スレイヤーの小さな冒険
ここはドーム新宿。
環境汚染により人が住めなくなった土地が増えたため、巨大なドーム都市を建設して、その中だけに住むようになった世界。
嵐の聖剣召喚に同調してこの世界にやってきた金髪の少女スレイヤーは、嵐と別れてバイトして生活をしていた。
ドーム新宿の倉庫街。
冷凍倉庫の掃除、霜取り、荷物運びのバイトをしているスレイヤーは、軍手と作業着のツナギを身に着け防寒着を肩に引っ掛けた格好で冷凍倉庫のコンテナを台車で運んでいた。
相変わらず金属製の手枷のような器具を手首につけている。手枷から伸びていたコードは短く調整され、手枷だけのように見えた。
「おいおいお嬢ちゃん。そんな格好だと凍傷になっちまうぞ」
スレイヤーの格好を見かねたのか、同僚の二十三歳ほどの男性バイトが心配して声をかけてくる。
「私は体温がとっても高いから平気よ。むしろ涼しくて気持ちいいくらいだわ」
「涼しいってありえないだろマイナス20度だぜ? あと防寒着着用は規則だしなあ。規則違反でバイトリーダーに叱られるぜ」
「規則は読んだわ。『着用すること』ってだけで着用の定義がどこにも書いてないから、肩に引っ掛けてても着用でしょ」
スレイヤーはマントのように肩に引っ掛けた防寒着を翻す。
「文字が読めるのか? もっといいバイトあるだろ」
「寒いところが好きなのよ。雪山とか海底とか」
男性バイトは目を丸くした。
「山とか海とかウッソだろ。ドームの外は汚染で誰も住めない……あー……悪の組織の……足抜けした元怪人とかぁ?」
「まあそんなところ」
「なら寒くても大丈夫なのかあ」
バイトの同僚は自分の作業に戻っていった。
「ふんふーん♪」
スレイヤーはもっと薄着になって冷凍倉庫で作業したかったのだが、流石に常識外れすぎるので自重していた。
荷物を運び、真面目にガリガリと霜取りをしているうちに定時になったので退社する。
「おつかれさまでしたー」
「スレちゃんおつかれ。これよかったら食べる?」
「わあ、ありがとう!」
スレイヤーは上司から紙袋に入った生のサツマイモをもらって帰宅する。
「めにめに~♪」
スレイヤーは借りてるアパートまでの帰路を徒歩で帰る。
生だったサツマイモを片手で握って焼く。
右手が赤熱して煙が出ていた。体温で焼いている。
「おっと、焦がさないようにしないとね」
『キャアー』
遠くで悲鳴が聞こえた。
スレイヤーが声のした方向を見る。
「まったく、いつの時代もどこの場所も物騒ね」
スレイヤーは高速ダッシュで悲鳴がした方向に向かった。
路地裏で十六歳ほどの少女が倒れ伏し、その周囲を数名の戦闘員らしい人影と、カニのようなハサミとマスクの怪人が囲んでいた。
「手こずらせやがって。秘密基地に持って帰ってバラして研究し尽くしてやるぜ」
「ゲヘヘヘ……」
「ぐへへへ……どの[タイプ]かな~」
「ちょっとあんたたち」
スレイヤーが路地の入口に立ちふさがる。長い金髪がひるがえる。
片手にサツマイモの紙袋を持ったままだ。
「何してんの?」
カニの怪人と、戦闘員がスレイヤーに向き直る。
「この娘は電気崇拝教団ウッコゼウスという悪の組織に所属していた怪人だ」
カニの怪人が説明をし始めた。
「我々は別の悪の組織の所属だ。ウッコゼウスは守護神という力の根源を失って解散したが、所属していた怪人は力を持ったまま市井に放り出された」
カニのハサミが倒れた少女を指す。
「無所属の怪人は別の悪の組織がスカウトするのが慣例だ。だが、行き先もないのにスカウトを断った場合はルールにのっとり怪人狩りをして民間に被害を出す前に素材として回収することにしている」
カニの怪人は意外と話が通じる雰囲気だ。
「いわばギャングの抗争の後始末なのね。回収ってのはあなたの所属している組織のルール?」
「さよう」
「じゃあ、その子わたしが預かるわ」
「ふむ」
カニの怪人は考える。
「知り合いかね」
「今知り合った……いや、知ったわ」
「この怪人は危険だぞ。こいつは電気崇拝教団に金の取引で決められた婚約者がいたが、力加減ができずに骨を折ってしまって逃げ出した。このまま市井に置いておいていい性能ではない」
「ふうん……その骨の折れた人ってあなたの組織の関係者?」
「そこまで言う必要はないな」
スレイヤーはガサガサと紙袋からサツマイモを取り出す。
手が赤く光り、サツイマイモが焼ける。
カニの怪人は目をぎょろぎょろさせた。
「ほう。そちらも怪人か。大した性能だ」
