#2.5 後半
「君の恋人は戦闘能力も長けているし、潜伏行動も大したものではないか…。ヴィヴィアン嬢と彼女の叔父の目を掻い潜ってデートもしたらしいしな。大切な思い出だと言って、詳しくは教えてくれはしなかったが…」
主人をヴィヴィアンの依頼を受けた『アーサー』と限らないだろうとモードレットが伝えているにもかかわらず、ランスロットはその『アーサー』だと断定している。
ランスロット王って…。こんなに性格悪かったですっけ?
まぁ、王弟である主人の恋人をどういった経緯があったのかは知らないが、妻にした男である。
主人の生存の可能性をどうしても確かめたくて、このような発言に至ったのかもしれないけども…。
嫁の元カレ(しかも、弟)であると推測している男へ嫁を探せなんて…。ちょいと無慈悲なんじゃないですか?
隣では拳を握りしめて、震えているモードレッド。悪意ある視線をランスロットへ向けないように、瞼を閉じて俯いている。
「私の恋人に…」
だから…。いつから主人はモードレットの恋人になったのか、否、恋人ではない。
「貴方の奥様を探しだせとは…。逃げられた尻拭いに私の恋人を利用しないでいただきたい」
右に同意見である。
「おやおや…。一国の王に『尻拭い』とは言ってくれる…」
「非礼に聞こえたならお詫びしましょう。ですが、私の恋人を貴方の色恋沙汰に巻き込まないでください。私の恋人は類い稀なる超絶形美男子です。探しだした貴女の奥様が誘惑されるかもしれませんよ?」
モードレット…。先ほどからここぞとばかりに『私の恋人』連呼し過ぎではないですか?
「それでも、構わない…。私は見つけだしたい…」
ランスロットは遠い目をして思いを馳せる。愛するグィネヴィアを思い浮かべているのだろう。
この度、主人はグィネヴィアの行方を探す決心をした。その結果、私もモードレットもグィネヴィアが主人へ惑わされることがないことは知っている。
「しかし…。類い稀なる超絶形美男子とは益々気になるな」
『関心を持たせてどうするんです?いつものモードレット様らしくありませんね』
『ゴメン…』
いつになく素直ですな…。ふぅ、仕方ない…。ここは私が一芝居打ちますか…。
「グゥ…。ワンワンッ!」
「突然、どうしたんだい?」
突然、吠えた私にモードレットは自然と驚いた。この流れに演技だとランスロットも勘付くまい。
『私はお腹が空きましたよっと…』
私は前足をモードレッドの手の上に乗せた。
『あっ…。なるほど…』
「どうやら、この子がお腹を空かせていませて…。そろそろ、お開きにさせていただきましても宜しいでしょうか…。この子は私の手から差し出したものではないと餌を食べないのです」
舌を出して餌が欲しいとアピールする私。ランスロットは私を一瞥して尋ねた。
「そもそも、そのブラックドッグは何故ここへ来たのか…」
ランスロット王よ…。その質問、然るべきです。
モードレットはランスロットを館へ招くべきではなかった。人間との摩擦云々を言い訳にしていたが、多分、主人の兄が突然に来訪したことに狼狽えて、いつとの冷静な判断が停止したのだ。
表情では隠しているが、内心は途方もなく混乱している。主人のこととなると、この男も思考が飛ぶ。
それ故に、私に助けを求めたのだろう。
モードレットは私の頭を優しく撫でて答える。
「私にとても懐いているので、私を探して来たのでしょう。いつものことです…」
わぁーい…。モードレッドのすこぶる態とらしい笑み…。目が笑ってない!
