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シールの魔女は婚約破棄されたので、魔女業に専念することにしました!  作者: 江本マシメサ
第一章 ある日、婚約者が勇者になって

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シールを作ろう!

 せっかくなので、ミルから貰った蜜蝋でシールを作ってみよう。


『なんだ、せわしい娘ぞ』

「きれいにカットされた蜜蝋を見ていたら、シールを作りたくなったんです」


 呆れた表情を浮かべるレディ・ヴィオレッタに見送られながら、私は地下へ向かった。

 何を作ろうか、と思ったが、ふと疲れきった表情をしていたユベール卿の顔を思い出す。

 目の下にはくまがあり、顔色も悪く、唇の血色も悪いように思えた。

 きっと魔王と戦ったあと、王都まで戻ってきた疲れが取れていないのだろう。

 どのシールにしようか迷ったが、疲労回復効果がある〝回復シール〟に決めた。

 シール作りの材料がある保管庫から、ヒール薬草の精油を手に取る。

 これはヒール薬草を蒸留器で有効成分を抽出し、液体状にして保管したものである。

 これに精製水など混ぜて魔法をかければ、ヒール・ポーションと呼ばれる回復薬となるようだ。

 シールにするには、ここから異なる作業を行う。

 まず、床に描かれた魔法陣に錬金鍋を置き、蜜蝋とヒール薬草の精油を入れる。

 蜜蝋はたっぷり。

 普段、シール堂で販売されている回復シールには、ヒール薬草の精油は一、二滴入れる程度である。回復量によって量が異なるが、ユベール卿はかなりお疲れの様子だったのでたくさん入れてみよう。


