最初の事件 惑星破壊爆弾
雑居ビルの小さなオフィス。高宮探偵事務所。
黒いスーツを着て革靴を履いた、二十歳ほどの男がいた。黒髪、黒い瞳。鋭い目つき。
「――私は高宮嵐。探偵だ」
嵐は事務所のソファに座って依頼人を見ている。
「僕はエイス=光崎=アースライトといいますー」
反対側のソファに座った依頼人は少年だった。赤いスタジアムジャンパーにジーパン、スニーカー。片手には野球帽子を持っている。
金色の柔らかそうな髪の毛、水色の瞳。白い肌。かなりの美少年だ。
「ショウコさんの紹介で来ました」
「お袋から聞いている。――雇い主だってな」
「はいー。ショウコさんは僕の家でお手伝いさん……いわゆるメイドをしてもらっています」
「おふくろは勤めて長いのか」
「僕が八歳のときからなので、もう六年ですねー」
「そうか」
二人が話をしていると、事務所の奥からエプロンをつけたピンク色の髪の小柄な美女が現れ、二人分の紅茶をお盆に乗せて持ってきた。
「どうぞ」
すっと、テーブルにティーカップに入った紅茶が置かれる。
この美女はとにかく所作が美しい。
平凡な一般人ではなく、高貴な生まれ、高貴な育ちを感じされる立ち居振る舞いをしている。
「あ、ありがとうございますー。い、いただきます」
「ありがとう、リスティ」
エイスと嵐が紅茶を一口飲む。
「――エイス少年。依頼のほうは?」
「あ、はい。実は、僕の家に脅迫状が届いたんです」
エイスがスタジアムジャンパーの内ポケットから紙を取り出す。
「印刷したものです。僕の家のメールアドレスにきた匿名のメールです」
「ふむ――」
嵐が紙を受取り、見る。
メールには惑星破壊爆弾と刻印された巨大な爆弾らしきものの画像と、欲しいものリストのアドレスが添付されていた。文字は一切ない。
「――爆弾と、欲しいものリストだけか。完全に脅迫状だな」
「はいー」
「――欲しいものリストはなにか買って贈ったのか」
「まだ何もー」
「――この爆弾の性能は」
「恐ろしいことに、爆発すれば、惑星が破壊できるかと思いますー」
「――根拠は」
「外観からの性能の推測ですが、スイッチが入れば周囲に重力フィールドを展開して、内部でブラックホールを発生させる装置だと思いますー」
「――ブラックホール発生装置だと? 一応確認するが、ブラックホールが発生したらどうなる」
「この惑星の全てが吸い込まれて、押しつぶされます」
「「…………」」
二人は沈黙した。
カチッ、カチッと時計の音が響く。
「ねえ」
「!」
紅茶を持ってきた美女、リスティがエイスに声をかけた。
「は、はい」
エイスの声が震える。
「立って」
「はい」
エイスが立ち上がる。
「あなた、懐かしいお顔ね」
リスティがエイスの顔を覗き込んだ。
笑顔の似合う美少年であるエイスが、笑顔のまま、すこし冷や汗をかく。
「あなた、お兄様の家臣だったミリンにすごくよく似てるわ。発明好きで、魔法みたいな力を持ってて。ああ、でも髪の毛の色は違うわね。ミリンは赤い髪の毛だったし。瞳の色も違うわ」
リステイがエイスの頬を両手で挟み込む。
エイスはヘビに睨まれたカエルのように薄く青ざめ、硬直した。
「ミリンはお兄様に尽くしてくれた。良い家臣だったわ。ずっと昔に死んでしまったのだけれど……思い出は大事にしている。あなた、懐かしい人に似ているあなたを見て懐かしい気持ちになったわ」
エイスの頬に触れているリスティの手がほのかに光る。
「おいリスティ」
「軽い祝福だけよ」
リスティの手がエイスから離れた。
エイスが力が抜けたようにソファに座り込む。
リスティは事務所の奥に引っ込んだ。
「い、今のお方は、誰なんですか?」
エイスが嵐に尋ねる。
「リスティ。うちの嫁さん――家内だ。妻が失礼した」
「いえー、それはいいんですけど」
エイスは自分の頬を触り、手のひらを見た。ほのかに光った、気がした。
