#1.5 後半
『絶対に宝物庫の財宝には手をつけないで下さいね』
主人に対して何という言い様だろう。
しかし、興味本位で触れただけで呪いを受ける可能性があるのだ。釘を刺しておかなければならない。
「アーサーはロバにはならん」
プブリウスが私の憂慮を鼻先で笑った。
『はいっ⁉︎お宝を一つでもくすねたら、呪いがかかりますよね‼︎確かにアーサー様は盗むなど卑劣なことは致しませんから、呪われないでしょうけど、万が一、触れでもしたら…』
宝物庫に続く道すがら、私は主人に何度も繰り返し注意を促す。洞穴を灯す松明の火で頬を赤く照らされた主人は、首後ろに両手を組み、私より一歩先を進んでいた。主人と並んでプブリウスが案内をしている。煩わしげにプブリウスが指を耳に詰めた。
大丈夫ですか?爪、刺さりません?
尖った爪を躊躇いもなく耳穴へ突っ込み、耳栓代わりにしているプブリウスを私は思わず心配した。
「アーサーは例え宝を盗っていたとしても、ロバにはならん」
「はいっ⁉︎もし何かありましたら、どう責任を取ってくれるんですか?」
私は食ってかかるようにプブリウスへ詰問する。端正な顔立ちは時に冷たい印象を与える。冷ややかな視線で私を見下して、プブリウスは口を開いた。
「あの呪いを施したのはニムエだからだ。マーリンはそのとき一緒でなかったから、知らなかったのか?」
『はい?』
宝物庫の呪いは精霊の間で有名な話だが、それをかけたのがニムエ様だと言うのは初めて耳にした。
「前に宝物庫の宝でニムエが似合いそうな首飾りを見つけたのだ。50年ほど前か。紫水晶へ銀の細工を施した逸品でな」
プブリウスは神妙な顔つきで続けた。
「だが、ニムエが来た際、紛失していた。ニムエ曰く、人間の匂いが残っているとな。ワシの居らぬ間に盗賊が入り込んで奪っていったようだ。そこでニムエがこれ以上、勝手をさせぬよう宝物庫に魔法をかけたのだ」
…。なるほど、そう言うことですか。
私は口を閉ざす。
「アーサーはニムエの加護があるんだろ?加護のあるアーサーがニムエの呪いを受けるはずがないであろう?」
ドレスの裾を気にすることもなく、大股で闊歩するプブリウス。
「まぁ、責任をとれというのなら、ワシが伴侶に貰ってやる。お前は好い男だからな」
主人の横顔をプブリウスが見惚れて頷く。
『ロバになってもですか?』
私の問いかけにプブリウスはニンマリと笑った。
「ニムエの呪いには慈悲もあってな。陽が沈む夜は人の姿に戻るんだ。それならば、アーサーと夜中、睦合えるだろう?」
何の戯言ですか?全くこのドラゴンは…。
ただ、主人の天然度はプブリウスの予想を遥かに超えたようだ。
『オレ、ロバよりも馬がいいな』
私も主人に便乗して話題を大きく変える。
『アーサー様ならば、サラブレッドですね。黒毛の美しい馬になるでしょう。駆けていく姿、颯爽としていて見目麗しいでしょう』
うっとりとした表情で私は瞼を閉じた。主人の馬へ変貌した姿を脳裏に浮かべる。
「くぅっ‼︎」
プブリウスの悔しそうな呻き声が地底深く続く洞窟へ響いた。
「さぁ、着いたぞ」
プブリウスが何もない岩壁へ両手を掲げて示す。続けて囁くように古語で呪文を唱えると、目の前に眩いばかりの豪華絢爛な扉が出現する。
『…スゴいな』
主人は躊躇いもせず前まで歩み寄り、片手で扉を押した。
「人なら、5人がかりぐらいで押さないと開かないのだがな」
扉を開いた主人は財宝に圧倒されたようで足が止まった。私も仰いで、無造作に宝が山積みされているのを確認する。
兎に角にも量が多い。計らずも瞼を瞑ってしまう。眩し過ぎるからだ。
何故か、スポットライトが差しこんでいるように、光が宝の頭上から降り注いでいる。
魔法で演出ですか?
