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パラレル・ガーデン  作者: 神崎 司
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初陣

『ただいまー』


 家に戻ると、ナハトは買い物袋を持ったまま二階に上がった。同居人の具合が悪いから様子を見たかったのだ。

 何度も引っ越しをしたおかげで、家選びが上手くなったらしい。小ぢんまりとした家は、日当たり良好で、居心地が良かった。

 ナハトは目的の部屋をノックして開ける。もう昼で気温も上がって来たのに、窓は閉じたままだった。まずは窓を開けて、新鮮な空気を入れる。

 同居人の老女は、ベッドの枕に背を預けて、本を読んでいた。


『今日はアスパラが安かったから、買って来たよ。やっぱり旬の内に食べないとね』


 ナハトが言うと、老女は微笑んだが、静かに首を振った。


『お腹空いてないんです。この足じゃ動けないし』


 傍から見れば、祖母と孫のような年齢差に見えるだろう。しかし彼女は、ナハトに対して丁寧な喋り方を崩さなかった。彼らの関係を知る者は、この辺りにはいない。


『そんなこと言わないで、ね、リーゼ』


 ナハトには精々慰めの言葉を掛けるしかできない。


『私、もうすぐ死ぬと思うんです』

 リーゼと呼ばれた老女は、読みかけの本に、皺だらけの手で(しおり)を挟んで閉じた。


『急にどうしたの?』


 彼女が足を痛めてから急激に体力が落ちているのは気付いていたが、大きな病気をしているわけでもない。 


『ナハトさんは、自分の大事な人を殺したことがありますか?』


 今日の彼女は本当に変だ。緊張しているようだし、何か覚悟を決めてしまったらしい。


『あるよ』


 ナハトは素直に答えた。ブルーノを殺した時は、その理由を自分もよくわかっていなかったが、後になってみれば、自分も結局同じことをしたから、彼の遺志を継いだとも言える。


『なんだ、それじゃ私は一番になれないのか』


 リーゼは緊張が解けたようで、大きく溜め息を吐いた。


『じゃあ一つだけ、わがままを言っていいですか?』


『どんなこと?』


『私が死ぬ時は、あなたが看取ってくれませんか?』


 これには、ナハトも返答に困った。


『何か、死にたいと思う理由があるの?』


 思い当たる節はないこともないが、昼間からする話とは思えなかった。


 リーゼは声も出さずに笑った。緩く編んだ白髪の遅れ毛がさらさらと揺れた。


『あなたは誰にでも優しいから、誰もあなたの特別になれない。でも、私が死んだ後も、少しは覚えていてほしいんです。あなたに手を下してもらうと、罪悪感を与えてしまうかなと思って悩んでいたんですが、他にそういう人がいたなら、わざわざそうする必要もなさそうです。安心しました』


 そんなお願いをされなくとも、自分は覚えているに違いないのだが。


『四十年近く一緒に暮らしてても、忘れられてしまうのが心配なの?』


『だって、ナハトさんの寿命がどれくらいあるのかわからないんですもの』


 リーゼには真実を話していないから、彼女が不安になるのも無理はなかった。


 事実、ナハトは歳を取らなくなった。魔力の供給は指輪から受けているから、尽きることはない。何事もなければ、自分の契約者と同様に、永久に生きられるはずだった。


『弱気になったね。僕の外見が変わらなくなっても、勝手に付いて来た人の言葉とは思えないな』


『歳を取るとそうなるんですよ』


『そう……』


 ナハトは少し考え込んだが、やがてにこりと微笑んだ。


『いいよ、約束する。君を看取るまで一緒にいる。そして君のことを永遠に忘れない』


 その時リーゼは、今まで見たことがないくらいに美しく微笑んでくれた。 



 今のナハトにとって、時が経つのは、瞬きをするように速い。リーゼの墓前に花を供えるのは、これで何回目になるだろう。自分もあちこち旅しているから、間が空いた時もあるが、五十回は越えた気がする。

 墓石を掃除して、草原で摘んだ花を束にした物を供えた。豪華な花を用意する金銭的余裕がないわけではないが、彼女は野草のような、たくましく生きる植物の花の方が似合う人だった。

 少しの間、眼を閉じて彼女のことを思い出そうとした時だった。

 ナハトから見て右手の方角に、赤い光の柱が突然立ち昇った。距離はかなり離れている。


天の御柱(あめのみはしら)……」


 約束の指輪が誰かと契約をした時に上がる柱だ。それが意味することは一つだけ。


「ターク……君、契約したんだね」


 光の柱はすぐに消えたが、シバートの領土内だろう。彼らが人間の形を取って以来、契約者が出るのは三回目だ。ナハトはぼんやりとタークの契約者の情報を感じ取っていた。そして、自分とは多分契約できないだろうと思った。それでも、実際に会ってみようとは思った。

