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ゲームは世界共通のツールなのでは




「うっ、ぐすっ、ううぅ……」


 美女が泣いている。

 ガチ泣きだった。笑顔も怒り顔も、ついでに泣き顔も似合いそうな程に整った顔立ちなのに、それら全てを覆すガチ泣き。

 恥も外聞も捨てまるで赤子のように。走ったら転んでしまい、少しの時間をおいてからギャン泣きする幼児のように。なんでそんな例が出てくるかって? 生まれたばかりの妹の世話を親に押し付けられた経験があるからだよ。


 幼い頃は感情の表現方法が泣くか笑うしかないからなぁ……泣くときは物凄い泣くし、遊ぶときは何処からそのパワーが出てくるんだってツッコみたくなるほどに動く。

 こちらが一番落ち着くのは寝ているときだよな。唐突な起床と共に放たれる泣き声は怒髪級だが。


 その点、この吸血鬼は赤子に似ていると思った。

 一切周囲のことを知らない状況に放り投げられ、日光によって殺され、また召喚されて――俺がカーテンを閉めて陽光を遮るまでリスキル地獄に陥っていた吸血鬼が安堵によって泣いてしまうのは仕方がないことなのだろう。

 事情を把握した今、成熟した女性の姿で目を赤く腫らしながら泣き喚く彼女を幼いなどと蔑むことは勿論、ましてや五月蝿いなどと怒号を飛ばすことなど出来ない。


 俺はクッションやハンカチにティッシュを渡すなどして、吸血鬼が泣き止むまで付き添うことにした。




「落ち着いた?」


「……うん」


「鼻をかむのに使ったティッシュはこのゴミ箱に。ハンカチは後で洗濯しておくからね」


「た……助かるぞ」


 あーこの感じ、マジで妹のお世話を思い出す。今は凄まじい成長ぶりを見せ、兄の俺など優に超えている成績を叩き出したやつだが、それでも目の前の吸血鬼みたいに介護しなきゃならない時期があったんだよなぁ……と妙な懐古に浸りつつ、泣き止んだ吸血鬼の……一々吸血鬼って呼ぶのも失礼だな。


「名前を聞いても?」


「……ミリエスタ」


 ミリエスタ嬢は変わらずか細い声で名前を明かした。リスキル中に垣間見せたあの威圧感は何処へやら、しおらしい態度でぷるぷる震える姿は謎に庇護欲を掻き立てられる。

 ギャップ萌え、というのだろうか。ゲーム仲間の一人は、見た目は清楚だが中身がアグレッシブというギャップを持つ女性が性癖にガン刺さりと言っていた。

 今回はその逆だろう。キツめな雰囲気を纏う美貌に、幼さを感じさせる言動。これはこれで一定の層に需要がありそうだが、生憎と俺はそこまでの域に達していない……とは言い切れないのが妙に悔しい。実際にこうして世話してるわけだからな。


 話がズレてしまった。とにかく吸血鬼のミリエスタから名前を聞き出した俺は、自分が知る限りの状況を整理して伝えた。


「えっと、俺は小倉悠真。今回ミリエスタさんを手違いでこの世界に召喚してしまって、いや手違いというより、故意、かも……とにかく俺はミリエスタさんを召喚しました」


「……あの攻撃、怖かった」


「攻撃……あぁ、日光のこと?」


 ミリエスタは窓の手前に引かれたカーテンに恐る恐る視線を向けた。


「ニッコウとは……あれは攻撃ではないのか?」


「……」


 この反応……もしかして、ミリエスタの世界には太陽が存在しなかったのか? 明らか日光に当たるのが初めてといった様子だし、それを攻撃と表現したところに確信がある。


「日光は太陽というものが発する光で、人為的なものじゃなくて自然現象だ」


「自然現象……我の世界には、あんなもの存在しなかった。焼けるように痛く、体が崩れていって……」


 まぁ、実際に燃えてたしね。うん。

 というかやはり太陽がミリエスタの世界には存在しなかったのだ。


 ミリエスタはあのリスキル状態を思い出したのか、再び体を震えさせた。そんな状態の彼女に次の質問を投げつけるのは若干憚られるが、彼女自身のためにも知るべきことは多い。