「僕の依頼の件は」
「ああ――やるさ」
嵐は立ち上がった。
「君は休んでいていい」
「いえ、僕も行きますー」
「そうか」
嵐はエイスの手を取って立ち上がらせる。
エイスはリスティの圧で腰が抜けて膝が震えていた。
「では行くか」
「ど、どこへ?」
やや膝をガクガクさせながら、エイス。
「この惑星破壊爆弾とやらのある場所だ」
嵐が紙に出力された爆弾の画像を指し示す。
「というわけで少し出てくる。帽子」
「はい、あなた」
いつのまにか後ろにいたリスティが黒い帽子を嵐に手渡した。
「行ってくる」
嵐が帽子をかぶる。
「行ってらっしゃい、あなた」
嵐とエイスの二人は雑居ビルを出て、歩道に出た。
嵐は黒い帽子を頭に乗せ、片手で帽子を押さえている。
エイスも持っていた野球帽をかぶる。
「場所がわかるんですか?」
エイスが嵐に聞く。
「わかる。――あちらだ。あとは建物を飛び越えながらダッシュで走っていけばすぐわかるだろう」
嵐が方角を指差す。
「えーっと……すいませんー、飛び越えるんですか?」
「――ああ」
「ビルをー?」
「――ビルを。」
「どうやって!? ジェットパックとか背負うとか」
「――ジャンプで」
「ジャンプで…………だけで?」
「――そうだ。あとダッシュもする」
「飛んだり跳ねたり走ったりのジャンプとダッシュで?」
「――飛んだり跳ねたり走ったりするジャンプとダッシュだ」
エイスは天を仰ぐ。
「――問題ない」
「僕は問題大有りですー無理ですー。ビルを飛び越えられませんー」
「――そうか」
「あと僕、車で来ているので」
「――む、そうか」
「とりあえず車で移動しましょうー」
エイスがパチンと指を鳴らす。
エイスの横にするりと音もなくリムジンが滑り込んできて停車した。
停車したリムジンのドアが自動で開く。
「ささ、どうぞどうぞー」
「――ああ」
車の中は広かった。ソファ、テーブル、その他飲み物とグラスを収納した棚がある。
嵐がソファに座る。
エイスも続いて車内に入り、野球帽子を脱いでテーブルの上にあったタブレットを手に取る。
エイスはタブレットを操作して、地図を表示させた。
「このドーム新宿の地図です。どこのあたりですか」
タブレットにはD新宿MAPと表示されている。
「――このあたりだ」
嵐が地図を指し示す。
「わかりました」
エイスが運転手に指示してリムジンが発車した。
リムジンには嵐とエイスの他に、サングラスを着用した運転手の女性と、助手席に座った護衛らしき女性がいる。
リムジンの後ろからは、護衛らしき車が数台ついてきた。
「それで、報酬の件がまだですけど」
「――ふむ」
嵐が足を組む。
「――私には三つのルールがある」
「は、はい?」
「――ひとつ、依頼で動く。ふたつ、依頼の対価は必ず貰う。みっつ、降りかかる火の粉は払う。この三つだ」
「はい」
「爆弾が爆発すれば惑星が破壊されるのだろう――」
「そうですねー、その可能性が非常に高いです」
「ならば――降りかかる火の粉は払うのみだ」
「あ、そういう」
「このメールの送り主は、君だけではなく私を含めた全ての存在を脅かしている。それに対処する必要があると判断した。――君は依頼主ではなくなるが、関係者ではあるな。ご同行願おう」
「料金はお支払いします。ショウコさんの紹介もありますし」
「――ふむ」
しばし、車内が沈黙する。
D新宿の景色が窓の外を流れる。
「えっと、どうして爆弾の場所がわかったんですか」
「――わかるからだ」
「……えーと? えっとあの、画像の背景から推理したとか、いろいろとー……ないんですか」
「――爆弾の画像の背景は暗いし、なにかの建物の地下室だろうな。そういう『推理という工程』ではない」
嵐は窓の外を見ながら答える。
「――『見る』のは素人だ。『観察』し『推理』するのは普通の探偵だ」
「はいー」
