三体の魔神
いつもの雑居ビル。
高宮探偵事務所。
所長の嵐は本を読んでいる。
探偵助手のエイスはタブレットで仕事をしている。
「そういえば高宮さん」
「どうしたエイス」
「これは雑談なんですが」
「ああ」
「リスティさんが外に出ているのを見たことがないんですがー」
「ああ――」
嵐が遠い眼差しで事務所の外を見る。
「あいつが下手に外出したら世界が滅びるからな」
ヒュッ。
エイスの呼吸が止まった。
「えー」
陸に上がった魚のようにパクパクと口を開ける。
「……嘘だとは思いませんが理由は聞いてもいいですか」
ふう、と嵐がエイスの方を向く。
「あいつは持っている『加護』が強すぎてな。あいつを見たものが害意や敵意や下心などの邪心を心のなかで少しでも持っただけで世界から排除される――と思っておいて良い」
「いやーえーあー……何だかわかります」
リスティにはそれだけの迫力がある。
「『加護』って何ですか」
「本人以外から、本人の望んでない贈り物を貰った結果とでも言えばいいかな――あまり詮索するとお前でもどうなるかわからんぞ」
「ひえー」
エイスは仕事に戻る。
「そういえば、ペーターのその後はどうなった?」
「あ、はい輪平太さんの件ですね」
エイスは嵐の方を向く。
「僕の方で差し押さえたウッコゼウスの資産から補填しておきましたよ。一千万円でした」
「む? アテナシスターの婚約者の権利は一億円だろう?」
「輪平太さんは手付金の一千万円を支払って、さらに枢機卿ザガンバインに賄賂を五百万円払うことで『仮』婚約者という異例の扱いをしてもらっていたんですよ」
「なんじゃそりゃ。一億払ってなかったのか。しかも仮婚約者って事は、なみこを迎える資格が最初から無かったんじゃないか」
「そうですねー」
「なみこが手元に来て超ラッキーだったのに、あの物言いか――小物界の大物――でもないな。中物くらいか」
「そういえば、高宮さん、彼らに何かしました?」
高宮はエイスをちらりと見る。黒い帽子をかぶる。
「――空圧波を受けた以上ただではすまん」
キリッ。
「何時間か安静にしていれば問題ないが、走るくらいの運動をしようとしたら――すっ転ぶ。まともに立っていられん」
「なるほどー」
エイスは理解した。
殴りかかろうとして来た彼らがすっ転んでうずくまった理由を。
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――とある悪の組織の本部。
「私はバイオコマンド英雄軍のゴッドエンジェルズ、大魔眼だ」
カニのマスクとハサミ状の武器を両手に装着した怪人がいた。
彼は会議室に立ち、演台の上から二人の聴衆に話しかけている。
「さて、本日、君たちはバイオコマンド英雄軍の栄光ある怪人となるわけだが」
一人は右手に包帯を巻いた眼鏡の男。上中里輪平太。
もう一人は金髪の男。
「軽く自己紹介をしてもらおうか。名前だけでいい。肩書とかはこれから意味がなくなる」
「上中里輪平太だ」
「俺はジョバンニ。ジョバンニ=デザルコ」
「よろしい」
大魔眼は話を進める。
「まずはおさらいだ」
大魔眼はホワイトボードに絵を書き始める。カニのハサミで器用にペンを操る。
「怪人には二種類があり、ひとつは人間を改造した改造人間を怪人と呼称する者。この場合は生みの親が必ずいる」
人間の絵を描く。
「もう一つは無から作り出したもの。こちらも怪人と呼ぶ。機械の塊の場合もあれば培養した生命体の場合もある。親はいない事が多い」
巨大な目玉のような絵を書く。
「怪人にはモチーフがあり、牛の怪人なら角があるという風に特徴がでてくる」
上半身がムキムキのミノタウロスの絵を書く。
「モチーフは大まかに三タイプに分類される。しんわタイプ、えいゆうタイプ、その他タイプと呼ぶ」
大魔眼は話を続ける。
「しんわタイプを例にすると日本神話のヤマタノオロチは一般的に酒と女に弱いといった伝承を持ち、それと似通った特徴がある場合が多い」
首のたくさんあるヘビと酒壺の絵を描く。
「ふわっふわじゃねえか」
ジョバンニがツッコミを入れる。
「そうだな。だが、これらのモチーフによるタイプ分けよりも、もっと明確なタイプ分けが存在する」
大魔眼の声のトーンが変わった。
「……かつて、この世界は三体の魔神によって滅ぼされた」
ガラッと会議室の雰囲気が変わる。
照明が一部消えた。
二人が息を呑む。
「文明を破壊し、人類を殺戮し、環境汚染を広げて人の住めない大地にし、人類に破滅と終末をもたらした三体の魔神。おとぎ話ではなく現実である」
「ウヒョー。キタキタァ」
大魔眼は三体の巨人をホワイトボードに書き込む。