光に反射して、あらゆる宝が輝いており、金貨の他に、色とりどりの光彩を放つ宝石や装飾品、優れた技巧の武器具、艶やかに煌めいている陶磁器などもある。
上手に積んでいますね。
一つでも宝を取れば途中から崩れそうなほど、良くも悪くもここまで重ねあげたものだ。
『ところで、何処から宝を集めるんだ?ドラゴンの宝物庫って眉唾ものの伝説だと思っていた』
主人が頸を右手で掻きながら、プブリウスへ質問する。
「別に収集しているわけではない」
居た堪れなさそうに、プブリウスは体の前で人差し指を左右交互にクルクル回しながら答えた。
「たまたま、襲撃を受けている人間と遭遇したりしてな。どうやら、盗賊にでも襲われているようなので助けてやるんだが…」
プブリウスは言葉を濁す。私と主人は相槌を打ちながら聞きいった。プブリウスは意を決して続ける。
「何故か、被害者も加害者も血相を変えて逃げていくのだ」
『それはドラゴンの姿で助けようとするのか?』
「あぁ」
…。
形相に恐れをなして逃げていくんでしょうね。助けられた方もドラゴンが突然現れたら驚きますでしょうし…。
「元々、ドラゴンはキラキラしたものが好きでな。中には金銀財宝をそのまま放置していく輩もいるのだ。それは如何なものかと…。ならば、落とし物としてワシが預かり保管しておいた方が親切であろう」
親切あたりの語尾から小声での呟きだ。プブリウスは頬を膨らませ、明後日の方向へ顔を逸らした。
『保管って?宝を持ち主に戻したら呪いがかかるのではないですか?』
私の問いに、支障はないと首を横へ振り、プブリウスは否定する。
「ワシが宝物庫から持ち出して返せば問題ない。宝物庫に魔法陣が仕掛けてあるのだ。もちろん、私の宝なので、私に呪いがかかるはずもない」
あのぉー。預かり物と説明した口から、とんでもない発言ありましたよね?
私の宝ですか?
それに装飾品の一つをニムエ様に譲ろうともしてましたよね…。
「姉さん、久しぶりぃ♫」
宝の頂点に人が浮いている。正確に伝えるなら人型の何かだ。人間ではない。
青年に見える謎の何かは、好奇心旺盛な気持ちを抑えきれないようで、クルクルと同じ場所で旋回して、こちらの様子を窺っている。
大雑把に肩の位置で切られた金髪は光沢を纏い、黄金の三白眼は鋭い光輝を宿す。
「全然、来ないんだもんな。せっかく付いて来たのに寂しかったじゃん」
『誰?』
『誰でしょう?』
主人のテレパシーが彼にも届くようだ。
「何?この人間?オレ様が見えるの?」
嬉しそうに彼は宝の山を降りてくる。
「エクス‼︎アーサに触れるな‼︎」
プブリウスが大声で制した。
「えぇー、手で接触するくらいなら大丈夫だよ」
主人に興味津々なエクスは主人の周囲を纏わりつきながら飛んだ。
「駄目だ‼︎」
眉を顰めてプブリウスはエクスを強い口調で嗜める。美人が怒ると迫力がある。
「抱きついたら、全身から血が噴きだして、真っ赤になるだろうけどさ」
エクスは自分が主人に抱擁した状況を思い浮かべてたのだろう。黄金の瞳を細め嘲笑う。
性格は悪そう…。
『でっ、どちら様です?』
大体、会話で検討がついた。初めて見たが…。
「エクスカリバー…。剣だ。あるときに此奴を見つけてな。嫌な感覚があったんで無視して放置していたのだが、勝手に付いてきたのだ。以後、ここに居座り続けている」
私はエクスを一瞥した。
『難儀ですな』
「だろう?人であれば、剣にしか見えないのだが、アーサーには人型として此奴が映るらしいな」
プブリウスは主人へ注意深く勧告する。
「アーサー触るでないぞ。其奴の正体は剣だ。怪我をする。それどころか、その傷は一生癒えない。魔法の力を施してもな」
エクスカリバーは伝説の剣で、魔法の力を持ってしても傷を治すことができない。
「えぇー、オレ。人と初めて友達になれると思って嬉しかったのに。今まで、オレ様の言葉は人間に届かなかったからさ」
エクスは主人の周りを浮遊しながら、楽しそうに話しかける。
『オレも、今は人と話せないから…』
主人の顔が曇った。
私との契約以前、主人は壮絶な拷問を受けた。
死が近づくと、辛うじて呼吸ができるほど回復呪文で蘇生され、何度も苦痛を味わう。
