第11話 魔導鉄道着工と、御者ギルドの恫喝
「静寂の森」における鉄道敷設工事は、文字通り「魔法のような」速度で進んでいた。
「第一工区、整地完了! 土魔法班、硬化を開始せよ!」
「木材の伐採班は西へ! 切り出した木はそのまま枕木に加工だ!」
森を切り裂くように引かれた一本のライン。
そこでは、私が雇った土木魔法使いたちと、シルヴィア王女が連れてきた王室付きの庭師たちが、連携して作業にあたっていた。
通常なら数年はかかる開拓工事だ。
だが、私の設計した「魔導ブルドーザー(ゴーレムを改造した重機)」と、魔法による地形操作が、工期を劇的に短縮させていた。
「……信じられん。三日でこれほど進むとはな」
作業服――といっても、動きやすい革鎧だが――に身を包んだシルヴィアが、図面と現場を見比べて唸った。
彼女は約束通り、現場監督として泥にまみれて働いている。
王女が汗を流している姿は、作業員たちの士気を異常なほど高めていた。「姫様が見ているぞ! 手を抜くな!」と、誰もが通常の倍の速度で動いているのだ。
「効率化の賜物ですよ。……それに、森も喜んでいる」
私は、レールの下に打ち込まれた「魔力伝導杭」を指差した。
杭が淡い青光を放ち、地中の澱んだ魔力を吸い上げている。その周囲では、枯れかけていた草木が再び緑を取り戻し始めていた。
「循環が始まったな。……アレクセイ、礼を言う。私の森は救われたようだ」
「礼を言うのは開通してからにしてください。……それに、自然の猛威より厄介な連中が、嗅ぎつけてきたようですしね」
私は視線を、工事現場の入り口に向けた。
そこには、真新しいレールを睨みつける、殺気立った男たちの集団がいた。
揃いの革ジャケットに、鞭を腰に下げている。
王都の物流を牛耳る最大勢力、「御者ギルド(銀の車輪)」の面々だ。
***
現場に設けられた仮設テント。
その粗末な長机を挟んで、私は一人の男と対峙していた。
御者ギルドの長、ガンツ。
熊のような巨躯に、無数の傷跡。元は荒くれ者の馬車乗りたちを腕っぷし一本でまとめ上げた、叩き上げのボスだ。
「……単刀直入に言おうか、財務次官様よ」
ガンツは葉巻を噛み砕かんばかりの勢いで、私を睨みつけた。
「この工事、今すぐ中止してもらおうか」
「理由は?」
「理由だと? ふざけんじゃねぇ! こんな『鉄の化け物』が走り出してみろ! 俺たち御者の仕事はどうなる!? 馬車の需要がなくなれば、何千人もの御者と、その家族が路頭に迷うんだぞ!」
予想通りの主張だ。
イノベーション(技術革新)は、常に古い産業を破壊する。ラッダイト運動(機械打ちこわし運動)の論理だ。
「ガンツ殿。誤解があるようです。鉄道は、長距離の大量輸送を担うものです。ですが、駅から各家庭への配送、つまり『ラストワンマイル』は、依然として馬車の独壇場だ。むしろ、鉄道で運ばれてくる物資が増えれば、あなた方の仕事も増える」
「机上の空論だ! 俺たちは王都から地方へ、何日もかけて荷物を運ぶことで高い運賃をもらってるんだ! 近場の配達なんぞで、今の稼ぎが維持できるか!」
ガンツがドン、と机を叩いた。
まあ、その通りだ。長距離輸送の独占権益こそが、彼らの既得権益の源泉なのだから。
「それになぁ……工事現場ってのは危険がいっぱいだ。夜中に資材が燃えたり、落石が起きたり……いつ何が起こるか分からねぇぞ?」
明確な脅迫。
隣に控えていたシルヴィアが、カチャリと剣の柄に手をかけた。彼女の翡翠の瞳が、侮蔑と怒りで燃え上がっている。
「……貴様。王族の管理する土地で、テロ行為を予告する気か?」
「へっ、こりゃ怖い。俺はただ『心配』してるだけですぜ、姫様」
ガンツは薄ら笑いを浮かべ、立ち上がった。
「一週間待ってやる。それまでに撤退を決めな。……さもなきゃ、痛い目を見ることになる」
捨て台詞を残し、ガンツたちはテントを出て行った。
「……下劣な輩だ。アレクセイ、なぜ斬らせなかった? あのような恫喝、処刑に値するぞ」
シルヴィアが悔しげに唇を噛む。
「ここで斬れば、彼らは『権力に弾圧された被害者』になります。そうなれば、全国の御者たちがストライキを起こし、王都の物流が止まる。……敵の思う壺です」
私は冷静に紅茶を一口飲んだ。
彼らは粗暴に見えて、自分たちの「社会的影響力」を理解している。物流を人質に取った交渉術だ。
「なら、どうする? 一週間後に襲撃してくるぞ」
「ええ、来るでしょうね。……だから、『招待』するんです」
「招待?」
「彼らは実力行使に出ることで、初めて『犯罪者』になる。……網を張って待ちましょう。私の得意な狩猟の時間です」
***
そして、三日後の深夜。
月のない闇夜に紛れ、工事現場の資材置き場に、数十の影が忍び寄っていた。
手には松明と、油の入った樽。
彼らは慣れた手つきで、高価な「魔導レール」や、建設中の重機に油を撒き始めた。
「へっ、燃やしちまえ! これだけの損害が出りゃ、工事どころじゃねぇ!」
「次官様も、これで分かんだろ。俺たちに逆らうとどうなるか……」
男の一人が、松明を放り投げようとした、その瞬間。
カッッッ!!!!
強烈な閃光が、森の闇を切り裂いた。
資材置き場の四方から、魔導ライトが一斉に照射され、犯人たちを白日の下に晒した。
「な、なんだッ!?」
「――やはり、一週間も待てなかったか。堪え性のない連中だ」
光の中から、私が姿を現した。
そして、私の背後には、抜刀したヴァネッサ率いる「警備隊」と、弓を構えたシルヴィア王女が控えている。
さらに、森の木々の陰からは、武装したゴーレムたちが包囲網を敷いていた。
「な、待ち伏せだと……!?」
「『事故』が起きると予言されていたのでね。万全の警備を敷かせてもらったよ」
私は、手に持っていた一枚の紙――夜目にも鮮やかな「拡声の魔導書」を展開し、森中に響き渡る声で告げた。
「現行犯だ。放火未遂、器物損壊、および王族への反逆罪。……言い逃れはできないぞ、御者ギルド諸君」
男たちが狼狽する中、リーダー格の男――覆面をしているが、体格でガンツだと分かる――が、苦し紛れに叫んだ。
「や、やっちまえ! 証拠を消せば俺たちの勝ちだ!」
彼らは武器を抜き、我々に襲いかかろうとした。
愚かな選択だ。
「……馬鹿な連中だ。アレクセイ、許可を」
シルヴィアが冷ややかに矢をつがえる。
「許可します。ただし、殺すな。……彼らには、一生かかっても償えない『賠償金』を支払って働いてもらう必要がある」
私の号令と共に、一方的な鎮圧戦が始まった。
最新装備で武装し、ヴァネッサに鍛え上げられた警備隊と、シルヴィアという人間凶器を前に、烏合の衆である御者たちが勝てる道理などなかった。
これは戦闘ではない。
害虫駆除であり、そして何より――私の鉄道計画における「強制労働力」の確保イベントだった。




