アデール嬢のこれまでについて①
それから一時間ほど、好きな本についてアデール嬢と語り合う。
アデール嬢は本当に本が大好きみたいで、楽しそうに話してくれた。
「私が魔女になろうと思ったきっかけは、物語に出てくる魔法だったんです」
奇跡のような魔法が出てくる本を、幼少期はわくわくしながら読んでいたのだ。
時が経つにつれ、愛読書は魔法書になり、今に至る。
そんな話をしていたら、アデール嬢の表情が翳った。
「みんな、本から世界を知って、大人になる……それなのにわたくしは、今も物語の世界に囚われたまま……」
彼女の心の拠り所が〝本〟である理由は、何か理由があるに違いない。
しかしそれに触れてもいいのか、判断できないでいた。
「あなた様は、なぜわたくしが夜の街にいたか、というのは聞かないのですね」
「私も、夜の街に一人で飛びだしたことがありましたから」
何もかも嫌になって、自暴自棄になって、どうにでもなれと思ったあの日。
私は後先考えず、夜の街に飛び出していった。
「メーリス様、理由について聞いてもよろしい?」
「ええ、もちろん」
別にたいそうな話ではない。
その当時の私は国家魔法師になるために猛勉強していたのに、一つしかない推薦の枠をエヴリーヌに奪われてしまったのだ。
「目の前が真っ暗になるような感覚になって、人生が終わったって決めつけて、自暴自棄になって……私は衝動的に夜の街に飛び出していったんです」
「それで、無事、帰ってくることができましたの?」
「いいえ、野犬に襲われかけました」
エヴリーヌに推薦枠を取られた程度では、人生なんて終わらない。
「本当の人生の終わりというのは、命の危機だったんです」
逃げても逃げてもしつこく追いかけてくる野犬から助けてくれたのが、シール魔女である師匠だったのだ。
「シール魔女……わたくしの、お祖母様ですわね」
「ええ、そうなんです」
師匠は魔法の力で野犬を撃退し、私を助けてくれた。
そのあとも師匠は泣きじゃくる私から根気強く話を聞き出し、一緒にシールを作らないかと誘ってくれた。
「シール作りが本当に楽しくて、師匠が偉大に思えて、私はその日に弟子入りを志願したんです」
「そのようなことがあったのですね……」
だから、夜、一人で夜の街に飛び出していったアデール嬢に、物申すことができる立場にないのだ。
この流れならば話を聞けるだろう。きっと触れても大丈夫。そう思って勇気を振り絞ってみた。
「アデール嬢はどうしてあの日、あの場にいらっしゃったのですか」
「わたくしも……何もかも、嫌になってしまったんです」
結婚も、貴族令嬢であることも、果ては生きることまで放棄したい。
そんな気持ちに駆られ、侍女達の目を盗んで屋敷を一人で飛びだしてきたという。
「しかしながら、ならず者の男達に絡まれた瞬間、何をやっているのかと後悔しました」
道行く人は多かったようだが、誰もが見て見ぬ振りをしていたという。
あとでアデール嬢が調べたところ、彼らは強盗殺人未遂事件を起こした凶悪な犯罪者だったようだ。
「わたくしの手を握ってくれたあなた様の手も震えていて、同じように怖いのだとわかった瞬間、どうしようもなく申し訳なくなって」
「助けることができて、よかったです」
パレードの件があったので、護身用のシールをいくつか持ち歩いていたのだ。
運がよかったと言えよう。
「あのとき、メーリス様が助けてくれなかったらと思うと、今でも怖くなります……あの日、わたくしに助けの手を差し伸べてくださって、本当にありがとうございました」
この一言が言いたくて、アデール嬢はオーベルジュ大公家の密偵を使ってまで私を探してくれていたという。
これでアデール嬢は安心すると思いきや、ぽろぽろと涙を零し始めたのでギョッとする。
慌てて向かい合う位置に座っていたアデール嬢のもとへ行き、ハンカチをそっと差しだす。
アデール嬢はハンカチを受け取り、真珠のような美しい涙を拭った。
「ごめんなさい……わたくしのせいで、メーリス様を危険に晒してしまって」
「いいえ、お気になさらず。私は魔女ですので」
そう言っても、アデール嬢は首を横に振るばかりだった。
「わたくしは、幼少期から何も変わっておりません。大人になっても、幼稚なままで――」
子どものように泣き始めたので、思わずアデール嬢を抱きしめる。
肩を震わせて涙する彼女を、慰め続けた。
しばらくすると落ち着きを取り戻してくれたので、ホッと胸を撫で下ろす。
アデール嬢は腹をくくったようなまっすぐな瞳を向けながら言った。
「わたくし、メーリス様に聞いていただきたい話があるんです」
それはアデール嬢がどうしてこうなってしまったのか、という根本に関わる話だった。