カニの怪人はしばし考え込んだ。
「……ならばこいつはスカウトを受けた。ということでこちらは引くことができるな。所属と名前を聞こう」
「あー……言わなきゃダメ?」
「こちらは誠意を見せた」
「やぶさかではないわね」(どうしようかな)
その時、スレイヤーは思い出す。ウッコゼウスの守護神ダディーンと戦っていたときのことを。
嵐の言葉を。
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「どこの悪の組織の手先だぁ! 名を名乗れ!」
「ただの正義の探偵だ」
「正義の探偵だとぉ!? 馬鹿め、この世界に既に正義など存在しないわ!!」
「電気崇拝教団ウッコゼウスが守護神ダディーン。いざ参る!」
「高宮探偵事務所所長高宮嵐。機体名スレイヤー・バトラズ。イグニッション!」
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スレイヤーはカニの怪人に向き直った。
「高宮探偵事務所、スレイヤーよ」
「了解した。私はバイオコマンド英雄軍のゴッドエンジェルズ、大魔眼だ」
「……なんて?」
「バイオコマンド英雄軍のゴッドエンジェルズ、大魔眼」
カニの怪人は真面目だ。
「……わかったわ」
カニの怪人と戦闘員たちは引き下がった。
路地の奥に消えていく。
スレイヤーは倒れている少女に近寄り、抱え起こした。
「大丈夫? 起きられる?」
少女の目が開く。
「……あなたは?」
「おはよう。とりあえず食べる?」
スレイヤーはホクホクのサツマイモを差し出した。
「……食べる」
少女は答えた。
「私の名前はなみこ」
近所の公園。ベンチ。
サツマイモを食べながら、なみこが話しだした。
「スレイヤーって呼んでね」
「スレイヤー……ちゃん?」
スレイヤーは長い金髪の少女の外見のため、十六歳ほどの年齢のなみこより背が小さい。ただし風格は大人並みにある。
スレイヤーはじっとなみこを見つめる。大きな目で見つめる。迫力がある。
「う……」
なみこがサツマイモを食べる手を止める。
「なみこ年齢はいくつ?」
「じゅ、十歳……です。改造手術のあと、背が伸びて」
「婚約者の骨を折ったって本当?」
「何で知って……」
「それくらいは知ってるわ。ほら、話してみなさい」
「あの、手を……つないだら、ぺきって。すごく叫んでて、怖くてにげちゃって」
「そう。大変だったわね」
「どうしよう。謝らないと」
「謝りたいの?」
「傷つけてしまったので……あと逃げてしまったので……他に行くところもないし……あやまらないと家にいれてくれない」
「なみこ、その婚約者の所以外に行くところは本当にないの? 今までどうしてたの?」
「その、そこだけ……しか家がない……です。せっかく、『行くあてがあるなら行け』ってゆめこ先輩が言って、それでみんなと別れて……行ったんです」
「他のみんなはどうしたの」
「さっきみたいな怪人狩りがあって……わかりません」
「そう。つらかったわね。もっと食べなさい」
なみこはサツマイモを食べる。
スレイヤーは両手で新しいサツマイモを包んで焼いた。
(その婚約者って別の悪の組織よねえ……なみこは金で取引された怪人かあ。ぜんぜん処世術が身についてないし対応を間違って危険と判断されたから処分のためさっきのカニの怪人が派遣されたというところかしら。)
なみこが焼き芋を食べ終わった。
紙袋がカラになる。
スレイヤーは紙袋を畳んでゴミ箱へ捨てた。
「あ、おいもありがとうございました。それじゃ……」
なみこは一人で帰ろうとする。
「ちょい待ち。どこいくの」
スレイヤーはなみこの服を掴んで止めた。
「い、家に帰ります。謝って家に入れてもらう……しかないかなと」
「送って行くわよ」
スレイヤーは準備運動を始める。
「ここまで関わったんだし、なみこが家に帰れるまで付き合うわ」
「は、はい……?」
なみこが頷く。
「家はどこかしら」
「あっちの……方角です」
なみこが方角を指差す。
「わかったわ。少し飛ぶわね」
「……飛ぶの?」
なみこが不思議そうな顔をする。
「飛ぶわ」
「飛んだり跳ねたり走ったりの、飛ぶ?」
なみこが聞きかえす。
「飛んだり跳ねたり走ったりの、飛ぶよ」
スレイヤーが断言する。
「行きましょうか」
スレイヤーが拳を握りしめた。
「旋風拳・テイクオフ!」
スレイヤーが虚空に向かって正拳突きをする。
ゴウッ!!!!