「私は推理を行わない。私が爆弾の存在を知ったら、その存在感が、気配が、自然と『わかる』。私はわかる者であり、あらゆる謎を解かない。――そういう普通ではない探偵だ。最狂と人は呼ぶ」
「なるほど? 感覚派なんですね。野生のカンってやつですね」
「野生の――カンか。まあ、君が納得できるならそれでいい」
「いや全然納得はしてませんけどー」
「――私は私のやり方を変えるつもりはない」
リムジンはとあるビルの前に到着した。
嵐とエイスの二人は車を降りた。
エイスは運転手と護衛たちをその場に残す。
嵐は黒い帽子を頭に乗せ、片手で帽子を押さえている。このポーズは癖になっているらしい。
エイスは車内から持ち出した四角い盾のような黒いカバンを肩に掛けている。
「――さて、目的地に着いたわけだが」
「監視カメラが動いてますねー。とりあえず電気を止めてセキュリティを無効化します」
「どうやって電気を止める――電線でも切るのか」
エイスはポケットからスマホを取り出す。
「ここに来るまでの車内で、このビルの住所を電力会社に照会して、いつでも電気の供給を止められるようにしておきましたー」
「手回しがいいな――やれ」
「はいー」
エイスがスマホの画面を操作すると、ビルの電気が消えて監視カメラも動かなくなった。
「ただし、自動ドアも止まってしまったのでー。工具を使って……」
「ふん――」
嵐が電気の止まった自動ドアを指先でこじ開けた。
「うわー。このドアかなーり重ぉいはずなんですが」
「――私は最強だからな」
「え゛? なんですかいきなり」
嵐のいきなりの発言に、エイスが聞き返す。
「私はかつて最強を名乗る者に打ち勝った。ゆえに最強を引き継いだ責任として、そう振る舞う。――ようにしている」
「はー、そうですかー……」
「――行くぞ。地下だ」
「はいー。あ、これ懐中電灯です。二つ持ってきましたので、ひとつどうぞー」
エイスが背負ったカバンから懐中電灯を取り出す。
「――使わせてもらおう」
二人は進んだ。
ドコン!
ドカン!
バゴーン!!
嵐は片手で黒い帽子を押さえ、片手で懐中電灯を持ち、ドアを次々蹴り破りながら地下へ降りていく。
「――これが惑星破壊破壊爆弾か」
ビルの地下室にたどり着いた二人は、直径十メートルほどの巨大な爆弾を発見した。
「うーん、やっぱりどこかで見たことがありますー」
エイスは懐中電灯で巨大な爆弾を照らす。
「作ったのは――君だからな」
さらりと嵐がエイスに言った。
「えっ……??」
エイスがびっくりする。
「君は関係者だと――言っただろう」
「あっ、うーん、でも……たしかに……」
エイスはしばらく考えはじめた。
「おまえたち! 何者だ! どこから入ったワニ!!」
「――やっとお出ましか」
嵐が懐中電灯で声のした方向を照らすと、爬虫類の鰐が立ち上がって鎧を着たような異形の人物がいた。
「――ワニ男、か?」
「ワニではない! 我こそは秘密結社ナゾーの戦闘怪人デスアリゲーター!! だワニ」
背中に機関銃を背負ったワニ顔の男が名乗った。
「――秘密結社ナゾー?」
「かなり前に解散した、中堅規模の悪の組織ですねー。所属してた怪人がまだD新宿に残っていたんですね」
エイスの発言にデスアリゲーターが怒鳴る。
「秘密結社ナゾーは終わっていないワニ! このビルにあった兵器を使って、ドーム新宿を再び影から支配するのだワニ!!」
「――メールを送ったのはお前ではないな。もう一人いるだろう」
嵐が懐中電灯を背後に向けると、黒フードで顔を隠し、大きな肩アーマーに黒いマントを装備した人物がいた。
「フフフ……よくぞ見破った。私は秘密結社ナゾーの大幹部、デスシャドウ!!」
ばさっとマントを翻す。デスシャドウはボイスチェンジャーを使っているのか、機械音声のような声だ。
嵐はデスシャドウの足元を見た。
