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旅行計画

 すべてが一変したのは嫁の一言からだった。



「旅行。楽しみね」



「私も行くから」



「準備よろしくね」






 いつもの雑居ビル。高宮探偵事務所の事務室。


 事務室の来客用ソファに座り、自分で淹れた紅茶を飲んでいた嵐の妻リスティの一言。


 新聞を読みつつ、おやつに買ってきたホットドッグを食べようとしていた嵐の動きが止まった。


「――天空城は?」


「出さないわよ」


「――わかった」


 嵐は新聞を片手で折りたたみ、ホットドッグを一口で飲み込んだ。


 味わうという概念を忘れてしまったかのようだ。


 嵐は続けて、紙コップのコーヒーを一気飲みする。


「――ちょっと出かけてくる」


「いってらっしゃい、あなた」


 嵐はスーツの上着を羽織り、事務所を足早に後にした。


 リスティは女性雑誌を読みながら、横目で嵐を見送った。




 数秒後。




「――ヤバイ、いや。まずいことになった」


 事務所を出て路上に出てすぐ、助走なしで大ジャンプした嵐はドーム新宿の空を超音速で跳び上がり、エイスの家の敷地内にある作業工房めがけて落下を開始。


 ドームの天井すれすれから超音速で降下しつつ数センチ空いてた窓からスルッと侵入して、作業工房の一角の畳スペースでニッパー片手にドローンの組み立てをしていたエイスの眼の前に着地して出現した。


 嵐が着地した衝撃で、ふわっと作業工房の空気が舞う。


「今日僕オフなんですけどー」


 眼の前に出現した嵐にむけて、エイスがぼやく。


「高宮さん超音速で跳んできましたよね今。その割にソニックブームの轟音や衝撃波が発生してないのは高宮さんが意識的に『空気抵抗をキャンセル』できるからですよね?」


「天狗魔剣法のちょっとした応用だ――それより」


 嵐が帽子を被り直した。


「――嫁のワガママが辛い」


「帰ってもらっていいですか?」


 エイスは辛辣だ。


「――だが、それをなんとかするのが夫の甲斐性だと」


「独り言いってないで会話してくださいー」


 はあ、とエイスは手に持っていたドローンをちゃぶ台に置いた。


「そろそろ、高宮さん達の背景とか来歴とか語ってもらっていいですか」


「――いいだろう」


 嵐はそこら辺にあった作業工房の椅子を引き寄せて、腰掛けた。


「私個人の物語の原点としては、『私が中学生の時、秩父山中の道路脇で天狗に喧嘩を売るため身を潜めていた』所から始まるのだが――流石に長いので省略する」


「はいー。こちらは何にも知らないので、それも後で教えて下さいね」


 エイスはサラッと流しつつ、タブレットで飲み物を二人分注文し始めていた。


 ファミレスにいるかのような行動だが、エイスの家は広すぎる屋敷とタワマンと企業ビルの複合なので、普通に屋敷内の連絡に通信が使われるのである。


「私が地球でタイムパトロールの手先として働かされていた時、とある時間犯罪者を確保しに紀元前一万年以上前の古代アトランティス大陸の首都にタイムスリップした。

 そいつはアメリカ人の忍者かぶれで、古代アトランティスに忍者ブームを広めて元々あった文化を汚染していた。

 既にアトランティス王国の大臣クラスですら忍者クランに所属し、忍者ネームを名乗り、忍者クランの勢力拡大を楽しんでいる始末だった。

 そこで私が出会ったのが、アトランティス王国の国王レン・レイズウィング・アトランティス三世陛下と、その妹姫リスティス殿下。そして、それぞれが強力な異能を持った特別な人間で構成された十人の近臣だった。」


