学校一の美少女は『じゃない方』の僕を彼氏に選ぶ
名前は親からもらう最初のプレゼントらしい。なら名字は先祖からのプレゼントだろうか。
僕の先祖は高橋さん。はしごだか『じゃない方』の高橋だ。高橋は日本で三番目に多い苗字。つまり、ありふれている。
両親の高橋さんは、そんな僕に湊というこれまたありふれた名前をつけた。子供の名前ランキングでも上位に入るような名前。別にオリジナリティがあればいいってわけじゃない。光宙なんて名前をつけられるよりはよっぽどマシだ。
だから、中学までは高橋湊という名前が好きだった。
だけど、高校に入ってからはこの名前が大嫌いになった。なぜなら僕は、「じゃない方」になってしまったから。
◆
下駄箱の名前欄には「高橋湊(18)」と書かれている。かっこの数字は年齢ではない。出席番号だ。
隣には高橋湊(19)と書かれている。これは僕の下駄箱ではない。同姓同名の別人の高橋湊。通称『じゃない方じゃない方』。
もうひとりの高橋湊は絵に書いたような陽キャの完璧超人。ワックスで綺麗にセットした髪の毛に逆ハの字に綺麗に整えられた眉毛のイケメン。そして勉強もできてハンドボール部のエースとまできた。
一方の僕は目立たない陰キャ。これといって特徴もない。「じゃない方じゃない方」に勝っているのは出席番号が若いことくらい。
そして、それも出身中学の読み仮名をあいうえお順にソートして早い方の僕を先に採番しただけらしいので、無意味な数字ということがこの前判明した。
僕はどんな要素でももう一人の高橋湊に勝てていないから「じゃない方」と呼ばれるようになった。
もう一人の高橋湊は普通に「湊」と呼ばれているし、僕と一緒にいるときは「じゃない方じゃない方」と呼ばれたりもする。
湊は悪いやつじゃない。同じクラスで良く話すし、冗談でも自分の前で僕を「じゃない方」とは呼ばせない。その上僕のことを「湊」と呼んでくれる。
そんな湊のことが少しだけ嫌になる瞬間がある。それがこの下駄箱だ。
開けると数日ぶりに開けた郵便受けのようにいくつかの便箋が入っている。どれも想いの込められた可愛らしいハートで装飾されている。
当然これらは僕宛じゃない。もう一人の湊宛なのだが、出席番号まで皆が把握している訳ではないのでこうやって間違えられることが往々にして発生する。
僕はいつも黙ってその便箋を(19)の方へ入れ直す。
今日も同じように便箋の束を掴んで隣りに入れようとする。
「あのー……それ、湊君宛ですよ? その一番下にある赤色の封筒です」
背後からいきなり声をかけられたので驚いて振り向く。
そこにいたのは一人の女子。顔を見れば誰かは一目瞭然。艶々の長い黒髪、スラッとしたスタイル、耳が幸せになる天使の声。
学校一の美少女と言われているクラスメイトの霧山朱寧さんだ。霧山さんが用事があるとしたら確実に僕ではない。
「18番はじゃない方だから……ハンド部の高橋湊は19番。だからこっちじゃないよ」
霧山さんは僕の言葉を受けても尚、首を横に振る。
「いいえ。私は18番の高橋湊君に用事があるんです。『じゃない方』っていう言い方は好きではないんですが……とにかくその湊君ですよ」
「それは僕だね」
霧山さんは「ふふっ」と笑い、上を指差す。
「良かったらお話しませんか? お時間あります?」
「あるけど……この便箋の中身は見てからの方がいいのかな?」
「どちらでも。ただの白い紙ですから。話しかけるきっかけが欲しかったんです」
そう言われてから丁寧に封を破り、中身を確認。本当に何も書かれていないルーズリーフが入っているだけだった。
「一体何なの……」
「私も『じゃない方』なんですよ」
霧山さんのその一言は僕の注意を引くのに十分すぎるインパクトがある。
結局、霧山さんの要求を受ける形となり、途中にある自販機で飲み物を買ってから屋上へ上がった。
◆
二種類ある缶コーヒーのうち、いつも売れ残っている『じゃない方』を二人してチョイス。霧山さんは自身が「じゃない方」だと言っていたけどどういうことなのだろう。
「霧山さん……結局僕に何の用なの?」
「何の用……友達になりたくて。お互いに励まし合えるといいなって」
励まし合う?