「五滴くらいかな」


 ヒール薬草はシール堂の裏庭で育てているもので、私がせっせとお世話をしていたのだ。

 師匠からも森で採れる天然ものよりも上質だ、とお褒めの言葉をいただいているのである。


 下準備は整った。あとは魔法を発動させるだけ。

 呪文に触れるようにつま先を滑らせると、付与された火魔法が発動される。

 鍋の中の蜜蝋が溶けてきたので、棒を使ってぐるぐるぐるとかき混ぜる。

 虹色の湯気がもくもく上がったら上手く蜜蝋と材料が混ざり合ったという証だ。

 ここからが時間との勝負である。

 急いで鍋を火から上げて、鍋敷きの上におく。

 そしてパレットを用意し、溶かした蜜蝋液を垂らしていった。

 続けて先端が封蝋印なっている杖を押しつけると、シール魔女の魔法陣が刻まれる。

  仕上げに呪文を唱えるのだ。


「――刻印せよスタンプ!」


 シール自体がきらりと輝き、ぱちんと音を立てたら完成だ。

 完成したシールは黄金色だった。

 どうやらハイクラスの回復シールができあがったようである。

 これならば、ユベール卿の疲労もしっかり回復してくれるはず。

 その後も作業を続けていき、全部で三十枚くらいの回復シールが完成となった。

 他にもいろいろとシールを作ってみる。

 新作もできた。使いどころがあるのかは謎だが……。

 まあ、いい。何事も試しである。


 ◇◇◇


 集中していたら、あっという間に夕方になっていた。

 お昼を食べずに、シール作りをしていたようである。

 ぐーっとお腹が鳴った。空腹を訴えているのにも気付かないくらい集中していたようだ。

 地下からお店に戻ると、レディ・ヴィオレッタが呆れた様子で迎えてくれた。


『昼には上がってくると思っていたぞ』

「気付かずにシール作りをしていたみたいで」

『熱心なのもほどほどにするのだぞ』

「はい、ありがとうございます」


 ひとまず、夕食は外に買いに行くことにした。


『暗くなっているが、大丈夫なのか?』

「ええ。護衛用のシールを持っていますので」

『なんぞそれは?』

「暴漢に襲われたときに使うシールなんです」


 パレードに一人で参加したことを反省し、作ってみたのだ。


「動けなくするシールとか、足下を蔓でぐるぐる巻きにするシールとか、いろいろです」

『まあ、よくわからんが、道中気をつけるのだぞ』

「はい、ありがとうございます」


 エプロンドレスの上から、全身をすっぽり覆う外套を着込み、頭巾を深く被る。

 かごの中に保温容器ジャーを入れて持ち、シール堂を出発したのだった。

 今の時間帯であれば、さまざまな料理が売られている夜市が開催されているだろう。

 シール堂から自宅に帰る途中にお腹が空いて、何度か足を運んだことがあるのだ。


 夜市は早い時間だからか、そこまで人通りはない。夜が深まると、人波に揉まれながら買うことになるのだ。

 買う物はすでに決まっている。肉団子のシチューを売るお店を目指した。

 そのお店は人気店で、ぼんやりしていると行列ができ、売り切れとなってしまうのだ。

 急ぎ足で到着すると、開店したばかりだったようでホッと胸をなで下ろす。


「魔女さんじゃないか。久しぶりだねえ」

「ええ」


 何度も同じ格好で通っていたので、覚えられているらしい。

 保温容器ジャーを差しだして肉団子のシチューとバケットを注文する。

 おかみさんは大きな鍋をくるくるかき混ぜ、肉団子と野菜をたっぷり保温容器ジャーに注いでくれる。


「バケットはどうするんだい?」

「カットして、バターを塗ってください」

「わかったよ」


 おかみさんは慣れた手つきでバゲットをカットし、黄金色のバターを塗ってくれる。

 それを油紙ワックスペーパーの上に置いて、キャンディみたいに左右の端を捻って包んでくれた。


「はい、おまち」

「ありがとうございます」


 お金と交換で肉団子のシチューとバターバゲットを受け取った。

 保温容器ジャーの中のスープは冷めないが、真っ暗にならないうちに急いで帰ろう。

 そう思っていたのに、雑貨を売るお店の店主から声をかけられてしまった。


「ご夫人、勇者マケールの公式記念品スーベニアはどうだい?」


 陳列台には、マケールの肖像画を使った絵皿やカップ、旗などは売られていた。

 そのマケールの肖像画には覚えがあった。

 魔王討伐の旅に出かける前に、有名人になるだろうからと言って、絵師に描かせた物なのだ。

 昨日帰ってきたばかりなのに、こうして売りに出されているということは、一年前から商品を発注していたのかもしれない。

 なんというか、呆れた話である。


「勇者マケールは、なかなかハンサムだろう?」

「……」


 私が服を用意し、髪型を整えてあげ、装飾品も選んだ。

 そうでもしなければ、寝癖がボサボサで、趣味の悪い服を着て、時代遅れの宝飾品を身につけた残念な姿だったのだ。

 肖像画がまともそうに仕上がっているのは、すべて私のおかげである。

 その当時、婚約お披露目パーティーをする予定だったのに、マケールは肖像画を仕上げなければならないからと言って準備に参加せず、結局開催されなかった。

 今を思えば、やらなくてよかったのだろうが。


「オススメは絵皿だよ」

「いいえ、必要ありません」

「でも、きっと明日になれば売り切れるだろう。なんてったって、闘技場で勇者マケールが魔王軍の魔獣と戦う催しごとが開催されるからな! どちらが勝つか、賭けることもできるらしい」


 今なら闘技場の入場ペアチケットもついてくるという。


「今のうちに買っておいたほうがいい! さあ!」

「いえ、その、必要ありません」

「頼むよ!! 全部売らないと、家に帰れないんだ!」


 血走った目で訴えてきたので、怖くなって絵皿を買ってしまった。

 こんなのいらないのに。

 後日、養育院に寄贈でもしよう。

 それにしても、まさか夜市でマケールの顔を見るはめになったなんて。

 彼は英雄となった。

 今後も目にする機会は増えるだろう。

 次、見つけてしまったときは、ジャガイモか何かだと思うようにしよう。

 そう、心に強く誓ったのだった。

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