突風が巻き起こり、なみことスレイヤーが宙に浮いた。
「キャアアアア!!」
なみこがスカートを押さえる。
「おっと」
スレイヤーがなみこの襟首を掴み、姿勢を安定させる。
二人はそのまま、ドーム新宿の夜空を飛び立った。
しばらく夜空を飛行した二人は、大きな武家屋敷の庭に着陸する。
「いいおうちね」
スレイヤーはケロリとしている。平気そうだ。
「ぜえ、ぜえ……」
なみこは空を飛んだショックでしんどそうだった。
「戻って来たのか、なみこ」
武家屋敷から数名の人間が出てきた。
そのうち一人がスレイヤーとなみこの前に進み出る。
右手に包帯を巻いた着物を着た眼鏡の男だ。
「あ、輪平太さん……」
なみこが眼鏡の男に声を掛ける。
「はじめまして。私はスレイヤーよ」
「はじめまして。僕は上中里輪平太だ」
初対面の二人が挨拶する。
「あの、ごめんなさ……」
「なみこ、君との婚約を破棄する」
「ええっ?」
輪平太がなみこに言い放った。
「理由は、君が自分の力を制御できず、僕の右手の骨を砕いたからだ」
輪平太は包帯が巻かれた右手をかざす。
「力を制御できない怪人は、危険だ。一般人と関わらないでほしい」
「そ、そんな……」
なみこが膝から崩れ落ちる。
「私の家は……」
「もうここではない。あと、教団に支払った一億円も返してもらう」
「それは、なみこには関係ないでしょ」
スレイヤーが口を挟んだ。
「商品が不良品だったのだから売り主に責任がある」
「あなたがなみこの扱いを間違っただけでは? 強いって知ってたわよね」
「本来なら返金ではなく不良品を交換してもらいたいところだが教団は力の根源である守護神を失って解散してしまった。代わりの商品の手配ができない。なみこの他の同僚は怪人狩りで全員が捕まってしまった」
「そこまで把握してるのね。確かな情報?」
輪平太はスレイヤーの発言を無視する。
なみこが顔を上げる。
「お金を持っていないから、一億円は払うことができないわ」
なみこが言う。
「だから、わたしが怪人狩りを倒して、ゆめ姉さん達を開放する。それで代わりに……もが」
「はいストップ」
スレイヤーがなみこの口をふさぐ。
「反射で口を動かしちゃダメよ。もうちょっと現実的な案を考えなさい」
「うるさい」
パチパチとなみこの周囲に静電気が起こる。
なみこの全身を雷鳴が包む。稲妻が周囲を焦がす。服がほどける。変身バンクが流れる。
稲妻が収まったとき、戦闘モードに変身したなみこがいた。
アテナとプリントされた巨大な肩アーマーを装着し、きわどいビキニアーマーで胸と股間のみをガードしている。
頭には羽飾りのついた兜、手にはガントレット、足はグリーヴを装着。
武装は黄金の剣と盾を持っていた。
「わたしは、ゆめ姐さん達を助けたい!」
なみこの決意表明。
「わたしが助ける!!」
なみこは武器を掲げて宣言する。
スレイヤーは何かを察し、姿勢を低くした。
「――空圧波」
ゴッ!
