事件のあとで
その後、ユベール卿がケルベロス脱走の件で騎士隊での調査協力を申し出たようだが、丁重に断られてしまったらしい。
ユベール卿の鑑定魔法で詳しく調査されたら、マケールが犯人だと判明してしまう。きっとそんな理由から断ったに違いない。
それにしても、鑑定魔法にあのような使い方があるなんて驚きである。
さすが、ユベール卿だと思ってしまった。
武闘大会で魔獣に賭けた金貨十枚も、きちんと戻ってきた。
この辺もユベール卿が主催側に掛け合ってくれたに違いない。
一件落着、すべての問題が無事解決したと言ってもいいだろう。
なんて安堵していたところに、実家から転送された手紙が大量に届く。
ざっと数えても、百通以上あるだろう。
何かと思えば、ユベール卿との婚約を知った人々が祝福の手紙を送ってきたようだ。
ユベール卿が婚約宣言したとき、広場にいた騎士は三十人いたかいないか、くらいだった。
それだけの人数しか知っているはずがなかったのに、相当な速さで知れ渡ったらしい。
全員に返信していたら大変なので、師匠が使っていた自動筆記ペンに頑張ってもらおう。
おそらくお茶会などのお誘いもあるようだが、今は参加している暇はない。お断りさせていただこう。
それにしても、マケールと婚約破棄したときは大勢の目撃者がいるにも関わらず、励ましの手紙なんて一通も届かなかった。
けれどもユベール卿と婚約を結んだと聞いただけで、この手紙の量である。
私に本当の友達がいない証拠でもあると言えるだろう。
貴族学校時代は仲のいい友達が数名いたものの、エヴリーヌに目を付けられてからはみんな離れていった。
私も私で魔法の勉強に励むあまり、離れていこうとする友人を引き留めなかったのである。
なんとも空しいものだ、なんて思っていたら、レディ・ヴィオレッタがどこからともなくやってきた。
『どうした? 手紙が届きすぎて、困っているのか?』
「いいえ、友達が一人もいないことに気付いてしまいまして」
『そんなことで悩んでおったのか。人間は一人で生まれ、一人で死に逝く。友人がいれば人生に彩りはあるだろうが、なくても生きてゆける。心を強く持て』
「レディ・ヴィオレッタ、ありがとうございます」
『それはそうと――』
レディ・ヴィオレッタの視線の先には、帽子掛けにかかって眠るシュシュの姿があった。
『買い物に出かけて、鞄妖精を持ち帰るとはな』
「偶然の出会いでした」
あの日、連れ回してからというもの、疲れさせてしまったからか、ああして帽子掛けにかけられた状態で眠っている。
『かなり魔力を消費した状態だったようだな』
「それなのにたくさん荷物を持ってもらって、申し訳ないです」
『気にするでない。ああしていれば、二、三日もすれば回復するであろう』
それを聞いて安心する。
コゼットも私があげたクッションを気に入り、今はお昼寝していた。
なんとも平和な昼下がりである。
「あとは、お客さんが訪れたらいいのですが」
なんて話していたら、お店の扉が開く。
「いらっしゃいませ!!」
独立してから初めて口にしたいらっしゃいませだった。
やってきたのは、お婆さんと少年。
「お姉ちゃん、祖母ちゃんを連れてきたよ!!」
「まあ!」
カボチャをくれたお婆さんと、ミオがシール堂にやってきてくれた。
「お嬢さん、よかった」
お婆さんは安堵したような表情で私の手を優しく握ってくる。
「ミオからすべて聞いたよ。お嬢さんがいなかったら、この子はどうなっていたか」
「お姉ちゃんは命の恩人なんだ!」
そして、約束していたカボチャスープのレシピも持ってきてくれた。
「これ、祖母ちゃんから聞いて、頑張って書いたよ!」
「ありがとうございます」
一生懸命、文字がきれいに読めるように頑張ったという。
「他にもっといい品物を持っていったほうがいいって、何度も言ったんだけどねえ」
「お姉ちゃんはこれがいいって言ったんだ」
「ええ、そうなんです。ありがとうございます」
今のところ、料理のレシピが目玉焼きと茹で卵しかないので、さっそく作ってみたい。
「あとは――」
お婆さんがミオをちらりと見る。
何かあるのだろうか。
「ミオ、早くお出しよ」
「はーい」
ミオがハンカチに包んだ何かを差しだしてきた。
「これは?」
「ケルベロスの牙」
「え!?」
マケールと言い合いをするさい、拾ったようだ。
こっそり持ち帰ったようだがすぐにお婆さんにバレて、私に渡すように言ったらしい。
「珍しい物だから、お姉ちゃんにあげなさいって」
「いいのですか?」
「うん、いいよ」
ケルベロスの牙なんて、貴重な素材である。
ありがたくいただくことにした。
「祖母ちゃん、このお店のシールを買って帰ろうぜ」
「シール?」
「そう! お姉ちゃんのシールは最強なんだ!」
ミオはケルベロスを倒した氷柱シールが欲しいと言うが、攻撃系のシールは販売していない。
「売っているのは、サポート系のシールだけなんですよ」
「そうなんだ! だったら、腰痛緩和シールを買おう」
「そんなものがあるんだねえ」
肩こり腰痛、かすみ目に不眠――さまざまなシールがあると紹介して回った。
「こんなにたくさんあったら、困るねえ」
「父さんや母さんにもなんか買って帰ろう」
「だったら、夫婦円満のシールでも売ってもらおうか」
さすがに夫婦円満シールの取り扱いはなかった。真面目に答えると、お婆さんとミオに笑われてしまう。
「ごめんねえ」
「冗談だってさ」
「いえいえ」
お婆さんは腰痛緩和シールを五枚購入してくれた。
ミオは回復シールを一枚買ってくれる。
「お姉ちゃん、お小遣いを貯めたら、またシールを買いに来るから!」
「ええ、お待ちしていますね」
シール堂を引き継いでから最初にやってきたお客さんは、素敵なお婆さんとお孫さんだった。
寄り添って帰って行く二人の様子を、いつまでも眺めていた。
◇◇◇
その日の晩、ユベール卿がシール堂にやってくる。
酷く疲れた様子だった。
ケルベロス脱走の件で国王陛下に呼びだされ、詳しい話を報告するように命じられたらしい。
「国王陛下もマケールに対し、疑念を抱きつつあるようだ」
「まあ、そうなりますよね……」
魔王を弱らせたのも魔法騎士隊だということを主張してきたようだ。
「ひとまず、勇者の存在が魔王に怯えていた人々の希望になっているので、しばしそのままにしておくという」
マケールの行動は目に余るものがあるが、偽りの希望でも今の人々には必要なのかもしれない。
「話はそれだけではなかった」
「何かあったのですか?」
「国王陛下の側近である父の手伝いをするように、という打診があった」
けれどもユベール卿はやらなければならないことがあるから、と断ったという。
「あのときの父の怒った表情は見物だった」
ユベール卿のやらなければならないことは、私への課題である。
「明日、アデールの面会の日となっていたが、問題ないだろうか?」
「ええ、もちろん!」
ユベール卿に買ってもらったドレスはあるし、化粧品や髪飾り、宝飾品なども実家から送ってもらった。
ユベール卿に恥ずかしいと思われないような格好をしなくては。
「では、頼む」
ついに、ユベール卿がシール堂で働くか否かを決める課題が始まるようだ。




