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パラレル・ガーデン  作者: 神崎 司
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同じ轍を踏む

 城門の前に、二人の男女が立っていた。年は十歳くらいだろうか、互いによく似た赤茶色の髪をなびかせていた。


「ここに来るのも久しぶりだね。みんな元気にしてるかな」


「すっかりご無沙汰で申し訳ないけど」


「「お祭りなんて聞いたら来ちゃうよね」」



 その頃ナハトは、自室のベッドでぼんやりと天井を見上げていた。ハティが姿を現して言う。


〈ナハト、ジークムントに報告しなくていいのか〉


「……どうしようか」


 ナハトは、服の中から、ジークムントの身分証を取り出した。これがある限り、今のナハトはスパイのようなものだ。ただ、(ほだ)されているような自覚もある。


「僕は、クローネの人達のこと嫌いじゃないんだよね。あの人達は、ただ生きてるだけだ」


 クローネのような集団が生まれたのは、政府がうまく機能していないからだ。


「ブルーノなら、なんて言うかな。あの人も、悩んだりしたのかな」


 謀反を起こそうとした、先輩にあたる同僚も、同じような問題に突き当たったのかもしれない。

 優しい、本当に優しい人だったから。



 カツン、と駒が盤上に当たった。

 ナハトの目の前で、ブルーノとエーリヒがチェスの対戦をしていた。場所は、ジークムントに割り当てられたサロンだった。


『腕を上げたな』


『いえ、まだまだですよ』


 エーリヒは壮年の男性で、当時のジークムントでは一番の古株だった。ベージュに近い、薄い茶髪を短く刈り上げており、緑色の瞳をしていた。一方のブルーノは、銀に近い金髪に青い眼だったから、色としては対照的に見えたものだった。


 そこに、エルマーが息せき切って駆けこんで来た。ティアナがその後ろから顔を出す。焦茶色の髪を三つ編みにしており、丸眼鏡を掛けた女性だ。


『ねぇ、ターク来てる?』


『来てないよ』


『良かったわー。あいつに悪戯仕掛けたから、ちょっとここに避難させてもらうわね』


 言いながら二人は部屋に入って来た。悪戯の主犯は大体エルマーなのだが、ティアナもノリが良くて便乗していた。


『今度は何を?』


『不可視結界をちょっとね』


 ブルーノが口を出した。


『どうしてナハトじゃなく、タークばかりなんだ?』


『いや、昔はやったこともあるんだけどさ。「これくらい見抜けないと、立派な魔法使いになれないぞ」って言ったら、「ごめんなさい、次から気を付けます」とか殊勝(しゅしょう)に答えるんだもん。僕が求めてるのは、そんな反応じゃないんだよ!』


『いや、求めるなよ。そもそも悪戯するな』


 荒ぶるエルマーに、ブルーノが突っ込みを入れた。ブルーノはタークの師匠をしているから、流石に注意したくもなるだろう。


 ふと、ナハトは空気が変わったのに気付いた。


『タークが来る』


『えっ』


『しかもすっごく怒ってる』


『ナハトの勘は当たるから嫌ねえ』


 瞬間、凄まじい足音を立てて、タークが部屋に乱入して来た。


『エルマー……ティアナ……お前ら覚悟はできてるな?』


 憤怒の表情のタークの手には、ヴンターの剣が握られていた。刀身は赤い稲妻を(まと)っている。


『剣は持ち出し禁止ぃ!』


 顔を真っ青にして、ブルーノが叫んだ。


 結局、エーリヒがタークを抑え込んで、その場は事無きを得た。まだ少年だったタークは、エーリヒに武器を取られて、羽交い絞めにされると、それ以上は何もできなかった。ブルーノはナハトを庇うように立っていた。子供は見ちゃいけません、という奴だろうか。



(あの頃はまだ賑やかだった)

 ナハトは回想する。あれが幸せというものだったのだろうか。いまやその残滓(ざんし)は、ごくわずかに残っているだけだ。ティアナとエーリヒは任務中に死亡し、ブルーノは処刑された。いや、自分が殺した。どうして殺したのか。犯罪者だからだ。……それだけ?