心の葛藤を抑えて、モードレットの長い足へ頬を擦り寄せる…。
はっ!失敗した!これではまるで猫ではないか…。モードレット、これは貸しですよ。
研ぎ澄ましたランスロット王の目が、全てを察しているようで、居た堪れない…。
ううっ、この屈辱的な行動、恥ずかしい…。しかし、ここで止めるわけにはいかない。いっぱい、黒毛が付けばいい…。
何度も顔をモードレットの光沢が綺麗な白パンツへ擦りつける。
「そうか…。では、お暇することにしよう…。突然の訪問に対応いただいたことに感謝する。不躾な願いを口にしたことも詫びよう…」
「いえ…。お気になさらず(でも、二度と来ないでくださいね。貴方が帰った後、あの魔法陣は封鎖しますし…)」
モードレッドよ…。心の声が私にはダダ漏れです。
ゴーレムに塩を持ってこさせようとする勢いの白々しい笑顔を私はモードレットから感じとった。
『良かったですね…。とりあえず、帰ってもらって』
門前まで丁重にお送りして、ランスロットが魔法陣へ消えるのを見届けた私たちは主人が控えている部屋へ向かっていた。
「あぁ…。マーリンには迷惑かけたよ」
『そうそう、スノーが林檎トルテを主人にご馳走しようと用意してましたよ』
精神的に消耗しているモードレットを責める気もなく話題を変える。たまには、私もモードレットへ労わることもあるのだ。
今日のことで分かった…。私もあの男は苦手だ。
主人の兄上であることを配慮した上での感想である。
「林檎トルテ?あぁ…。あれかな…。何度か、スノーくんが試作を持ってきてたね…。スポンジ生地へ甘藷のクリームを挟んで、薄切りにした林檎のポンコートを、崩れないように花びらのように重ねて飾っていてね。見応えある仕上がりで美味しいんだよ。ようやく、納得したものが出来たのかな…。香りが豊かな紅茶のミルクティーが合いそうだ…」
先に意見を…。って、スノーは主人に林檎トルテを食べさせてましたけど、それより先にモードレッドが試食しているんですね…。
主人が何より優先的な言葉で主人の自尊心を煽ろうとしたのか…。人の機微に鈍いことで有名な主人に無駄なことだ。
スノーは完璧なものを主人へ食べてほしいかったから、モードレッドへ協力を仰いだのだろう。
『へぇ…。スノーは柑橘系の紅茶を用意していたようですが…』
「そうなんだ。飲み比べるのも、楽しみの一つだよ。でも、紅茶は犬には飲ませない方が良いんだよね…。マーリンには山羊のミルクだね。アルムが時々くれるんだ」
最近、何故か犬に食べさせていけないものは、私にも食べさせてはいけない風潮が広まっている。私はブラックドッグなのに…。この外見だが、精霊なのだ。
『私は犬ではありません…。ブラックドッグですって…。っていうか?アルムと仲良しになったんですね』
「アルムは随分、柔らかくなったよね。彼の基準はアーサーに害するか?否か?だから、私にも甘くなったんだろうけど」
モードレットと他愛ない会話を交わしている間に、主人が待っている部屋へ着いた。
『マーリン、モードレット…。何があったんだ?』
『私からは何とも…』
私はモードレットが自ら話すだろうと、目配せした。
「聞かないでくれないかい?ちょっと、私がしでかしてね。マーリンがフォローをしてくれたんだ」
『珍しいな…。マーリンがモードレットを手助けするなんて…』
主人…。その物言い、酷いですよ。確かに私がモードレットを助けるなんて想像つかないと思いますが…。
『でっ?何があったんだ?』
主人は再び尋ねた。珍しく、食いさがらない主人。自分だけ、残されたのが気になるのだろう。
「本当に自分の失態に反省しているんだ。詳しくは聞かないでほしい」
真っ赤にした顔を手で隠すモードレットの様子をみた主人は少し首を傾げた。
『…わかった』
『ええっ⁉︎探らなくて良いんですか?』
探られても困るのだが…。私はモードレットに対して意地悪という名の尻尾が生えていた。
