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ファンタジーでハードボイルドしてみたさ  作者: 礼三
#3 アーサー隠し子発覚?-ハイジの新たな生活-
25/27

#3-1

 窓を全開にすれば風通しの良い屋根裏部屋には幾つものシーツが干されている。グィネヴィアは日に晒され乾かしたシーツの匂いが好きだが、季節柄、突然の雨に見舞われることも多く、致し方なく、出っ張りのある梁へロープを結び、何枚ものシーツを吊るしていた。

 カーテンのように揺ら揺らと風にいざなわれる白いシーツを一つずつ乾いているか確認していると、不意に腕を掴まれる。

「…何しているの?」

 グィネヴィアは突然のことにびっくりするが、こんなふざけたことをするのは恋人のアーサーぐらいしか思いつかず、実際に悪戯っぽい目を向けて笑みを堪えているのは、やはり、アーサーだった。

「早く会いたくて…。この時間なら、ここにいるかなって…。天窓から忍び込んでみた」

 悪い気もなさそうに忍び込んだと言うアーサー。王族が何をしているのだろうと呆れてしまうが、反面、グィネヴィアはアーサーの身体能力に感心する。

 ここは孤児院を兼ねた宿屋だ。城の一部を解放して作った施設である。屋根裏は地上六階ほどの高さがあり、階段を使わずに登るには城壁を利用するしかない。窓以外に出っ張りのない絶壁をアーサーはどう乗り越えてきたのだろうとグィネヴィアを思い悩ませた。

 グィネヴィアの父が管轄する領地は、先先代の国王より当時の宰相へ下賜された国領の一部だ。グィネヴィアの祖父がその宰相の臣下であったため、譲り受けたものだった。その封土は王都キャメロットに近接している小さな集落である。

 王都が近いせいか、小さくても商いが盛んな土地であったので、下級貴族であっても彼女は裕福な生活に恵まれていた。

 だが、グィネヴィアの父親は儲けたお金を懐に仕舞うのではなく、領民へ利益を還元しようと宿泊施設を設立した。

 領地の孤児を引き取り、宿屋仕事を覚えさせるとともに経営学を学ばせ、更に商業都市を発展させることに尽力している。

 グィネヴィアは幼い頃から、孤児たちと共に過ごすことが多かったので、貴族という概念が自身にはない。

 宿屋の洗濯を手伝うのもグィネヴィアにとって日常であった。

「遠征はどうなったの?北西の海峡へ海賊退治に出かけたのよね?」

「あ…。あれね…。一戦交えたら、頭目が案外気骨のある奴でさ…。海賊を辞めさせて、商船の護衛って形で国のお抱えにしない?って兄上に持ちかけてる」

 その突拍子のないアーサーの提案にグィネヴィアはしばらく言葉を失ってしまった。

 国王が海賊を部下にする…。

 ただ、弟を溺愛している現国王なら実行してしまいそうだ。アーサーの話に出てくる兄王は、アーサーをとても大切にしている。

「…。その頭…。よく了承したわね?」

 海賊は自尊心が高い。

「全く血が流れなかったわけじゃないから、お互いわだかまりは残るだろうけど…」

 アーサーは話しながら、グィネヴィアの腰を抱き寄せ、首筋に舌を滑らせた。

「んっ…」

「最終的に頭目がオレとの一対一を挑んできたんだ。もちろん、オレが負けるわけないだろ?そしたら、自分の首を差し出すから手下は命は助けてほしいって海賊らしくないだろ?」

 そっと、グィネヴィアを重ねたシーツの上に押し倒す。アーサーの金髪がグィネヴィアの顔をくすぐった。

「やっ…。シーツ洗い立てなのよ」

 聞く耳を持たず、アーサーは目を細めて、グィネヴィアの頬を愛おしそうに指の背で撫でる。

「でっ…。身の上話を聞いたらさ…。諸島の一つの国の将軍で、あらぬ疑いをかけられて追放されたんだって…。でっ、手下は慕ってついてきた部下だったわけ…」

 アーサーの手首を握りしめて抵抗するグィネヴィア。アーサーは掴まれた手に顔を近づけ、軽くグィネヴィアの指を甘噛みする。

「だからっ⁉︎」

 このままでは、シーツを再び洗わなければいけない。綺麗に畳んだシーツをベット代わりにアーサーは活用する。シーツは既にしわくちゃだ。

「そう、だからって…。海賊を放置するわけにはいけないだろう?だから、提案策を…」

「アーサー…」

 窘めるようにグィネヴィアが名前を呼ぶ。

「続きしちゃダメなの?」

 まるで、子犬のように哀願するアーサーの朝露が輝く若草のような瞳に抗えるわけもなく、降参したように弱々しくグィネヴィアは首を横へ振った。

「…。ダメじゃない…」

 グィネヴィアは風に煽られて揺れているシーツの間から人ならざるものの気配を感じていた。

 シーツの間から、二人の睦合う様子を恨めしそうに睨みつけている。

 アーサは全く気づいていないようで、グィネヴィアに夢中だ。グィネヴィアのドレスを素早く解き、胸の谷間へ顔を沈め、深く呼吸をして匂いを嗅ぐアーサー。恍惚とした表情を浮かべながら、グィネヴィアはその気配へ視線を送る。

