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シールの魔女は婚約破棄されたので、魔女業に専念することにしました!  作者: 江本マシメサ
第二章 勇者マケールのやらかし

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幼竜

 皮膚が裂け、血が滴る。


「――!!」


 黒い靄はありとあらゆる存在ものの不の感情。

 心を蝕み、他者に牙を剥く原因となる。

 幻獣の赤ちゃんであるこの子が、本来であれば持ち得ないものだろう。

 ここにやってくるまでに、辛い目に遭ったに違いない。

 そんな幼竜を檻に閉じ込め、さらに攻撃しようだなんて、絶対に許せない。


「もう、大丈夫……だから」

『きゅう!?』


 幼竜に声をかけ、手の中に握っていた浄化シールを額に貼った。

 すると、幼竜の全身を包み込むようにあった靄が消えてなくなる。

 幼竜はハッとなったかと思うと、安堵したように目を細めた。

 その眦からは、一粒の涙が零れる。


「え!?」


 涙は靄でケガした傷に流れ落ち、淡く光る。

 あっという間に傷を治してしまったのだ。

 その後、幼竜は私に身を預けて眠ってしまった。

 ホッとしたのもつかの間のこと。


「お、大人しくなったようだな! メーリス、たまには役立つじゃないか!」

「マケール?」


 幼竜に襲われて蹲っていたような人の発言とは思えなかった。


「おい、そのトカゲを寄越せ! これから退治してやるんだ!」

「あなた、何を言っているのですか? この子は魔獣ではなく、幻獣ですよ!?」

「知るか!! そのトカゲは俺を襲ったんだ!! 処分すると決めた!!」


 通常、幻獣は人に対して牙を剥くことはない。

 あるとしたら、人間側が幻獣に対して何かしたときだけ。

 この幼竜は今日のマケールの行動だけで襲ったわけではないだろう。

 積もりに積もった恨みが爆発しただけなのだ。


「この子は親とはぐれて不安になっているだけなんです!」

「ええい、うるさい!! ごちゃごちゃ言うな!!」


 マケールが腕を振り上げたので、幼竜を守るように抱きしめ、ぎゅっと目を閉じて衝撃に備える。


「……?」


 けれどもいつまで経っても衝撃は襲ってこない。

 代わりに、マケールの悲鳴が聞こえてきた。


「いた、いたたたたた!!」


 瞼を開くと、そこにはユベール卿に腕を捻り上げられているマケールの様子が見えた。


「お前、何をする!!」

「それはこっちの台詞だ。あそこまで竜に恨まれるなんて、何をした?」

「別に、何も……いたたたたた!!」


 ユベール卿がマケールの腕をさらに捻ると、白状し始める。


「あのトカゲの親が死にかけているのを発見して、白いトカゲなんて珍しいから鱗が高く売れるかもしれないと思って殺したんだ! それでこいつがきいきいうるさいから、一緒に売ってやろうと思って捕まえてきたんだよ! それだけだ!!」


 幼竜に恨まれる理由がやはりあったのだ。

 襲われたのは自業自得としか言いようがない。


「外道が!」


 ユベール卿はそう吐き捨て、マケールを突き放す。


「へぶっ!!」


 マケールは受け身を取れずに、無残な様子で転倒していた。


「お前、お前、覚えておけよ!!」


 相手をするのも馬鹿馬鹿しい、といった様子でユベール卿はマケールに背を向ける。


「メーリス嬢、大丈夫か?」

「え、ええ」


 ユベール卿は私に手を貸し、腰を支えて立ち上がらせてくれた。


「おい、メーリス! ま、まさかその男と不貞関係にあったのか!?」

「ユベール卿に失礼です。そのような言いがかりをつけないでください」

「言葉ではなんとでも言えるだろうが! やはりお前は穢らわしい女――」


 ユベール卿が近くに落ちていたマケールの金ぴか剣を拾い、そのまま投げつける。

 飛んでいった剣はマケールの股の前に深く突き刺さった。


「ヒッ!!」

「彼女を侮辱するのは赦さない」


 ユベール卿は吐き捨てるように言うと、転移魔法を発動させる。

 向かった先は――シール堂だった。

 お店に下り立った瞬間、背中の毛を逆立てた状態のレディ・ヴィオレッタと目が合った。


「ただいま帰りました。その、レディ・ヴィオレッタ、どうかしました?」

『そなた、何を連れてきた!?』


 ユベール卿を振り返ったが、『その男ではない!』と言われてしまう。


『そなたが胸に抱いている、幼き竜のことだ!』

「あ!!」


 幼竜を連れてきてしまったらしい。


「ど、どうしましょう!?」

「あの場に残しておくのも心配だろう」


 たしかに、マケールが危害を与える可能性があった。

 騒がしくしてしまったからか、眠っていた幼竜が目を覚ましてしまった。

 暴れるかもしれない、と覚悟したものの、幼竜は私に頬ずりし始める。


「え、えーっと?」


 ひとまず、よしよしと撫でてあげると、目の前に魔法陣が浮かんで弾けた。


「え、なんでしょう?」

『契約だ』

「はい?」

『竜がそなたを主として認めたようだ』


 な、なんだってーーーー!? と叫ばなかった私を誰か褒めてほしい。


「ど、どうしてそんなことに!?」

「幼竜を守ろうとするメーリス嬢を、母親だと思ったのかもしれない」

「そ、そんな!」


 あのときは必死で、無意識のうちに行動に移していたのだ。

 それがまさか、このような結果になるなんて。


『その竜は〝モーティアルフリュケット・ドラゴン〟、略してモフ竜――知能が高く心優しき竜種だ。そなたのよき相棒となるだろう』


 用心棒が必要だったので、よかったではないか、なんて言われてしまう。

 どうしてこうなったのか。脳内で頭を抱え込む。

 しかしながらこの子の母親はおらず、檻の中でもぐったりしていて憔悴しょうすいしていた。

 誰かが庇護しなければ、生き残れない状態だったのだろう。

 私と契約したからか、瞳はらんらんと輝き、毛並みにも艶が出てきた。

 蜂蜜を食べるかと聞いてみれば、嬉しそうに『きゅう!』と返事をしてくれる。

 ただスプーンで与えても口にしなかったので、指先に付けて差しだしてみた。

 すると、お乳を飲むように吸い付き、ちゅぱちゅぱと吸っていた。

 ひとまず食欲はあるようなので、深く安堵する。


『メーリスよ、その幼竜に名前を与えてやれ。さすれば縁がさらに深くなるぞ』

「命名、ですか」


 幼竜は期待するような眼差しを私に向けてくる。


『幼竜は女子おなごのようぞ』

「女の子……」


 うーーーーーん、と考えてみたら、ピンと閃いた。


「コゼット――あなたの名前はコゼットにしました」

『きゅう!!』


 気に入ったようで幼竜コゼットは飛び跳ねる。

 意味は小さきもの。

 きっと今だけだろうが、この子にぴったりな名前だと思った。


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