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パラレル・ガーデン  作者: 神崎 司
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死者は眠り、生者は動く

 ユリアは、長い渡り廊下を歩いていた。少し下がった場所から、兵士達が報告してくる。


「城内の制圧、全て完了しました」


「捕虜は、男三十二人、女子供六十四人です。男は地下牢に、女達は城塔の牢に入れてありますが、いかがいたしますか」


「しばらくは食料も与えて、ちゃんと世話してやれ。まだ政府に報告も入れていない。沙汰が決まるのはその後だ」


 簡潔に指示を出すと、約束されたサロンに向かった。


 扉を開けると、ナハトが「どうぞ」と迎えてくれた。その笑顔は張り付いたようで、瞳は笑っていない。タークは、と見ると、ナハトの背中側の壁に凭れ掛かるように立っていた。左手は剣の柄に掛けられている。いつでも抜けると言っているようだった。

 質素なテーブルには、不思議な香りのするティーセットと、日持ちさせるために固焼きにしたビスケットが乗っていた。

 恐怖のお茶会、というものがあるなら、まさにこの時かもしれない。ユリアが殺されることはないだろうが、この場所での失言は、何に繋がるかわからなかった。


「あなたが知っている全てを話していただきます」


 ナハトが、有無を言わせぬ口調で言った。ユリアは頷いた。


「……事の始まりは、十八年前だった。私と国王カールはいとこ同士に当たる。話す機会も多少はあった」


 ユリアの昔語りが始まった。


「ある時、王にだけ伝えられる口伝(くでん)だという話をされた。そして、あの指輪を見せられたんだ」


 まだ首都がエッシェだった頃だ。この部屋も昔使ったことがあるが、当時あった金目の調度品はすべて持ち去られていた。


「金と銀の指輪だった。それぞれに、赤と青の魔石が嵌っていた。呪具なのはわかったが、そこに刻まれていたルーネを、私もカールも読めなかった。カールは言った。『この二つの指輪にはね、世界を変える力があるんだ』、と。『それが代々王家の中で、言い継がれてきた。アイヒェの丘に石塚があって、その下に指輪が埋まっている。そして指輪に選ばれた者には、大いなる力が与えられる』。私はお伽話の類だと思った。しかしカールは、密かに部下に指輪を探させ、とうとう見つけたそうだ。その指輪が凄まじい不思議な力を秘めているのは私にもわかった。だから、魔力は少ないがルーネをよく読めるという、ランドルフという男を訪ねた。彼はルーネを読んだ。


『金の指輪には“己の研鑽(けんさん)を積む者はこの指輪を得る”、銀の指輪には“世界を良くしようと望む者はこの指輪を得る”と書いてあるようです』


 それだけでは、何も解決しなかった。口伝によれば、指輪との”契約”が必要なのに、身近な所ではそれに該当するような人物はいなかった。考え抜いた末に、一つの仮説が湧いた。“もし、この指輪に意思があれば、その力を使うだろうか”、と。そして、ランドルフの力も借りて、その指輪を(コア)にして使い魔を作ってみることにした。だが、普通の使い魔は己の主に絶対の忠誠心を持つのに、それは無理だった。だから、私とランドルフで主の権限を二分したんだ。それが功を奏したらしい。時間は掛かったが、まるで普通の人間のように自由意思をもって動く、人型の使い魔を作る事に成功した。私達はお互いがいつか死ぬかもしれないから、その保証という点でも悪くなかった。


 ……しかしカールは、それだけでは足りなかったらしい。指輪に繋がるような言い伝えが残っているかもしれないとして、アイヒェに侵攻することを提案して来た。ヴィリー族は、我々よりも先にあそこに定住した民族だった。良い土地だったし、確かにエッシェはもう手狭だった。しかし、指輪のことを誤魔化すためには、穏便に譲渡してもらうわけにはいかなかった。

