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怪異缶 短編集  作者: 音久毬
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ソウルクラッシュ

「なんで、いつも下を向いてるの?」


私は目の前にいる彼女に尋ねた。


誰もいなくなった文芸部の部室に、赤く色づく夕日が差し込んでいる。

いつものように本を読み終え机に突っ伏していた彼女が、顔を少しだけ上げた。


黒髪のボブがさらりと揺れる。

目が合ったかと思ったのは一瞬だけで、彼女はすぐにまた俯いた。


「…話すと、ちょっと引くかも」


二人きりの部室に響く彼女の声は普段よりも静かだったが、はっきりと聞き取れた。



「大丈夫」

同じクラスで同じ部活に所属している彼女のことを私はあまり知らない。誰よりも早く部室に来て下校時間のギリギリまで部室に残っている。そんな彼女のことを知るために私も部室に残るようになった。




また彼女の黒い瞳が一瞬、私を見つめる。そして、ゆっくりと彼女は話しはじめた。





「…3年前の夏休み、その日も私は図書館に行こうとしていたの」


いきなり、彼女の思い出話が始まったことに私は少し驚いていた。普段の彼女は無口であまり長々と話をすることはない。だから下を向く理由も端的に語るものだと思っていた。



「図書館に行く道の途中、いつもの街路樹がある道を通った。夏休みだから蝉がうるさいくらいに鳴いていたのを覚えている」


いつの間にか彼女は眼を閉じていた。


「夏の日差しを避けるように歩いた。今日はどんな本を読もうかなと考えながら歩くと、暑さも和らいだし、夏風に吹かれる街路樹の葉っぱ瑞々しくて暑さを忘れさせてくれた」


彼女の語り口は目の前にある本を読むように淀みないものだった。


「足裏にプチリと奇妙な感触が走った。


足元に、茶色い斑模様の芋虫がいた。ボールペンの芯ほどの細い体が踏まれて潰れ、尻からは黄色い体液と白い内臓が直線状にアスファルトに飛び散っていた。くねる胴体、宙を仰ぐ黒い頭、芋虫はまだ生きていた。


人通りもあったし、私じゃないかもしれないそう思おうとした。でも足裏の感触と、飛び散った乾いていない中身から、私が芋虫を踏みつぶしたのは明らかだった」


本当に何度も繰り返し思い出した光景なのだろう。彼女の話す芋虫の描写は酷くグロテスクで現実感があった。

なるほど、虫を踏まないために下を向くようになったのか。そう納得しかけたところで、彼女の話がまだ終わっていないことに気がついた。


「私が芋虫を見ていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、あまり付き合いがないクラスメイトがいた。

クラスメイトは私の後ろから芋虫を見つけると納得したように何度か頷いた。そして芋虫を踏みつぶした」


彼女の右手がぎゅっと握られたのが見えた。


「アスファルトの上で白いスニーカーがゴリゴリと音を立てていた。次に足を上げた時にはそこには何かの体液が染みたアスファルトと白と茶色が混じった小さな塊があった。そこに芋虫がいたと知らなければ何か分からないようなものだった」



「クラスメイトが立ち去ってから、私はその意図に気が付いた。あの人は芋虫を楽にするために踏みつぶしたんだと思う」



彼女はゆっくりと息を吐きだして、言葉をつづけた。

「もし私一人だったら、きっと私は何もしなかったと思う。そうしたら芋虫は真夏のコンクリの上で内臓を焼かれることになった」


いつの間にか、彼女は顔を上げていた。まっすぐに私を見つめる瞳に何も答えることができなかった。


何か言おうとして立ち上がった瞬間、足裏に何か感じた。何か小さなものを踏みつけた感触。



「ねえ、あなたならどうする」


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