思いがけないトラブル
かなり太陽が落ちてきた、早く帰ろう。
念のため護衛用のシールを握りしめながら急ぎ足で歩いていると、物騒な男達が誰かを取り囲んでいるところを目撃してしまった。
「おうおう、姉ちゃんよお、こんな遅い時間に一人でいるなんて危ないじゃないか」
「俺達が安全な場所まで、案内してやろうか?」
これはもしかしなくても、女性が不逞の輩に絡まれているのだろう。
助けてあげなければと思いつつも、筋骨隆々で背が高い男達相手に勝てるわけがない。
けれどもこのまま見過ごして通り過ぎたら、絶対にあとで悔やむ。
パレードで酔っ払いのおじさんに襲われたときも、周囲の人達は助けてくれなかった。
そんな思いをさせたくない。
もしかしたら話が通じる相手かもしれないのだ。見た目で判断してはいけないだろう。
大きく息を吸い込み、勇気を振り絞って声をかけてみた。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「ああん?」
「なんだあ?」
振り返った男達はどちらも強面である上に、揃って犯罪者に刻まれる入れ墨が顔に大きく彫られていた。
恐怖で悲鳴を上げたくなったものの、男達の前で顔色を悪くしている女性と目が合った。
女性は仕立てのいいドレスを身に纏っており、一目で上級貴族の出身だということがわかる。
怖かったのだろう、微かに肩が震えていた。
見過ごさなくてよかった、と思う。
「なんだよ、なんの用事なんだよ!」
「しょうもないことだったら、ぶっ飛ばすからな!」
「女性を解放していただけますか?」
「はあ!? 俺達は今から、このねーちゃんと楽しいことをするんだよ!!」
「邪魔すんな、このブスが!!」
前言撤回。
もしかしたら話が通じる相手かも! なんて思った私が間違っていた。
こういう輩はまともに相手にしてはいけない。
かごに入っていたマケールの絵皿を投げつけ、男達を散らす。
マケールが微笑んだ顔が描かれた絵皿は、パリンと音を立てて割れてしまった。
心の中で、マケールの犠牲は忘れない、と思う。
男達が散り散りになったその隙に素早く女性に腕を伸ばし、手を握って引き寄せる。
「なにすんだよ!!」
「その女を返せ!!」
男達は拳を上げ、殴りかかってこようとした。
相手にシールを貼る暇なんてない。
女性を背後に回し、私は自らにシールを貼る。
次の瞬間、男の拳が私の頬を直撃した。
「――がっ!?」
目を剥いて苦しんだのは私ではなく、男のほうだった。
「なんだこの女!!」
続けてもう一人の男は、私の臑を狙って蹴ってきた。
「――ぐはっ!?」
この一撃も、攻撃した男のほうが顔を歪め、その場に崩れ落ちる。
動けなくなったのを見計らい、女性の手を引いて走りだした。
「おい、待て!!」
「このブスが!!」
そう言われて止まる人なんていないだろう。
走っているうちに頭巾が外れてしまったが、被り直している暇なんてなかった。
やっとのことで騎士隊の詰め所に行き着く。女性騎士がいたので、ホッと胸をなで下ろした。
「あのすみません、この女性がならず者に絡まれておりまして、よければお家まで送っていただきたいのですが!」
息切れする間もなく、一気に捲し立てるように訴えた。
女性騎士は供も連れずに歩いていた女性を心配し、家まで送ってくれると約束してくれた。
それだけでなく、私の心配までしてくれたのだ。
「あなたは大丈夫なのですか?」
「私は、魔女ですので!」
平気です、と言って踵を返そうとしたら、女性が声をかけてくる。
「あの、お名前を聞いてもよろしい?」
振り返って言葉を返す。
「いえ、名乗るほどの者ではありませんので」
「しかし」
「道中、お気を付けて」
女性は十代後半くらいの、ブルネットの髪を持つ美女だった。
どうしてあんなところに一人でいたのか。
そういう話を聞くのは騎士の仕事だろう。
この場は任せて、私は家に帰ることにした。
先ほどと同じ道を通って帰るのは恐ろしい。
けれどもその道を通らないと、シール堂には戻れないのだ。
仕方がないと思って、靴にシールを貼る。
それは小さな翼が生える、〝飛行のシール〟だ。
石畳を蹴ると、大きく跳び上がり、屋根に着地する。
屋根を伝って帰れば、さっきの男達にも会わないはず。
暗くなってきたので足下が見えず不安だが、さっきの男達に会いたくないので頑張った。
屋根伝いにシール堂に戻り、中に入ると盛大に安堵の息が零れる。
レディ・ヴィオレッタはカウンターの上にいて、私を迎えてくれた。
『戻ったか』
「た、ただいま帰りました」
私に顔にトラブルに巻き込まれました、と書いてあったのだろう。
何があったのかと聞かれてしまう。
「道中、ならず者に絡まれている女性を発見しまして、見捨てられずに助けてしまいました」
『そなたは、自らも輩に絡まれるような非力な女であるのに、どうしてそのような行為を働くのか』
呆れられてしまう。
『しかし、なんとか助けられたのだろう?』
「ええ! 作っておいた護身用のシールが早速役立ちました!」
『何を使ったのだ?』
「全身をがっちがちに硬くする、〝鋼鉄シール〟です」
パレードで酔っ払いに絡まれたさい、反撃できるような余裕はなかった。
そういうときは相手に接触せずに、自分を守る術が必要だと気づき、作ってみたのである。
すぐに役に立つとは夢にも思っていなかった。
『まったく、そなたはお人好しにも程があるぞ』
「反省しています」
『早くマチルドの孫を護衛として従えるのだ』
「それは……成功するかどうか」
『ならば、強力な使い魔と契約するとよい』
使い魔との契約について、何度か考えたことがある。
けれども必要とする場面がなかったので、召喚しようと思わなかったのだ。
「そう、ですね。これからは使い魔も必要になってくるかもしれません」
あと、遅い時間にふらふら出歩かないようにしなければ。
『それで、夕食は買えたのか?』
「はい!」
男達に絡まれても、走って逃げても、夕食が入ったかごはしっかり離さず握っていたのだ。
お腹がぺこぺこだ。早くいただくとしよう。
人助けをしたあとの肉団子のシチューの味わいは極上で――。
そんなこんなで、私の大変な一日は幕を閉じたのだった。