そのときの傷が一つだけ残り、言葉を発することが出来なくなったのだ。私の治癒能力やニムエ様の癒しの術は完璧なはずなのだが、主人の声は戻らない。
「オレ様の掌は剣で言うと柄の部分になるんだ。だから、絶対に傷を負うことはない。握手ぐらいはいいだろ?」
エクスは無邪気に微笑んで、主人へ手を差し伸べた。
『そうだな。それなら、握手ぐら…』
「駄っ!」
主人とエクスの指先が触れた瞬間、閃光が辺りを包んだ。皆、瞼を閉じる。
プブリウスが止めに入ったのだが、ひと足遅かった。
エクスに握手を求められ、プブリウスの言葉も忘れ、主人は応えてしまった。主人は自分とエクスの立場を混合してしまったのだろう。主人は私との契約後、喋れないだけでなく、人から恐れられるようになった。一部例外を除いて、畏怖され疎遠されてしまうのだ。
ニムエ様の闇の精霊女王の加護に責任の一端がありそうだが、主人の命を繋ぎとめるため、加護を乞うたのは私だ。
同情してしまいましたか?それこそ、エクスの思う壺。
「やりぃー‼︎契約終了‼︎」
主人、強制契約されましたよ…。これで私を含めて2回目ですね。
主人は何が起きたのか分からないといった面持ちで呆然とエクスを見つめた。
「アーサーだったよな。ご主人様、これから宜しく」
『何が…』
「お前はエクスカリバーの主人として契約を結んだのだ。お前の剣として、今後、此奴はお前に尽くす」
プブリウスの説明を聞いて、額を片手で支える主人の顔は憂いている。プブリウスは憐れみ主人の肩へそっと手を添えた。
「姉さんがさぁ。主人になってくれなかったんだよね。始終一緒にいるのは鬱陶しいって」
『ずっと一緒にいるのか?マーリンと同じように』
…主人。聞き捨てなりません。私がお側にお仕えするのが嫌だったんですか?
「ずっと一緒ってのが嫌なら、オレ様、呼ばれたときだけ、すぐ飛んでいくようにする。『来い』って念じてくれるだけでいいよ。姉さんのこと大好きだし、ここに居てもいいだろ?姉さん♫」
プブリウスは無表情で間髪入れず答えた。
「断る」
「酷いだろ?でも、大好きなんだ。とても美人だし、強いし、これでいて凄く優しいんだ」
確かにプブリウスは途轍もなく面倒見が良い。送りつけた罪人もプブリウスが全て責任を持って面倒をみてくれている。一部、ロバになってしまっている者もいるが、ロバ達は一生を終えるまで、プブリウスが世話をする。
相変わらず、プブリウスは見下した視線をエクスへ落としているが、エクスの件も渋々ながら最後は了承するだろう。
危険性を考慮すれば、エクスはプブリウスの宝物庫にこのまま保管された方が良い。
主人にエクスが付き従えば、他の人からみれば、物騒な剣が常に主人の周りを飛んでいることになる。切られたり、突かれたりしたら、取り返しがつかない。
アルムは主人の身の回りの世話を焼くことができなくなるだろう。老人の生きがいを奪ってはいけないし、主人はアルムがいないと真っ当に生活ができない。
『疲れた』
主人は契約が抗えないことを、私で経験しているため、この状況を理解しているようだった。
「人間の友人が欲しかったのは本当だから…。オレ様を剣として扱える人ならベストだったんだけど、普通の人には無理だから、こー見えて、オレ様は気難しいんだよ。ご主人様はその条件満たしているし、宝物庫まで案内されるなんて、姉さんのお気に入りでしょ?なら、絶対悪い人じゃないじゃん」
エクスは腹に両手を添えて、声をあげ笑った。
地面に腰をおろした主人が私へ手招きするので傍まで近づく。徐ろに頭を摩るので、そのまま伏せて、主人のなすがまま体を預けた。
『疲れましたか?』
『あぁ』
私は心地よさに思わず尻尾を振ってしまう。主人は疲労が溜まると、時折、私を撫でてくる。背中の黒毛を主人が指で梳き、私は呑気に口開く。
『何しに来たんだっけ?』
『鱗を頂きにきたんですよ』
主人を何気に見つめると、主人は真面目な顔で私へ尋ねた。
『マーリンも人になれるのか?見てみたいかも…』
『何を唐突に仰っているんですか?』
『プブリウスの姿を見て思ってたんだ。マーリンも同じように人にもなれるのか?』
『なれませんよ』
私は自身が人型になるような魔法を知らない。それに…。
なりたくありません。
主人、貴方様は根っからの女好きです。…想像つきませんか?