「マーリン⁉︎」
『だって、あんなに恥じらいでいるモードレットなんて初めて見たんだぞ…。追求するなんて、可哀想だろう…』
モードレットの計算だろうか、先ほどの表情は確かにあざ可愛いかったと言えよう。モードレットの柳眉を困ったように顰めれば効果大だ。大概のことに動じない主人の心をくすぐるほどに…。
スノーの得意技をモードレットは習得しましたね…。
ピロペロリン…。魔王は新たな技『あざ可愛い(魅了習性)』レベル1を手に入れた。
いや…レベルMAXかな…。
『ところで…。私の林檎トルテは?』
私の目はテーブルの上を見据えた。机の上にはホールサイズの林檎トルテが乗っかっていただろう白い皿が綺麗に何もない状態で置かれている。
私は主人へ首を回すと、主人は顔を逸らす。その様子に気づいたスノーの私を打ちのめす言葉…。
「美味しいって仰って、全部、食べちゃったんです」
『何ですと⁉︎あれほど、残しておいてほしいとお伝えいたしましたよね?』
『だって、美味しかったんだもん』
上目遣いに私を見つめる黒曜石の輝きが増した瞳。頬は軽く膨らませている。
「何ですか!何が起こっているんですか?」
主人の手腕にスノーも釘付けだ。
スノーよ…。いつもより、心拍数上がってません?それは主人に慄いているのですか?んっ…。違うな…。いつも恐れられている主人の威光を打ち消すほどの破壊力…。
『だもん?だもんって何ですか?いつから、そちらの方向へ転向したんです。アーサー様らしくありませんよ‼︎可愛いこと言ったら許させると思ってるんですか?最近、あざ可愛い趣向が流行っているんですか⁉︎ぁあーー‼︎でも、可愛いかもって許してしまいそうな自分が許せない‼︎』
いけない…。私の怒りもを持っていかれそうになった。地団駄を踏む私に焦る主人。
『らしくないってなんだ!てっ…転向なんてしてないぞ。いや…。許してもらおうとは思ったが…』
「ふっ…。ははははっ…」
モードレットは堪らず吹き出した。常に優雅な物腰のモードレットが、腹を抱えて笑いだす。
そこへ、ゴーレムがワゴンを押して、部屋へ入ってきた。
あっ…。この芳ばしい芳醇な匂いは…。
「えっ?何を話しているんです?モードレット様がこんなに笑うなんて…」
「いや…。あのね…」
涙目になったモードレットはスノーへ説明しようとする。
『待て!モードレット!オレもお前のことを追求しなかっただろっ!言うな‼︎』
主人の制止にモードレットは笑いが堪えきれない。
「だって…。もんって…。ふっくっくくっ」
『だからっ‼︎』
「何です!マーリンさん?何があったんです?」
『私がスノーへ話しかけても聞こえないでしょう?』
すっきりとした目元を濡らした涙が輝いている。それを人差し指で拭いながら、モードレッドが言った。
「私が注文した林檎パイはまだあるんだよね?」
そう…。美味しそうな林檎の匂いが、私の鼻先を誘っている。
「はいっ!それに、こんなこともあるかと思って…。こっちのトルテも、もうワンホール作ってきてたのに…。マーリンさん、教えてくれないならあげませんよ‼︎ふんっ!」
鼻を鳴らして、私から顔を背けるスノー…。
どうやら、スノーはゴーレムへお願いをして、新しい林檎トルテを持ってきてもらったらしい…。
何…。この試練…。
「くぅぅん…」
私は潤ませた目でスノーを仰ぎみて尻尾を振る。秘技『媚を売る』
『何だよ…。マーリンだってスノーに甘えてるじゃないか?』
抗議する主人の言葉に歯止めが効かなくなかったモードレッド。室内へ笑い声が響く。
「ふっはははっ、はははははっ…」
「もうっ…。なんでモードレッド様は壊れたように笑うんですか?マーリンさん?」
だから、私はスノーへ話しかけれないんですってば…。ああ…。もう収集がつかなくなったではないですか…。
私も早く林檎トルテを堪能したいですぅ‼︎