「ミリエスタさんは……吸血鬼、なんだよな? 血を吸ったり空を飛んだりするという、あの」


「小僧が言うきゅうけつきとやらは知らんが、述べた能力を我は有している。強く、気高く、生物の頂点に立つべき者……だったのだが。ニッコウに当たって死なぬとは、貴様はどれ程の強さを持っているのか……誇りを粉々に砕かれた気分だ」


 何やら大きな勘違いをしているようだが、できればそのままでいてほしい。原典通りの吸血鬼が彼女ならば、俺みたいな自宅警備員は噛まれて血を吸われて即GAME OVERだ。


「「……」」


 どのように返せば良いのか思いつかず、暫くの静寂が流れる。

 それを破ったのは、他ならぬミリエスタだった。


「小僧」


「はい悠真です」


「貴様は我を召喚したと述べたな。ではその用件は? 何も無策で無為に我を召喚したわけではないだろう」


 急募:この場面での最適解。

 ミリエスタは俺が何かの目的を持って彼女を召喚したと考えているようだが――



『特に用はないです』


『そうか、殺す』



――というパターンあってもおかしくない。


 てか俺ならそうする。無意味に別世界に呼び出されて、延々と苦しみながらリスキルされて、その末が空虚であれば必ずブチギレる。なよなよした状態であっても絶対殺す。


 本気でどうしよ、この状況。無理にでも用件を捻り出す? いやいや木っ端の自宅警備員にそんなの急に言われても出せるわけないでしょーが。クソが。誰だよ成功しても失敗しても問題ない的なこと言ってた奴。俺だったよ馬鹿かよ。


 ぶっちゃけ死にたくない。あの時は人生くそくらえとでも考えていたが、いざ生と死の選択を目の前に叩きつけられると迷わずにはいられない。


 ……いや待て待て、ミリエスタは自身を強いといっていたが、それはあくまで主観的評価。地球の住民である俺でも対抗できる可能性は残されて――



バキッ


「おっと、すまぬ」



 ミリエスタが自然に手を動かした先には、明日の晩にゴミ捨て場へ運ぼうと考えていた、壊れたゲーム機本体が置かれていた。それが彼女の手と軽くぶつかっただけで横一直線に真っ二つに分かれた。言葉通りの分断。2つに分けられたゲーム機本体だったものが、無常を感じさせる。

 ひょうきんな声を出すのとは対照的にその腕から振るわれた膂力は凄まじかった。

 マジかこいつ、って思いました。


(いや、強いのレベルが段違いだろ! これ冗談抜きで命の危機なのでは!?)


 幸か不幸か、落ち着きを取り戻してきたミリエスタ。この状態の彼女に無礼を働けば、あの膂力の行く末は俺の胴に……そうなりゃ意地でもカーテン開けてリスキル地獄へ落としますがね。


「えーっと、その……あー……用件ってのは……」


 俺の回答を待つミリエスタの目から逃げつつ反らした視線の先に、『召喚の儀』とやらの後で遊ぼうと思っていたゲームを見つけた。


 これだ!と直感的に悟った俺は迷いなく即興の用件を言う。


「あのゲームで遊ぶ人を見つけたくて、ミリエスタを呼んだんだ」


 俺は視線の先にあったゲームを指差す。彼女にとって見慣れぬものだったのか、その綺麗な目を丸くしてゲームを見つめる。


「げーむとは? 遊ぶ……つまり盤上遊戯のようなものなのか?」


「大方そんな感じだよ」


 俺は立ち上がり、コントローラーを2つ手にとってミリエスタの隣に座る。ひと一人分の間を空けて。

 1つをミリエスタに渡し、彼女がそれを受け取ったことを確認してからもう一つの方で画面を操作する。自宅警備員には勿体無いテレビだが、まさか他人とゲームをすることに使う日がまた来るとは……他人じゃなくて他鬼か?


