未来について
王都まで転移魔法で帰ろうと提案されたものの、魔力を大量に消費するだろうからお断りした。
ワイバーン車の御者さんも待っているだろうし、空路で戻ることに決めたのだ。
「別に転移魔法でもよかったのだが」
「ワイバーン車を空の状態で返すつもりだったのですか?」
「まあ、そうなる」
私達が乗っていないほうが御者さんやワイバーンも楽なのかもしれないが……。
「馬車で二十日以上かかる距離を、転移魔法で移動するなんて、ぜったいに疲れるに決まっています。魔力もかつかつになりますよ」
「そうだろうか? 王都と領地程度ならば、いけると思っていたのだが」
ちなみに長距離の転移魔法はこれまで試したことがないという。それなのに大丈夫と言い張るなんて。
どこからその自信が湧いてくるのか、と思ってしまった。
「父や生前の祖父は、私に転移魔法をどんどん使わせようとしていた。魔力の消費を心配されたのは、生まれて初めてだった」
「その、きっと魔法使いの平均以上の魔力を持っていると、把握されている上での発言なのでしょうね」
「いや、知らないはずだ」
だとしたら、跡取り息子の扱いがいささか雑ではないのか。
我が耳を疑ってしまうような発言だった。
「もっとご自身を大切にされてくださいね」
「ならば、メーリスがずっと私の傍にいて、監視してもらおうか」
「それは難しい気がするのですが」
「なぜ?」
小首を傾げ、真顔で聞いてくる。
「なぜと言いますと、私はその、ユベール様の本当の婚約者ではありませんし、それぞれ別の道を進むのであれば、定期的に行動を見守ることは不可能だと思うのですが」
「婚約の話ならば、かりそめの関係で終わらせるつもりはない」
今度は私のほうが「なぜ!?」と言いたくなった。
「私達の婚約は、アデールを安心させるための、一時的な材料ではなかったのですか!?」
「そうだが、共にシール堂を守っていくのならば、結婚したほうがやりやすいだろうが」
「そ、それは、課題が成功してから考えることでは?」
「メーリスならば、絶対に成功させると信じていた」
ユベール様はあろうことか、すでに父に結婚の許可を取るよう連絡したらしい。
「父君は少し考えさせてくれ、とおっしゃっていた」
それはそうだろう。
リュミエール家とオーベルジュ家では、家格が違い過ぎる。
「すまない、先にメーリスに話しておくべきだったな」
「いいえ」
貴族女性の結婚は、自らの意思で進めるものではない。
父親が選定し、良縁を繋ぐのが普通だ。
ユベール様はまっすぐ私を見つめ、思いがけないことを口にする。
「メーリス、どうかこの私と結婚してくれないだろうか?」
ユベール様のような立派な方が私と結婚したいなんて、もったいない話である。
「もっといい女性がいると思うのですが」
「いいや、いない。共に過ごして、これほど心が癒やされる存在は、世界のどこを探しても、きっとメーリスだけだろう」
本当に? そうだろうか?
ユベール様はあまり他の女性と話す機会などなかったように思えるのだが……。
「何を躊躇っている? まさか、マケール・ド・ギースに未練でもあるのか?」
「それはありません! ただ――」
「ただ?」
「私は、貴族女性としての教養が完璧ではありませんし」
「それを言ったら、私の紳士教育も完璧ではないが」
ユベール様はそう言うが、立派な紳士のように思える。
「それに、私は料理が得意ではなく……」
「なぜ料理のことを?」
「シール堂には使用人がおりませんので、炊事など自分でしなければなりません」
「それも問題ない。料理ならば私ができる」
「ユベール様は料理もできるのですか!?」
「ああ。魔法騎士の演習では、料理が必須だった」
なんでもいつ、どこででも炊きだしができるように、料理は一通り叩き込まれるらしい。
「パンとスープがおいしいと評判だった」
「ユベール様特製の、パンとスープ……!」
評判になるくらいなので、とてもおいしいのだろう。
「結婚してくれるのならば、毎日作ってもいい」
「いえいえ、ユベール様にお料理を毎日作っていただくわけには」
「使用人がいないのだ。仕方がないだろう。使用人がいないのであれば、家事は分担するほかない」
たしかにユベール様が料理を作って、私がそれ以外の家事をすれば、生活は成り立ってしまう。
「夫婦というのは、苦楽を分け合うものなのだ。そういう意味でも、私達の相性はいいだろう」
「ううう」
「それに私も、シール作りに興味が湧いてきた」
「ユベール様も、ですか?」
「ああ。メーリスと出会ってから……いいや、出会う前からも、シールに助けられた。それに気付いてから、私も作ってみたいと思うようになったのだ」
「一緒に、シールを作ってくださるのですか?」
「ああ。メーリスさえよければ、だが」
それがこれ以上ない、人生を共に歩める言葉のように思えてならなかった。
「私は未熟な部分が多々ありまして……」
「私もだ」
「共に、補えるような夫婦になれるのであれば……」
「なれる!」
ユベール様の自信が、私の背中を押してくれる。
「改めて言おう。メーリス・ド・リュミエール、私と結婚してくれ」
「はい、私でよろしければ」
そう答えるや否や、ユベール様は嬉しそうな笑みを浮かべる。
私も嬉しくなって微笑んだ。
偶然の出会いから、行動を共にするようになって、打ち解け、人生を歩むことになるとは夢にも思わなかった。
これからもきっと、苦難が訪れるだろう。それも、ユベール様がいれば上手くいくに違いない。
不思議と、そう思えるのだった。
コゼットとシュシュも、私達の婚約が正式になることを祝福してくれた。
『きゅう、きゅーう!』
『おめでとーー!!』
シール堂で待つレディ・ヴィオレッタはびっくりするだろうか。
帰ったら、改めて伝えたい。
師匠にも報告したいところだが、旅行中で今どこにいるかわからないのだ。
帰ってきたらシール堂に立ち寄ると話していたので、今は待つしかないだろう。
王都に到着し、ユベール様はシール堂まで送ってくれた。
レディ・ヴィオレッタが出迎えるように、扉を開いてくれる。
「婚約については、また今度報告しよう」
「そうですね」
まずはアデールのために、皮膚シールを作らなくては。




