ジークムントの殺戮人形
折角のGWなので、書いてみることにしました。
ラストまで構想は出来てるんですが、自分の苦手な長編なので、あんまり気負わず行きたいと思います。
「星結び」に出て来る、みどりさんの正体が後半で判明する・・・筈です。
「正しい人間に力を与えれば、正しい世界ができると思う?」
最近のお気に入りだという、プラチナブロンドの少女の姿をした“彼女”はそう言った。
「俺は、人間とかいう単一種を贔屓するのは賛成しないが」
もう一つの声が言った。あまり楽しそうな様子ではない。
「そうね、人によっては人類を絶滅させたがるかもしれない。でもその方が面白いわよね。○○○もそう思わない?」
突然話を振られて、“僕”はまごついた。
「僕は……そうだね、少し楽しそうかな」
すると彼女は、翡翠色の瞳を輝かせて、くるりと舞った。浅緑色のスカートが、動きに合わせて翻る。
「じゃあ、賛成2、保留1で、この提案は可決!」
「俺はいつ保留を表明したんだよ」
もうひとりはまだ文句を言っていたが、彼女の決めたことには早々逆らえないのは、重々承知の筈だ。
「あまり深く考えることないわよ」
彼女はあくまでも楽しそうだ。
「あなた達が、望ましいと思う人間を選べばいいの。だってあなた達は○○○○なんだから」
―――――――――――――――――――――――――
探している。
誰かを探している。
自分が何者か忘れてしまっても、誰かを探している。
ナハトは、少し息を乱しながら、山の中腹へと続く道を上っていた。この先には約三千年前の遺跡があるはずだ。昔はきちんと整備されていただろう道も、今では草が所々に生えているデコボコ道だ。しかし、観光地でもないのに道が消えていないということは、ここを使っている誰かがいるということでもある。
果たしてナハトは道の途中で、若い男二人組に出会った。それぞれが、遺跡には似つかわしくない、弓と剣を帯びている。
「なんだ? お前は」
二人組の片方が言った。僅かな警戒心が混じっているが、そこまでの緊張感はなかった。ナハトは、中性的で穏やかそう、と言われる自分の容姿に感謝することが多い。相手に警戒されると、仕事がやりにくいからだ。
「道に迷ってしまったみたいです。良かったら水と食料を分けてもらえませんか?」
そう言うと、二人組は顔を見合わせて、着いてくるようにと促した。
辿り着いた遺跡は、石で造られた柱や水路がよく残っていた。大量の湧き水があり、今でも水路には水が通っている。
昔ここでは、水を使った神託の儀式が行われていたという。神殿で神が巫女に宿り、お告げを下すのだ。現在を生きるナハトはあまり信憑性を感じないが、当時はそれ以外に頼るものがなかったのだろう。
遺跡の周囲は町になっていて、神託目当てで訪れる人達の休息所にもなっていた。
(懐かしいな)
家らしき建物の残骸を見ながら、ナハトは漠然とそう思った。そして首を傾げた。ここに来たことはないはずだからだ。しかし、ナハトは孤児で、五歳頃までの記憶がなかった。昔、誰かと来たのかもしれない。顔も覚えていない誰かと。
二人組はナハトを町の奥の神殿まで連れて行った。そこにはまだ屋根が残っており、多少の雨風は凌げるようになっていた。神殿の床では焚き火が焚かれ、その周りを十人ほどの若い男達が座って囲んでいた。二人組が、リーダーらしき、顎髭が伸びた男に話し掛けると、彼は鷹揚に頷いた。
「ここを見つけるとは運がいいな、坊主。麓の町に行く道を間違えたか? 俺達の昼飯の残りだが、ま、食ってくれ」
そんなわけでナハトは、焚き火に掛けられていた焼き魚を分けてもらえた。相手に接近する理由が欲しかっただけで腹は減っていないのだが、魚に罪はないので頂くことにする。
「神殿で焚き火なんてして大丈夫なんですか?」
「燃える薪がありゃいいんだよ。下手に地面でやって、山火事になっても面倒だからな」
神殿を建てた過去の人物は大層嘆きそうだが、ナハトにはどうすることもできないし、下手に刺激すると仕事に悪影響が出かねない。魚を食べ終わると、ナハトはさっそく切り出した。
「この辺りの街で、貴族や裕福な商人を狙って金品を盗む、義賊気取りの輩がいると聞いたんですが、知ってますか?」
「知ってるも何も、聞いて驚け、俺達がその義賊“クローネ”さ!」
リーダーらしき男が、臆することもなく言い放った。
「政府は俺達へ移民から税金を搾り取るくせに、貴族や商人からは碌に税を取らない。だから俺達が、富を再分配してやってるのさ!」
自分達のしていることは正しい、といわんばかりだった。
「……そうですか、良かったです。ご自身で認めて頂けて」
ナハトは立ち上がると、呪文を唱え始めた。
「〈流れる水よ、全てを大地に帰したまえ〉」
「何を言って……」
呪文を理解できなかった若い男は、突然謎の言葉を喋りだしたナハトを笑った。しかし、その顔はすぐに驚愕の表情へと変貌した。
周りの水路から水が溢れ出し、彼らを押し流していく。
「魔法使いか……!」
誰かが叫んだが、水が引いた時はもう、ほぼ全員がその場に留まっておらず、散り散りになって倒れていた。
