青年の事情
「あらあらあら!! まあまあまあ!! 神様の思し召しかしら!? めったに顔を出さない、わたくしのかわいこちゃんがやってくるなんて!!」
「お祖母様……」
師匠の嬉しそうな様子に、青年は困った表情を浮かべている。
年齢は二十歳くらいだろうか。師匠と同じ青い瞳の持ち主なので、もしかしたら彼も孫の一人なのかもしれない。
「メーリスにあなたを紹介したくてたまらなかったのに、いつも忙しい、忙しいって」
「忙しいときに限って連絡してくるから」
「そうだけど! こうして転移魔法を使っていつでもやってくることができるのに!」
転移魔法を使えるということは、かなり優秀な魔法使いに違いない。
なんて思ったものの、ふと腰に下げた剣に気付く。
「魔法騎士?」
ポツリと呟いた一言が、師匠と青年の注目を集めてしまった。
「そうなの! この子、魔法騎士隊に所属していてね!」
「していた、だ」
「していた、ですって? どういうことなの?」
「辞めてきた」
「な、なんですって!?」
どうやら深い事情があって、それを師匠に報告しにやってきたのだろう。
「ゆっくり話を聞いたほうがいいわね。ああ、その前に、この子を紹介するわ。わたくしのかわいい弟子メーリス・ド・リュミエールよ」
「どうも初めまして」
青年は軽く会釈する。
「もう! 挨拶くらいきちんとなさいよ! ごめんなさいねえ、ずっと男所帯にいたから、メーリスみたいなかわいい女の子の前で、どう接したらいいのかわからないのよ!」
「お祖母様……」
「あら、間違いじゃないでしょう?」
そんな指摘をされたからか、青年は胸に手を当てて頭を下げ、自らを名乗った。
「初めてお目にかかる。私はオーベルジュ大公の第一子、ユベールと申す」
「お堅い挨拶ねえ」
お見知りおきを、と紳士の挨拶を返してくれた。
やはり、彼は師匠の孫の一人だったようだ。
「お話があるようですので、お茶を淹れてまいりますね」
「ああ、大丈夫よ。わたくしが準備するわ」
師匠が指揮者のように指先を動かすと、棚からカップとポットがふよふよ浮かんで出てくる。
カウンターの上に音もなく着地すると、ポットの表面に貼ってあるシールが輝いた。
あっという間にポットに紅茶が満たされる。
ティースプーンでカップと軽く叩くと、ポットが傾いて紅茶が満たされた。
これは師匠が得意とする、〝紅茶魔法〟のシールが貼られたものだ。
「はい、かわいこちゃん、召し上がれ。その前に、椅子が必要ね」
師匠がカウンターに貼ってあるシールをコンコンと叩くと、どこからともなく椅子が走ってきた。
ここに座れ、と言わんばかりに胸を張るように椅子の背もたれが反る。
まるで椅子が生きているかのようなチャーミングな動きをしているものの、これも師匠のシール魔法の力だ。
師匠の孫ユベール卿が立ったままでいいと言うと、椅子はしょんぼり肩を落とすような動きをしていた。それが気の毒に思ったのか、師匠の膝にいたレディ・ヴィオレッタが椅子の上にちょこんと乗る。すると、椅子は嬉しそうにステップを踏み始め、レディ・ヴィオレッタは迷惑そうに目を細めていた。
話が始まりそうな雰囲気だったので、音を立てないようにそーっと奥の部屋に行こうとしたら、師匠に止められる。
「ねえメーリス。あなたもかわいこちゃんの話を聞いていきなさいな」
「しかし、私は部外者で」
「あら、あんがい関係あるかもしれないわよ? ねえ、かわいこちゃん?」
ユベール卿は否定せず、黙りこむ。
「メーリス、座りなさいな」
「はい」
ユベール卿の事情に関係あるわけないのだが、こうなったら存在感を消しておくしかない。椅子に腰を下ろし、静かにこの場に居続けることとなった。
「それで、魔法騎士隊を辞めたって、どういうことなの?」