まだ、犬だと思われているから、スキンシップが許されるのだ。
「何だ?アーサーはマーリンの人型が見たいのか?」
『あぁ、見てみたい』
主人は私に触れていた手で、今度は自分の首後ろを撫でた。
エクスは主人と主従契約を結んで満足したようだ。最初にいた宝の頂点へ場所を移動している。
「出来なくはないぞ。戻せばいい」
戻す?とは一体?
「解呪を試そう」
解呪?何故ですか…。
私に何の魔法がかかっているのだろう。不思議なことをプブリウスは提案した。
『解呪?魔法?』
主人は首を横へ傾げた。
「そうだ。まぁ、見ておれ」
『えっ⁉︎私はお断りします‼︎」
「まぁ、そう言うな」
プブリウスが古語で詠唱を始めた。口籠ったような低い声で、薄い藍色の眼差しを冷ややかに向けた。
『だから、お断り申しあげたはずです‼︎』
私の意識がぼんやり遠のいていく。
『だから…や…め…』
ブラックドッグの姿が霧の小さな粒に包囲され消えていく。白い粒子で覆われた人型が浮かびあがった。そして、全ての靄があけたとき、そこには勇ましく魅力的な男が立っていた。
整った頭の形がはっきりとわかる丸刈り、肌は黒褐色。精悍な顔つきに涼しげな目元。瞳へ穏やかな黒光を湛えているその男は、刹那、対峙したアーサーに優しく笑むと、プブリウスに向かって激しく叫んだ。
「やめろ‼︎すぐ解呪を解け‼︎」
上半身は裸で、股下にゆとりがある白い綿パンツを腰履きしている男は、アーサーよりも頭一つ大きかった。
その男が怒声をあげると、隆々とした力強い胸筋も盛りあがる。女なら虜になりそうな逞しい体つきだ。
『マーリン?』
アーサーはマーリンであろうその男へ呼びかける。だが、アーサーを無視して、男はプブリウスへ説得を試みた。
「プブリウス、お前死ぬぞ‼︎」
ことの次第を見守っていたエクスが、プブリウスの魔力が歪んだことを感じとって、金髪を振り乱しながら舞い戻ってきた。
「姉さん、やめた方がいい‼︎」
「そうだ。諦めろ」
「うるさい‼︎ニムエを泣かしている☆□×○‼︎ああー‼︎クソヤロー‼︎」
プブリウスは怒号を浴びせるが、男は気にもかけてる様子もなく説き伏せようと必死だ。
「早く解け‼︎」
「ふざけるな‼︎名前も呼べないではないか‼︎幾つ術をかけているんだ‼︎」
再び罵声でプブリウスは荒ぶるが、男は力強く両手で動きを封じてプブリウスを抑えつける。
アーサーを第一に行動していたマーリンが、己の主人の言葉に耳を傾けない。アーサーの心は騒ついていた。
『マーリン?』
「主人、すまん。今、主人に構っている暇はない」
無意識にアーサーは反復して、マーリンの名を呼んでしまう。
『マーリン』
三度名前を呼ばれたところで、男はアーサーを振り返った。男は眉尻を下げる。
「そのような愛らしい顔を…。だが、今はそれどころではない」
男とエクスの緊迫感から察するにプブリウスの一大事であろうこの場面で、アーサーは一抹の寂しさを覚えていた。
今はプブリウスを止めないと…。
アーサーは気持ちを切り替えて、プブリウスと向き合い頭を下げた。
『オレが悪かった‼︎』
アーサーがプブリウスの通った鼻筋に視線を移すと、鼻から赤い筋が垂れている。
エクスが真っ青になった。
「血が…」
プブリウスは肌に伝わる生暖かいものの感触を指先で確かめる。
アーサーは異様な事態に動転していた。
戦場での魔導師の噂を思いだしたからだ。
魔法を使っている最中に、限界を超え無理が祟ると、体のどこからか血を流し、最悪、死に至る。
『頼む‼︎プブリウス‼︎マーリンを元へ戻せ‼︎このままだとお前…』
自称最強ドラゴンだと豪語していたプブリウスが鼻血を流している。ドラゴンだから人間の魔導師の話は当てはまらないかもしれないが、エクスの動揺がそれを否定している。
「姉さん‼︎早く解呪をやめて‼︎」
無闇矢鱈に触れれないエクスはプブリウスの周りを飛びながら懇願するが、プブリウスは聞きいれない。
「ならん‼︎」
「姉さん‼︎無理だ‼︎」
エクスのプブリウスに対する好意は本物のようだ。エクスは泣きながら縋った。
男は抗っていたプブリウスの動きが鈍くなったことに気づく。
「主人。私は犬になったら、今のことは何一つ覚えていない。プブリウスは直に倒れる。すぐに私に魔力を回復するよう命じろ」
男は深い吐息を漏らして、アーサーへ指示を残した。
「私はマーリンであってマーリンではない。マーリンはマーリンだがな。だから、許せ」
えも言われぬ面はゆい表情で美男がアーサーへ謝罪する。同じくして、白い靄が再び男を包んだ。
『あっ‼︎』
主人が短く驚く。
何故か主人の側で気を失っていたようだ。主人が私の名前を復唱する。
『マーリン?マーリン‼︎』
あぁ、主人に名を呼ばれる喜び…。
意識がはっきりしてくると、幸せに浸っている私の目の前に、ドラゴンの姿に戻ったプブリウスが横たわっていた。
『えっ?何があったんです?』
膝を折ったエクスがプブリウスの前で呆然としている。ふと、私とエクスの視線がぶつかった。
わぁ、何だろ?エクスがこっちを睨んでますけど…。何か私は粗相をしたのでしょうか?
