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電気崇拝教団ウッコゼウス

 雑居ビルの一室。高宮探偵事務所


「その刀、本物ですかー?」


 テーブルの上に置かれた日本刀を見て、探偵助手エイス=光崎=アースライトが所長の高宮嵐に尋ねた。


「――そうだ。古い刀だ。私にとっては魔法の杖みたいなものだが」


「へー。それが高宮さんのマジック・ロッドですかー」


「反応が薄いな」


「ドーム新宿では武器を持つ事は珍しくないのでー。しいて言えば散弾銃ショットガンとかのほうが射程があって便利じゃないですか。それこそ大体の願いが叶う魔法の杖って話ですよ」


「いやなマジック・ロッドだな――というかドーム新宿ではもしかしてメイン武器のことをマジック・ロッドというのか?」


「人によってはー」


「そういう知識はどこでつけてくるんだ」


「うちの警備会社の社員たちからですねー」


 エプロンをつけて手ぬぐいを頭に巻いたエイスはハタキでぱたぱたと事務所のホコリを落としている。掃除中だ。


「それより仕事がないですよ高宮さん。もう掃除するしかないですよ高宮さん」


「――お前の事務の処理が早すぎる。もう溜まっている書類がない」


「ちなみに、まだ本気ではありません」


「――怖い。雇ってから数日しかたってないぞ」


 エイスは勤務し始めて数日で、高宮探偵事務所の書類仕事を全て完璧に終えていた。


「仕事がないなら妹たちもいるので家に帰ってますけど」


「どういう理由だ」


「勉強を見たり、話を聞いてあげたり、褒めたり、色々ありますよー」


「私にも妹がいるが――話なぞ相当してないな」


「それはいけませんねー。寂しがっているんじゃ?」


 エイスが床の雑巾がけをする。


 エイスが突然、不審な顔つきになった。


「この事務所、たまに人や動物の気配がするんですがー。高宮さん知ってます? ほら、ホコリの上に動物の足跡が。しかも一箇所だけ」


 エイスが床を指差す。肉球の足跡が一箇所だけあった。


「――ああ、シークか」


「シーク?」


「シークレット。っていう奴がいてな。変身能力があって普段は野山や大地、風に変身しているんだがたまに人や動物や物の姿でここに居ることがある」


 嵐はサラッと問題発言をした。


「いやなんですかその人。生きてる風とか! いつの間にかいるとか! ホラーですよー! 怖い」


 びっくりするエイス。


「虫やら植物やら更には目に見えない生命がそこら中に居るんだから今更だろう」


 嵐は取り合わない。


「いや、全然ちがいますよーというか、その人、それと同レベルで語っていいんですか」


「古い知人だからな。空気みたいなものだ。部屋や事務所にいつの間にかいてもあまり気にならない」


「それはー。気にしてもしょうがないと諦めはいってません?」


 食い下がるエイスの背後にリスティが音もなく現れた。


「シークは」


 ビクッ!


 エイスが止まる。


「シークはいい人よ。兄様の家臣で、今も私を気にかけてくれているわ」


 リスティは立ち去った。


「嫁が苦手なのか」


 嵐がエイスに聞く。


「そういうわけじゃないんですがー」


 エイスは掃除を再開し、ホコリの上の一箇所だけの動物の足跡を雑巾で拭いて消した。


 次に鳥の足跡を見つけた。消した。


 犬の足跡を見つけた。消した。


 ヒグマの足跡を消した。


「ひょっとして、愉快な人なんでしょうかー?」


 エイスは姿の見えないシークにしばし思いを馳せた。


 エイスは事務所に置かれた、真新しい苔テラリウムを発見した。


「もしかしてあの見覚えのない苔テラリウムがシークさんなのではー?」


「――それはリスティの作ったただの趣味の置物だ」


「ずこー」


 エイスがずっこけた。


「あら」


 見知らぬ女性がエイスを受け止めた。


「あ、あれ?」


 エイスと女性の目が合う。


 エイスは、一瞬『この人がシークレットかな?』と思ったが、雰囲気で『違う』と判断した。


「兄さんこの子誰?」


 見知らぬ女性がエイスを抱きとめたまま嵐に尋ねた。


「雇ってる助手だ」


「――そう」


 嵐の妹はエイスを立たせて手を離した。


「はじめまして。高宮ありす。よ」


「エイス=光崎=アースライトといいます。どうぞよろしくー。」


 エイスがいつもの笑顔で挨拶する。


 ありすは大人びた印象の、二十二歳ほどの美女だ。病的なほど色白で、ストレートの長い黒髪が美しい。


 エイスは嵐とありすを見比べた。


「あれ?」


 嵐は二十歳ほど。


 ありすは二十二歳ほど。


「あれれ?」


 エイスは首を傾げた。


「――」


 嵐が立ち上がる。


「エイス、私は少し出かける。依頼人と会ってくる」


「あ、はいわかりましたー。領収書はちゃんと貰ってきてくださいね」


「――善処する」


 嵐は帽子をかぶり、事務所から出ていった。


「奥、使うわよ」


 ありすは事務所を通り過ぎて奥へ行く。


 兄妹は無言ですれ違った。






 しばし後――






 嵐はとある宗教団体の建物に入った。


 応接室に通される。


 広間からは信者を集めた説法が響いてきている。


『このドーム新宿では電気の力が毎日毎晩いつでも使い放題ですがそれは実は全て偉大なるウッコゼウス様のお力、神の恵みなのです! 電気を讃えよ! ビバ電気! なので無料で使っていいわけはありません。電気への感謝をお布施しましょう! みんなでお布施すれば怖くない! おおウッコゼウス!ウッコゼウス! 我らが雷神! 電気を崇拝せよ! 電気を讃えよ! ビバ電気!! 神のお恵み!!』


