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転生市長の建国論 ~魔力不足の貧乏男爵領から始める、魔法と行政による異世界再興譚~ 気付けば一族で大陸を支配していました  作者: Nami


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第10話 森の病巣と、王女の契約


 翌朝、夜明けと共に私は「静寂の森」の入り口に立っていた。

 朝霧が立ち込める中、蹄の音が近づいてくる。

 現れたのは、昨日と同じ狩猟服に身を包んだシルヴィア王女だった。ただし、今日は護衛の騎士を一人も連れていない。

「……一人で来たのか? 財務次官を暗殺するには絶好の機会だろうに」

「口を慎め。貴様が『森の病』とやらを証明できなければ、その場で不敬罪として斬るつもりだ。証人は不要だからな」

 シルヴィアは馬から降りると、愛用の弓を背負い、鋭い視線を私に向けた。

 本気だ。彼女は自分の領分であるこの森を汚されることを、何よりも嫌悪している。

「案内しろ。貴様の言う『立ち枯れ』とやらを」

 私は無言で森の奥へと歩き出した。

 道なき道を進む。通常なら迷うような深い藪の中だが、私の【統治者】スキルは、地形だけでなく、周囲のマナの流れ(レイライン)をも地図として認識している。

 一時間ほど歩いた頃だろうか。

 周囲の空気が、湿り気を帯びて重くなった。

 鳥のさえずりが消え、風の音すらしない。不気味な静寂。

「……これは」

 シルヴィアが足を止めた。

 彼女の視線の先には、異様な光景が広がっていた。

 巨木たちが、黒く変色して腐り落ちている。地面はヘドロのようにぬかるみ、そこから毒々しい色のキノコや、奇形化した植物が群生していた。

 森の緑が、ここだけ「壊死」しているかのような惨状。

「嘘だ……。私は先月、ここを通ったはずだ。その時はまだ、こんな……」

「表面上は普通に見えたはずです。ですが、根はすでに死んでいた。それが今、限界を迎えて地表に現れたのです」

 私はぬかるんだ地面にしゃがみ込み、泥を指で掬った。

 微かな痺れを感じる。

「原因は『魔力溜まり』です。この森は古来より魔力が豊富な場所ですが、近年の王都の発展に伴い、地下水脈の流れが変わった。結果、行き場を失った魔力がこの窪地に溜まり、澱み、毒と化した」

 人間で言えば、血栓ができて血が巡らなくなった状態だ。

 放置すれば、壊死した組織は周囲に広がり、やがてこの森全体を殺すだろう。さらには、高濃度の魔力汚染によって強力な魔物ミュータントが発生する温床にもなる。

「そ、そんな……。どうすればいい? 浄化の魔法使いを呼ぶか? それとも神殿に……」

「一時的な浄化では、すぐに再発します。根本的な治療が必要です」

 私は懐から地図を取り出し、シルヴィアに見せた。

 そこには、森を縦断する一本の赤い線――鉄道の予定ルートが引かれていた。

「私の計画している『魔導鉄道』は、ただの交通手段ではありません。レールの下に、魔力を伝導する特殊な杭を打ち込みます。これが、森に溜まった過剰な魔力を吸い上げ、鉄道の動力として消費し、循環させる『バイパス手術』の役割を果たします」

 開発による自然破壊ではない。

 高度な魔導工学による、人工的な生態系エコシステムの管理と維持。

 それが私の提案する「行政」だ。

「……鉄道を通せば、森は救われるのか?」

「はい。澱んだ魔力は流れ出し、腐敗は止まります。線路の周辺は切り開くことになりますが、それ以外の広大な森は、今まで以上に豊かになるでしょう」

 シルヴィアは、腐り落ちた巨木に触れ、目を閉じた。

 彼女の手が微かに震えている。

 自分の無知と、管理不足を恥じているのだろう。そして、私が単なる利権屋ではなく、確かな技術と視座を持ってここに来たことを、彼女の聡明さが理解し始めていた。

 長い沈黙の後、彼女は目を開けた。

 その瞳から、敵意は消えていた。あるのは、為政者としての決意だ。

「……分かった。財務次官、アレクセイ・フォン・モルントン」

 彼女は初めて、私のフルネームを呼んだ。

「貴様の診断は正しいようだ。私の負けだ。……鉄道の建設を許可する」

「賢明なご判断に感謝します」

「ただし!」

 彼女は私の言葉を遮り、人差し指を突きつけた。

「条件がある。……この計画の総責任者は貴様だが、現場の『監督官』は私がやる」

「……殿下が、ですか?」

「そうだ。森を切り開く以上、最小限の被害で済むよう私が監視する。それに……」

 彼女は少しだけ頬を赤らめ、視線を逸らした。

「貴様のその……『行政』とやらを、もっと近くで見せてもらいたい。国を治め、土地を治癒するその手腕を、私も学びたいのだ」

 ただの守護者ではなく、共に歩む管理者として成長したい。

 それが彼女の意志だった。

「……厳しい現場になりますよ? 泥に塗れ、工夫たちと汗を流すことになります」

「望むところだ。私は飾り物の王女で終わるつもりはない!」

 彼女は胸を張って断言した。

 その姿は、初めて会った時の猛禽類のような鋭さとは違う、高潔な輝きを放っていた。

「契約成立ですね。……よろしく頼みます、私のパートナー」

 私が手を差し出すと、彼女は力強くその手を握り返してきた。

 硬く、剣ダコのある武人の手だった。

 こうして、最大の難所であった「静寂の森」は、最強の協力者と共に切り拓かれることになったのである。


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