アデール嬢
忘れるはずもない。このブルネットの髪を持つ美女のことを。
「え、何? 二人とも知り合いだったの!?」
「――っ!!」
アデール嬢が私のもとへ駆けよってきて、思いがけない行動に出る。
あろうことか、抱きついてきたのだ。
「わたくし、あなたのことを探しておりましたの」
「そ、そうだったのですね」
「しかし、オーベルジュ大公家の密偵が捜索に失敗したと聞いて、もう二度と会えないものだと……!」
まさかそこまでして私を探していたとは。
「あなた様の手の内に、厄介な魔法使いがついているとかで、捜索を中断したようです」
オーベルジュ大公家の密偵というのは、魔法使いのエキスパートで、国内でも五指に入る極めて優秀な人物だったらしい。
しかしながら調査中、〝厄介な魔法使い〟の介入により、調査の続行が不可能だと判断したという。
「姿消しの魔法には国一番と豪語するほど自信があったようで、あっさり見つけられてショックを受けているようでした。いったいどこの魔法使いだったのか……」
その話を聞いてユベール様が割って入る。
「待て、アデール。その密偵というのは、姿消しの魔法を使って街を探し回っていた魔法使いのことか?」
「ええ、そうですが、ユベールお兄様もオーベルジュ大公家の密偵を使ったことがありますの?」
「いいや、密偵を使ったことはない」
「ではなぜ?」
「お前が放った密偵を見つけたのは、この私だからだ」
「まあ! そうでしたのね……」
気まずい時間が流れる。
永遠に続くのだろうか、なんて考えていたら、ブルジェ伯爵が場の空気を変えてくれた。
「何があったかわからないけれど、アデールとメーリス嬢は知り合いだったわけか! しかも、アデールがオーベルジュ大公家の密偵を使ってでも探したい人だったと!」
アデール嬢は控えめな様子で頷く。
「そっか。よかったよかった! じゃあ、この辺で紹介でもしておこうか。メーリス嬢、彼女が俺の婚約者のアデール・ド・オーベルジュだ」
「お会いしとうございました。わたくしはオーベルジュ大公の姪である、アデールと申します」
スカートの端を摘まんで膝を折る。久しぶりの挨拶だったが、上手くできているだろうか。アデール嬢は緊張の面持ちでいたようだが、目が合うと淡く微笑んでくれたような気がした。
私の紹介はユベール様がしてくれる。
「アデール、彼女は私の婚約者、メーリス・ド・リュミエールだ」
「メーリス様……!」
「こちらでは初めてお目にかかります、メーリスです」
通常であれば、こういう場面では父の爵位も言うのだが、すでに独立している身なので省いた。
アデール嬢は優雅な挨拶を返してくれた。
さすが、高位貴族のご令嬢である。所作の一つ一つが美しい。
「アデールとメーリス嬢の再会を祝して紅茶を一杯! と言いたいところだけれど、二人で積もる話でもあるのだろう?」
ブルジェ伯爵が問いかけると、アデール嬢は控えめにこくりと頷く。
さすが婚約者、アデール嬢の気持ちがよくわかっているらしい。
「邪魔者はいなくなるからさ、ねえユベール」
「まあ、そうだな」
「じゃあ、あとはお若い二人で!」
そう言い残し、ユベール様とブルジェ伯爵は客間から去って行った。
二人きりになり、何を話せばいいのやらと考えを張り巡らせていたら、アデール嬢のほうから声をかけてくれた。
「メーリス様、どうぞこちらへ」
「はい、ありがとうございます」
勧められるがまま、長椅子に腰掛ける。
テーブルにあったベルを鳴らすとメイドがやってきて、紅茶を淹れてくれた。
お菓子も数種類、並べられていく。
「メーリス様、お菓子はお好き?」
「はい、とても」
「でしたらお好きなだけどうぞ、召し上がってくださいませ」
オススメだという、焼きたてのサブレをいただく。
ザクザクとした食感が楽しく、バターの上品な香りが口いっぱいに広がる。とてもおいしいサブレだった。
紅茶も一口飲むと、芳醇な香りを堪能できた。
と、おもてなしを受けている場合ではなかった。
いろいろと聞かなければならないのに、どうやって切り出していいものか迷ってしまう。
すぐに触れるのも問題だろう。
何か話題はないのか、と考えた瞬間、お土産を思い出した。
「あの、アデール嬢に贈り物を用意したんです。お気に召していただけるとよいのですが」
箱の中に納め、ラッピングしてあるシールを差しだすと、アデール嬢は受け取ってくれた。
「拝見してもよろしい?」
「ええ、どうぞ」
アデール嬢は丁寧な手つきで開封する。
蓋を開くと、出てきたシールを見て小首を傾げる。
「それは、私が作った魔法のシールなんです」
「魔法の?」
「ええ。そちらは化粧のシールでして、貼ると一瞬でいつものメイクを再現してくれるものなんです」
「なっ――それは素晴らしい魔法ですわ」
アデール嬢はシールを抱きしめ、キラキラした瞳を私に向ける。
「わたくし、化粧をしている時間が人生で一番無駄だと思っていますの」
たとえすべての工程を侍女がやってくれても、仕上がるまで待つ時間がもったいないと感じてしまうらしい。
「そういうことをしている暇があれば、本の一冊でも読めるのに、といつも思ってしまうのです」
化粧の時間も惜しむくらい、アデール嬢は読書が大好きだという。
「どんな本がお好きなのですか?」
「一番は……〝リスリスの旅〟という作品でして」
「冒険ものですね! 私も読みました。面白いですよね!」
「まあ! ご存じでしたのね」
アデール嬢の緊張の面持ちが解れていく。
共通の話題があってよかった! と思った瞬間だった。