 嵐の前にいる教団の信者がバタンと応接間の扉を閉じた。


 説法の声が聞こえなくなる。


「――依頼を聞こう」


「お前が情報屋で間違いないな」


 『電気崇拝教団ウッコゼウス』『枢機卿』とプリントされた巨大肩アーマーをつけた男が嵐に尋ねた。


「――探偵だ。依頼を受けて調査をする」


 嵐が五円玉を吊り下げた紐をブラブラと揺らす。


「――この動きを見ろ」


 枢機卿と、部屋にいた護衛の二人がトロンとした目つきになる。


「――探偵への依頼は隠し事なしだ。考えていることを正直に話せ」


「いいだろう」


 枢機卿が頷いた。


 嵐は五円玉を仕舞う。


「――名前を聞こう」


「ウッコゼウス教団枢機卿ザガンバイン」


「――高宮嵐だ。改めて依頼を聞こう」


「我々が知りたいことは、電気の出どころだ」


「――詳しく」


「今から八年前、突然ドーム新宿に電気が供給された。しかも使い切れないほど大量に、かつ無料でだ。それまで旧文明の残った数少ない発電機を奪い合って燃料を節約して暮らしていたどん詰まりのドームが突然明るくなった。文明が復興したと言っていい。停止していたロボットも動き出し、工場が稼働し、電子マネーが配られ、生活は一変した。豊かになり、便利な道具と食料があふれ、崩壊した政府に成り代わって企業が秩序を作った」


「――ふむ」


「だが、その電気を誰が、どうして、どうやって供給しているのか誰にもわからない。ドームの天井からワイヤレス送信されていることは突き止めたが、そこから先が手詰まりだ」


「――電気はウッコゼウス様とやらが供給しているというのが教団の教義ではないのか」


「それは正しい表現ではない。ウッコゼウス様は電気を司る。電気は神の恵みです。だが現実に都市に電力を供給している何者を我々は知らない。だが愚かな民衆は勝手に勘違いをしてお布施をする」


「――つまり誰かのボランティア電気に教義がただのりしているというわけか」


「かつて自然の稲妻に人間はインドラやトールと名付けてストーリーを作ってお布施を集めた。自然現象にタダ乗りして飯を食って生活してたのだ。我々がそれをやって何が悪い」


「――宗教屋の言うことだな」


「電気は力だ。力をタダで制限なく民衆に供給している現状はとても不健康である。正しき意思のもと力は扱われなければならない」


「――正しき意志とは何だ。仮にお前たちが電気を支配したらどうするのだ」


「ドーム新宿は名実ともにウッコゼウスのものとなる。信者からのお布施は電気料金と名前を変え、我々の支配を拒む勢力は情け容赦なく送電をカットする。すべてがウッコゼウスにひれ伏すのだ」


「――それで電力の供給元を押さえたい、と。まあタダで使わせてくれることが不気味この上ないというなら多少はわかるがな。」


「権利を正しき支配者ウッコゼウスに戻すのだ。今の状態は正しくない。よって是正せねばならない」


「――仮に電力会社が電気を供給しているとするならば、それを乗っ取るのか。どうやってだ」


「現実を教義に従わせる。それは全てカールのような力によってのみ成し得る。信者を動員する。怪人で構成した戦闘部隊を動かして奇襲する。世界を支配する聖戦となる」


「――なるほど。悪の組織だな」


 嵐は黒い帽子をかぶり直した。


「依頼料は前金で百万、成功報酬で五百万」


「高すぎる。前金も成功報酬もごねてごねて無料にしたい」


「――そこまで正直にしなくていいぞ」


 嵐は若干呆れつつ、パンと手を叩いた。


 枢機卿と護衛二人の目つきが戻る。


「ん? どこまで話したかな」


「――依頼は聞いた。前金百万、成功報酬で五百万。びた一文まけるつもりはない。金額の交渉をするつもりなら依頼は受けない」


 嵐は鋭い目つきで睨みつける。


 『電気崇拝教団ウッコゼウス』『枢機卿』とプリントされた巨大肩アーマーをつけた男、ザガンバインは嵐にこう言った。


「よかろう。だが前金の振込は月末だ。教団の予算も厳しいのでな」


「ここに来る途中、一億円出せば教団のアイドルと婚約できるという話を聞いた。教団のアイドルはグループで四十人以上いる。随分儲かっているな」


「アイドルという言い方は俗なのでやめていただきたいですな。教団の広報を司るアテナシスターたちです」


「前金百万。今日ここで払ってもらおうか。――キャッシュでもコード決済でもどっちでも構わんぞ」


 嵐はスマホを取り出した。


 ――結局、ぐだぐだと話しが続き、その場で支払われるまでに3時間がかかった。









 次の日。









「エイス――お茶でも飲むか?」


 嵐がエイスをお茶に誘った。


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