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パラレル・ガーデン  作者: 神崎 司
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流浪する剣士


 目の前に、動物の(むくろ)が転がっていた。彼の剣が付けた傷跡からは、まだ草むらに鮮血が流れ落ちている。足が六本あることを除けば、緑色の竜のような、爬虫類じみた生き物だった。その傷をつけた本人は、冷めた視線で、目の前の命が消えていくのを観察していた。


 タークには、害獣を退治した喜びも悲しみもない。彼らは普通に生きていただけだ。人が獣に殺されるのと、獣が人に殺されるのは、彼にとっては等価だった。

 もともと人間が住んでいなかった土地を開拓し、野生動物の住処(すみか)と餌を奪う。その代わりに獣は、家畜や人間を殺して食べる。生きるか死ぬか。当たり前のことだ。


 彼は竜の(くび)を斬り取って布で包むと、森を抜ける道を歩み始めた。

 

「はいよ、人食いドラゴン退治の褒賞金(ほうしょうきん)五万ラウプね」


 組合所で差し出されたのは、布袋に入った金貨だった。家畜以外にあの生き物が殺した人間の数は、恐らく五人だという。その数が賞金額に比例する。それでも、一年前と比べると、数割相場が低い。


 賞金稼ぎを主な生業(なりわい)としているタークにとっては、褒賞金が減るのは少し問題だ。一応、訊いてみることにした。


「前はもっと高くなかったか?」


「どこも不景気だからねえ」


 受付の中年女性は、深い溜め息を吐いた。


「まったく、戦争やら遷都(せんと)やら、王様は何を考えてるんだろうね。しかも最近は、民衆の前には姿を現さないって話じゃないか」


「正確には“内乱”だけどな」


 他の国と“戦争”したわけではない。あの戦いは、少数民族を住んでいた土地から追い出しただけだ。


 しかし、受付の女性は、タークが細かい指摘をしたことに、いささか気分を害したようだった。


「子供が利口ぶるんじゃないよ。それからこれが、今月新しく出た賞金のリスト」


「ああ」


 これ以上会話しても無意味だと悟ったタークは、一覧の紙きれを受け取った。ほとんどが害獣の駆除願いだった。それ自体は構わない。自分には、もう一人の片割れとは違って、戦うしか能がないからだ。


「それじゃ、もう一狩り行くとするか」


 一番手強そうな獲物に目を付けて、タークは唇の端を吊り上げた。



 道中で、タークはある町に立ち寄った。もう日が暮れそうだったので、宿を借りようと思ったのだ。

 小さいながらも、城塞でぐるりと外周が囲まれている。攻撃されるのを前提として作られた町だ。観音(かんのん)開きの扉のある門では、若い男性が対応してくれた。


「では、こちらの台帳に署名を」


 差し出された紙に、自分の名前を記入する。随分面倒な手続きを踏む町だ、とタークは思った。領主によっては素通りさせる町や村もあるというのに。


「部外者はお断りな町だから、通らなくてもいいと思うけどね。もう夕方だから泊まるしか……」


 この国では、野宿することは死と隣り合わせだ。余程腕に自信のある者しかやらない。小さな国だから、一日かけても町や村に辿り着けないということもない。


「そうだ、領主の家に行って、事情を話すといい。下手な宿に泊まるよりは安全だ」


 親切な青年は地図を取り出し、大きな屋敷の場所にぐるりと丸を描いた。


「道中、お気を付けて」


 青年に見送られて、タークは町の中へと足を踏み入れた。 


 気を付けて、という助言は本当だったようで、町は確かに(すさ)んでいた。通りには幾つか看板が出ていたが、並んで立つ家の壁はボロボロで、空腹で動けなくなったのだろう子供が、何人か隅にしゃがみ込んでいた。


「確かにガラの悪い町だな……」


「よう、兄ちゃん」


 タークが道を歩いていると、後ろから声が掛けられた。振り返ると、まだかろうじて十代くらいの青年が七人ほど寄り集まって立っていた。


「街中でそんな物騒な物、持ってちゃいけねえなあ。俺らが貰ってやるよ」


 先頭の男を筆頭に、彼らは、タークが腰に下げた剣を値踏みするように眺めていた。

 これほどあからさまなカツアゲも珍しい。タークはわずかに感心しながら、剣を腰のベルトに固定していた金具を外した。


「お? 素直じゃんか」


 次の瞬間、男の首は鞘付きの剣で右から強打されていた。男は、どさりとその場に崩れ落ちる。


「ぶった切ってやってもいいんだが、町中だしな」


 ベルトに付けたままだと鞘から抜くしかないから、金具を外しただけだ。これが人気(ひとけ)のない森の中だったら、首を()ねても良かった。それが根本的解決だからだ。しかし、人が複数見ている中で人を殺すと、後々面倒だ。