「簡潔に言わせてもらうと、王国騎士隊と魔法騎士隊が一つの騎士隊になることが決まった。それをまとめる総隊長がマケール・ド・ギースと聞いて、その場で辞めてきた。ただそれだけだ」
「まあ! なんてことなの! あなたが幼少期から憧れて止まなかった魔法騎士隊がなくなるなんて……」
なんでも国王陛下が魔王討伐の謝礼として、願いをなんでも叶えると言ったらしい。
そのさい、マケールはこの国の騎士すべてを取り纏める総隊長になりたい、と望んだようだ。
さらに、魔法騎士を王国騎士の支配下に置きたいとも願ったという。
国王陛下はすぐにその願いを叶えるよう、約束したようだ。
そして今日、魔法騎士隊が王国騎士に吸収合併されると発表されたようだ。ユベール卿はそれを聞いた途端、上司に辞表を提出したという。
「マケール・ド・ギースが勇者として尊敬できるような者ならば、辞めようとは思わなかった」
この一年間、魔王討伐の旅で見せていたマケールの態度は散々だったという。
「そもそも、魔王を倒すよう先に命じられたのは、魔法騎士隊だった」
それを聞きつけたエヴリーヌが間に割って入り、マケールと供に加勢したいと名乗り出たという。
魔法騎士隊側は統率が乱れると言って断ったようだが、国王陛下の命令でしぶしぶ連れて行くこととなったようだ。
「奴らと旅したことは、思い出したくもない」
ようやく魔王軍と戦うことになったのだが、マケールとエヴリーヌは安全な場所にいて、魔法騎士隊が戦う様子を眺めるばかりだったという。
そんなマケールがなぜ勇者なのか疑問だった。
理由についてすぐに語られた。
「魔法騎士隊で協力して戦い、魔王に大きな致命傷を与えることに成功した。しかしながらそのタイミングで、マケール・ド・ギースとエヴリーヌ・ド・ジファールがのこのこやってきて、魔王に攻撃をし始めた」
耳を疑うような言葉である。
まさか、あと少しで死にそうな魔王相手に戦っていたなんて。
魔王はマケールがたった一撃与えただけで、絶命したという。
マケールはその後、意気揚々と死した魔王の首を切り落とし、勝利宣言と共に王都へ送ったという。
それが、マケールが勇者となったカラクリだったようだ。
「呆れた話です……」
彼の婚約者だったことすら恥ずかしい。
どうして他人の手柄を奪うような行為ができるのか。
「魔法騎士隊の面々は身体共に疲れ切っていて、異を唱える元気など残っていなかった」
昨日のパレードにいた魔法騎士隊は、王都へ帰還してきたばかりだったという。マケールとエヴリーヌは、王族だけが使える竜車でサクッと王都に帰ってきていたようだ。
「卑怯極まりないマケール・ド・ギースのもとで騎士を続けるなど、到底無理だった」
ユベール卿は即座に覚悟を決め、魔法騎士という身分を返上したという。
話を最後まで聞くと、たしかにマケールの婚約者だった私にも少しだけ関係ある話だった。
まさかマケールが他人の手柄を横取りして勇者になっていたなんて、夢にも思っていなかったのである。師匠も呆れ果てていた。
「本当に酷い話よねえ……。うちの人が生きていたら、王国騎士隊と魔法騎士隊の合併吸収なんて赦さなかったのに」
先代オーベルジュ大公はすでに亡くなっている。現オーベルジュ大公はユベール卿の父親なのだ。
そんな現オーベルジュ大公は、国王陛下の決定に従う保守派だという。
「自分の息子が魔法騎士隊に所属しているとわかっていても、国王陛下の言うことは絶対なのねえ」
「そもそも父は私が魔法騎士になること自体反対だったから、このような状況になれば辞めると踏んで、異議を唱えなかったのかもしれない」
ユベール卿は魔法学校を卒業した、エリート魔法騎士だったらしい。
そんな貴重な人材であるユベール卿をなくした騎士隊は、大きな損害となるだろう。
「そう……。あなたは今、無職なのね」
師匠の言葉に、ユベール卿の顔が盛大に引きつった。