「僕と……霧山さんが?」
「はい! つかぬことをお伺いしますが、霧山蒼葉はご存知ですか?」
霧山蒼葉はアイドルグループ『まさか64』のセンターを若干16歳にして務める超人気アイドル。バラエティもこなせる上に、バイオリンやピアノもプロと共演するレベルとマルチな才能を発揮している。テレビで見ない日はない程の人だ。
「もちろん。人気だよね。昨日も歌うま王になってたし」
「そうなんですよ。あれが私の『じゃない方じゃない方』なんです」
ん? どういうこと?
二人の共通点といえば名字が同じことくらい。顔はそんなに似ていない。
「えぇと……親戚なの?」
「はい。双子の妹なんです」
「えっ……えぇ!?」
こんな身近に芸能人の身内がいたなんて驚きだ。遺伝子は裏切らない。二人もこんな美女が生まれるのだから。
「ふふっ。姉としては鼻高々ですよ。あ、学校の人には秘密にしておいてくださいね。あまり言い触らしていないので」
「あぁ……うん。それでなんで霧山さんが『じゃない方』になるの?」
「二卵性の双子なので似てはいないんですけど、それでも双子は双子ですから。ことあるごとに比較されてきたんです。昔から何をやっても妹の方が上で、私が勝てたのは取り上げてもらった順番だけ。それもたまたまですから、本当に、何一つ蒼葉には勝てていないんです」
同じだ。立場は違えど、相手に感じている引け目、コンプレックスは全く同じ。
この人さえいなければ、自分が自分として認識してもらえた。この人がいるから、自分は付属品になる。
そんな劣等感が滲み出てくるようだ。
「それは……僕も分かるよ。その気持ち」
「そうですよね! うれしい! 湊君なら絶対に分かってくれると思ってたんです! だから……協力しましょう!」
霧山さんは僕の手を握って目を輝かせる。
「きょ……協力?」
「はい! 私、あの子に勝ちたいんです」
「勝ちたい? 勝負でもするの?」
「厳密にはただのマウントですよ。蒼葉はアイドルグループの決まりで恋愛は禁止されています。だから『男女交際』という点であればあの子に勝てるんです。彼氏とどこに行った、手を繋いだ、デートに行った。そういう話であれば、蒼葉に知らない世界を見せられるんです!」
「それは……」
それはそうかもしれないけど、本当にそれでいいの? なんて感想が出てくるがぐっと喉から出さないようにこらえる。
「私はそれでいいんですよ。とにかく、一つでもいいから蒼葉に勝ちたいんです。湊君、私の偽彼氏になってもらえませんか?」
「そっ……そんなの他の人に頼みなよ。僕じゃ釣り合わなくて変だよ」
「釣り合いますよ。身長差は丁度いいじゃないですか。他に何かあります?」
「いや……ほら……顔とか、髪型とか……僕かっこよくないから……」
「私は良いと思ってますよ。じゃないと誘いません。湊君は卑屈になりすぎなんですよ。それに、湊君だから頼めるんです。同じ気持ちを分かってくれる『じゃない人』側じゃないですか」
霧山さんは僕の全部を肯定するように手を握って微笑む。
「ま……まぁ……試しに……何かする?」
「はい! 週末にデートをしましょう! もし、時間があれば、ですけど」
「い……いいけど……」
「ありがとうございます。あ! 連絡先も教えてくださいな」
「あ……うん」
QRコードを表示して見せてきたので、僕が読み取ってメッセージを送る。『えへ』と返してきたのだけどその意味は分からない。
「あ、私のことは朱寧と呼んでくださいね。彼氏なんですから」
「えぇ……あ、空き缶、貰うよ」
さすがに今日初めて話したのに名前で呼ぶのは恥ずかしい。手持ち無沙汰にならないように空き缶で両手を塞ぎ、少しでも気を紛らわせようとする。
「ありがとうございます。優しいんですね、湊君」
「別に……空き缶持ってるだけだよ。ゴミ箱だってすぐそこにあるんだし」
「それでもですよ。それじゃまた連絡しますね」
「あ……うん、またね」
朱寧は一人で立ち上がると、手とスカートをヒラヒラさせながら下に降りていったのだった。
◆
週末、待ち合わせ場所の公園に行くと、朱寧は誰かと一緒に居た。
「霧山さん、お待たせ」
「朱寧ですよ。ちなみに、私達も今きたところです」
「私達?」
朱寧は人差し指を口に当ててウィンクをしてくる。