「こんなものか。やっぱり水属性の魔法は殺傷力が低いなあ」
ナハトは目の前の惨状を見やって、のんびりと言った。
「俺達がお前に何をしたっていうんだ! 親切にしてやったじゃねえか!」
リーダーらしき男が叫ぶ。しかし、個人の事情というものは、大きな事情の前では大抵が無視されるものだ。
「申し遅れました」
ナハトは丁寧に頭を下げた。その拍子に、首から下げていた身分証が、服の中から滑り落ちた。黒い革紐に繋がれたそれは、名前が書かれた銀の板の端に青い雫型の石が三個付いており、揺れるとシャラリと音が鳴る。
「ジークムント所属の魔法使い、ナハト=フェアトラークといいます。フォルクバルドの法の下、他人の財産を不当な手段で奪う者に、死をもって償いを」
リーダーらしき男は、やや落ち着きを取り戻していた。
「……すげぇな、最初から独りで俺達を皆殺しにする気だったのか」
「はい。お仲間と一緒に溺死できなくて、残念でしたね。ここから先は苦しいだけでなく、痛いですよ」
その言葉は、男を一瞬で激昂させた。
「くそがあああぁあ!」
腰に下げていた剣を引き抜くと、ナハトへと斬りかかる。ナハトはそれを軽々と跳んで避けると、乾いている柱の上へと着地した。見下ろすと、床では何人かが起き上がろうとしている。この人数を一度で始末するのは無理だろうとは予想していたし、実際そうだった。
「“親切”って、免罪符ではないでしょう?」
そして詠唱を始める。
「〈天より降りし裁きの雷よ、我が敵を撃ち滅ぼせ〉」
上空から青い雷が、幾筋も流れ落ちる。悲鳴が周囲に響き渡ったが、ナハトの他にまともに聞く人はいない。雷が消えると、黒焦げになった死体が幾つも転がっていた。
「これくらいでいいかな」
神殿を水浸しにして通電性を良くしてから、雷属性の魔法を使ったのだ。逃げられた者がいるとは思えない。自分の魔法に有利な状況に持ち込むことは、基本中の基本だ。ナハトは雷属性の魔法がそんなに得意ではないが、これを食らって生きている人間はまずいないだろう。
ナハトは柱から降りた。
「後はどうしよう……」
その時、背後からふらふらと、別の男が剣を持って近付いて来ていた。
「皆の敵を……!」
ナハトは一瞬、攻撃をただ避けるか、魔法で防ぐか迷った。瀕死の人間の一撃など、大した脅威ではない。
〈最後まで気を抜くなって言ってるだろ〉
気が付くと、目の前に緑色の薄いバリアが張られていた。男の剣は、バリアに阻まれている。
「ハティ、ごめん……」
ナハトは、オレンジ色の狼のような姿をした使い魔に謝った。この、手の平サイズのお目付け役の獣に叱られる程のミスを犯したつもりはないが、気付かぬ間に防御結界を張られるくらい油断していたのは確かだ。
〈出て来たついでに、もう一仕事するか〉
ハティと呼ばれたファミリアは、自らの周りに風の輪を発生させた。
〈地獄で金でも数えてろ〉
すでに瀕死だった男は、最後にその首を風に切断され、完全に事切れた。
ナハトは、十人ほどの遺体を、神殿から引き摺って運び出した。その拍子に、リーダーらしき男の服から一通の封筒が出て来た。
「……手紙だね」
濡れた上に、雷を受けた封筒は、多少焦げてはいたが、まだ原形を保っていた。蜜蝋で封がされ、ペーパーナイフで開けた跡がある。蜜蝋には、簡略化された王冠のマークが記されていた。
〈どうでもいいだろ、そんなの〉
ハティは空中に浮かびながら、呆れた調子で言った。
「でも、王冠をかたどった蜜蝋は、王室の許可なしに使っちゃいけないんだよ。
……あれ、便箋がない」
〈捨てちまったんだろ?〉
ハティの言葉を無視して、ナハトは中を確かめるように、封筒を大きく開いた。
「……次の満月の日、正午、ホールンダーの森」
なんということはない。封筒の中に書いてあった。
〈――子供が考え付きそうな隠し方だな〉
ハティがげんなりしていた。わざわざ封筒の奥まで確かめるなんて億劫だと思っていたのだろう。この使い魔は結構面倒くさがりなのを、ナハトもそれなりの期間一緒にいるので知っている。
「でも確かに、犯人の特定には苦労したんだよね。盗まれた金品を売り捌いた経路が最後まで不明だったせいで」
そして考え込んだ。
「もっと大きな、組織ぐるみの犯行なのかな……」
その後ナハトは、全員の遺体を遺跡の近くの地面に埋めた。埋葬が終わると、そこらに咲いていた白い花を一輪ずつ、土の上に置いていく。
「この人達が安らかに眠れますように……」
跪いて祈りを終えると、ハティは苦虫を噛み潰したような表情でこちらを見ていた。
〈いつも思うけど、お前の中で、罪人を自分で殺して、埋葬して、冥福を祈るって折り合い付くのか?〉
「ハティは変なこと気にするね」
ナハトにとっては、ごく自然な行為なのだが、この相棒とは、どうにも合わない時がある。
〈……だから、殺戮人形とか物騒なこと言われんだよ〉
ハティが小さな声で言った。ナハトはその言葉に返事するかか迷ったが、思い付かなかったので結局聞かなかったことにした。
「ユリアさんへのお土産もできたし、帰ろうか」
努めて明るい声で言い、ゆっくりと歩き出す。
「正しいことだけしてれば、誰にも咎められないのにね」