マントの下ギリギリから、内股の足と女物の靴が見えた。
嵐が――ため息を付いた。
「今どき、なんだ、その――ばかでかい肩アーマーは」
嵐が呆れた口調になる。
「高宮さん、突っ込むのはそこですかー?」
「フフフ……この肩アーマーは偉大なる大幹部の証よ」
再びばさっとマントを翻す。
一瞬だが女性の足が見えた。
「メールを送りつけたのはお前だな。この惑星破壊爆弾は――あるだけで全世界への脅しになる」
「フフフ……私は画像を送っただけだ。相手が勝手にビビってお金や欲しいものリストの商品を差し出してくる。我々は本当はお金や物資なんていらないんだけどしょうがないから貰ってやっている……なんの問題もあるまい」
「暗殺部隊を送り込まれてもしようがないほどの立派な脅迫だ馬鹿ものめ。――だいたい貴様らは拾っただけで自分たちで作ったわけでもなんでもないだろう」
「フフフ……たしかにあったものを見つけただけだが……こんなものを作って放置したやつが悪いのだ。あまりうるさいようならここで死んでもらう」
「ワニィ!!」
デスアリゲーターは両手で機関銃を構える。
「あーっ、思い出しました!!」
エイスが惑星破壊爆弾を指差す。
「これ、作ったの僕です!」
衝撃の事実。
「フフフ……なんだって」
「な、何を馬鹿なワニ!」
「五歳から六歳くらいのころにとにかく毎日色々作ってたんですが、作るだけ作って、作ったあとは使わずにそのままにしてました。片付け忘れてたんですねー」
てへっとエイスが輝く笑顔で誤魔化そうとする。
「…………ワニィ?」
「フフフ……理解できない。なんなのこいつ」
「いやー、十年近く前のほんの小さな子どもの頃なので、本当にすっかり忘れてました。この惑星破壊爆弾は危ないので解体しますね」
エイスが床に落ちてたスパナを拾う。
「ワニっそうはさせんワニ! その爆弾は資金稼ぎに必要ワニ! 秘密結社ナゾー万歳!」
デスアリゲーターは機関銃をエイスに向けて射撃した。
ドドドドと銃弾が立て続けに発射される。
「おっとっと」
エイスは姿勢を低くして転がり、地下室に雑多に置かれていた廃品に隠れて銃弾を防御・回避する。
「やれやれ」
嵐はデスシャドウの前に出る。
「フフフ……やるのか。そこは既に私の間合い」
秘密結社ナゾーの大幹部デスシャドウが横を向いて肩アーマーの先端を嵐に向ける。
肩アーマーの内側に大砲の砲口が見えた。
なんと肩アーマーの中に隠し武器を仕込んでいたのである。
「――その肩アーマーの中の大砲、角度的に横にしか撃てないと思うが馬鹿なのか」
「フフフ……負け惜しみだな。ショルダーバズーカランチャー発射」
「技の名前がちょっと長い!」
デスシャドウは大砲の引き金を引いた。
ドオン!
肩アーマーの大砲を火を吹く。
弾丸が発射された。
「――おっと」
嵐は普通に膝を曲げ、腰を落とし頭を下げて回避した。
嵐の上半身があった場所を大砲の弾が通過する。
チュドーン!
弾は壁に当たって爆発した。
空中に取り残されていた黒い帽子がしばらく浮いていたが、嵐がにゅっと腕を伸ばして回収し頭に乗せ直す。
「ふむ、このあたりは重力が少しおかしいな」
嵐は片手に懐中電灯を持ち、片手で帽子を押さえたまま軽く跳躍した。
凄まじい速度で左右にステップを踏みつつ時にバク転して砲撃を避けながらデスシャドウに近寄る。
「フフフ……当たらない。早すぎる」
「そんな見え見えの砲撃に当たるほどヤワじゃない」
「超加速装備のスピード特化戦闘怪人かな……フフフ。まずい、ロックオンが追いつかない」
嵐は飛び上がって空中で回転し勢いをつけた踵落としでデスシャドウの頭に真上から打撃を与えた。
「ぐべっ」
デスシャドウは地下室の床に叩きつけられて気絶する。
フードが外れ、女性の顔と紫色の長い髪の毛がはみ出る。
「やはりか――靴でバレバレだったがな」
「デスシャドウ様ー!! ワニ」
ガキンッ!