 風で干しているシーツがたゆたう。

 旗めいたシーツの後ろから現れた美しい精霊…。

『あなた…。嫌い…。私のことに気づいているくせに…。見せつけることないじゃない…』

 シーツが再度、風に吹かれたときには、精霊の姿は消えていた。

 美しい女性の容姿をしていたあの精霊は、水を司るウンディーネ。

 見目が麗しく逞しいアーサーは王族としての気品もあり、今まで多くの女性を虜にしてきた。

 まさか、精霊まで惑わせるなんて…。

 これもまたアーサーらしい…。思惑が渦巻いている宮中のなかであって、王弟という立場でありながら、純粋さを決して失わない。精霊に好意を持たれるのも納得はできる。

 深くため息を吐いたグィネヴィアへ、アーサーは熟した果実を味わうかのように唇を重ねた。

 アーサーと舌を絡めながら、ウンディーネがいないのをしっかりと確認して、グィネヴィアはシーツの波に身を任せたのだった。



『なぁ?少し、アルム…。切りすぎだと思わないか?』

 主人が前髪を一掴みしながら私へ問うた。私は尻尾を振りながら答える。

『しっとり黒々と艶めく長めの前髪も気怠げな雰囲気が色気を醸しだして素敵でしたが…。短いのも爽やかさが多少なりとも加わり、良い感じに仕上がってると思いますが…』

 私はフォローを入れるが、主人は不服そうである。

 主人は昨日、アルムに散髪をしてもらった。アルムは手先が器用なので、散髪もお手のものである。確かに短くはなったが、素人にしてはなかなかどうして、主人の頭髪を綺麗に整えてある。

「主観の違いだよね?だらしなく伸ばしているアーサーも好きだけど…。その闇夜より深い神秘の瞳がしっかりと見える前髪も私は好きだな…」

 だらしないなんて、主人に失礼ではありませんか?

 まぁ、主人は面倒くさがりなので、その言葉は間違っていない。いつもなら、アルムに指摘されるまで、髪を放置している。

 主人と視線を合わせるために少し腰を屈めたモードレッド。主人は高身長だが、モードレッドの方が気持ち背が高い。サラサラとした金髪を風にたなびかせ、モードレッドは主人の目を覗きこむ。

 頬に指を添わせ…。

 よもや唇を近づけようとしてませんか?モードレッド…。

「ノォーーーーーゥゥン‼︎」

 私が吠えた声に我に返った主人がモードレッドの手を払い頬を背けた。

 絶世の美丈夫ともいえる二人が並ぶとかなりの迫力があり感嘆もつきたくなるが…。

 主人の隣…。それは私の定位置だ。乱さないでいただきたい。

『顔が近いんだよ…。モードレッド…』

 熱を帯び耳が赤い主人…。私の大好物だが…。その状況を作り出したのが、モードレッドと思うと素直に喜べない。

「変な遠吠えしないでよ。マーリン」

 モードレッドが私へ突っ込みをいれるが、私は意を介さない。我ながらナイス行動だった。

「ごめん。あまりにも魅惑的な瞳に吸い込まれそうになった」

 主人へ臆面もなく謝る。

『お前…。恥ずかしげもなく言えるな…』

「正直なもので…ね」

 主人とモードレッドは冗談とも本気ともとれる念話を度々交わす。そういう間柄だ。

 親しい友人なのか、それともそこにモードレッドの機微が隠れているのか、私でさえ測りかねている。

 モードレッドのおかげか、主人は新しい髪型からは気が紛れたようだ。

『ジメッとするな…』

 主人が顎から垂れかけた汗を手の甲で拭う。

『確かに、ねっとりとした空気を感じますね…』

 風に潮が混じった重さとでもいうべきか…。海が近いのだろう…。

 今、私達は木々が鬱蒼と生茂る緑豊かな森を横断中である。高く聳えた大木が連なり、繁すぎた葉の隙間から幾筋か光は落ちているが、全体的に薄暗い小道をひたすら歩いていた。

