序章 魔王討伐-2
「確かに、魔王ルドリアは女性だという噂は聞いたことがあったが……」
ラングディールが戸惑いながら、魔王の身体を自らから離す。すると、魔王の肉体は力なく崩れ落ち、胸に突き刺さっていた聖剣が自然に抜け、地面にあおむけに倒れる。
とめどなく流れ出す血が、床に広がっていった。少なくとも人間では確実に死んでいると思われたし――魔王であっても、それは同じだったらしい。閉ざされた瞳は、もう開くことはなかった。
「これが魔王ルドリアの……素顔ってことか」
「こんな素顔だったなんて……ちょっと信じられない」
シャーラの言葉に、カイも小さく頷いた。そのか細い姿は、戦いの中に身を置く様な人物には到底見えない。瞳は閉じられ、口元の血がむしろ痛々しい。
「だが……この女性が魔王だったんだよな」
ラングディールの言葉に、カイは頷く。
「そうだ。終わったな。ランディ」
「ああ。なんかその、実感わかないけど」
「おめでとう、ランディ。いえ、勇者様」
「やめてくれ、シャーラ。でも……そうだな、終わったんだな」
「ああ。やったな、勇者様」
「これでやっと、大陸に平和が戻る。これからも大変だろうが……カイ、シャーラ」
「分かってるよ、王子様。この後も手伝うさ。俺に何が出来るかは分からないけどな」
「またカイの謙遜が始まった。頼りにしてるわ、カイ。もちろん私も手伝うわ」
死闘を終えて解けた緊張感に三人は顔を綻ばせる。そうなると、カイは少し悪戯心が芽生え――。
「ま、お前らはまず後継者のことを考えるべきだろうな」
「え?」
「祖父が元国王なんだから、王族の義務だろ。な、ランディ。頑張れよ」
その言葉に、ラングディールとシャーラの顔が真っ赤になる。
「お、おまえ、戦いが終わっていきなりそれかよ!?」
「な、何言ってるの、カイ!」
カイはしどろもどろになる二人をからかって、なおも笑う。それから、カイは倒れたルドリアを見た。
もう、あの禍々しい魔力の気配は、全く感じない。むしろ――。
(こうやって見ると、本当にただの人間に見えるな――)
無論、人間であるはずはない。人間であんな膨大な――ラングディールすら上回る魔力はあり得ない。それに魔王ルドリアが誕生したのは三十年前。二十歳前後に見える魔王では、人間だとしたら年齢が合わない。
ただ――。
(むしろ、満足気に死んだような安らかな表情をしているのは……なんだ?)
胸に、魔王にとって天敵であるはずの聖剣を突き立てられて死んだのだ。その表情は苦悶に満ちたものであっても何ら不思議はない。
だが、その表情は、どこか嬉しそうだとすら見える気すらする。
それに、最期の瞬間。聖剣が鎧を貫くまで、ほんの一瞬だが間があったように思う。その間に魔王ならラングディールへ魔法を放ち、あの危地を脱することもできたように思えた。だが魔王はそれをせず――そのまま討たれている。
無論、そんな余裕がなかった可能性もあるが――。
(そもそも――魔王とはどういう存在だったんだ?)
魔王とは世界に仇なす存在。そして勇者が女神に導かれ、聖剣を授けられて魔王を倒す。この三年の旅で、カイ達はそれを疑わずにここまでやってきて、本懐を遂げた。
だがそれを達成した今になって感じるこの違和感は、カイの中に小さなしこりとして残り続けることになる。
リーグ王国歴八四四年、春。
リーグ王国王家の生き残りであるラングディール・アウリッツが、勇者として魔王ルドリアを打倒した。世界は再び平和な時代を迎えると、この時は誰もがそう信じていた。