 コンコンッとノックの音が響いた。


 ドアを叩いて発生した本物のノック音ではなく、お茶を持っていた人物がドアの外側に備え付けられたボタンを押して呼び鈴を鳴らした音である。


「あ、お茶が来ましたのでちょっと待ってください」


 エイスがタブレットを操作して防音防爆ドアのロックを解除する。


 嵐がほっとした表情をした。


「ゴシュジンサマ~、お茶ですよ~。かわいいウィンター・フラウが、お茶を持ってきましたよ~」


「あ、そこ置いといてー」


 作業室の防音防爆ドアがバーンと開いて、騒がしいメイドがお茶を載せたワゴンを押して入ってきた。


 基本的な黒いドレス、白いフリルエプロン、長いスカートで露出度は低い。


 長い銀髪で人を見下したような濁った黒い目つきをしている。


 今まで常に敬語で喋っていたエイスも、自分の家のメイド相手は敬語を使っていない。


「あっ、不法侵入者だ。不審人物がいる。こわいよ~。ゴシュジンサマ~。警備員呼びますね~」


 メイドはスマホを取り出す。即座に通報を開始する。


「この人は放っといていいから、そのまま出てってー」


 エイスがメイドを静止した。


「えっ、何でですかゴシュジンサマ~」


「この人は無敵で最強で不死身で誰も勝てないから誰を呼んでも無駄というか……いや、そうじゃないな。この人はかの有名な『最狂の探偵』高宮嵐なんだよ!」


 エイスは妙に明るい声で嵐を紹介した。


「え~、この人があの有名な最強の探偵~?」


 メイドがすべての人類を軽蔑・軽視しているかのような口調で驚いた振りをする。


 絶対に最強と最狂の違いがわかっていない。


 興味すら無さそうだ。


「それはそうとして理由になってないので通報しますね~」


「――お前、ヴィルデ・フラウだな。男漁りと誘拐しか能のないドイツのクソ妖怪が何でこんなところにいる」


 嵐がウィンター・フラウと名乗ったメイドを睨んだ。


「あっ、ひどっ。ゴシュジンサマ~こいつクソとか言いましたよ。お口が悪いでゴザイマスヨ~」


 ウィンター・フラウが嵐に向かってあっかんべーする。


「えーと、今日はショウコさんはいなかったっけ?」


「メイド長はお買い物中でございますよ~」


「この人はショウコさんの身内だから」


「あっ、そうなんでございますね」


 ウィンター・フラウがくるりと嵐に向き直る。


「やーい。さっきの事、お前の母ちゃんに、言いつけてやるぞ~」


「とっとと出てけ」


 バタン。


 ウィンター・フラウが作業工房から出ていった。



 シーン。



 辺りが静まり返る。


「えーと、お茶、飲みます?」


「――貰おう」


 二人は無言でウィンター・フラウの持ってきたお茶を飲んだ。


「さっきのメイド、危なかったな。ドアが厚くてよかった。私の話をすこしでも聞いてたら、心臓が止まって死んでいたぞ」


「えっ……怖っ」


 エイスが自分の胸をさする。


「この世界のセーフティ機構だ。いらん秘密を知った奴は世界そのものに消される」


 ええええ!!!と、エイスが叫んだ。


「話を聞いている僕が死なないのは何故です?」


「お前の顔がさっき話しに出た古代アトランティス王国の近臣の一人『魔法使いにして天才発明家』ミリン=カンザスと同じだからだ」


「ええ!? ……あー」


 エイスは突然落ち着いた。


 以前にリスティに言われたことを思い出したのだろう。


「この世界は――ああ、ドーム新宿だけではなく、この惑星そのものの事だが――ミリン=カンザスを初めとした近臣達が地球を出てから作ったものでな。ミリンと顔が同じお前はこの秘密に触れてもセーフティ機構に殺されないで済む

 可能性が高かった(小声)あれの加護もあったし(小声)」


 エイスは不吉な小声は聞こえないことにした。


「古代アトランティスの人と僕の顔が同じって偶然なんですかー?」


「いや? 偶然ではない。この世界が作られた時、世界の雛形として参考にしたゲームがあってな。それはミリンと、同じく近臣のドワイト――ドワの奴が作っていた疑似体験ゲームで」


「疑似体験ゲーム!? 何を体験できるゲームなんです」


「体験できるものは近臣達の異能――十種のスキルだ」


「スキル!?」


「魔法使いのような異能があって、光闇地水火風空雷生死聖念毒冷気金木といった属性を自由に操れたミリンと、あらゆる武術や気功術を習得・再現できるドワはその強すぎる異能ゆえに根本的なところで『他人と自分は違う』『同じ異能を持たない者とは真に理解したりされたりができない』という心の孤独を抱えていた。