 まだブルーノが檻に入っていた頃、ナハトは一度面会に行ったことがある。


『ブルーノ、死ぬのは嫌?』


 小さな声で、『死にたくない』と彼は言った。そう言いきれる彼が、ナハトは何故か羨ましかった。



 昼のクローネ村は、活気に満ちていた。道では、いくつもの荷物を積んだ馬車が動いている。みんな、心なしか楽しそうだ。


「なんだか、賑やかですね」


 ナハトは近くにいたエドアルトに声を掛けた。


「明日の収穫祭の準備だ」


「ああ、そういえば」


 もう、麦の刈り入れが終わってしまったのだ。これ以上ジークムントに何の報告もしないと、明らかに不審がられるだろう。


「今年は豊作だったと報告したら、フォルカーが随分乗り気になってな。昔は首都でも盛大にやってたらしいが、知ってるか?」


「いえ、郊外では多少やっているみたいですが」


「俺もうろ覚えなんだが、子供の時、何度か見たことがある。エッシェがまだ首都だった頃の話だ」


 水色の翼が、はるか上空で、ひゅお、と風を切った。それにまだ、誰も気付いていない。


「そうだ。手が空いてるなら、頼みたい仕事があるんだ」


「いいですよ、なんでしょう」


 エドアルトに促されて、ナハトは城内に入った。その時だった。地鳴りのような音がした。水色の怪鳥が、上空から舞い降り、攻撃を開始していた。開いた口に光が集積し、それを吐き出す。その光をまともに受けた人間は、衝撃でボコボコに盛り上がった土と共に、倒れ伏していた。


「みんな、建物の中に逃げろ!」


 フォルカーが大声で叫んでいた。その後ろから少女が駆けて来る。


「私が行きます!」


「マリー」


 マリーの手には、胸に抱えられるほどの大きさの、緑色の宝珠(ほうじゅ)がある。生前の父親が娘の為に作ったヴンターだった。

 マリーは狙いを定めて、先程見た鳥の魔法のように、光の玉を幾つも生み出した。それを怪鳥目掛けて放つ。実戦経験は殆どない。それでも、魔力が一番強い自分がやるしかなかった。

 しかし光弾は、鳥に当たる直前に方向を変え、まだ逃げ切っていない人々がいる辺りまで散乱した。建物の破片が飛び散る。祭りの準備で賑わっていた村は、一瞬にして、恐怖と混乱に満ちた地獄絵図を呈していた。


「攻撃が曲がった!? 何なんだあれは」


 エドアルトは、初めて見る攻撃特化型のファミリアに驚愕していた。一方でナハトは、あの鳥に見覚えがあった。エルマーが時々使うファミリアだ。


「鏡のファミリア“シュピーゲル”です。大抵の魔法は跳ね返します」


「ジークムントなのか!?」


「……」


 ナハトは悩んでいた。自分が今からしようとしていることの意味を、わかっていないわけではなかった。だが、これ以上人間に犠牲が出るのは避けたかった。


「エドアルトさん、腕の良い狙撃手はいますか?」


「え?」


「……あいつを止めます」


 それが例え、ジークムントに弓を引く行為であったとしても。



 ナハトとエドアルトは、城塔の一つに上がっていた。


「こんな離れた場所から、仕掛ける気か?」


 エドアルトは、狭間にマスケット銃を掛けた。


「見つかったらエドアルトさんまで守り切れません。にしてもあなた、銃も使えるんですね」


「俺だって上手くはないが、他の奴らも変わらないさ」


「そうですか」


 ナハトは、首飾りに手を当てた。


「おいで、ハティ」


 呼び掛けに応えて、オレンジ色の獣が出現する。ナハトのファミリアであるハティは、むすっとした表情で宙に浮かんでいた。


「ハティ、“あれ”お願いできる?」


〈却下。あれは非常時以外に使うもんじゃない〉


「今の何処が非常時じゃないって言うの? エルマーは多分アイヒェにいるし、シュピーゲルはここにいる全員を殺すまで止まらないと思う。……僕は目の前で無駄に人が死ぬのは嫌だ」


〈お前は、一度決めたら引かねえよなあ〉


 ハティはしばらく悩んでいたが、諦めたように目を閉じた。


〈後悔しないか?〉


「後悔は後でするものだよ」


 首飾りに嵌め込まれた青い魔石が、深い紺色に染まっていく。それと同時に、ナハトの右目も、漆黒へと変化していく。昔、ハティがこっそり教えてくれた“とっておき”だった。