 モードレッドの転移魔法で目的地すぐ近くまで移動することも可能だったが

『街入口の手前の森から気分転換に歩いても構わないか?』

との申し出にモードレッドは二つ返事で了解した。

 嘗ての恋人であったグィネヴィアの行方を探したいと主人から依頼を受けたとき、私は精霊仲間を駆使して情報を集めた。

 居場所を突き止めるのは造作もないことだ。

 主人からの願いがあれば、すぐに捜索しただろう。今までしなかったのは、主人の大切な人だといっても、私がグィネヴィアに全く興味がなかったからだ。精霊というのはそういうものである。

 モードレッドにおいても然りだろう。

 彼はフェイの血筋を引いている。フェイは魔女の血脈だが、精霊の系統でもあるのだ。精霊は基本的に心惹かれたものに対してでないと行動を示さない。

『この道は前にも通ったことがある…』

『そうなのですか?』

『遠征にな…。海賊が海を荒らしていたんで、討伐しに来たんだ…』

 遠い目で空を見上げる主人。重なりあう深緑の間から微かにしか見えない燻んだ青を懐かしげに仰いでいる。

「そろそろ街が近いよ…。アーサー…。フードを被ろうか?」

 モードレッドが主人の外套へフードを掛けようと手を差し出したときだった。

「…って‼︎」

 微かに聞こえる誰かの声。

『助けて…って聞こえなかったか?』

 主人は私やモードレッドへ確認するように尋ねたが、既に足は駆け出していた。

「クララ様‼︎」

 声の位置を探りあて辿り着いた先には、髭面の男、その男に拘束されている身なりの整った女性がいた。少し離れた場所にはもう一人の背の高い男が車椅子の少女の背後で仁王立ちをしており、更にもう一人大柄な男が近くに控えている。

「おやおや…。この方が街一番の大金持ちゼーゼマンさんとこのお嬢様か…」

「見てすぐ分かんだろ?足が不自由で車椅子のお嬢様って、こいつしかいねぇーじゃぁねーか‼︎このまま攫って、金貰おうぜぇ…。顔見られたから、家に帰せねぇけどよ…。このガキ、整った顔してるし、人買いに売り飛ばすか?」

「こっちの女はその前に楽しませてもらわねーとなっ‼︎」

「ひっ⁉︎」

 髭面の男が乱暴に地面へ女性を押し倒す。車椅子の幼き子供は必死な表情で彼女の名を叫んだ。

「ロッテンマイヤーっ‼︎」

 車椅子を転倒させそうなほど身を乗りだす幼子。

「おいおいっ…。転けて顔にキズでもつけてみろ。商品価値が下がるだろうが…」

 車椅子の側にいた男が、地面へ落ちたブランケットで子供を椅子へ固定して怒声をあげる。

「静かにしろっ!うるさいぞっ!」

 主人の目の前で子供や女性へそのような手荒な真似をするなんて、死にたいのでしょうかね?

 すぐさま憤怒を暴走させそうな勢いの主人、三人組はその気配に未だ勘づきもしていない。

「まさか、こんなとこにいるとはねぇ…。ついてるなぁー!俺たちっっっガハッ⁉︎」

 まずは、女性へ暴行を働こうとした一人目の顎へ蹴りが入り…。

 あの音は顎が砕けちゃいました?

