流の再編
御者ギルドによる襲撃事件の翌朝。
私は、現場に急造された捕虜収容所(資材用テントを改造したもの)の一角で、一冊の分厚いノートと格闘していた。
「……酷いな。複式簿記以前の問題だ。どんぶり勘定にも程がある」
それは、捕縛したギルド長ガンツの懐から押収した「裏帳簿」だ。
革の表紙は手垢で黒ずみ、中のページには殴り書きの数字と、暗号のような符丁が並んでいる。
文字は汚いが、金の流れは正直だ。
私は【統治者】スキルを「解読モード」に切り替え、乱雑な数字の羅列を、頭の中で整然としたスプレッドシート(表計算)へと変換していく。
貴族への賄賂。
関所の役人への通行料という名の袖の下。
そして、独占禁止法があれば即座にアウトとなる、意図的な価格操作の記録。
「なるほど。彼らの収益構造が見えた。……これなら、『説得』の材料になる」
私は徹夜で書き上げた「物流再編計画書」の束を整え、立ち上がった。
***
テントの中央には、後ろ手に縛られたガンツが床に座らされていた。
その周りには、同じく捕まった幹部たちが数人。
彼らは一夜明けて、自分たちが「王族への反逆」という重罪を犯した事実に震え上がっていた。処刑は免れないと覚悟している顔だ。
私が姿を現すと、ガンツは血走った目で私を睨みつけた。
「……笑いに来たのか、若造。さっさと首を刎ねろ」
「首を刎ねるのは簡単だ。だが、それでは死体が残るだけで、何の利益も生まない」
私はパイプ椅子(これも鉄パイプと布で試作したものだ)を広げ、ガンツの目の前に座った。
そして、押収した裏帳簿を彼の膝元に放り投げた。
「お前たちの経営状態を分析させてもらったよ。……『火の車』だな?」
「あぁ……?」
「王都から地方への長距離輸送。運賃は高いが、その半分以上が馬の飼料代、宿代、盗賊対策の護衛料、そして関所への賄賂で消えている。実質的な利益率はわずか5%。……その薄利を埋めるために、無理な連勤を強い、馬を潰し、御者たちを使い捨てにしている」
ガンツの表情が強張った。図星だ。
彼らは暴利を貪っているように見えて、実は高コスト体質の「ブラック企業」だったのだ。
「鉄道ができれば仕事がなくなると言ったな? 逆だ。このままでは、鉄道がなくてもお前たちは破綻していた」
私は計画書の一枚目を広げ、彼に見せた。
そこに描かれているのは、王都を中心とした放射状の線と、蜘蛛の巣のような細かい網目。
「いいか、よく聞け。私が作るのは『ハブ・アンド・スポーク』というシステムだ」
「はぶ……あんど……?」
「鉄道は『ハブ(車軸)』だ。大量の荷物を、王都から地方の拠点(駅)まで、一度に高速で運ぶ。だが、鉄道は駅までしか行けない。各村や屋敷の玄関までは届かないんだ」
私は図面の末端、駅から伸びる細かい線を指差した。
「ここが『スポーク(車輪の骨)』……つまり、お前たちの出番だ」
ガンツが怪訝な顔をする。まだ理解できていないようだ。私は言葉を噛み砕く。
「今までは王都から地方まで、往復十日かけて運んでいただろう? 道中は野宿、盗賊の危険もある。だが、これからは違う」
「……どう違うってんだ」
「お前たちは、最寄りの『駅』で待機するんだ。鉄道が運んできた大量の荷物を、そこから馬車に積み替え、近隣の村へ配る。片道せいぜい半日の距離だ」
私は指を三本立てた。
「一、長距離移動がないから、馬も人間も疲弊しない。毎日家に帰ってベッドで寝られる。
二、鉄道が一度に運ぶ物量は馬車の百倍だ。つまり、配る荷物の量も百倍になる。薄利多売ではなく、回転率で稼げる。
三、危険な夜道を走る必要がないから、護衛料も賄賂もいらない」
ガンツの口が半開きになった。
彼は荒くれ者だが、馬鹿ではない。長年物流に携わってきたからこそ、このシステムがいかに画期的か、肌感覚で理解してしまったのだ。
「……毎日、家に帰れる……だと?」
「そうだ。その上で、私はお前たちのギルドを解体し、新会社『モルントン運輸』の子会社として再雇用する」
私は最後の書類――雇用契約書の雛形を提示した。
「固定給+歩合制だ。さらに、馬の手入れや馬車の修理は、会社が負担する。お前たちは、ただ『運ぶこと』に専念すればいい」
沈黙が流れた。
それは恐怖による沈黙ではなく、あまりにも都合の良すぎる話を前にした、困惑の沈黙だった。
「……罠だ。そんな美味い話があるか。俺たちゃ放火未遂犯だぞ?」
「ああ、罪は償ってもらう。具体的には、この再編計画の現場指揮と、鉄道工事の資材運搬だ。……給料から毎月二割を『賠償金』として天引きする。完済するまで十年はかかるだろうな」
私はニヤリと笑った。
「十年だ。十年もの間、お前たちは私の手足となって働かされる。……どうだ? 首を刎ねられるのと、死ぬまで安定した給料でこき使われるのと。どっちを選ぶ?」
ガンツは縛られたまま、じっと私の目を見た。
そして、長く深いため息をついた。
「……あんた、やっぱ悪魔だよ。とびきりのな」
「交渉成立と受け取っていいか?」
「ああ。……俺たちの負けだ。親父」
ガンツが頭を垂れた瞬間、後ろにいた幹部たちも次々と平伏した。
恐怖による服従ではない。
彼らの生活と、未来に対する明確な「ビジョン」を示されたことによる、敗北の受容だった。
***
そこからの動きは早かった。
私はガンツを仮釈放し、彼にギルド員への説得を行わせた。
当初は反発もあったようだが、「毎日家に帰れる」「馬を殺さなくて済む」という殺し文句と、実際に提示された契約書の厚みが、彼らの不安を払拭した。
数日後。
工事現場には、御者たちが操る馬車が列をなしていた。
彼らが運んでいるのは、鉄道の枕木やレールだ。
「おい! 三番隊、資材の積み込み遅れてるぞ!」
「へいへい! ……しっかし、この『台車』ってのは便利だな」
彼らが使っている馬車も、少し改造してある。
私が設計し、彼らの手で改造させた「コンテナ積載用・平荷台」だ。
これまでの箱型馬車とは違い、規格化された木箱をそのまま積み下ろしできる構造になっている。これもまた、私の前世の知識――パレット輸送の応用だ。
「……見事な手際だな。敵を兵力として吸収するとは」
様子を見に来たシルヴィアが、感嘆の声を漏らした。
「彼らはプロです。馬の扱い、道の癖、天候の読み……それらのノウハウは、一朝一夕では身につかない。殺すには惜しい人材ですよ」
「ふふ、合理主義の塊だな。だが……悪くない」
シルヴィアは、活気を取り戻した現場を見渡し、満足げに微笑んだ。
こうして、鉄道建設における最大の懸念事項であった「物流」と「反対勢力」の問題は、システムの刷新によって解決した。
人と物を運ぶ血管は整った。
あとは、心臓となる「機関車」を作るだけだ。
しかし、私はまだ気づいていなかった。
技術的な課題よりも、もっとドロドロとした「貴族社会の婚姻」という問題が、すぐそこまで迫っていることを。