「鞘付きで勘弁してやる。全員まとめて来いよ」


 軽く挑発すると、若者達はいきり立って、何人かはナイフを取り出した。

 繰り出されるナイフを完全に見切って(かわ)し、相手の胸や胴を、鞘が付いたままの剣で殴打していく。


素人(しろうと)だな)


 タークには、それぐらいの感想しか思い付かない。それだけ、この国が平和ということだろうか。いや、その治安を維持している者はいるはずなのだが。


 武器を持っていた三人が倒されると、残りの四人は攻撃の意志を失ってしまったようで、うろうろと辺りを見回しながら立ち(すく)んでいた。


 さすがに()りただろう、とタークは剣を腰のベルトに固定し直した。その時、パチパチパチと小さな拍手が聞こえた。


 音のした方を見ると、何人かの通行人が道の脇に寄っていて、その中央を若い女性が勿体(もったい)ぶった足取りで近付いて来た。


「すごいわ、あなた。余程剣の腕が立つのね」


 上から見下すような言い方だった。タークは人間にあまり関心を持たないが、彼女を頭から足元まで眺め下ろした。くすんだ金髪で、肩より下に垂れ下がっている。この国では、結婚すると髪を結い上げるので、彼女は未婚だ。綺麗に洗濯された白いシャツとジレのような上着に、長いスカートを穿()いていた。手の込んだ装飾はない。それなりの身分はあり、良い生活を送っているが、貴族とまではいかないだろう、とタークは見込んだ。


「私はこの町の領主ベルホルトの娘、エレオノーレよ。良かったら家に来て、色々話を聞かせて」


「一晩泊めてもらえるなら構わない」


 目的の人物が向こうからやって来たのだ。断る理由はなかった。


「もちろん歓迎よ。この先の高台にあるわ」


 彼女の後に続いて歩いて行くと、町の人々がひそひそと(ささや)き合っていた。


「エレオノーレだ」

「なんでこの通りにいるの」

「家に(こも)ってりゃいいのに」  


 しかし、彼女はそんな声など聞こえないように、悠々(ゆうゆう)と通りを歩いていた。


 到着したのは、塀のある大きな屋敷だった。青年がくれた地図とも合っている。一応、目的地には辿り着いたようだった。

 屋敷の中の廊下をエレオノーレが先頭に立って進んでいく。


「私の一族は、何代にも渡ってこの町を治めてきたの。でも子供が女ばかりで、皆(とつ)いじゃってね。いずれ私が跡を継ぐと思う」


「女だてらに町の主か。その割には、あんま好かれてないんじゃないか」


「大丈夫。いつかきっと受け入れてくれるわ。私はずっとここで生まれ育って来たんだもの」


 タークの後ろから付いて来ている、黒いお仕着せを着た使用人の男性は何も言わなかった。


「こちらが客室です」


 通された客室は、きちんと整えられていた。広々とした部屋に、一人で寝るには大きなベッドが鎮座している。


「夕食の支度が出来たら呼ぶから、ゆっくりするといいわ」


 エレオノーレはそう言い残して、使用人と共に去って行った。


 ドアがパタンと音を立てて閉じると、タークはベッドに寝転がった。


「今日は野宿を免れそうだな」


〈うむ、このような清潔な宿は久し振りだ〉


 唐突に別の声がした。勝手に出やがったなこいつ、と思いながらもタークは声の方を見やった。


 空中に、黄色い熊のような獣が浮いていた。眼は閉じられているのか、元々細いのか、その瞳は良く見えない。丸々とした体から、くるりとした長い尻尾が伸びている。タークのお目付け役の使い魔、スコルだった。


「でも食事は面倒だ……」


〈社交辞令という奴だ。耐えろ〉


「ちっ」


 タークは社交が嫌いだった。愛着のある人物ならともかく、何を好き好んで、つまらなそうな人間と食卓を囲まなければならないのか。タークはベッドの上で胡坐(あぐら)をかくと、ぼそりと呟いた。