朱寧の隣に居る人は秋とはいえ大きなサングラスにマスクと顔を出さないようにしている姿は明らかに正体を隠している風だ。
もしかしてもしかするのだろうか。
口だけを動かして「あおばさん?」と尋ねると朱寧は「はい」と笑顔で頷いた。
「湊君、今日は楽しみましょうね」
朱寧は蒼葉に見せつけるように俺の腕に抱き着いてくる。
「はぁ……久しぶりに朱寧が誘ってくれたと思ったらそういうことか……いいなぁ、彼氏」
「えへへ、いいでしょ?」
「別に羨ましくは無いけどさ……」
蒼葉はそうは言いつつも俺の方をチラチラと見ている。双子の姉にいきなり彼氏が出来たのだから驚いているのだろう。どうせなら本物の湊を連れてくれば良かったのに。そうしたら蒼葉ももっとテンションを上げていただろう。
「あ! タコスが食べたいです! 二人共、行きましょ!」
朱寧は俺の腕を引っ張り、遠くに見えるフードトラックに向けて歩き出す。
その途中にいくつかテーブルが用意してある。既に列も出来ていてテーブルもそのうち埋まりそうだ。日陰の一等地に至ってはあと一席しかない。
自分のリュックをその日陰のテーブルに置いて、椅子を引く。
「霧山さん、座っててよ。メニューの写真撮って来るから」
二人はポカンとして僕の方を見る。
「いやいや! 一緒に行きますよ!」
「いいよ。日焼けしちゃうし。座って待っててよ」
ずっと掴んでいた背もたれをポンポンと叩くと、朱寧はニッコリと笑って椅子の前にやってくる。
スッと椅子を前に出すと振り返って「ありがとうございます」と言いながら椅子に座った。
「妹さんもどうぞ」
「え……あ……ありがと」
同じように椅子を引いて座らせる。
二人は同時に僕の方を見てくる。なんだかいたたまれないので逃げるようにタコス屋のメニュー写真を撮りに行くのだった。
◆
三人分のタコスと飲み物はさすがに一人で持ちきれなかったのだが、受け取るタイミングで朱寧が来てくれた。
「湊君、良い彼氏を演じてくれているんですね」
「え? 普通じゃないの?」
「あ……フフッ。ならそのままでいいです」
朱寧は穏やかに笑い、俺からタコスと飲み物を受け取り、二人で戻る。
テーブルに座って携帯をいじっていた蒼葉は、テーブルに接近する俺をじっと見てきた。
「なーんか、見た目と印象違うんだね、君」
「そ、そう?」
「蒼葉、湊君は見た目通り優しいじゃないですか」
蒼葉の言いたい事がいまいち分からなかったのだが、とりあえずタコスパーティの開始。
「そういえば湊君って同姓同名の人が学校にいるんですよ。漢字も一緒だからすっごいややこしいんです。呼び分けは番号なんですよ。18番と19番」
朱寧はタコスを食べながら雑談を始める。
「何それ。人造人間じゃん」
蒼葉はそんな事があるのかと驚いた様子で笑う。
「この湊君が18号、もう一人の高橋君が19号です」
「それどうやって決まるの? どっちが先か」
「さぁ……湊君はご存知ですか?」
「あ……うん。出身中学のあいうえお順なんだってさ」
「へぇ……やっぱそういう順番ってどうでもいい事で決めるんだね。角が立たないように」
「あはは……私が先に取り上げて貰っちゃいましたからね」
「私は別に姉って思ったことは無いけどね。同い年だし」
朱寧の心の内を知っているからか、本人はそんなつもりは無いのだろうけど、どうしても蒼葉の言葉をネガティブにとらえてしまう。
「えぇ。あ、湊君。写真ってありますか?」
「あー……多分」
もう一人の湊はSNSのアイコンが自撮り写真だった気がする。
アプリを立ち上げてアイコン画像を表示、それを蒼葉に見せると僕の携帯を持って顔をぐっと近づける。
「えぇ……めっちゃイケメンじゃん! 加工なし!?」
蒼葉は餌を出された犬のように目を輝かせて僕を見てくる。
「あぁ……実物の方がかっこいいかも。ガッシリしてるし」
「ひょぇえ!? これよりも!?」
もう一人の高橋湊は蒼葉のどストライクのルックスらしい。人気アイドルに一目惚れされるなんて羨ましいを通り越してもはやファンタジーだ。
そこからの蒼葉の高橋湊への気持ちは高まるばかり。僕達そっちのけでネットストーキングを始めていたのだった。
◆
ある日の放課後、先生に頼まれて備品を校庭の端にある倉庫に運んでいると、ふと体育館裏にいる男女が目に入った。
片方はもうひとりの高橋湊。それと朱寧だ。
