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#2.5 前半

 スノー…。

 あーだー⁉︎何してくださってるんですか?

 何故、このお方を連れてきたのですか?絶対に連れてきてはいけない方ですよ…。


「マーリンさん…。モードレッド様が客間までお越しくださいとのことです。マーリンさん、一匹で…。何やら非常事態とのことですが…」

 モードレッドの城にサウナ目的で滞在している主人と私…。

 モードレッドから林檎パイの発注を受けたスノーが籠を携えてやってきた。林檎パイが好物の私たちのためにモードレッドが注文したようだ。

 主人もついでに、スノーへとあるおつかいを依頼した。スノーは目的を果たして帰ってきたようだ。主人が頼んだ荷物を持って、テーブル上へ置いた。カンッと金属が重なる物音が立った。以前、アルムに頼まれたお菓子道具が鞄の中には入っているはずだ。

 スノーを待っていた時間…。

 主人がソファから足を投げだし、ひと眠りしていた傍ら…。

 本日はまったりしているなぁ…。

 私は足元でのほほんと伏せて微睡のなか、時折、主人の足を黒い尻尾で撫でていたのだが…。

 別に理由はありませんよ…。

 嘘です…。構ってほしいです!私!

 スノーは主人と私が休息している部屋へそそくさと訪問して、突然、私をモードレッドのところへ向かうように促す。主人と私へ目を合わせようとしない。

『私…ですか?』

『オレは行かなくて良いのか?』

 主人が徐ろに立ちあがるのを見て、スノーは潤んだ上目遣いで主人を見上げ、両手を広げて進路を塞いだ。

 妨害など苦にせず、小さな体を薙ぎ倒し突き進むことは、主人にとって簡単であるが、そのような行動が実際にあり得ないことをスノーも分っている。

 スノーは性別が男子にもかかわらず、一見女子に見紛う可憐な容姿をしている。今も紅潮させている頬が一段と彼の愛らしさを増す。

「モードレッド様曰く、マーリンさんだけお越しくださいとのことでした」

 だが、説明しているスノーの顔は差し迫っており、何やら雲行きが怪しい。

『私、パパッと行って戻って参りますので、帰ってくるまでお寛ぎください』

 主人は訝しげな視線を私へ送るが、私も寝耳に水で、事情は全く分からない。

 あぁ…。その懐疑心に満ちた冷めた眼差しに私を映してくださるのなら、それさえも至福です。

 黒曜石のような煌めきを持つ主人の視線が、私の胸の的へ突き刺さり、心拍数が心なしかあがっていた。

 スノーは私たちのテレパシーを拾うことはない。気まずい空気を打ち消すかのように、大きな声で主人へ持ちかける。

「お茶冷めてませんか?新しいのを準備いたします。僕、あとで皆さんで食べようと思って…。林檎トルテを試作で作ってみたんです。先にアーサー様のご意見を伺ってもよろしいですか?」

 ウネウネと腰を振り、唇の前でと両人差し指の先をトントンと何度か叩き合わせるスノー…。

 あざとい…。

 スノーの物言いに一抹の嫌な予感が走る。

 にしても…。何があったのでしょうか…。

 主人はスノーの提案に気を取り直したようで再び席へ着いた。

『林檎トルテ…。食べたいかも…』

 主人の動向に安心した表情でおでこを手の甲で拭う仕草を見せるスノーは、態とらしく、ふぅーと溜息を吐いた。

「すぐにご用意しますからお待ちください。紅茶も柑橘系の甘い香りのするのを仕入れたんですよ。こちらに蜂蜜をたっぷり入れされてもらいますからね」

『悪いな…。オレのために…。ありがとう』

 主人に恋心を抱いているスノーにとっては、大したことではない。

 感謝の言葉は届いていないが、着席をした主人を満足そうに眺めているスノー。最近、スノーは畏怖よりも愛の力が増してきたのか…。主人を恐ることも少なくなった。

 纏っている空気は変わらない主人だが、長く付き合えば、主人の佇まいや行動から、優しさが滲みでているので恐怖も半減するのかもしれない。主人は紳士だ。子女に常に親切で、年配者に礼儀正しい(アルムへは例外…)。ちょっと…。否、かなり、怖い雰囲気を醸し出しているけど…。

 スノーは近くに控えていたゴーレムへ調理場の場所を尋ねた。モードレッドの屋敷は幾多のゴーレムが侍従として城主の補佐をしている。

 言葉を発せないゴーレムは身振り手振りでスノーへお茶のためのお湯を準備してくると伝えた。スノーも会話ができない主人との意思疎通で鍛えられたのか、ゴーレムの意図を汲んだ。

