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怪異缶 短編集  作者: 音久毬
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ダイエットコーラ 〜ゼログラビティ〜

喫茶店の窓辺は、夕暮れに染まっていた。

朱色の光がテーブルに落ち、骨ばった彼女の指先を透かしている。


「コーラを1つ」

紫のスカーフを巻いた彼女は静かに告げた。


店員は一瞬だけ、怪訝そうに彼女を見てから歩き去った。

私はテーブルに置かれた皿を慌てて隠したい衝動に駆られる。


「ずいぶん食べられるんですね」


私の目の前には、すでに空になったサンドイッチのバスケットとサラダの皿。

ダイエット中だというのに、彼女を待つ間の空腹に負けてしまったのだ。

しかも今は、食後の季節のパフェが運ばれてくるのを待っている。


(どうして私は、こんなに弱いんだろう…)


「お待たせしました。ご注文のコーラになります」

店員が置いたグラスを、彼女は両手でそっと包み、氷が鳴る音に耳を澄ませた。

そしてストローを挿し、儀式のように一口だけ飲んだ。


「…本当に聞きたいんですね」


私は大きくうなずいた。

彼女の話を聞けば痩せられる――友人は確かにそう言った。

そして、その友人は見違えるほど痩せていた。

だから信じるしかなかった。


彼女の細い唇が、もう一度グラスに触れる。

朱色の光に、コーラの泡が不気味に揺れた。



「友達から、聞いたんです。

あなたの話を聞けば、痩せられるって」


私が切り出すと、彼女はグラスの中の泡を眺めながら、小さく笑った。



「痩せるというより、軽くなることが大切なんです」



「…え?」


突然の言葉に、思わず声が漏れる。

彼女は目を伏せ、ストローを軽く回しながら続けた。


「軽くないと吊られた時に苦しむことなりますから」


意味が分からない。けれど、何故か彼女の言葉に惹かれてしまっている自分がいた。




私の家族は普通の家族でした。

父と母がいて3歳下の妹がいる。

仲も悪くはなくお互いを大事に思っていたと思います。


ただ、運が悪かっただけなんです。


色々な悪いことが一気に訪れただけんです。

それさえなければ、きっと今でも普通の家族として暮らしていくことができたでしょう。


色々な悪いことが何かについて語る必要はないでしょう。

ただ、私の家族が耐え切れず自ら死を選んだというだけの話ですから。


母の誕生日の翌日にみんなで首を吊ろうと決めました。

父も母も妹も私もみんな、最後は楽しい時間を過ごそうとしていました。


母の誕生日を祝った夜、私は逃げ出しました。

友人の家にかけこみ、すべてを話しました。でも手遅れだったんです。


家に戻ったときには父母妹は首を吊っていました。

妹と母の隣には私が首を吊るためのロープが垂れさがっていました。



私が正気に戻ったときには全てが終わっていました。家族を失った私には何もなかった。


死のうとは思いませんでした。だって家族を裏切ってまで生きることを選んでしまったのですから。




…けれど、みんな私を許していないんです。



彼女は私にだけ見えるようにスカーフをずらした。


「ひっ」


思わず息をのんだ。彼女の細い首には幾重にも刻まれた縄の跡が残っていた。



「だから、軽くないといけないんです」

愛おしそうに彼女の細い指が縄の跡をなぞる。






「季節のフルーツパフェです」

彼女が立ち去った後に、パフェが運ばれてきた。


「すいません、ちょっとお腹いっぱいが食べられません」


私は初めて、食事を残した。

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