 エドアルトは、ナハトが呪文を唱えるのを、震えながら見ている。何か怖いものでもあるのだろうか。 


「〈あなたは言った、光あれと。私はその天を穿(うが)つ。この空の外にある、闇に手が届くように〉」


 怪鳥より少し上の空中に、大きな黒い円が描き出される。それと共に、怪鳥の姿が薄れて、中央にうっすらと手鏡が見えた。


「今です!」


 ナハトは叫んだ。エドアルトは、弾かれるように引き金を引いた。マスケット銃から発射された弾は、手鏡を撃ち抜いた。


「当たった……」


 マスケット銃の命中率はそんなに高くない。一発で命中したのは奇跡に近かった。怪鳥の姿は完全に消滅し、鏡は地面へと落ちた。



「もう、触っても大丈夫ですよ」


 ナハトは二つに割れた鏡をエドアルトに渡した。嵌め込まれていた魔石は殆ど砕け散っていた。


「この裏に書かれているのが、ルーネとかいう魔法の言葉なのか」


 魔力持ちでないエドアルトは、興味深げに鏡を眺めていた。テオも手鏡を覗き込んでいる。


「これが、ファミリアという使い魔を作る魔法なんですね」


 ナハトは、複雑な気持ちで鏡を見た。エルマーが長年使っていた、相棒ともいえるファミリアだった。それを自分が壊した。 


「“(さい)は投げられた”……」


「え?」


 ナハトの呟きを拾い上げて、テオが顔を上げる。これからどうなるのか、ナハトにもわからなかった。


 人々は、怪鳥シュピーゲルが残した瓦礫(がれき)の山を呆然と見ていた。


「すげえ、これが魔法なのか?」

「何もかも滅茶苦茶だな」

「そこ、ぼさっとしない!」


 フォルカーが手を叩いた。


「怪我人の処置、瓦礫の撤去急げ! 祭りは予定通りやるからな! 会場が広くなって良かったと思え!」


 頭領の指示の下、人々は動き出した。


「俺らの統領、人使い荒くね?」

「そうだな」

「でも、酒も仕込んじまったし」


 それぞれがやることを探して動き始めた人々を、ナハトとマリーは少し離れた所から眺めていた。


「フォルカーさん凄いですね。ちょっと強引だったけど、みんな立ち直ったみたいだ」


「そうですね」


 マリーは力なく笑った。彼女は今まで、戦闘経験がほぼないに等しい。おまけに魔法を反射されて、味方まで傷付けてしまったのだ。すぐには立ち直れるはずもなかった。


「君もヴンダーを持ってたんだね」


「お父様が、少しでも魔法の制御ができるようにと作ってくださいましたが、使いこなせませんね」


 マリーはそう言って、宝珠の表面を撫でた。


「訓練すれば上達すると思うけど、僕は呪士だから、やり方を教えてあげられないしな」


 ナハトも慰める言葉を持たない。マリーはぼんやりと遠くを見ていた。


「これから、こういうことが増えるんでしょうか。戦わないといけないんでしょうか。私達はただひっそりと暮らしていきたいだけなのに」


 ナハトは答えに詰まって、マリーの言葉を半ば無視するような形で歩き出した。


「……僕達も、手伝いに行こう」



 アイヒェの城では、エルマーが執務室の椅子に座ったまま空を見上げていた。


「シュピーゲルが消えた」


「何よ、あんたの魔法もたいしたことないわね」


 隣に座っていたリーゼが、呆れたように言った。


「いや、意外だった。闇属性魔法か。ということは、あちらには死霊遣(しりょうつか)いでもいるのか」


「死霊遣い?」


「うん、ナハトも知らないような、ちょっとした伝説なんだけどね」


 エルマーは昔の記憶を掘り起こした。


「死霊遣いは、生まれ付き死者の霊を呼び出す素質のある人間だ。文献によると、数十年に一人くらいは現れるけど、総じて短命らしい。僕も会ったことはない。

 僕らの魔法は、元を辿れば全て、光属性に由来する。魔力の源である魂に、光の性質があるからだ。逆に闇属性は、死者の霊にしか使えないとされる、光属性を無効化する魔法だ。

 リーゼも入隊試験で、ゲベートって詩を読んだだろう? あの六行目は、死霊遣いにしか読めないとされている。光と闇のバランスを取るために入れてあるらしいけどね。ナハトは少し読めるとか言ってたけど、真偽の程は分からない」


 少し離れた場所に座っていたユリアは、険しい顔をして考え込んでいた。


「にしても、死霊遣いが相手となると、それなりの対応が必要ですね、隊長」


「そうだな、早急に取り掛かるとしよう」


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