デスアリゲーターが嵐に銃口を向けるが、乱射しすぎて弾切れした。
「弾切れしたワニ!」
「――エイス、生きてるか?」
「無事ですよー」
銃撃され放題だったエイスは遮蔽物をうまく利用して無傷だった。
「秘密結社ナゾーの力よここに! ワニ」
デスアリゲーターは秘密結社ナゾーが崇拝するボスに祈った。
そしてデスアリゲーターはポケットから弾倉を取り出そうとする。
「――やれやれ。前フリしたなら巨大化くらいしろ」
嵐は黒い帽子をかぶり直し、懐中電灯を持ったままやれやれといった身振りをする。
「――これで終わりだ」
嵐は再び跳躍して高く跳び上がり空中で回転、地下室の壁を蹴って三角飛びをしてデスアリゲーターに飛びかかる。
勢いのまま両足でデスアリゲーターの首を挟んで、プロレス技のフランケンシュタイナーの要領で頭を床に叩きつけた。
「ワニィ!」
デスアリゲーターは脳を揺さぶられてあっさり気絶した。
「思ったより変なやつらだったな……エイス、電気を戻してくれ」
「はい」
エイスがスマホを操作すると、地下室に明かりがついた。
嵐が気絶したデスアリゲーターとデスシャドウの両手を後ろにまわして手錠をかける。手際が良い。
「あー、これはやばいですね」
「――惑星破壊爆弾のスイッチでもはいったか」
「はい、銃弾がいい所にあたってしまったようです」
惑星破壊爆弾の正面に備え付けられたモニターに60という数字が浮かび、一秒ごとにカウントが進んでいる。
「――爆発を止められるか?」
「難しいですね。操作はもう受け付けなくなっています。中のブラックホール発生装置を破壊すれば止まりますが、外側はかなーり強固に作ったのであと五十秒で破壊することは不可能です」
「ブラックホール発生装置――そうか、この地下室の重力異常はそれが原因か」
「重力異常がわかるんですか?!」
「帽子が何秒も浮いてれば誰だっておかしいと思うぞ――ふむ」
嵐が突然、何度か虚空を掴む仕草をする。
そして羽虫を叩くように手のひらを叩いて拍手をした。
「どうしました?」
「掴んだ。――この重力異常の範囲ならできそうな気がしたのでな」
「え、な、なにをですか!?」
嵐が右手を惑星破壊爆弾に向けた。
「――重力波」
ゴウッ!!!
手のひらから黒い光を放った。いきなり、前触れもなく。
黒い光は惑星破壊爆弾の装甲の上を滑り、地下の壁と天井を切り裂き、そのまま上のビルをさっくり切り裂く。
「えー!?」
「片手ではだめか。――ならば両手だ」
嵐は左手も向けて、手のひらから黒い光を放つ。しかし装甲の上を滑り、地下室の天井とその上のビルを切り裂いたのみだ。
「ただの装甲ではなく表面に重力フィールドによるバリアが発生しています!」
「――収束」
奔流のようだった黒い光があつまり、右手に直刀の長剣、左手に湾曲した日本刀のようなサイズの黒いブレードを形成した。
「――重力剣」
嵐が踏み込み、とてつもない速度で二刀流の連続攻撃を放つ。流麗な剣技。息もつかせぬ連続技。切り、突き、削ぎ、抉る連撃。
「重力フィールドが破れるっ!?」
装甲がだんだん傷つき、ひび割れていく。
「ああ、でも、あと十秒です! この速度では中のブラックホール発生装置の破壊まで間に合わないー」
「――融合」
嵐が右手と左手の重力剣を重ねる。
空間が歪み、黒い稲光が走る。一本の巨大な黒い剣が出現した。
十メートルはある光を吸い込む真っ黒な刀身。
高密度の重力で形成された、それは――
「超重力剣」
嵐が両手を振りかぶる。
「一刀両断――唐竹割り!」
黒い閃光が上から下に走る。
シーン……
音が消えた。色が消えた。
惑星破壊爆弾のカウントが止まる。
嵐の手から黒い剣が消えていた。
惑星破壊爆弾が真っ二つになる。装甲表面に縦線が入り、無音でゆっくりとずれていき、パカリと別れて、片方がゴトリと落ちた。
内部のブラックホール発生装置は左右に分割されて動作を停止した。
「――事件解決だ」
世界に音と光が戻る。
「あ、あなたは一体なんなんですかー?」
「私か。私は探偵。最狂の探偵 ――高宮嵐だ」
ガラガラガラガラ!!!!