「三体の魔神は派生たる眷属を世に放ち、今も世界を滅ぼさんとしている。その眷属こそが我々悪の組織の守護神であり、人やモノに力を与えて怪人を作り出す権能を持つ神秘の源である。かつて世界を滅ぼした力に従う我らは紛うこと無き悪。ゆえに悪の組織。正義は死に絶え、悪のはびこる時代の証明と言える。悪とは三体の魔神とそのフォロワーすべてであり、正義の味方とは魔神の敵対者を指し示す」
大魔眼の講義は進む。
「その三体は……諸説ある。世界滅亡のドサクサにより正確な記録が失われ、魔神の名前すら把握が困難となっているのだ。僅かな資料から復元された三体の魔神の名前……それは」
「ジェノサイド・マシーン」
ホワイトボードに『G』の文字と『殺戮』を書き込む。
「カタストロフィ・マシーン」
『C』『破滅』を書き込む。
「デストロイヤー・マシーン」
『D』『破壊』を書き込む。
「アポカリプス・マシーン」
『A』『終末』を書き込む。
「以上四つだ」
「三魔神と言いつつ四体いるじゃねーの」
ジョバンニが突っ込む。
「そうだな。だが正確な資料がないため三魔神がどれか絞り込めないのだ……話をタイプに戻すぞ」
ホワイトボードに書き込まれたアルファベットを次々叩く。
「これらGタイプ、Cタイプ、Dタイプ、Aタイプは守護神がどの魔神の眷属かにより分かれる。Gタイプの守護神の場合はGタイプの怪人のみを生み出すことができる。しんわタイプといったモチーフによる区別より余程わかりやすいと考えられている」
「三体の魔神の眷属のうち、強かったものが四番目になったのか」
輪平太の質問。
「三体の魔神の眷属は三つのタイプしか存在しない。眷属が他のタイプに変化することはありえない」
「では、四体目はどこからきたんだ」
「四つめの魔神はどこから来たのかわからない。そもそも本当に魔神なのかもわからない。世界を滅ぼした事件に加担していたのかもわからない。四つめはまったく正体不明で意味不明だが確実に守護神が存在して怪人を生み出している。得体のしれない何かだ」
ホワイトボードに四体目の巨人と?が書き込まれた。
「バイオコマンド英雄軍はどのタイプなんだ」
輪平太が大魔眼に質問をする。
「どの組織でも力の源である守護神のタイプは極秘機密とされている。うかつに漏らせば死。処刑される。もしも君たちが機密を漏洩した場合に君たちを処刑するのは高い確率で私となるだろう」
大魔眼はペンを置く。
「君たちはこれから怪人となり、三十歳で死亡する素晴らしい人生から解き放たれる事となる。自由はなく、悪の組織に忠誠を誓い、掟に従い、戦って死ぬ事が定められた。覚悟は問わん。魔神の眷属に力を与えられるというのは……」
大魔眼はハサミをカキンと鳴らした。
「冗談でもなんでもないからだ」
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再び高宮探偵事務所。
「――エイスよ」
「はい?」
「以前、『土壌汚染、水質汚染等により健康被害は拡大し、ドーム都市では三十歳が寿命となっています』と言ってたな」
「あ、はい。そうですねー」
「改造人間になれば寿命が伸びる?」
「はい。少なくとも三十歳では死ななくなりますねー」
「それはこのドーム新宿だけか?」
「僕の知ってるドーム都市は全部そうですね。ちょっとわからない……例外かもしれないところはありますが」
「――ほう。どこだ?」
「僕の作った学園都市です。昔のツテで持ってたスペースを学園都市にしたんですが、あそこは数年前に出来たばかりなので寿命について特に調査をしていないです。それ以前に住んでいたのは全部ロボヒューマンですし」
「――ふむ。アテナシスター達を送った先か」
嵐は帽子を手に取り、かぶる。
「――実はこのドーム新宿に来てからずっと違和感があった。どこかから微弱な攻撃を受けている感覚。遥か遠くから呪いのようなものを飛ばしている手合がいる。お前は環境汚染だの理由をつけて人が三十歳で死ぬとか言ってたが、それは違う」
「えー」
「お前も多少は調べただろう。このドームの空気、水、食い物、いずれかに致命的な欠陥はあったか」
「空気も水も食べ物も大小あれど汚染の影響はあります。でも致命的と言われると無いですね。過去の調査ではどうしても見つかりませんでした」
「その理由はこうだ。ドーム都市すべてに、どこか遠くから攻撃を仕掛けている何かがいる。そいつのせいで人々は三十で死ぬんだ」
「そんなの……まるで伝説の三体の魔神じゃないですかー」
「なら、そいつらのどれか、あるは全部なんだろう」
「はっ……三体の魔神の眷属は悪の組織の守護神として怪人を生み出す権能があります。それってつまり」
「怪人になれば――攻撃の対象から外れるだけなんだろう」
「な、なんていうことでしょうー。汚染への耐性じゃなかったなんて」
「――やれやれだな」
嵐は帽子を持ち上げた。
「降りかかる火の粉は払うまで――三体の魔神、この高宮嵐が見つけ出して始末する」