「おま…グボッ‼︎」

 少女の車椅子の後ろでにやけていた二人目は相方へ語りかける途中、横腹へに拳で突きが伸びて…。

「何だ⁉︎アガッ‼︎」

 三人目はあっという間の出来事に思わず後ずさったが、飛んできてた二人目が身体へ命中して気絶した。

 この二人は肋骨が確実にいっちゃってますよね。呼吸は正常なので、肺に肋骨は刺さってないようですけど…。

 いとも簡単に徒党を組んでいた男たちは主人にのされてしまったのだった。

 良かったですね…。ちゃんと主人に手加減してもらって…。

 主人は理性が残っていたようだ。かなり怒っていたが、彼らは大怪我をしただけである。死に至らなかっただけマシだろう。

 最後まで台詞を言わせてあげましょうよ。

 この方々…。出番はここしかないんですから…。

『幼い子供や淑女に対して…。お前らは人か?』

 意識のない彼らに対して問いかけても、仕方ありませんよ…。

 そもそも主人は声を発せない。

『アーサー様…。彼らは話せませんし…。聞こえてもいませんよ…』

 私は念話で主人に伝えた。喋れない主人に対して、私はテレパシーを交わしている。モードレッドはその念話を拾い、会話へ加わるのだ。

 主人は眉を顰めたが、そのまま少女に近づいていった。

 モードレッドは淑女の方へ手を差し伸べる。

「大丈夫かい?」

「あっ…。ありがとうございます‼︎そちらの方も…ヒィーー‼︎」

 モードレッドがフードを主人の頭へ被せる前に、主人が走り出したので、顔の全容が見えている。西の魔女手製の主人の畏怖を覆い隠す必須アイテムもこれでは効果がない。

 何故、こうも眉目秀麗な主人を人々は怖がるのか、私には考えられない…。

『アーサー様…。フードが外れてます』

 クララと呼ばれていた子供は目を見開いたまま、主人をしばし見つめた。

 普通の人であれば、主人に恐れ慄き顔を背けてしまうであろう。少女の侍女と思われる女性のように…。

「…。ア…。ぃき…い…」

 少女は何かしらの言葉を吐いたが、私は聞き取れなかった。

「クララお嬢様から離れてください‼︎」

 主人へ恐怖を感じているものの、侍女は二人の間に体で割って入った。なかなかの忠誠心だ。

「ロッテンマイヤー‼︎助けてくれた方に失礼だ‼︎すまない…。取り乱していて…」

 ピシャリと幼児が侍女を戒める。

 まだ、幼子の少女である。物言いがやけに大人びていた。主人も違和感を感じたようだが、あえて触れず呟く。

『いや、無事で良かった…』

 主人の言葉をモードレッドが伝える。

「貴女たちに怪我なくて、私も彼も一匹も安心しました」

『私はそれほど心配してませんよ。主人さえ無事であればそれで…』

 口を挟むなとモードレッドが私を目で諭す。

 どうせ、この二人には聞こえてないんだから構わないではないですか…。

 モードレッドも同じ考えであることは明白である。私たちは対象に興味がなければ、気にも留めることはない性質だ。ただ、この魔王…。全般的、生き物に優しく慈しんでいた。

 争いごとを好まないので、無法者には容赦ないだろうが…。

「貴方様ご一行がこちらを通りがからなければ、私たちはどうなっていたか分かりません。心よりお礼を申し上げます」

 深々とお辞儀をした女性の鳩尾の前で重なっている手が震えている。

「私はロッテンマイヤーと申します。この近くの街、ゼーゼマン家へお仕えしております侍従でございます」

 ロッテンマイヤーは立ち姿からみて凛としている。先ほどのようなことがあったばかりなのに気丈に振る舞い、面高で教養がありそうな女性だ。美人というわけではないが、品格の漂う貴婦人といった印象を受けた。真っ直ぐな黒髪を後ろで一本に束ねていて、鋭い眼差しで頬がこけており、少し痩せすぎだなと感じる。