 そのために私達は戦った。疑心暗鬼にかられながら、ヴィリー族の文化と故郷を破壊した。石碑のことなど、覚えている人間が一人も残らないように」


 ユリアはそこで言葉を切った。喋り過ぎて、喉が渇いていた。薄黄色のハーブティーを一口飲んだ。


「紅茶も出せなくてすみません」


 ナハトが淡々と謝罪した。彼は特段、顔色を変えなかった。ここでちゃんとした茶葉を手に入れるのは難しいのだろう。


「一つだけ訊いていいですか? 僕らの魔力と記憶をあそこまで強固に封印したのは何故です?」


「何故も何もない。どうなるかわからなかったからだ」


 どうなるかわからない物でも利用しようとするのは、人間の(さが)なのかもしれない。しかもそれが、本来の用途とは違うなら尚更だ。


「俺からも訊きたい」


 ずっと黙っていたタークが口を開いた。


「主の権限を二分したってことは、お前もランドルフも俺の居場所は知ってたんだよな。おれにちょっかいかけてたのはどっちだ?」


「ちょっかいというのが何を意味するのか知らないが、私は放置していたから、やったとしたらランドルフだな」


「成程」


 タークは納得したらしく、また黙ってしまった。 



 ティーポットが空になった。参加者全員が冷え冷えとしたお茶会は、ようやく終わりの兆しが見えて来た。


「正直、真相を話したら怒られるかと思っていたんだがな。そうだナハト、お前に確かめてほしいものがあるんだ」


 ユリアはやっと気を緩めた。ナハトは何か別のことを考えているようだったが、ユリアに話し掛けられると顔を上げた。二人は連れ立って、一つの部屋に入った。


「こいつが首謀者で間違いないか?」


 テーブルの上に置かれた盆には、生首が一つ乗っていた。血はもう大分固まって、首の周りにこびり付いていた。

 その時のナハトの心情を悟ることが出来たら、ユリアの運命は何か変わったかもしれない。

 血を受けるための盆の上にあったのは、フォルカーの首だった。肌は青白く、透明さすら感じられた。


「……間違いないです」


 感情の乏しい声だった。ユリアはいつもその声に訊き馴染んでいたから、ナハトに起きた変化に気付かなかった。


「そうか。お前がここに来た甲斐があったというものだ」


 ユリアは安堵の溜め息を吐いた。


「これでこの仕事も終わる。他に処分した方がいい奴はいるか?」


「いいえ、いません」


 恐ろしく事務的な答えを、ユリアは気にも留めなかった。彼女の欠点は、他人の感情に鈍感な所だった。



「……うるさい」


 ドアが開いて開口一番、タークに言われたのがその台詞だった。今の自分の心は、タークに伝わってしまう程大荒れらしい。ナハトは自室のベッドに寝転がって、枕に顔を埋めていた。彼自身は一言も喋ってはいない。それでも幾らかの感情は伝わってしまうようで、ドアの前に立ったターク本人は関係ないのに、やや不機嫌になっていた。自分達の正体を思い出したはいいが、詳細に説明されると心が揺らぐ。まして、人が死に過ぎた。


「しっかし狭い部屋だな。こんな所に隠れて楽しいか?」


 ナハトとタークは城の中で好きに動くことを許されていた。止めようとして止められる者がいるかは謎だったが。


「まあ、罪状から考えたら仕方ないんじゃねーの。アイヒェで報告するのに、証拠も必要だろうし。重罪だと、槍に刺して晒し首にするんだったな」


「重罪……」


 タークは、フォルカーについて何も知らない。ナハトを慰めるつもりはあるようだが、言葉には容赦がない。この、理不尽な残酷さが現実だ。


 ナハトは起き上がった。フォルカーと城塔で話し合ったことも、身分証を投げ捨てたことも、遠い昔のように思えた。あれは本当にあったんだろうか? 自分の記憶すら疑わしくなってくる。

 一番確実なのは、死者の記憶だ。そこに辿り着く道を、ナハトは探していた。記憶を取り戻すよりも、あそこに繋がる扉を開く方が難しかった。


「僕はあの人のこと、詳しくは知らない。でも、一生懸命生きてて、誰にでも優しくて……」


 一人の人間に入れ込んでは駄目だと思うのに、感情が揺れる。クローネで出会った中で、一番特別だったのは、やはり彼だった。若干の下心があったとしても、彼が示してくれた率直な人間らしさ、優しさは抜きん出ていた。


「こんな死に方をするべき人じゃなかった……!」 


 思わず叫んだ言葉は、若干の湿り気を帯びていた。


「だけど、お前と契約できる程の大した奴じゃなかったんだろ。いいか、俺達は完全に信用されてるわけじゃない。ユリアがいない所でこそこそするな」


 タークの警告は厳しいが優しい。


「これからどうする?」


 タークがベッドの端に座った。色々なことがありすぎて、考えるのが面倒らしい。


「……考えたくない」


 今はまだ、死者を悼んでいたかった。今日だけで沢山の犠牲者が出た。

 しかしいずれは、全ての決着を付けなければならないだろう。

 静かな夜が、月の下で(うごめ)く者達を覆っていた。 

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