翌朝
シール堂の店主として目覚めた朝。
ぐっと背伸びをし、カーテンを広げる。
実家にいたころはメイドが紅茶を運び、丁寧に髪を梳ってくれた。
けれども今は、そんなメイドの姿はない。
すべて自分でしなければならないのだ。
貴族学校で寮暮らしをしていたので、ある程度自分のことはできる。
その経験がなかったら、今頃何をしていいのかわからずに頭を抱えていただろう。
改めて、私は恵まれた環境の中で暮らしていたのだ、と気付かされた。
本来であれば結婚をし、親がしてくれた恩に報いないといけないのに、私は魔女になった。
今後は親孝行ができるように、シール魔女として頑張らなければ。
昨日、くたくたに疲れていたため、お風呂に入らず、体を拭いて眠ってしまったのだ。
朝のうちに入っておこう。
二階には水瓶があり、底には水を生み出す霊水石が沈められている。
水瓶に刻まれた呪文を摩ると、必要に応じてきれいな水を出してくれるのだ。
お風呂に入りたいときは霊水石を取りだし、浴槽の底に置く。
浴槽にある呪文をなぞると、お湯を張ることができる仕組みだった。
この霊水石のおかげで、水に不自由しない。
師匠の私物だが、私が引き継いで使っていいというので、ありがたく利用させていただこう。
泡風呂の素もあったので、遠慮なく浴槽に入れた。
あっという間に浴槽がホイップクリームを泡立てたような状態になる。
そんなお風呂に浸かって、全身を泡だらけにしながら洗ったのだった。
入浴が終わると洗面所で歯を磨き、寝間着からエプロンドレスに着替え、髪を結って、軽く化粧を施す。
朝食は昨日夜市で買った肉団子のシチューとパンの余りをいただいた。
多めに買っていてよかったと思いつつ、ぺろりと完食する。
一階の店舗に降りると、レディ・ヴィオレッタが迎えてくれた。
『おはよう、よく眠れたか?』
「おはようございます、おかげさまでぐっすりでした」
師匠の寝台はいい布団を使っているのだろう。ふかふかで、いい香りがして、寝心地も最高だった。
『今日はどうする?』
「そうですね」
もともと定休日だった。けれどもそれは師匠が店主だったときの営業スタイルである。
しかしながら、むやみに開けていても客はこないだろう。
「ひとまず、生活に必要な品を買い揃えようかなと思っているのですが」
食品だけでなく、紅茶や珈琲、お菓子などの嗜好品や、日用雑貨も少し欲しい。
『独り歩きは不安ぞ』
「大丈夫です! もしものときは護衛用のシールがありますから」
なんて話をしていたら、どこからともなく駒鳥が飛んできて、私の目の前で咥えていたカードをはらりと落とした。
「伝書鳥!?」
その駒鳥は役目を終えたからか、ぱちんと音を立てて消えていく。
『いいや、〝鳥翰魔法〟だな』
手紙を鳥のように飛ばす魔法だが、本物の鳥を作って送ってくるギミックは初めて見た。
いったい誰からかと差出人の名前を見たら、〝ユベール・ド・オーベルジュ〟とある。
「ユベール卿からみたいです」
『何用ぞ?』
「えーっと……ああ、アデール嬢と連絡が取れたみたいで、明後日にも面会の約束を取り付けることができたそうです」
『おお、よかったな』
カードの裏には追伸が書かれていて、都合のいい時間に召喚してほしいとあった。
別に今でも構わないと思い、発動の呪文を指先でなぞると、床に転移の魔法陣が浮かび上がる。
そこからユベール卿が登場した。
昨日は魔法騎士隊の制服姿だったが、今日は詰め襟の上着に肩掛けマントを合わせた私服姿である。
「ユベール卿、おはようございます」
「おはよう」
手紙に書いてあった情報でも十分理解できたのに、ユベール卿はわざわざ説明をしにやってきてくれたようだ。
お店のカウンターで紅茶を囲みつつ、詳しい話に耳を傾ける。
「面会を打診して、すぐに会えないという返信があったのだが、夜になって急に会えるかもしれないという手紙が届いて」
「何か心境に変化があったのでしょうか?」
「ああ。なんでも供も連れずに屋敷を抜け出して、騎士に保護されたらしい。そんなことをする元気があるのならば、面会に応じるよう叔父夫婦に叱られたようで」
「あらあら」
貴族のご令嬢が供を連れずに家を飛び出すことが流行っているのだろうか。
私が昨日助けた女性も、無事、屋敷に戻って素敵な朝を迎えているといいなと思った。
「明後日、アデールと面会することで問題ないだろうか」
「はい、もちろん――」
快諾の返事をしたあと、大変な事実に気付く。
あ!! と叫ぶ声は口から出る寸前でごくんと呑み込んだのだが、その瞬間をユベール卿にしっかり見られてしまった。
「どうした?」
「いえ、その、お恥ずかしい話、面会に着ていくようなドレスを所持していないことに気付きまして」
「ああ、それならば私が用意できる。今日、買い物に付き合ってくれ」
「いえいえいえ!! ユベール卿に費用を負担していただく必要はありません!!」
ドレスなんて必要ないだろうと思い、すべて換金し、養育院に寄付するようメイドに命じていたのだ。
デイ・ドレスとイブニングドレス、ティードレスの三着だけでも持ってきていればよかったと、心の奥底から後悔する。
お金がぜんぜんない、というわけではない。
けれども将来のことを考えたら、ドレスなんて買っている場合ではないのだ。
どうにかして金策ができないか考えていたら、カウンターに置いてあったマケールが出場する闘技大会のペアチケットが目に付く。
「これです!!」
「なんだ、それは?」
「マケールが出場する闘技大会のチケットで、どちらが勝つか賭けを行うみたいなんです」
マケールと聞いて、ユベール卿は顔を顰める。
さらに賭博という言葉も引っかかったのだろう。
「私、これまで彼に多額のお金を貸していたんです。返してもらっていないので、この機会に回収したいと思います。もちろん、マケールではなく、魔獣の勝利に賭けます!」
「そのように言って、上手くいくものなのか?」
捕獲された魔王軍の魔獣は、弱っている状態だという。
マケールでも簡単に勝てるような相手らしい。
「自信があります!」
ぐっと拳を握って、ユベール卿に訴えた。