「私はクララ・ゼーゼーマンだ。礼を言う。助かった…」

 簡略な挨拶と儀礼。

 クララと名乗った少女は紺碧の澄んだ瞳をしていた。涼しげな目元、細い線を描く輪郭。ほんのりと赤い唇は薄い。肩で切り揃えられた金髪はサラサラと風に揺れている。

 将来が楽しみな綺麗な顔立ちの少女だが、如何せん、年齢詐称してませんかと思うほど、見た目よりも大人びている。

 5歳…。いや4歳ぐらいですかね…。

 なかなかの不自然さだ。

 ロッテンマイヤーはクララの膝へブランケットを掛けると丁寧に整えた。

「いくらアーデルハイドがアストランティアが好きだからといって、こんなところまで来たのが間違いなのですよ。クララお嬢様…」

 どうやら、ここ一帯に広がるアストランティアの愛らしい薄紫の花の群生を摘みにやってきて、ならず者に遭遇してしまったらしい。

「すまない…。ワガママを言って、ロッテンマイヤーを危険に晒してしまった…」

 血色の悪い肌へ青筋を立てて、ロッテンマイヤーは深くため息を吐いた。

「違います!私のことは構いません!全く、お嬢様は優先順位を間違ってらっしゃいます!」

 先ほどまでの弱々しさはどこに行ったのか、ロッテンマイヤーは強い口調でクララを窘めた。

 その合間に私は魔法で蔓草の成長を促進させ、荒くれ者たちを大木へと縛りつける。

『悪いな…。マーリン…』

『いえいえ…。主人のサポートですから、これも仕事のうちです。モードレッド様、彼女たちに街の治安部隊へ後で報告するように伝えてください』

 モードレッドは頷き、ロッテンマイヤーへ伝えた。

「街に戻ったときに警邏隊へ申し出てください」

『何か手助けが必要ではないか?』

 主人はクララの足が不自由であることを憂慮したようだ。主人の意を汲んで私は続けた。

『何か、お手伝いできることがあれば、遠慮なく仰ってください。幸い、彼らの仲間はいないようですが、ご心配なら街までご一緒いたしますよ』

 モードレッドは膝を折り、クララの目線に合わせ尋ねた。

「何か困ったことはないかな?マーリン…。あの犬が警戒したところ、仲間は居ないみたいだね…。必要であれば街まで付き合うけど?」

 クララはブナの木材で作られた車輪の部分を手で回して可動できるか確認した。

「大丈夫だ。何から何まで申し訳ない。車椅子も無事のようだし、あとはロッテン…。侍女に任せよう」

 モードレッドは柔らかい絹の金髪をしており、青玉のような瞳を細めた柔和な笑顔は世界中の人間を虜にするような女神とも見紛う美貌の持ち主だ。

 その魔王に一切動揺することなく、躊躇いのない言葉でスラスラと遠慮をされたことに、モードレッド自身、少し狼狽えた。

「そう…?」

 クララの背後で従っているロッテンマイヤーはご多分に漏れずモードレッドの容姿に見惚れている。

 侍女という矜持があるので冷静を失ってはいないが、目を奪われてしまうのはモードレッドの前では致し方ないことだ。

「あぁ…。だが、厚意には感謝する」

「なら…。私たちはこれで失礼することにしよう。気をつけて帰るんだよ」

 嫋やかな笑顔でモードレッドはクララへ別れの言葉を告げたが、最後までクララの態度は変わることはなかった。

 彼女たちは私たちの姿が視界から消えるまで見送ってくれた。それに気づいたのは、主人が何度も振り向き彼女たちの様子を確認していたからである。

『どうしたんですか?アーサー様?お知り合いでしたか?』

『いや、初めましてだけど…。あの子の年齢から考えて、ほぼ、アルムの山小屋で過ごしていたオレの知り合いって無理あるだろう?』

 それはそうですけど…。

 それでも、アルムの山小屋へ居候を始めた頃より主人は活動的になった。

『そう言えば…。向こうは自己紹介してくれたのに、オレたち名乗らなかったな…』

「そうだったね…。礼に欠けたかな?」

『良いんじゃないですか?私たち、ただの通りすがりなんですから…』

 大したことではない。先方が名を打ち明けたのは、助けてもらった義理であろう。

「でっ…。アーサーは何が気になるんだい?」

 モードレッドが私の代わりに再度問いかけた。

『あんなに幼いのに歩けないなんて可哀想だなって…。治せないのか?』

 主人は優しすぎる。特に女性や子供に対しては度を超えているように思う。

 これが、騎士道精神だろうか…。主人はキャメロット騎士団の団長だった経歴がある。

「治せるとかの問題じゃないね…」

 モードレッドは人差し指を唇に添えて答えた。私は相槌を打つ。

『そうですね…』

『どういうことだ?』

「もし、怪我や病気で足が動かないのならば、マーリンの魔法であれば治せるだろうね」

 モードレッドでも治療は可能だろうが、彼の魔力が膨大なため反作用で何が起こるか分からない。この魔王は現在この世で一番魔力を持っているだろうが、暴走させる可能性があるので、魔法が使うことができないのだ。

『…?』

 何か力添えをしたいとの主人の意思を受けて、怪我があれば治癒を施せるよう、私は彼女たちの身体を診察した。

 治癒魔法を発動させる前に患部が不明の場合は、水精霊の力で身体の循環している血液の流れで探索する。怪我でも病気でも血流が滞るところがあれば、そこが原因である可能性が強い。

 二人とも正常に血液は流れていた。

 モードレッドも私が二人へ何をしていたのか、感じとったのだろう。他者の魔法を見定めることは魔王にとっては朝飯前だ。

『歩けないのは、体の疾患ではなく心因性からきているのでしょう。それを彼女の主治医が気づいているかは存じあげませんが…』

「今まで周囲の人間が手を尽くしてきただろうし、出会ったばかりの私たちがクララ嬢に対してできることはないよ。今後の回復はあの子の気持ち次第ってことだね」

『あんなに小さいのに…。歩けなくなるほど、ショックなことがあったってことだよな…』

 主人は幼き少女のことを慮って、物思いに沈み憂い顔になった。

 モードレッドは主人の様子を垣間見て困ったように眉根を寄せたが、背中を押して励ました。

「さぁ、アーサー。君には目的がある。気を取り直して、私たちは港街を目指そう。もうすぐそこだ…」

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