朱寧は丁寧に頭を下げるとその場から走り去る。
残された高橋が顔を上げるとちょうどその視線上に僕がいて目があった。
そのまま学年一位の脚力を活かして僕の方へ向かってきた。
「うおおおお! 湊ぉ!」
高橋はそのままの勢いで僕に抱きついてくる。朝練もしているだろうに全く臭くない。イケメンは汗までいい匂いらしい。
「え……え……どうしたの?」
「振られたぁ……」
高橋は僕の耳元で情けない声を出す。
「え……あか……霧山さんに?」
僕がそう尋ねると、高橋は僕から離れて運んでいた荷物を半分持っていく。
「そ。歩きながら話そうぜ」
「えぇ……僕が聞くの?」
「ちょうど目の前にいたんだから運命だろ。それに湊にも聞いてほしいんだよ」
要領を得ない会話だが、そのまま高橋の隣を歩く。
「結構前から霧山のこと気になっててさ。告白してみたの。そしたら振られた。んで……好きな人がいるんだってさ。秘密にしてくれって言われたけど」
「好きな人?」
「高橋湊」
「ん? 高橋君?」
「俺じゃねぇって! 湊! 18番!」
「え……あ……そうなんだ」
「なんだよ。もっと驚けよ。あの霧山さんが好きだって言ってんだぞ」
偽装彼氏はまだ続いているのでそれが理由で答えただけだろう。別に驚くことじゃない。もちろん、めちゃくちゃ嬉しいけれど。
「それ……言ってよかったの?」
「だから秘密にしといてくれよな。湊はどうなんだよ? 霧山さんのこと」
「どうって……高嶺の花だし……」
たまたま「じゃない方」だったから話せているしデートをすることもあるけれど、それはあくまで「じゃない方」同盟があるから。それがなければ他人だ。
「そんなこと言うなよぉ……俺の敵を取ってくれよぉ……」
高橋は振られてハイになっているのか僕の肩に顔をこすりつけてくる。
「敵って……」
「いやでも……俺も諦めらんないんだよな……ほんと代わってほしいよ。名前は一緒だから大して困んないだろ?」
「いやいや……ハンドボール出来ないし……」
そんな冗談を交わしていると、いきなり空が曇り始めた。
「おいおい……ヤバそうだな。急ごうぜ」
高橋がそう言って駆け出した瞬間、目の前が真っ白になった。稲妻が落ちたと気づいたときには地面に倒れてしまっていた。
◆
「おい……おい……起きろって! 湊! 起きろよ!」
「うぅ……」
顔をペチペチと叩かれて目を覚ます。目の前には高橋湊がいる。『じゃない方じゃない方』の。つまり僕だ。
「え……高橋君……僕そっくりだよ……」
「何言ってんだよ! お前だって俺そっくり……え?」
お互いにお互いの体を触る。筋肉がついてガッシリとした胸板、血管の浮き出た腕。どう見てもこれは僕じゃない。
ポケットから取り出す。その携帯の待ち受けはジャンプシュートを決める瞬間を切り取った高橋の写真。画面を真っ暗にすると、そこに映っていたのは高橋の顔だ。
「え……えぇ……入れ替わった!?」
「そうみたいだな……やった! 入れ替わったぞ!」
高橋はなぜか僕になったことを喜んでいる。ヒョロヒョロの陰キャですよ?
「僕になっても嬉しいことなんてないと思うけど……」
「何でだよ! これで霧山さんに告白すればオッケーしてもらえるだろ? 行くしかねぇよなぁ!?」
「あ! 待って待って!」
高橋は備品そっちのけで走り出す。僕も備品を倉庫に片付け高橋を追いかける。
いい体を貰ったと思ったのは、いくら走っても疲れないから。もやし体型とはまるで違うのだと思い知ったのだった。
◆
僕が高橋に追いついたときには既に朱寧を呼び出した後だった。高橋は当然僕と朱寧のことは知らない。
とはいえ振られたばかりのこの姿で割り込んだら話がややこしくなるし、壁際から二人の様子を観察する。
「霧山さん……俺、霧山さんのこと前から好きでした!」
あぁ……一人称が違う……全く僕に成り切る気がなくて心配になってくる。
「まぁ……高橋君。本当ですか?」
朱寧はなにかのドッキリだと思っているようで、白々しく僕のことを知らないフリをする。
「あぁ……うん。前から気になってた。だけど話しかける機会がなくて……」
「そうなんですね……高橋君、貴方はどっちですか?」
「ど……どっち?」
「はい」
高橋は考える。何かの二択であることは確実。
「んー……カレー……かな」
え? カレー?