「……他にも、気になる点はある」


 夕食はタークの予想を通り越して退屈だった。


「このシーダーの町はブドウの産地として栄え、ワインと共にある」


 領主ベルホルトの自慢話は長かった。


「ここで作られるワインは、王宮にも献上(けんじょう)されている逸品だ。君にはまだ早いかもしれんがな」


「……そうかもしれませんね(ワインじゃ腹は膨れねえし)」


 愛想よく会話するのは、タークの苦手とするところだった。本音が漏れる前に早く終われと念じていると、エレオノーレが興味津々に話し掛けてきた。


「あなたはどこの出身なの? 外の人ってみんな強いの?」


「アイヒェで育ちました。普通の人よりは強いですよ。自分の食い扶持(ぶち)は剣で稼いでいるので」


「まあ! そうなのね!」


 エレオノーレはこの町から出たことがないから、諸々の国内事情を詳しく知らないのだろう。自分は相対的にはかなり強い部類に入るだろうが、それについて説明する程の理由もない。


「君は良家(りょうけ)の出身かと思ったんだが、どうかね?」


 今度は何だ糞ジジイ、とタークは(ののし)りそうになったが、辛うじて堪えた。


「それだったら今頃、剣を持ってほっつき歩いたりはしていませんよ」


「君の食べ方は、礼儀作法に(のっと)って整然としているからね。きちんと(しつ)けられた人間にしか出来ないことだ」


「最近は、そこそこの家庭ならちゃんと子供の躾をしますよ」


 正確に言えば、王宮で長いこと暮らしていたのだ。食べ方のマナーは染みついている。


「はははは、君がうちに釣り合う家柄だったら、エレオノーレに婿(むこ)入りさせてみたかったがね」


「あら、お父様ったら!」


 父と娘の微笑(ほほえ)ましく、かつおぞましい会話に、タークは黙って耐えた。元々の彼を知る人なら、称賛の意を示しただろう。生憎(あいにく)スコルは引っ込んでいたが。



 食事が終わって客室に戻った後、タークは部屋の窓を開け放った。夜ではあるが、うっすらと手入れされた庭が見える。


「……さて」


 タークは窓の縁に足を乗せた。


「あんなに喋りながら、まともに飯が食えるか!」


 彼とて、食べ盛りの青年である。まだ胃袋に余裕はある。タークは窓から飛び降りた。


「この時間まで開いてる店となると、酒場しかないな」


 客室は一階だったので、簡単に部屋から脱出できた。スコルが何も言わない所を見ると、目こぼししてくれるのだろう。タークは夜の町を駆け、屋敷に来る時に目星を付けておいた通りの酒場に向かった。



「だから俺は、ブドウなんてやめろって言ったんだ!」


 ビールの蓋付ジョッキが、テーブルに叩き付けられる音がした。


「いくらここの土が穀物に向かないからってよ……天候不順が続いてるせいで、収穫量は減るし、味も落ちる一方だし」


 タークが座ったカウンターの後ろのテーブル席では、数人の男が(くだ)を巻いていた。


「そういや、ハンザ同盟から食糧援助の話が来てたじゃないか。あれはどうした?」


「町長が握りつぶしたらしい」


「は? こっちは小麦の在庫が切れそうなんだぞ」


「過去の栄光に縋って、現実が見えてないんだろ」


(成程、人が殺伐(さつばつ)とするわけだ)


 タークは皿に残っていた最後のソーセージを平らげると、ラードラーを飲み干した。


(人の出入りが制限されているのは、ワインの製造法を守るためだろう。そのせいで町全体が閉鎖的で、現状に対応できていない)


 タークは、この町をそう評価した。


「だがこの町で町長に逆らうのは無理だ。あいつさえいなければなあ……」

 そのぼやきを、タークは聞き逃さなかった。



 その夜、ベルホルトの館は、火の海に包まれていた。その光景を、タークは少し離れた高い木に座って悠然と眺めていた。


「おー、燃えてら。警戒しといた甲斐があったか」


〈教えなくて良かったのか?〉


 肩にちょこんと乗ったスコルが尋ねて来る。しかし彼も、この状況にさほど取り乱してはいなかった。


「放火したのは、酒場にいたのとは別の奴らだ。暗殺計画なんて、成功するまで何度も立てられるもんだし、教えてもしょうがないだろ」


 無駄に高い塀のおかげで、こちらまで延焼(えんしょう)はして来ないだろう。そう見越して、タークは大きく伸びをした。


「部外者の意見を聞いて心を入れ替えるような男でもなかったし、……運が良ければ生き延びるかもな。その後は勝手にすればいい」


 火事だというのに、家から慌てて飛び出して来る者はいない。使用人の何人かは、計画に加担していて、上手く避難させたのだろう。余程敵が多いらしい。


「まったく、今日も野宿だな」


 目の前の惨状(さんじょう)に似つかわしくない呟きが、タークから漏れた。


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