 ミリエスタは突然の出来事にも驚かず、大人しく俺のコントローラーの持ち方を真似していた。初めてゲームに触れるにしては、かなり器用な持ち方だった。


 その間には画面はFPSのキャラ選択に移動する。ゲームを知らない人でも一度は聞いたことがあるであろうビッグネームのFPSだ。 


「小僧の持ち方を真似てみたが……ここからどうすれば良いのか分からん」


「なら初めから教えようか。そのボタンを押せば、画面の中でも反応を示す。例えばこのAボタンを押してみて」


 俺が示したボタンにミリエスタは指を置き――



バキャッ



 部屋に響く破砕音。俺は思わず目を閉じてしまう。


 目を開けて改めて視界に入ったのは……これまたコントローラーだったもの、だ。


「……すまぬ」


「いやこれに関しては俺が予想できてただろ、っていうか……」


 軽くぶつかっただけでゲーム機を破壊するような吸血鬼に『ボタンを押せ』などと言えば、その結末は容易に想像できただろうに。ゲームに集中しようとすると周りに意識が届かない俺の悪い癖がここで出てしまった。


 とにかく、ミリエスタの手の中に残されたボロボロのコントローラーを抜き取り、違うコントローラーを渡す。


「構わぬのか? また壊してしまうかもしれないのに」


「極論、コントローラーなんて消耗品だから。替えはちゃんと用意してる」


 ネットに上げれば叩かれそうな言葉だがな……そんな思考を余所に置き、まずはミリエスタにゲームをするときの力加減を教えることにする。




「――そう、そんな感じ」


「なるほど、慣れれば簡単だな」


 吸血鬼は最強。その言葉に違うこと無く、その学習能力も優れていた。ゆっくりボタンを押していき、この程度の力を加えるのが適切というラインを覚えたミリエスタは、早々にコントローラーの操作をマスターしていた。


 そうして俺たちはキャラ選択を行う。

 俺が薦めたのはニュービーにオススメの『サークリッド』。STR・AGI・VITなどなどの項目が整えられた万能型だ。ミリエスタは文句を一つも言わず、『サークリッド』を選択していた。

 ちなみに俺はVIT特化の『タンクリー』を選択した。その耐久力でエリアに居座ることが主な役割だが、今回は相手が初めてゲームに接するということもあって、敢えて銃弾を当てられやすいキャラにした。


 ミリエスタはキャラ選択をスムーズに行う。

 その様子を確認し、次のステップに移っても良いと判断。ゲーム内での銃器の扱いを教えるとしよう。


「それじゃ、次はこんな順番でボタンを押してみて」


「なるほど? こうして……こう、うわっ! なんだこの飛び道具は!?」


 ミリエスタの世界には銃が無かったのか、画面内で放たれた銃弾と銃声に驚きの声を上げた。これでは初心者というより、子供に遊び方を教えているような感じがする。

 反応が初々しいため見ている分には退屈しなさそうだが、今の俺は教える立場。そして謎に始まってしまった吸血鬼とのゲームタイム。何故に召喚した吸血鬼とゲームに興じようとしているのか、そして何故ミリエスタは疑念を抱かず俺とゲームしようとしているのか……俺も正直よく分からん。


 だがまぁ……誰かとゲームを楽しもうとするのなんか久しぶりだし、吸血鬼とテレビゲームなんて金を払って出来ることじゃない。

 それに今の俺は無敵の自宅警備員。あの膂力の持ち主をこの家で好き勝手させるわけにはいかない……なんてことを考えていると、両キャラ共にステージに降り立った。


 開始のアナウンスが響く。



『【みりえすた】VS【Yuma】』



 吸血鬼とのゲームが始まった。




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