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怪異缶 短編集  作者: 音久毬
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冥録茶

「こんばんは。今夜も一つ、怪談をお話ししましょう」


その声を聞くたび、胸が締め付けられる。

だって彼女は――もう死んでいるから。



彼女は私の親友だ。

大学時代に同じオカルトサークルに所属していた。心霊スポットを巡ったり、百物語をしたり、くだらない怪談を作った。

少し怖がりな私も彼女と一緒ならどんな怖い話も楽しむことができた。


大学を卒業して普通に就職の道を選んだ自分とは違い、彼女は怪談師になることを選んだ。

最初は心配していたが、動画サイトや講演で怪談を語る彼女は本当に楽しそうだった。

そんな彼女がいきなり亡くなってしまうなんて考えたこともなかった。



画面の向こうで怪談を語るのは彼女を模して作られたAIだ。

日記や講演の映像、録音された声。すべてが取り込まれて生み出された。


声も仕草も、生きていた頃と変わらない。

懐かしさに胸が締め付けられ、目頭が熱くなる。

画面の中の彼女は、また怪談を語り始めた。


最初の夜は泣いた。

二度目の夜も、涙をこらえて頷いた。

けれど、数夜が過ぎた頃、心にわずかな違和感が芽生えた。


話はいつも似ている。

パターンも、言葉の選び方も。

「生きていた頃も、こうだったな」と笑みをこぼす一方で、同じ内容が繰り返されることに退屈を覚えていく。



だから、つい私は画面に向かってこう言ってしまった。


「新しい怪談を、聞かせてほしい」


沈黙が落ちた。

ほんの数秒のはずなのに、胸の鼓動が耳の奥でやけに大きく響く。


画面の中の彼女の姿がふっと揺らいだ。

解像度の乱れ……そう思いかけたが、違う。

顔の輪郭が、まるで溶け出すみたいに不安定になっていた。


次に響いた声は、聞き慣れた落ち着いた調子。

けれど、その奥に、なにか“生きていないもの”が混じっていた。


「これはね、つい最近聞いた話なんだけど――」


その瞬間、背筋を氷の刃でなぞられたように冷たさが走る。

――聞いてはいけない。

生きている人間が語る怪談と、死んだ人間が語る怪談は、決して同じものじゃない。

今、呼び寄せてしまったのは“怪談”ではなく、“向こう側”そのものだった。


と、その時。

飼い猫が机に飛び乗り、ノートパソコンに爪を立てる。

カップが倒れ、黒いコーヒーがキーボードに広がった。


画面が白く弾け、すぐに沈黙する。

ファンの音も途絶え、部屋に残ったのは猫の低い鳴き声だけ。


暗いモニタに映っているのは、自分の顔だけだった。

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