第3章 北の地の出会い-3
少女を助けたカイは、すぐ彼女を手当てをしようとして、
驚いた。耳の形が、わずかに、だが明確に人と異なる。
少女はエルフだった。
エルフ。人間とほぼ同じ姿を持つ、極めて稀少な存在。小柄で細身、かつ容姿に優れていることが多いらしい。
大きな外見的特徴として、耳が人間のそれより長く、先端が尖ったように細くなっていること。また、なぜか女性しか確認されていないらしい。
さらに見た目ではわからない大きな特徴が、二つある。
一つが高いマナプールを持っている点。カイのように人間にも稀にいるが、エルフの場合ほぼ全員がそうらしい。
そしてもう一つが、人間の二倍から四倍以上の寿命を持つことだ。成長は人間よりやや遅く、肉体の全盛期が長いという。寿命の幅は個人差とされる。
カイはエルフを見たのは初めてだったが、リーグ王国で記録は見たことがある。とりあえず手当は人と同じで問題ないだろうと思って、魔法で怪我を治癒し、あとは時折口に水を含ませて水分補給をさせた。あとは少女の回復を祈るしかない。
鉄の足枷はすぐ外したのだが、その下の皮膚が赤く膿んでいたのが痛々しかった。ただ、外した後から急に治癒魔法の効きが良くなったのが不思議だ。
少女の隣に倒れていた女性も、やはりエルフだった。こちらは完全に息絶えていたため助けることはできず、身体を綺麗にして服を着せ、とりあえず極低温状態で別の家に置いている。
見た目からも、ほぼ間違いなく少女の母親か姉だと思えたので、勝手に埋葬するのはさすがに気が引けたのだ。
この少女が、探していた人物であるかどうかの確証はない。
ただ、あのように特殊な隔離をしていたのなら、その隔離対象がエルフだった可能性はあると思う。
そして二日後。ようやく少女が気付いてくれたのである。
とりあえず水を与えた後、消化の良いスープを食べさせてあげると、またすぐに眠ってしまった。ただ今度は一時間ほどで目を覚ました。顔色も幾分良くなったように思える。
「あの、私の隣に倒れてた人は」
「ああ……その、君のお母さん、かな。その、彼女は……」
「わかって、ます。もう……」
「実はまだ埋葬はしていない。最後にお別れをするかい?」
カイがそういうと、レフィーリアは驚いたように顔を上げ、それから小さく頷いた。それを受けて、カイは少女を抱きかかえると――驚くほど軽かった――隣の家屋に行く。
「寒い……」
「すまないな。こうしないとすぐ腐りかねないからね……立てるかい?」
レフィーリアが頷いたので、カイがゆっくりと下ろすと、彼女は意外なほどしっかりとした足取りで立つ。
彼女の母親の遺体は、ベッドの上に横たえてあった。カイは低温状態を維持している魔法を解除し、レフィーリアの肩を少しだけ押す。それを受けて、レフィーリアがゆっくりと母親に近づき、その横に座り込んだ。
「お母さん……今まで、ありがとう」
「君たち母娘は……ずっと、この村に?」
レフィーリアは小さく頷いた。
「お母さん、ずっと……私を守って、一人で頑張ってたの。でも、あいつらは私が子供ができる年齢になったからって……だから、お母さんが逃げなさいって……」
「外道どもが……」
あんな一瞬で殺してやるのではなかったと後悔しそうになる。
「お母さん、ちゃんと眠らせてあげたい」
「ああ、そうだな。君の望む通りにしたらいい。俺も手伝う」
「……いいの?」
「もちろんだ」
カイは迷うことなく請け負うと、一度外に出る。
一時間後、レフィーリアの母――セレイアという名だったらしい――の遺体は、五十センチほどの深さに掘られた穴の中に横たえられていた。
「じゃあ、いいか?」
「……はい」
この方法は、カイの知る正式な葬儀方法だ。
レフィーリアがカイの知る方法で弔ってほしいと希望したのである。このように弔う人を穴の中に寝かせてから燃料をくべ続けて焼いて、やがて骨だけになったら、全てを土に埋める。普通は身分の高い者が死んだ時に行うが形式ではあるが。
カイが静かに意識を集めると、やがて墓穴の上に小さな火種が生まれる。
そしてそれがゆっくりと降りて――穴の底、眠るセレイアの遺体に達すると、穴全体が燃え盛った。
その勢いは、文字通り天を焼くほどの炎。その炎が、人々のこの世界でのあらゆるしがらみを焼き尽くし、天の、女神イークスが治める世界へ導いてくれると信じられている。
「お母さん……ありがとう、私を守ってくれて」
一時間足らずで炎は消え、あとには骨だけが残された。熱が冷めてから、二人は土を被せていく。日が暮れる頃にはすっかり埋まっていて、その上に小さな墓標が立てられた。
「ありがとう、カイさん。助けてくれただけじゃなくて、お母さんのことも」
「同じ人間として、許せなかっただけだ。それより、君はこの先どうする?」
「街で、なんとか……なる、でしょうか。あるいは、ここでしばらく暮らす、か」
カイはしばらく黙ってしまった。
エルフは極めて稀少な存在だ。カイですら初めて見る。
だが、その容姿と寿命ゆえに、奴隷として扱われやすい存在だ。もちろん、現在奴隷の扱いは禁止されているが、エルフは人間ではないからと、その例外にされている。
リーグ王国でも魔王ルドリアに滅ぼされる前に、エルフの奴隷を所有している貴族がいたらしい。
ただ、ルドリアがリーグ王国を制圧してしばらく後、ルドリアに接収されたという。
ルドリア打倒後に貴族たちは自分達の財産としてそれらの返還を求めたが、カイはそういうのを最も嫌う。貴族たちと揉めた理由の一つだ。どちらにせよエルフたちの行方は分からなかったのだが――。
「君は……いくつなんだ?」
「えっと……二十歳です。一応、子供ができるようになったばかり……です」
自分と同じ年齢だとは思わなかった。成長がやや遅いというのは本当らしい。栄養状態の問題もあるかも知れないが、どう見てもせいぜい十歳から十二歳くらいだ。しかしこのような少女が一人で生きていくとなれば、どういうことになるかは想像に難くない。
この村よりは気持ちマシ、という程度の事態になるだろう。まして、すでに子供ができるほどには成長しているのだ。
カイはそういうのは断じて許しがたいと思っているので、そんなことをするつもりは全くないし、このまま彼女を街に送り出すという選択肢も、あり得なかった。
「行く当てがないなら、しばらく一緒にいてもいいか? 俺も特に明確に目的がある道行ではないんだ」
これは嘘ではある。だが別に、急ぐ旅ではない。このレフィーリアという少女が暮らしていける目途が立つまでは、一緒にいたっていいだろう。少なくとも今、ここで放り出すというのはあり得ない。それに、ルドリアが保護していたのが彼女らエルフの可能性が低くないとすれば、回復したら話を聞けるかもしれないという期待もある。
「……いいんですか?」
「ああ。別の場所に行ってもいい。この村だと、嫌な思い出もあるんじゃないか?」
「でも、お母さん、ここにいます、し」
「分かった。じゃあ、生活環境を何とかしないとな」
「生活……環境?」
「過ごしやすくするってことだ。レフィーリアにも手伝ってもらうぞ」
「……うん。私、カイ、手伝う」
そういうと、レフィーリアは少しだけ笑った。
その笑顔があまりに可愛くて、思わずカイは、絶対間違いを起こさないようにと、改めて心に誓うのだった。