 まさか、シバートに行こうとした矢先に戦争が起こるなどとは、さすがにナハトも予測できなかった。



「うっまい!」


「そう言ってもらえると嬉しいな」


 ナハトは、満面の笑みを浮かべたアルノーから、空の皿を引き取った。お代わりのスープを注いでやる。


「アルノー、食べ過ぎじゃない?」


 近くに座っていたルディが釘を刺した。作戦行動前にしては呑気すぎると言いたいのだろう。実際、もうシバート軍の占拠地に入り込んでいるのだ。


「でも本当に美味しいですよ」


 オリヴァがアルノーに同意する。


「屋外の限られた設備でここまで作れるなんて思いませんでした」 


 モニカも、ナハトの作る料理に驚いたらしい。


「にしても、早過ぎじゃね? まだ朝の五時だぞ」


 ステファンが黒パンを食べながら文句を言う。軍の本来の起床時間に朝食を取っているのだ。それなりに眠いだろう。

 空はまだ薄明るく、夜の名残を引き摺っていた。


「見えるとしたら、そろそろだと思うんだけど」 


 即席で作った石窯に掛けた鍋の中をかき混ぜながら、ナハトは言った。その言葉通り、遠くの方で炊事の白い煙が幾筋も上がりだした。


「敵軍の炊煙だ。煙の数からすると、五千人くらいかな」


 目算で確かめて言うと、みんな急いで朝食を食べだした。今回の作戦に支障が出るからだ。


「食事時は気が緩む。そこが一番狙い所なんだけど、この距離だと、移動の準備をしている間に辿り着ければいいかな。混乱しやすいからね」

 

 徒歩で近付いていくと、敵の補給部隊は荷車で壁を作り、陣地を作っていた。ナハトが木に登って単眼鏡で確かめる。


「周りは火薬車で固めてあるね。獣除けにはなるかもしれないけど、僕らにとっては都合が良いな」


 そう言って、ナハトは木から降りた。他の六人はすでに、背嚢(はいのう)と銃を支度して並んでいた。


 不安材料は山積みだ。そもそも彼らが、生身の人間相手に戦うのは初めてなのだ。


(宿営地の奥まで、500mはある。正直これだけの長距離で大技を使うと、魔力の消耗が激しい)


 それでも、やるしかない時はある。少しでも戦う人数を減らさないと、こちらがもたない。


「じゃ、作戦通りに」


 ナハトは平静を装って言って、呪文を唱え始めた。


「〈天上の火よ、あまねく大地に降り給え。全てを焼き払い、根絶やしにせよ〉」


 ナハトの周囲に無数の火の弾が出現する。手を上げるとそれにつられて動く。周りが暑い。しかし、魔法を遠くで出現させるより、近くで出して投げる方が楽なのだ。ナハトが手を振り下ろすと、火の弾は木々を超えて、敵陣へと光の軌跡を描きながら飛んで行く。


 着弾すると、陣地はあっという間に炎に包まれた。今の戦争の主役は、大砲とマスケット銃だ。その為に火薬を大量に運ぶから、燃えやすいのだ。

 炎から逃れようと、起き出していた敵の兵士達が逃げ惑う。最早、指揮系統は機能していなかった。何人かの兵士は、こちらに逃げて来ていた。


「装填!」


 ナハトが号令をかける。林の中で一列に並んで片膝を付いていた部下達が、弾込めを始める。

 赤と紺の軍服が、射程距離内に入った。


「撃て!」


 初めて銃で人を狙う時、普通の人間は躊躇(ためら)いがある。しかし、一人が撃つと、それにつられるように他の者も撃ち始める。だから一列に並ばせたのだ。ナハトの読みは当たっていた。最初に撃ったのはイレーネのようだったが、すぐに全員が戸惑うこともなく、撃ち始めた。全弾が命中しているわけではないが、それなりに損害を与えていた。


「こっちに来る奴、多くないですか?」


 アルノーが言う。装填と射撃を繰り返しながらも、周囲を観察しているらしい。確かに、四方八方というよりは、こちら側に逃げて来る兵士が多かった。


「こっちが風上だからかな。固まってるとバレるかもしれない」


 林に潜んでいるとはいえ、一方向から銃弾が飛んでくるのだ。敵が隠れていると気付く兵士も出るかもしれない。


「着剣して散開! 木の陰に隠れろ!」


 ナハトは次の指示を出した。もう自分の意思で撃てるはずだ。


 逃げてきた兵士の数人は、林の中にも入って来た。自分達に気付いたというより、道がない方に走って来てしまったから、お互いの距離が近くなってしまったのだ。

 しかし、ナハトの部下達は、彼が思っていたより優秀らしかった。

 モニカは、敵の兵士が逃げて背中を見せた所を撃った。しかし弾丸が外れたため、敵兵は彼女に気付いた。


「女!?」


 戦場に女性の兵士がいるのは珍しい。その困惑が、彼の次の行動を数秒遅らせた。それが命取りだった。モニカは腰から下げていた短剣を素早く引き抜いて、躊躇いなく相手の喉を切った。モニカは普段おとなしい性格なので、これに味方側も驚いた。