 そんな二人は『もしも自分たちの異能を他人も使うことが出来たら世界はどうなるか』『人々は何を思うのか』『同じ目線の同胞が欲しい』という興味、関心、渇望からミリンの魔法とドワの武技、あとは他の近臣たちの異能も再現して『スキル』という形で誰でも使える疑似体験ゲームを作り出した」


「そのゲームのタイトルは?」


「――すまんが忘れた。ともかく、そのゲームではキャラメイクの幅を割と広めに作っておいたんだが、まさか世界を作るときに参考資料にされるとは思って無くて、一万数千パターンちょっとで男女ともキャラデザの組み合わせが尽きてしまう。

 だからこの世界にいる人間の顔はそこまでの幅しかなく、同じ顔のやつが結構いるというわけだ。

 同じ顔の者同士はなるべく直接出会わないような調整もされている。家族や親類とかの場合は別だが。

 当然、お前の顔もミリン本人のアバター用に作ったものと同じだ。

 髪の色はオリジナルのミリンとは違うが、そこはセーフティ機構は勘定しない」


「顔認証採用なんですね……その言い方だと、そのゲームの開発に高宮さんもガッツリ関わってます?」


「タイムパトロールの仕事のついでにちょっとな」


「ら、ランダムエンカウントというのは……」


「スキルを使う相手、ぶっちゃけ『倒してもいい敵』がいないと異能があってもつまらないしゲームとしても成り立たんだろう」


「うあああ……」


 エイスは頭を抱えた。


「ま、まあいいです。それで、高宮さん達は、結局誰で、何でこの世界にいるんです?」


「地球にかつて古代アトランティス王国という古代人が存在し、地球から出てこの惑星を作った。その後、地球には人間が繁栄し、私が生まれた。

 私はタイムパトロールで働かされたりした後に独立して探偵となり、死んだ。

 死んだ私の魂は……事情があって、別の星に転生した。こことは違う惑星だ。

 その惑星でもまあ結構な冒険があったんだが長くなるので端折って。

 最終的にお袋とリスティとありすが地球から私を迎えに来てくれてな。

 ただ、地球は一度出ると戻れない。――ここは深く突っ込まずにそういうものとして聞いてくれ。

 だから、私たちは古代アトランティス人が作ったこの惑星で暮らすためにやってきた。

 そういうわけだ。」


「はあー……」


 エイスが感慨深げに呟く。


「高宮さんの異常な身体能力や超能力じみた感覚は別の星の生物としての力だったわけですねー」


「その認識で概ね間違っていない」


「地球には戻れないから、暮らすために、この世界にやって来たと」


「そのとおりだ。

 私の人生の物語は学生時代を第一シーズン、竜宮城を第二シーズン、タイムパトロール時代が第三シーズン、探偵時代が第四シーズン、火星時代が第五シーズン、そして今の惑星シークレット滞在が第六シーズンといったところだな」


「わかりました」


 エイスはパンと手を打った。


 嵐が口走った単語は例によって聞こえなかったことにしてしっかり覚えた。


「今日はどうしたんですか? 高宮さん。随分お困りのようでしたが」


「そのことなんだが、相談があってだな――」


 嵐は切り出した。


「――旅行計画を手伝ってくれ。嫁を満足させる旅行計画を立てたい」


「はい?」


 エイスは聞き返した。


「旅行って……もしかしてデストロイヤー・マシーンと喧嘩とかしにいくアレですか」


「――多分そうだ。それ以外にドーム新宿から出る用事はないしな」


「あれ旅行……といえば旅行ですねえ……うーん」


「あとゲームのタイトルも思い出した。――『フォートレス・ワールド』だ」


「惑星シークレットにフォートレス・ワールド。それが僕達の世界の名前ですか。でも、下手に喋ると人が死ぬんですよね」


「そうだ。取り扱いは慎重にな」


 エイスは嵐と自分のお茶を淹れ直した。

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