 ゴーレムの方がジェスチャーが上手なだけ、主人よりも伝達が分かりやすい。

「ルンルン。アーサー様と二人きりのティータイム…。ぐふふふっ」

 本音が出ましたね。早く帰って来なければ…。

 スノーの魔の手に主人が屈することはまずないだろうが、二人きりにはしたくはない。

 多分、ゴーレムはお湯を用意したあと、スノーの指示で退出するに違いない…。

 でも、それよりも私が気になるのは…。

『アーサー様…。このようなことを申し上げるのは侍従としていかがかと思うのですが…。私の分も置いておいてくださいね』

『お前はオレを何だと思っている』

『私の敬愛する食い意地のはっ…。いえ、食いしん坊のご主人様です』

 主人の視線が冷気を孕む。それを見てとったスノーは勝ち誇った顔で私へ言った。

「ほらっ…。アーサー様も早く僕と二人きりで過ごしたいようですし…。お邪魔なんですよ、マーリンさん。モードレッド様がお待ちですよ」

 先ほどまで焦っていたくせに、今では落ち着きを取り戻して、私を手のひらで払う。

 ゆっ、許さまじ…。スノー…。覚えてらっしゃい‼︎

 ゴーレムが調理場へ向かうために扉を開けたのだが、私のためだろう、扉を支えたまま待機している。

 私は後ろ髪ならぬ後ろ毛をひかれながら部屋を出て行った。


 扉の前には別のゴーレムが待機しており、私をモードレッドの場所まで案内してくれた。

 この城は個人の持ち物にしては大きく、客間もたくさんあるので、迷わないようモードレッドの指令を受けてだろう。

 いつもならば、魔王モードレッドの存在感は大きく、気配で十分に辿れる。

 世間では気配を潜めて活動するモードレッドも陣地内である古城では隠す必要がないからだ。

 因みに古城の周りは結界が張っているので、気が漏れることはない。

 だが…。

 今日はゴーレムさんの導きがなければ、部屋を探すところでしたね…。

 全くモードレッドの所在が分からないのだ。ブラックドッグの私の鼻が効かないとは可笑しなものだ。この邸は芳しく柔らかな花の香りが漂っている。どこもかしこも、庭園の花が飾られているからだろう。

 モードレッド自身も花のように甘く華やかな香りを放っているので、匂いからは探知するのは難しい。

 それにしても…。タイプの違う美男子が揃いましたね。

 モードレッドを嗅ぎとろうと鼻を動かしているうち、ふと、私は想いに耽る。

 今、こちらに滞在しているものは皆、美意識高め男子だ。スノーはあざ可愛い系。モードレッドは気品が溢れる貴公子系。主人は無頓着ではあるが、そもそも、何もしなくても美しいのだから、致し方ない。無自覚王子系とでも言ったところか…。

 元々、王弟なのだから、王族に違いなく、王子と呼ばれてた時期もあるので、しっくりくる。

 齢四百歳を超すモードレッドに男子と括るのは乱暴かもしれない。

 私は…。黒い毛並みが輝く妖しげな…。どうでしょう…。目つきが凛々しい黒妖犬。うーん、そのままか…。黒曜犬ですしね…。美意識高めでもないですし…。

 あれやこれや模索をしている間に着いたようだ。ゴーレムが部屋へ私を通す。

 扉を開けて目にしたものを、私は二度仰いだ。

 一度目はモードレッドと対峙している人物の確認…。すぐに目を逸らして、何かの間違いだろうと、二度目の見聞…。

 そこには新たなに美丈夫が待ち構えていた。

「これはいつぞや、お目見えしたかな…。アーサーと呼ばれた男の飼い犬…。珍しい…。ブラックドッグか?」

 私は、かっ、飼い犬ではありませんよ‼︎侍従です‼︎

 穏やかな眼差しの奥で私を洞察しようとする鋭い光を放っている。一つに束ねた金髪を肩から垂らしているが、放つ光彩が目に眩い。

『モードレッド⁉︎何ですか⁉︎何でこのお方がここにいらっしゃるのですか⁉︎』

 目鼻立ちが整っており、年齢を重ねてはいるが、刻まれた目尻の皺から大人色香が匂うような、上品な佇まい…。

『そんなことを私に言われても…。スノーくんが尾行されたんだよ…』

 スノー⁉︎

 よりにもよって‼︎

 モードレッドの対面には、柔和に微笑むランスロットが優雅に腰かけていた。

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