愚か者
ダーク・ユニコーンは歯を剥き出しにし、前脚で地面を掻いている。
「危ない!」
角の先端に魔法陣が浮かび上がった。
あれは何か攻撃魔法を放とうとしている。
マケールは顔を真っ青にしたまま動こうとしない。
ユベール卿が立ち上がり、水晶剣を引き抜いてダーク・ユニコーンめがけて投げる。
弧を描いて飛んでいった水晶剣はダーク・ユニコーンの頭部を撃ち抜いた。
『ギャアアアアアア!!』
ダーク・ユニコーンは断末魔の叫びを上げ、絶命したようだ。
水晶剣はすぐにユベール卿の手元に戻ってきた。
ダーク・ユニコーンを倒した水晶剣は全体が黒ずんでいる。
すぐさま鞄に入れていた浄化シールをユベール卿に差しだした。
「いいのか?」
「どうぞ。何かあったときのために携帯していたんです」
水晶剣に浄化シールを貼ると、あっという間に剣の黒ずみが消えてなくなった。
「メーリス嬢、感謝する」
「いえいえ、お役に立てて幸いです」
見事な水晶剣の投擲を見せていたように見えたが、あれは矢のように武器を飛ばす魔法らしい。
このように大勢の人がいる中で、もっとも安全な魔法騎士の攻撃方法だったようだ。
やはりマケールは魔獣相手にてんで歯が立たなかった。
早く撤退すればいいのだが。
マケールはゆっくり立ち上がり、どうしてか拳を掲げる。
司会者の拡声魔法の杖を握って叫んだ。
「なんとか苦戦したが、勝利を収めた!!」
マケールの信じがたい発言を聞き、ユベール卿と顔を見合わせる。
同時に、ワッと歓声が響き渡った。
「本当に信じられません、ダーク・ユニコーンはユベール卿が倒したのに、自分の手柄にするなんて」
「あの男が考えそうなことだ」
ユベール卿は想定済みだったという。
「これ以上続けるのは危険だ。抗議しに行く」
「はい、お気を付けて!」
「メーリス嬢もついてこい」
この場に置いてけぼりにされると思いきや、一緒に連れて行ってくれるらしい。
「ここは危険だ」
観客は今すぐにでも避難されたほうがいいようだが、ユベール卿にその権限はない。
また安易に個人で避難を促すと、混乱を招いてしまう。
この場は放置し、ひとまず主催に抗議しに行くようだ。
急いで階段を下りようとしていたのだが、ユベール卿に遅いと言われてしまう。
「失礼!」
ユベール卿は一言断ってから、私を抱き上げて階段を風のように駆けていった。
「――!!」
悲鳴を呑み込む。
舌を噛まないよう、奥歯をぐっと噛みしめる。
あっという間に本部らしきフロアに行き着いた。
ここでようやく下ろしてもらう。
私を運んで全力疾走したのに、ユベール卿はまったく息切れしていなかった。
さすが、元騎士である。
先に進もうとしたら守衛の騎士に止められる。
「ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ!」
「どけ、緊急事態だ」
騎士達はユベール卿に気付いたからか、通してくれた。
ずんずんと先へ進み、揉めているように見える集団がいる場所に行き着いた。
酷い獣臭がすると思ったら、奥に魔獣の檻が置かれているようだ。
人をかき分けるように進んでいると、ユベール卿のことを知っている人がいたようで、ギョッとしている。
「オーベルジュ様、どうしてこちらに?」
「先ほどダーク・ユニコーンを倒したのは私だ。危険だから興行を中止させろ」
「なっ……そうだったのですね」
主催側も危険だから中止するように話していたようだ。
「は!? 中止だと!? 何を言っているんだ!? ダーク・ユニコーンに勝って、観客が盛り上がっているのを見ただろう!?」
マケールの声が聞こえてくる。ユベール卿は私にここで待っておくように言ってから、マケールのもとへ向かった。
「マケール・ド・ギース、調子に乗るのもいい加減にしろ。ダーク・ユニコーンを倒したのは私の水晶剣だ」
「なっ、お前、魔法騎士隊のすかした野郎じゃないか!!」
あろうことか、マケールはユベール卿の名前を覚えていないという。
「死にたいのか?」
「う、うるさい!! お前は、俺の実力をわかっていないんだ!!」
マケールは「見てろよ!!」と叫び、魔獣の檻に手をかける。
強引に開いたのは、小さな幼竜が入っている檻だった。
「おい、出ろ!! 勇者公である俺が、倒してやる!!」
「やめろ、それは――」
「うるさい、お前は黙ってろ!!」
マケールが文句を言う背後で、檻の中の竜は目を光らせていた。
『きゅるる……きゅるるるるるる……!!』
幼竜は黒い靄のようなものを纏っている。おそらく激しく怒っているのだろう。
ユベール卿が周囲にいる人達に避難を促している。
「はは、逃げるなんて腰抜け共め!」
マケールには見えていないのだ、背後で恨みがましい目で睨む幼竜の存在が。
『きゅるるるるるるううううううう!!』
幼竜がマケールの背後に飛びかかる。
「うわ!!」
髪に噛みつき、バリバリと束でちぎっていた。
「いたた、いたたた! この、馬鹿竜め!」
言葉の意味を理解しているのか、幼竜は振り返ったマケールの胸辺りを思いっきりひっかいたようだ。
キイイイイインと耳を塞ぎたくなるような金属音が鳴り響く。
自慢の金ぴか鎧に深いひっかき穴が空いたようだ。
「ヒッ!!」
ここでようやく、自らに降りかかった危機に気付いたようだ。
「あ……お、俺は悪くない!!」
明らかに、悪いのはマケールである。
そっとしておけば、ここまで幼竜を怒らせることはなかったのだ。
「メーリス嬢、幼竜の意識があの男に向いているうちに撤退する!」
去ろうとした瞬間、マケールが幼竜に殴りかかろうとしているところを目撃してしまった。
「こいつ!!」
「止めてください!!」
体が自然と動く。
マケールが私の声に驚いているうちに、幼竜のもとへと走った。
「メーリス嬢!?」
ユベール卿の制止するような声も聞こえたが、走りだした足は止まらない。
幼竜へ腕を伸ばし、抱きかかえる。
『きゅる!?』
幼竜の驚いた声が聞こえたのと同時に、黒い靄が私の体を引き裂いた。