空色の光が周囲を包み、広範囲に広がった。
なみこと屋敷からでてきた数名の人間が、めまいを覚えてふらついた。
「誰だ!」
「――私だ」
武家屋敷の庭に一人の男が現れた。
黒い帽子に黒いスーツ。鋭い目つき。右手に聖剣、左手に妖刀。
「――高宮嵐。最狂の探偵だ」
最狂の探偵がそこにいた。
スレイヤーはピクリと眉を動かした。
「……え?」
「何?」
「誰?」
「探偵?」
「何で?」
「誰か呼んだ?」
「知らない」
困惑。
そこにいた人びとは嵐の出現に戸惑った。
「――話は聞かせてもらった」
嵐は構わず話を進める。
「元・電気崇拝教団ウッコゼウス所属アテナシスターのなみこだな」
なみこが嵐を見る。
「あなた……お前……お腹を減らして動けなくなる技を使った奴……?」
「私はアテナシスターのゆめこから人探しの依頼を受けて君を探していた。一緒についてくればゆめこ達に会わせる」
嵐は言い切る。
「え」
なみこは黙った。
「君に拒否権はない。ふんじばってでも連れて行く」
次に嵐は輪平太の方を向いた。
「――上中里輪平太。通称ペーター。はじめまして」
「いきなりなんだ君は。武器を持って人の家に勝手に入り込んで」
「――探偵だ」
嵐は動じない。
「さっきも言ったように人探しの途中でお宅にお邪魔した。そして要件は済んだ。すぐに出ていこう」
嵐は二本の剣を鞘に納める。
「待て。なみこを連れて行かれたら、僕は丸損なのだが?」
「――婚約破棄した以上、なみこはこの家のものではない。お前が止めることはできない。自分で婚約破棄すると言い出したことだ」
「そこは異論はない。ただ、このままでは損失しかないのでなんらかの補填がしたい」
「――それなら、屋敷の外に私の助手がいる。彼と話せば解決する」
嵐は踵を返した。屋敷の外へ出ていこうとする。
「ほら、行くわよ」
スレイヤーがなみこの手をつかんで連れて行こうとする。
「……なにがなんだか わからない」
きわどいビキニアーマーのなみこは、所在なさげに呟いた。
嵐、なみこ、スレイヤーの三人は屋敷の外で待機していた車に乗り、ゆめこ達のいる建物に向かった。
「なみこ、剣しまって」
「あ、はい」
なみこは剣を鞘に納め、きわどいビキニアーマーのまま車に乗り込む。
車の中は終始無言だった。運転手の女性も何も喋らない。
スレイヤーも嵐も無言だった。
車は目的地の建物に到着する。
スレイヤーは、なみこがゆめこ達と再会したのを見届けて後方保護者ヅラでうんうん頷き、その日はさっさと家に帰った。
後日談。
いつもの雑居ビル。高宮探偵事務所。
「それで、なみこはあれからどうなったの」
事務所のソファにスレイヤーが座っていた。
「別のドームにある学校に通っています」
向かいのソファに座ったエイスがスレイヤーと会話している。
「そこは力を制御できない怪人や改造人間のための学校で、アテナシスターの皆さんもそこにまとめて転入しました」
「そう……元気でやってるのね」
「はい」
スレイヤーはマイカップを取り出し、急須からお茶を注いで飲んだ。
「おいスレイヤー、お前どっかの怪人にここの所属だって名乗っただろ」
所長の机にいる嵐がスレイヤーに声を掛ける。
「いけなかったかしら? あなたが言い出したことよ」
スレイヤーはケロリとしている。
「文句があると言えば、ある」
嵐はスレイヤーを睨んだ。
「ここは悪の組織じゃない。正義の探偵の事務所だ。そこのところはハッキリ言っておいてほしかった」
「聞いてないもの」
スレイヤーはどこ吹く風で受け流す。
「あのー」
エイスがおずおずとスレイヤーに話しかける。
「スレイヤーさんは、高宮さんのお知り合いなんですかー?」
「そうよ」
スレイヤーはマイカップに注いだお茶を飲みながらあっさり答える。
「お互いタイムパトロールのメンバーだった時期があって、いっしょに時間犯罪者と戦ったりしてたわ」
「ぶっ」
エイスが吹き出す。
「おい」
嵐が椅子から立ち上がる。
「一番最初の出会いはタイムパトロール以前で、日本で。その場所には姫も居たわね」
「姫? 誰ですか」
エイスが聞き返す。
「姫は姫よ。地球の姫。尊きお方。今居ない?」
「――リスティは留守にしている。というか妻の家はここじゃない」
嵐がスレイヤーの肩に手をおいた。
「――喋りすぎだ。そんなに口が軽いやつだったか?」
「あらごめんなさいね」
スレイヤーはおほほほと笑う。
「島村の魔術儀式を受けてようやく不老不死の入口に立った浦島太郎ごときが、この討伐者を差し置いて最強を名乗ることがおかしくて。最強の戦士にして最強の剣士とはナルト最強のこのわたしよ」
「悪いが人間の世界の話で、半神の巨人はノーカンなんだ。英雄種族は黙っててくれ。」
「やーよ」
おほほほ、とスレイヤーがまた笑う。絶対に分かっている者の笑い方である。
「あらもうこんな時間。バイトがあるから帰るわ」
スレイヤーはぴょこんとソファから降りて、事務所のドアを開けて消えていった。
「――やれやれ」
「高宮さん、タイムパトロールってなんですか?」
エイスの質問に嵐はこう答えた。
「――それはまだ、語るべき時ではない」