主人は髪を掻きむしりながら、命令を下した。
『プブリウスに回復魔法‼︎』
『はい‼︎』
私はプブリウスに寄り添うと肉球をそっと羽根の部分に押しあてた。
エクスの視線が痛いです。
『魔力が枯渇しているではないですか?回復魔法でなく主人の魔力を流しても構いませんか?』
断りをいれた私へ、主人は予想通りの言葉を返した。
『構わない。元はお前の魔力だし…。好きにしてくれ』
しばらく、私が魔力を注入すると、プブリウスは自ら魔力を循環し始めた。治癒魔法施さなくてもドラゴンは自然治癒能力が高いので、魔力さえ回復すれば状態は元に戻るだろう。呼吸も整ってきた。大きないびきが宝物庫内に響く。
安心からか、エクスの頬が緩んだ。
「姉さんを助けてくれて、ありがとう」
『良かったですね』
『オレがマーリンの人になったところを見たいなんて言ったから…ごめん』
主人は反省した面持ちでエクスに謝った。
「オレ様も無理矢理ご主人様と主従関係を結んだから、おあいこで…」
エクスは浮かんだまま主人を一周すると、プブリウスの元に戻り、柔らかな面差しを向けてプブリウスの傍へ佇んだ。
触れることのない距離で…。
『何があったんです?』
私は未だに何が起こったのか訳もわからず、疎外感が否めない。
直接、地面に座りこみ、主人は両足を抱えて膝へ顎を乗せる。
『オレにも分からん。…がっ、人になったマーリンより今のマーリンの方が安心する』
私は主人の靴に頭を置いて主人の顔を覗きこむ。私を注視する瞳。夜空のような煌めきに私は何度も魅了されている。
『あれっ?私、人型になったんですか?覚えていないんですが、男前でした?』
どうして、私から視線を外すんですか?
腹大きくて脂ギッシュな中年男性だったんだろうか?ブラックドッグの仲間内でも引き締まったラインをしていると思っていたのですが…。
アルムが作るご飯も美味しいですしね。いっぱい食べてしまいます。
『マーリンはマーリンだよな』
主人が失笑した。
『何を今更?私はマーリンですよ』
その笑いは…。
明日からダイエットに励もう。私は静かに誓いをたて闘志を燃やす。
『今日は色々ありすぎて疲れたから、プブリウスが目を覚ましたら、鱗を貰って帰ろうか?』
主人が欠伸をしながら私へ同意を求めた。この積み重ねた宝の山から私達だけで鱗を探すのは至難の業だ。
『お土産のお菓子、アルムは喜びますかね?』
お土産の黒々とした固まりを思いだす。スモーキーで甘く芳醇な香りのあのお菓子を私は堪能したかったのだが…。
アルムもドワーフに同胞扱いされる顔で甘いものには目がない。
『多分な…』
だが、プブリウスが起きあがるまでは帰れないだろう。私と主人はプブリウスの騒音、否、イビキを聞きながら、目を見合わせて溜息をついた。
主人は私の耳の根元をクルクルと摩る。私は甘美なひとときに酔いしれた。
良かった…。私、不細工だったかもしれないけど、主人に嫌われていない。
主人は漢verの私を見ても、ブラックドッグとして私を認めている。
ハグしてくれるまでは安心できませんけどね。
プブリウスの様子に長丁場を覚悟しながら、私は主人の足元で眠りにつくのだった。