直後、重力波で撫で斬りにされたビルが倒壊した。
嵐、エイス、ついでにデスシャドウとデスアリゲーターは何とか無事に脱出した。
デスアリゲーターは走って逃げる途中落ちてきた瓦礫に潰されて生き埋めになったりしたが、鱗の装甲が頑丈な怪人だったのと鼻先は埋まらずに呼吸ができたため、嵐が掘り出すまでしっかり生存していた。
後日談。
それから七日後。
「こんにちはー!」
元気よくエイスが高宮探偵事務所に入ってくる。
「――エイス少年か。どうした」
「今日からここで働かせてください!」
事務机に向かって作業をしていた嵐は、手荷物を持って入ってきたエイスを見る。
エイスはいつものにこやかな笑顔だ。
「――理由を聞こう」
「僕は力なき人々を守ることに生きがいを見出しています。そのために色々な会社を作って職を与えたり、学校を作ったり、ひいては都市を作ったり、アースライト警備保障という民間軍事企業を作って悪の組織と戦ってきたりしました」
「立派だな。――それで?」
「人々を守るという僕の目的は正解のない試行錯誤の中にあり、経営的な手法から安全に住むことができる社会を作っていってもこれが本当に正しいのかいまいち自信が持てませんでした」
「――そこまでやれてたら十分だと思うが」
「高宮さん。僕はあなたをこの世界すら破壊してしまう能力がある一個人だと認識しました」
「――それは君のことだろう」
「てへっ、あれから昔に作った危ない発明品は全部壊すか、厳重に封印するかして処理をしてきました」
「まだ――あんな危ないものが他にあったんかい!」
嵐がつっこむ。
「――君は君自身がとてつもない危険人物である自覚はあるのか」
「そ、それはともかく!」
エイスが赤面した。美少年が赤くなる。とてもかわいい。
「僕は、この探偵事務所の助手になりたいんです! あなたがいつか世界を滅ぼそうとしても、一番近くで止められる立場に! 高宮探偵事務所の探偵助手に就職希望です!」
「私もいろいろ悲惨で苦しい戦いを何度も何度も何度も経験してきた身だ。――そう簡単に世界を滅ぼすようなことはしない」
「あ、やっぱりできるんですねー」
「――ノーコメント」
「だいたい『わかる能力』って説明が投げやりすぎるんですよ。高宮さん十中八九、僕の記憶を読んでますよね。それって超能力のテレパシーですよね。それともサイコメトリーですか。建物や物体の記憶も読んだとか。他にも予知や透視、千里眼、地獄耳、危険感知とかの超感覚も発動しているフシがありますよね。あとは念動や超加速もできますよね」
「そんなこと――あるわけないだろう」
嵐はそっぽむく。
「依頼で動くってルールは何でもわかる能力に対する付き合い方ですよね。そういう線引がないと、無制限に他人に関わって時として不幸にしてしまうから?」
「――考えすぎだ」
「まぁ、高宮さんが超がつく能力者だったり、もしくは感覚が鋭いだけの人でも、はたまたアカシックレコードに接続して何でも知ってるだけの人でも、じつはただの推理でも何でもいいんです。僕があなたと共にいたいんです」
「――考え直せ」
「僕は書類仕事とか得意ですよー。会計も税理も確定申告もできます。」
「――学校はいいのか」
「飛び級で卒業してます」
「――君はお袋の雇い主だろう」
「ショウコさんは今のまま家でメイドを続けてもらいます。僕の家にはまだまだ世話が必要な家族もいますし、僕もここに住むわけではなく仕事が終わったら毎日家に帰るつもりなので」
「――リスティ」
音もなく、ピンク色の髪の少し小柄な美女、嵐の妻のリスティが紅茶をお盆に乗せて現れる。
「こんにちはー。これ、お土産ですー」
エイスは手荷物を差し出す。
「あら。ありがとう」
リスティはテーブルに紅茶を置いたあと、手荷物を受け取り中を見る。
「あなた、カステラを頂いたわ」
「――そうじゃない」
「そういえば自己紹介してなかったわね。嵐の妻の高宮リスティよ。よろしく」
「エイス=光崎=アースライトです。よろしくお願いしますー」
二人はにこやかに挨拶をした。
「いいんじゃないかしら。あなた、書類仕事は苦手でしょう」
リスティは微笑んで、カステラを切るために奥に引っ込んだ。
「お前だって書類仕事はしないだろう」
「この探偵事務所の従業員はあなた一人よ。私はお茶くみすら居ないことが寂しいから掃除とか勝手にやってたの。バイト代も出てないしね。エイスが助手になるなら、私も安心できるんだけどなー」
「――ック」
嵐はうめいた。
「私と君は――いや。よそう。そうだな。多少の縁がある。いや、縁ができた。書類仕事、掃除、お茶くみ。やれるものなら――やれるだろうなぁ」
嵐の『やれるだろうな』は質問ではなく、彼ならその程度の仕事は確実にこなせるという確信を持って諦め気味に言った発言だった。
「はいー! 何でもできますよ」
「――ああ、わかってるさ。何でもな」
「それで、採用ですか?」
「――採用だ。委細よろしく。エイス少年」
「わーい。よろしくお願いしますね!」
いつも笑顔のエイスだが、とびきりの笑顔で笑った。
嵐は室内にも関わらず、事務机の上にあった帽子をとって被った。
「やはりこうなるか――まあいい。とりあえず時給について交渉するところからだな」
「資料を用意してきました。お互い納得できる価格に設定しましょう」
エイスはタブレットを取り出す。
こうして、高宮探偵事務所の従業員は所長と探偵助手のニ名になった。
つづく。