「かっ……カレー?」
「カレー派かラーメン派かってことじゃないのか?」
空気が凍る。高橋、勉強はできる方なのにこんなに馬鹿だったのか。
「あ……あはは……すみません。失礼します」
朱寧が求めていたのは「じゃない方」という回答だろう。それがある意味僕であることを示す合言葉であり、二人の絆を示すことでもあった。
それを無視してしまったのだから、朱寧からすれば僕が裏切ったと思ってもおかしくない。
「何でだよ……」
項垂れる高橋に近づく。
「高橋君……」
「触んな!」
僕が慰めようとすると、高橋は手を振り払う。
「その……ごめん……」
「なんでだよ……こっちの湊が好きなんじゃなかったのかよ……」
この身体にいつまでいるのかは分からない。だから簡単に高橋に僕と朱寧の秘密を教えるわけにはいかない。
高橋はそのまま肩を落としてハンドボール部の部室へ向かう。
「ちょちょ! チョット待って! 逆! 逆だから!」
「ん? あぁ……そうか……」
「と、とりあえず日常生活を送れるようにさ、お互いの事を色々と教えておこうよ。家の場所すら分かんないんだし」
「まぁ……そうだよなぁ……」
高橋は2回も振られたからか元気はない。
高橋の背中をさすりながら空き教室に連れ込むのだった。
◆
入れ替わって数日が経過。ハンドボール部は体調不良で休み、高橋と二人で頭をぶつけてみたり出会い頭にぶつかってみたりしたが一向に元に戻れる気配は無い。
新しい家から登校して、席に着く。ハンドボール部の朝練に参加できる時間に出ないと高橋の親に怪しまれるため登校時間は早い。早朝の教室はまだ人もまばらだ。
その中の一人に朱寧もいた。この体になってからほとんど話せていない。高橋にバレる前に携帯のやり取りも消したので朱寧から何かを言っていなければ高橋も朱寧とはほとんど話していないだろう。
「高橋君……そこは湊君の席ですよ」
朱寧が僕のところへやってくる。
「え? あ……そっか。間違えちゃったよ」
ボーッとしていて間違えてしまったけれど、ここは「じゃない方」の高橋湊が座る場所だった。
「高橋君……湊君はどっち側ですか?」
僕が立ち上がると背後から朱寧がそう尋ねてくる。
「え……何?」
「どっち側ですか? 湊君」
霧山さん、何かに気づいているのか。
別にこの体でいて不都合はない。毎日のように新しい女の子がやってきてチヤホヤしてくれる。座っているだけで人が寄ってくる。
それでも、前のように霧山さんと話せないことだけが辛かった。
「じゃない方……じゃ、ない方に……なっちゃった……」
朱寧は目を大きく開いて驚く。
「中身は『じゃない方』……ですか?」
朱寧にメッセージが届いたようだ。まだ信じられない、といった様子だがいつもより態度が軟化する。
「また……また3人でタコス食べたいね」
普通に頷くだけじゃなく、朱寧に伝わるメッセージで返事をする。
「フフッ。今日から毎日食べられますよ」
「どういうこと?」
「秘密です。ま、すぐに分かりますよ」
そう言うと朱寧は自分の席に戻っていく。
その発言の意図はすぐに分かった。
朝のホームルーム。教卓の横に立っていたのは霧山蒼葉。
僕と目を合わせてニッコリと笑っている。
どうやら転校してきたらしい。主な理由は別だろうけど、高橋の存在が後押しした気がしてならない。
休み時間になると、蒼葉は朱寧と湊を連れて僕のところへやってくる。
「霧山蒼葉。よろしくね、高橋君」
「え……あ……うん。よろしく」
高橋をちらっと見ると、なんで自分が呼ばれたのか分かっていない様子だ。
どうやらこれからは四人で過ごすことなるのだろう。「じゃない方じゃない方」でいるのもなかなか大変そうだ。数日ですっかり飽きてしまい「じゃない方」に戻りたくなってしまったのだった。
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