「うっそぉ」


 別の場所に隠れていたイレーネが思わず叫んだ。その声で、別の敵兵に気付かれる。


「やっぱり敵だ! 何人か隠れてるぞ!」


 フォルクバルドの緑色の軍服を着ている以上、民間人の振りをして逃げるわけにもいかない。敵兵は丸腰のままイレーネを捕まえようとした。その背後からアルノーが、剣先に付けた銃剣で心臓がある辺りを突き刺した。兵士がどう、と倒れる。


「あ、ありがと」


 イレーネが恐縮して礼を言った。


「礼は後だ! 来るぞ!」


 騒ぎを聞きつけた敵兵達が集まって来ていた。中には、あの混乱の中でも銃を持ち出してきた者もいる。


「隊長! 魔法で……」


 遠くからルディが叫んだ。


「オリヴァ! 斬れ!」


「はい!」


 この場合、“斬る”というのはただ剣で斬るということではない。オリヴァはナハトの意図を汲み取って、呪文を唱えた。


「〈雷よ、わが剣を纏え!〉」


 紫電を纏った長剣で、銃を持っていた兵士と、その隣にいた兵士を斬る。斬撃は浅かったが、雷を纏った剣を食らえば感電する。二人はその場にしゃがみ込んだ。

 ナハトは一瞬で考えた。


(どうする? 逃げる? 今の彼らで、十分連携できる?)


 迷っている時間はない。三ヶ月の付き合いの彼らを信じることにした。


「魔法の使用を許可する! 三人組で応戦!」


 一人で対応させるのは厳しいのはわかっていたから、組はあらかじめ決めてある。


「俺は林の入り口に行きます!」


「ルディ!」


 しかし、ルディは命令を無視して、隠れる場所のない林の外に飛び出した。結局、ステファンがルディの代わりにアルノーとイレーネに合流した。


「いいのか、ステファン」


「あっちにはオリヴァがいるし、俺がこっちに来た方が釣り合いが取れるだろ」


 一方、オリヴァとモニカは二人で合流した。


「背中は任せるよ、モニカ」


「はい、オリヴァ様」


 林から出たルディは、走りながら呪文を唱え終わっていた。


「〈集え集え、火の守り人よ、我は乞い願う、炎の盾となれ〉」


 炎が蛇のようにうねりながら現れ、林と逃げてきた敵兵との間に、いくつもの筋となって走る。燃え上がる炎に敵兵はたたらを踏んだ。その隙に、ナハトの射撃が入る。炎に焼かれた者も、銃弾を食らって死んだ者もいた。



 戦闘は終了した。ナハト達は燃え尽きた敵の宿営地を回って生存者がいないことを確かめると、ようやく休憩を取ることができた。


「疲れたー、しんどーい」


 イレーネが弱音を吐く。他の者達は怒るより、喋る気力も残っていないようだった。


「こら、戦場でだらけちゃ駄目だよ」


 ナハトがたしなめる。しかし彼らが、戦争というものを完全に理解できるのはまだ先だとも思った。


「今日の功労者はルディかな。命令違反だけど。まあ、君の魔法は林の中じゃ使いにくいのはわかるけどね」


 合計してみると、ルディが倒した数が一番多かった。威力は強いが、林の中で使えば火事になる恐れがある。しかしそれとは別に、この少年は元来せっかちな性格をしているらしい。


「すみません、しかも途中で隊長に助けて頂いて――」


 ルディ自身の防御が弱かったので、ナハトが援護射撃する羽目になった。あの混戦ではナハトにできることも少ししかなかったので、それは構わないのだが。


「燃え残った物資はどうします?」


 ルディのフォローなのか、単に知りたかったのか、オリヴァが尋ねて来た。


「持てる分だけ頂こうかな。武器と食料はそんなに残ってないし、近くの村に連絡を取って任せよう。片付けもお願いしたいし」 


 ここはまだ、シバートの勢力圏だ。補給部隊も元々油断していただろう。だからこそ、奇襲であっという間に崩れたのだ。しかし、フォルクバルドの村は近くに点在している。正規軍は入れないから、村人を使って何とかするしかなかった。


「何だか、まだ昼なのに一日中働いたって感じだ」


 アルノーが溜め息を吐いた。


「初陣だしね。早めにテント張って休もうか。みんなよくやったよ」


 それは偽らざるナハトの本音だった。元々ナハトは単独行動が多かったから、七人の部下でも、動かすのは難しかった。それでも彼らは初めての任務をやり遂げたのだ。任務自体はナハト一人でもこなせたかもしれない。しかし、弱い者が力を合わせて任務を遂行するのは、また別の重みがある。


(良い部隊になるかもしれない)

 

 初めてナハトの心に、そんな感情が湧いた。

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