#2-おまけ
知ってる?アーサー…。
人って死んだら、生まれ変わるのよ。
もし、どちらかが先にこの世を去ったとしても…。
そのときはまた来世でも出逢えるように…。
片割れが生涯を終えるまで、傍らで待っていましょうね…。
もし、私が死んだあとにアーサーが恋人が作ったら、私はずっーーと付き纏ってやるんだから…。
ふふっ…。冗談よ…。もうっ、そんな哀れみの目で見ないでよ…。
大好きよ、アーサー…。
愛してるわ…。
グィネヴィアの言葉が脳裏に蘇る。あのときは女って怖いな…と震えたものだ。けど、可愛くも思えた。
オレの死が告げられたとき、彼女は傍にオレがいるとは思わなかったのだろうか…。
兄上とはいつからか関係が始まったのだろう。
死んで魂が浮遊しているはずのオレが嫉妬に狂って、二人を邪魔するとは考えなかったのだろうか…。
その頃、オレはアルムの山小屋で動けずに闘病していたのだから、実際は二人の周りを彷徨きはしなかったけど…。
聞きたいことがたくさんあるんだ…。
「アーサー?これぐらい短くしても構わんか…?」
髪の毛を切った後に確認するのはいかがなものだろう…。
小屋の窓へ映るアーサーはアルムの言葉に苦笑する。
近くの木陰で休んでいるマーリンは呆れてそっぽを向いた。木々が揺れて、木漏れ日がマーリンへ降り注いだ。
アーサーとアルムは日差しを避けるため、軒下へ並んで丸太に座っている。アルムは右手に剃刀、左手にアーサーの髪一房を握っていた。
剃刀が一度、頭から離れたのを見てとり、アーサーは被り振る。髪の毛が地面へパラパラと舞った。アーサーは顎をあげて、アルムにこれでいいと目で訴えた。
「では、この長さで揃えていくとしようかの…」
アルムの節のある大きな手が、再び、アーサーの頭の位置を前を向くよう固定する。
アルムはゴツい指先を上手に動かす。アーサーの黒い髪が弧を描くように地面へ落ちていく。
地面へ散乱していても、アーサーの髪は艶めいて美しかった。マーリンが勿体ないとでも言わんばかりに悲しい眼差しでそれを眺めている。
グィネヴィアに会いに行くのに、アーサーは髪を整えようとアルムへ散髪を依頼したのだ。
「ふふん…ふふふ…」
アルムが鼻唄を歌い始めた。どこかで聞いたことのあるような懐かしい節に、アーサーは記憶を巡らせるが、どこで聞いたのかは思い出せなかった。
手はリズミカルに髪を削いでいるのだが、アルムの鼻唄はお世辞にも上手とは言えなかった。音程が外れているのだ。
アーサーはクスクスと笑ってしまう。その拍子に頭が揺れた。
「あっ、危ないだろ…。子供ではないんだから、こそばゆいんかい?」
アルムの叱責する。全く別の理由でアーサーが失笑したとアルムは思ったのだ。お門違いの言葉にマリーンは鼻から息を洩らす。
「ん?なんだ…。違うんかい…」
アルムはアーサーへ窓を向くように指示をする。
「ちゃんと前を見ろ…」
アーサーは素直に従った。すると、また、アルムの調子っぱずれの鼻唄が流れる。
アーサーは笑いを堪えるのに必死だった。
アーサーとマーリンが何かしら会話を交わしているのにアルムは薄々気づいていた。マーリンがただの犬ではないことも、これまでの行動から十分理解している。
魔法が使える犬なぞ聞いたことがない。
側から見れば、アーサーが魔法を扱っているようにも見えるが、実はマーリンの魔法だという事もアルムは知っていた。
彼らはアルムへ伝えたいことを、時に筆談で説明はするが、いつも簡潔なので核心なところを省いている。
わざとではないな…。気が利かんだけじゃ…それもアーサーとマーリンらしいがの…。
彼らの話を聞けないことに寂しく感じることはたまにあるが、別段、アーサーが声を発せないことに不便だとアルムが思ったことはなかった。
二回目じゃな…。
いつもなら、身なりに無頓着なアーサーへアルムがそろそろ散髪してはどうかと持ちかけている。
今回のようにアーサーが髪を切ってほしいと自ら望んだことが過去一度だけあった。
ランスロット王が結婚するとの噂で国中どこも浮き足だち、重症だったアーサーの怪我も治り、アーサーとマーリンの関係が良好に築き始めた頃だ。
アーサーがキャメロットへ帰る決心をしたのだ。アルムはアーサーがこの地へ戻ってくることはないだろうと思っていた。本来、あるべき場所はここではないのだから…。
だが、アルムの予想に反して、アーサーはアルムの小屋へ留まることを選んだ。
この度、アーサーは何を決意したのだろうか…。
アルムは思考を巡らせたが、結局、自分にはアーサーを見守ることしかできないという考えに至る。
アルムは鼻唄を止めた。最後の仕上げに集中する。
元来、アーサーは見目が良いので、多少、髪がボサボサでも男前に違いないのだが…。
より、カッコよく見せてやりたい。
アルムは自身の親心…。否、願望に従い、無心でアーサーの髪型を整えた。剃刀が髪を削る音だけが聞こえ、静かな時間が過ぎていく。
「よしっ…。出来たぞ」
アルムの声にマーリンの耳がピクリと立つ。
アルムがアーサーの首に巻いていた大きな四角い綿布を解き叩いた。
アーサーは瞬きをしながら、鏡代わりにした窓へ映る自分の姿を確認した。アルムは乱暴な手つきでアーサーの髪を掻き乱して、まだ頭皮に残っている切り落とした髪の毛を落とす。
「どうだ?更に男前になっただろう…」
襟足はスッキリと切られ、横は耳が半分ほど隠れるぐらいの長さで調整されている。全体的に丸みをだしながら爽やかさを醸しだしているが(威圧感は消せていない。ここに居る誰もがそれは認識していない)…。
少し前髪が短過ぎやしないか…。
アーサーは前髪を引っ張りながら戸惑った。アルムは自身の腕前に満足している。
ここで文句をつけるのは忍びない。
思うところはあるが、アーサーは頷いてアルムの意見に賛同した。
マーリンはアーサーの髪型を値踏みでもするように周囲を歩き廻る。
「しかし…。大きくなったなぁ…」
アルムの呟きが聞こえて、アーサーは首を傾げた。アルムの小屋へやって来たのは既に成人した後だ。アーサーは立派な青年だった。
子供の頃に出会ったのならともかく、可笑しな発言だ。感慨深くアーサーを見つめるアルム。釈然としない気持ちをアーサーは抱いた。
「なんじゃ?やっぱり気に入らんのか?」
アーサーの訝しげな表情に気づいたアルムが尋ねる。
アーサは笑顔で否定した。アルムの大きな手がアーサーの頭を撫でる。
まるで子供のような扱いだ。
ペーターではあるまいし…。
だが、アーサーはアルムの行動を制止することはなかった。思いの外、快かったのだ。
鳥の鳴声に釣られて、雲一つない澄み切った青空をアーサーが仰いだ。上空で旋回しながら心地良さそうに鳥が羽ばたいている。猛禽類…。多分、鷲だろう。鋭い鳴声が響き渡る。
心地好い風が通り過ぎた。アーサーの濡れ鴉のような艶やかな髪が陽に照らされ、キラキラと煌めいた。
明日はグィネヴィアに会いに行く…。